第109話 スラム街
――――王都バーバル郊外
王都の城壁から数キロ離れた郊外。
ここは王都内で暮らすことのできないものたちが集うスラム街である。住む者の事情は様々で経済的に追い詰められた者、人権を認められていない者、王都ではできない仕事をしている者など多岐に渡る。
王都から程よく離れた地域であるために巡回してくる役人も多くない。そのため無法地帯を裏で取り纏める顔役というものがこのスラム街には存在する。
彼らは取り扱う分野ごとに住むエリアが分かれ、互いが干渉しないように縄張りを決めている。
セダールはその元締めの一人であり、違法な人身売買のルートを束ねている人物だ。
「俺のねぐらを潰しといてソイツぁねぇでしょうよ、旦那。」
スラム街の一角。
セダールは己の島を荒らされたことに憤りを感じていた。そのため、目の前の人物に当たってしまうのは仕方ないことだとも言える。しかし、目の前の人物は謝罪するどころかセダールに対してこう言い放つのだった。
「何のことを言っているのか、全くわからんな。むしろ貴様は御大の御心の深さに感謝すべきだ。
貴様がしくじらなければ今頃は御大の計画も佳境となっていたのだ。偉大なる計画を足留めさせたというのに命を拾ったうえに何の罰則もないということにはならんだろう。貴様の流通網は今後我々が全て取り仕切る。」
セダールと対峙する男はセダールに対して三行半を叩き付ける。男はセダールの管理能力を疑い、元締めの地位と金山である流通網を奪おうとしているのだった。
「旦那が幾ら『あの方』の御使いだからってこんなの受け入れられるはずがねぇ。島を没収されたら俺は今後どうやって生きればいいってんだ。
それにこの流通網をエクロキア大陸まで拡大させたのは俺だ。稼ぎ方だって俺が一番知ってる。旦那たちが運営したところで大した稼ぎは望めねぇ、違うか?
悪いことは言わねぇから考え直して頂くように『あの方』へ執り成しちゃくれねぇか。」
セダールも食い下がるが、目の前にいる男の上司に当たる人物は一国を束ねる人物である。セダールが人身売買や違法な錬金道具を上手く捌こうとも、一度の失敗で足元を掬われる可能性も高いうえにセダールのことなど小悪党としか見ていない。
そのため御大と呼ばれている人物は男に足切りを命じたのだった。
「貴様の言う『あの方』とは、あの汚いホビットのことを言っているのか?奴が計画の要だとしても、奴の一言で御大の決断が覆ることはない。
そもそも、奴に他人を思う心などノミほどもありはしないだろう。
貴様の首に付いている首輪も貴様の言う『あの方』から貰ったのだろう?せいぜいその首輪に怯えながら陰に隠れて生きるのだな。」
そう言うと男は立ち去ろうとする。だが、それでこの場が終わることはなかった。
男がセダールを見縊っていたこともあるだろう。しかし、セダールのタイミングも侮れないものであった。
男が後ろを振り向いた不意を突いて、セダールは隠し持っていたナイフを男の腹部急所へ突き刺した。
「ぐぁっ!?」
セダールは腹部へ刺したナイフを素早く引き抜くと、痛みで屈み込んだ男の腹から血が流れ出すのが見えた。
「はっ!偉ぶった割りには大したことねぇな。あんたのことは見かけてねぇって言っときゃこれで丸く収まるってわけだ。」
「タダでは済まさんぞ…。貴様の敬愛するホビットが作った錬金道具で死ぬがいい!」
男は叫ぶと同時に掌をセダールの前に突き出すと何かを念じ始める。しかし、男の思った事象は起こらなかったようだ。男は掌を突き出したまま呆気に取られていた。
「な、何故だ。何故反応しない…。」
「ふっふっふ…。くっはははは!!コイツぁ良い!最高の気分だ!驚いたか?俺が危険と知っていて放置しておくとでも思ったのか、あん?」
セダールは勝ち誇った表情を浮かべながら男を煽るように説明を始める。
「首輪の鍵が外せねぇなら無効化しちまえばいいんだ。てめぇらがふんぞり返ってる間、俺は死に物狂いで首輪の解除方法を探したのさ。そして分かったのは解除どころか付けたら最後、一生取れねぇようになってたことだった。」
セダールは演説をするように男の前を行ったり来たりしながら、さらに高らかに語り出す。
「外せねぇなんて聞いたときは落ち込んだね。それこそこの世の終わりだと思ったぜ。
だが、そのおかげで考え方を変えることができた。
コイツは錬金道具、魔力と魔石が必要だ。なら魔石を使えなくすりゃいくら魔力を込めようが錬金文字には魔力が通らねぇってわけだ。」
「だが、あのホビットの道具は一級品だ。貴様がそこに行き当たってもどうにか出来るものではないはず…。」
男は苦しそうな顔をしながらセダールへ問いかける。気を良くしているせいか、セダールは何の疑問も抱かずこの質問に答え出す。
「そりゃあ、俺なんぞが幾ら頭を捻ろうがどうにも出来ねぇさ。餅は餅屋、錬金術師の事なら錬金術師に聞きゃあ良い。そして、相手が秀才ならこっちは天才を用意するだけの話だ。」
セダールはそう言うと不敵に口角を上げる。
「魔導連邦国には国とは折り合いがつかなかったモグリの錬金術師がゴマンといる。そして、そいつらの中でも金さえ積めばどんな錬金道具でも作り出しちまう天才がいんのさ。
俺はその天才にこの首輪を外す依頼を出した。アイツでも外すまではいかなかったが、無効化ならその場で即座にやってのけだぜ。」
セダールは男の驚愕した顔を楽しんでいるかのように、男を見下しながら自慢話をするように笑い出す。
「それならば何故先ほどまで我々に縋ろうとしていた。」
男は若干、上半身を起こしてセダールへ問いかける。勝ちを確信したセダールは動き回っているため、その些細な変化に気づけないでいた。
「そりゃ苦労して開拓した売買ルートだ。簡単に手放してたまるか、よ……。なんで立てる…。確かに急所をぶっ刺したはずだ。」
「それは貴様が無知なだけだ。まぁ、この後私に殺される貴様には関係ない話か。首輪を無効化したという錬金術師は気になるが、我々が本格的にコチラの世界の征服に乗り出せばすぐに見つかるだろう。
錬金術の話になると止まらんセグリットのことだ。ソイツを知っている可能性もあるな。」
「そ、そんな…。傷が塞がってんのか?もしかして、白魔導師か!?」
驚きのあまり、セダールは声を上擦らせながら男への質問を叫ぶ。
「ふん。我々崇高なる種族にそのような魔法は不要だ。特に、このように月明かり一つない夜は、な。
さぁ、そろそろ死んでくれるか。私も忙しいのだ。この後アルテディズへ戻りカイラスに文句を言わねばならんからな。」
そう言うと男はレイピアを抜き、そのままセダールへと襲い掛かる。
「おっと。コイツは折角の情報源なんだ。お前さんにゃやれねぇよ。」
男のレイピアがセダールの心臓を正確に狙い貫きかける瞬間、横から割って入った仮面の男がレイピアを叩き落とす。
「何者だ、貴様!」
「俺か?いや、俺たちか?」
気付けば男とセダールは仮面の集団に囲まれていた。
男は思う。何故ここまでの手練れが囲んでいて気付けなかったのか、と。特に背の低い少年のような見た目の男は不味い。そう男の本能が警鐘を鳴らしていた。
「俺たちは傭兵団だ。最近じゃ密偵のほうが本職みたいなっちまってるけどな。」
仮面の男は肩を窄めながら男の質問に答える。
「随分と余裕だな。私がレイピアを落とした程度で怯むとでも思っているのか。
我らが崇高なる種族の血は貴様ら人間如きに流させてやるほど安くはないぞ。」
「そう言いつつ、あんなド素人みたいな奴に急所刺されてたじゃねぇ。そんなに血が大事なら鎧でも着てろっての。人生舐め過ぎなんじゃないか、アンタ。」
「ふん、貴様ら程度舐めて掛かって当然だろう。なんせ我が種族は夜にこそ本領を発揮するのだからな。」
「はいはい、その種族自慢はもう良いって。偉そうなだけで頭は弱いのかね、ヴァンパイアってのは。」
仮面の男が言ったその瞬間、今まで見せたことのないほど驚きの表情が対峙する男の顔に表れる。
「何故貴様が知っている!?」
「俺の仲間に実際戦ったことのある奴がいるんでな。ソイツに特徴を聞いてただけだ。」
「…ロージ、そろそろ。」
ヴァンパイアとロージの会話は少年、テルの一言で終わることになる。
「オーケー、そろそろ仕事再開か。アンタも色々知ってそうだが、さっきの会話で聞きたいことは粗方聞けたしな。反発されると分かってて生かしておくのも面倒が増えそうだ。
悪いが討伐させてもらうぜ。」
ロージがそう言って握っていた剣を構えるとその場の空気が張り詰めていく。ヴァンパイアはその空気に当てられて先ほどまでの余裕がなくなりつつあった。
「……な、舐めるなぁぁあ!!」
ヴァンパイアは爪を立てる太く鋭い長爪が指先から現れる。その爪で自身の腕を傷つけると傷口から血が溢れ出してくる。
「うわぁ、痛そう。」
「集中しなさい、コニー。来るわよ。」
ヴァンパイアの腕から流れる血は何故か地面までは落ちず、空中に留まり徐々に塊を成していく。
球状になった血はヴァンパイアの掌に移動していき、それを掴み潰すと破裂したように細長く散っていく。そのまま霧散するかに思えた血は長い獲物のように型取り出し硬質化していくと、ヴァンパイアの手の中には刀身が深紅に染まったレイピアが握られていた。
「もう油断はない。死ね!」
ヴァンパイアが踏み込むと突風を巻き起こしてロージへと襲い掛かる。セダールには消えたように見えたヴァンパイアの動きであるが、ロージはヴァンパイアが繰り出す突きを冷静に捌き体勢を整える。
追い討ちを警戒したロージだが、それは思わぬ形での攻撃であった。
いつの間にかもう一方の腕も傷を付け、さらに血を撒き散らしたヴァンパイアは尖った岩のように血を固めてロージへと飛ばす。
無数の血石に襲われたロージは後退せざるを得ない。
その隙にヴァンパイアはアリアナとコニーを狙い出す。二人が接近戦に不向きと踏んでのことだが、『仮面の七人』の連携はその程度で揺るぐものではなかった。
「おらぁあああ!!」
ヴァンパイアが二人に届く前にダグの拳がヴァンパイアを襲う。ヴァンパイアは手に持っていた剣をダグのほうへ向けて防御する。ダグの闘気が籠った拳を受けてはレイピアで防ぐことはできない。が、ダグが腕を振り抜くと目の前には盾があり、ダグの拳を受け止めていた。
「ほう、そんなこともできるのか。」
感心したように呟くダグだが、ダグの腕力に勝てるほどヴァンパイアの筋力は優れていなかった。
剣を盾に変えて防いでみせたヴァンパイアであったが、その拳を盾ごと押し込まれて後方へと吹き飛ばされてしまう。
これによって盾が破壊されたヴァンパイアへジャンが追い討ちをかける。素早く間合いに入るとジャンはヴァンパイアへ抜刀術を仕掛けた。
「ぅがぁぁあ!」
ジャンの抜刀術は正確にヴァンパイアの首を狙うが、ヴァンパイアはギリギリのところで腕を地面に叩き付けることで勢いを殺し、首に浅い傷を残すだけに留める。
抜刀術は不発に終わるが、ジャンは攻撃の手を緩めない。その卓越した剣技によってヴァンパイアは傷つけられては回復していくこと繰り返していく。
そして、二人が一定の距離を取ることでこの攻防が終わる頃にはヴァンパイアの身体には無数の生傷が残っていた。
「漸く魔力が尽きてきたか。ヴァンパイアってのは厄介なもんだな。まさか骨折は疎か、首半分斬られた状態から復活しちまうとは恐れ入ったよ。」
後方から冷静に観察していたロージは途中からヴァンパイアの回復が間に合っていないことに気付いていた。
そして今、肩で息をするヴァンパイアの身体の傷はそのままの状態である。これが意味することは魔力切れであった。
「しかし、剣になった血がそのままなのは何故だ?」
ダグの質問に答えたのはリッチーだった。
「奴らヴァンパイアは魔石で動く魔物だった頃から血を操る能力が備わっていたらしい。その名残りなのかはわからねぇが血を操るのに魔力を使わねぇ、もしくは魔力消費が少ねぇんだろう。」
「なるほどな。刀身が短くなってるところを見るに恐らく後者だろうな。」
血を流したことで顔面蒼白となっているヴァンパイアはロージたちの会話を聞き、己の死地を悟る。相手の男たちは自分たちヴァンパイアのことを知り過ぎている。
そのことでヴァンパイアは種族存続への不安を感じるとともに覚悟を決める。
「貴様らは強い。私ではこの場を乗り切ることは出来んようだ。
だが、このまま野放しにするわけにはいかん。我が命に懸けて、今ここで貴様らを葬ってくれる!」
目を見開き言い放つとヴァンパイアは己の爪を心臓に突き立てる。その瞬間、深紅の靄が辺りを包み込むように拡がり始める。
「…死ね。」
不敵な笑みを浮かべながら言い放つとヴァンパイアの身体は発光し、辺り一面を焦土に変える大爆発を発生させる。
その威力は深紅の靄に飛び火して爆発が爆発を生み、スラム街を丸々と包み込む巨大な爆発となる、予定であった。
ヴァンパイアが起こした爆発が収まるとヴァンパイアがいた場所にはドーム状態になった青白い光の壁があり、その内側の地面は深く抉れていた。
その威力が窺える状態であるが、光の壁により爆発が伝播はすることなくやがて深紅の靄も消え去っていった。
「危ないとこだった。助かった、テル。」
ロージがテルへ礼を言うと顕現させていた翼を消したテルが黙って頷く。
「おい、この伸びてる男はどうする?」
ダグが担いできたのはセダールである。目まぐるしい攻防に充てられたせいか、セダールは泡を吹いて気絶してしまっていた。
「コイツには天才錬金術師について聞いておきたい。それに本当にコイツの首輪が機能しなくなったのかも確かめたいしな。」
「そんじゃあ連れて行くか。」
「えー!あのアジトに連れてくの!?あそこ暗いしジメジメしてるから嫌いだよぉ。」
「文句言われてもルインルスアルテ大陸じゃ俺たちが泊まれる宿屋なんてねぇよ。
それにこの人数じゃ、今のアジトは狭すぎる。」
「諦めなさい、コニー。あとで甘い物あげるから。」
アリアナの言葉に笑顔を取り戻しながら、コニーは『仕方ないなぁ』と渋々了承したふりをする。コニーの頭の中は既に甘味のことで溢れかえりアジトのことなどどうでも良くなっていた。
「それじゃあ行こう。これ以上長居して誰かに見られても面倒だ。」
ロージの一言に全員頷くと仮面集団は闇夜の中へと消えていくのだった。
小出しになってしまいましたが、この話がアルテディズ国編の折り返しとなります。




