第107話 騎士王
ダリアに連れられて着いた王城はまさにこの国の象徴ともいうべき佇まいである。
城を囲う壁の高さは外壁よりは低いものの、一般的な城壁を遥かに上回っている。その分厚さもさることながら、上部に備えられているバリスタの数は今まで見てきた城の中で最も多い。その重厚感だけでも圧倒的なうえに城の隙間や塔からは魔導兵器も見え隠れしている。
城よりも要塞と言ったほうがしっくりくる見た目をしていた。
ダリアが先導して城門を潜り、庭園を望める廊下を歩いていく。突き当たりの扉を入り幾つか道を曲がるとまた扉に突き当たる。扉を開くとまた外に出て真っ直ぐに歩いて行き、城の端のほうへと向かっていくと広い空間が見えてきた。
「着いたぞ、ここで陛下と謁見してもらう。」
「…ルナさんや、僕の目が節穴でなければここは修練場に見えるんだが…。」
「シュウ様にしては珍しく察しが良いですね。ここは紛うことなき修練場です。」
ダリアは王様に会うと言うが、到着したのは飾り気一つない土ばかりの修練場だった。え、王様に会うのって普通は謁見の間とかじゃないの?
「呼んでいるな、付いてこい。」
ダリアが顎を先の方へ向けながら目線でも指示を出す。修練場の端にある天幕まで行くと、床机に座った人物とそれを囲う取巻きたちが出迎える。
僕たちは跪いて頭を垂れると床机に座る人物が口を開くのを待った。
「貴様が冒険者シュウだな。エクロキア大陸からの来訪者と聞いたが何用で大陸を渡ってきたのだ。」
「お初お目にかかります陛下。冒険者シュウ、召喚に応じ馳せ参じました。
私めが大陸を渡った理由でございますが、護衛依頼を受けたところ目的地がこの大陸にあるとのことでしたのでロズロ国からここまで歩いて参りました。」
目の前の人物が名乗ることはなかったが、見るからに国王であることがわかる。なんせ着ている鎧がこの国の王家の家紋である薔薇を全面に押し出したデザインなのである。
侍っている側近たちも屈強そうな見た目をしているが、床机に座る国王の体躯には一歩及ばない。それほどにこの人物は大男なうえに凄まじい覇気をだしていた。
「プラチナランクの冒険者が受ける護衛依頼とは興味を唆るな。貴様は翼竜討伐を難なく熟してみせたそうではないか。そんな男が護る依頼主とは何者なのだ。」
「依頼人の情報は私からお伝えすることが出来かねます。平にご容赦ください。」
「貴様!!陛下に対して無礼ではないか!陛下は何者かと聞いている!」
側近の一人が怒鳴り散らし始める。それを何も言わずに片手を上げて国王が制止する。
「冒険者に守秘義務があることは知っている。が、余の質問に答えぬとはこれもまた不敬であるな。余がこのまま死刑と言い渡せば貴様の首は簡単に飛ぶわけだが、どうする。受け入れるか、抗うか。」
国王は立派に蓄えられた顎髭を触りながらニヤニヤと聞いてくる。明らかに面白がっているが、機嫌を損ねて本当に死刑と言われても堪らないので真剣に答えておく。
「陛下の御心を図りきれずお答えしてしまったことについては謝罪いたします。ですが、私のような冒険者は信用のうえに成り立っております。
ですので、いくら陛下のご命令とはいえお教えすることは出来ません。どうか寛大なご下知を頂戴できますことを懇願いたします。」
僕の言葉を聞いた国王は口角を大きく上げて言い放つ。
「ガッハッハ!駄目だ、許さん!」
国王は床机を蹴り飛ばして側近に持たせていた大斧を奪い取ると、その刃を僕のほうへと向ける。
「せめてもの情けだ、余と闘え!お前が勝てば今のことは一切なかったことにしてやる!」
最初から闘う流れになっていたんだろうに。わざわざ拒否できないように死刑まで持ち出すとは、この王様はよっぽど戦闘好きなようだ。
「承知いたしました。ですが、陛下に刃を向ければそれこそ不敬罪となってしまいます。せめて武器は殺傷力の無いものにしていただけないでしょうか。」
「ならん!そもそもこの国に模擬戦用の武器などはない。己が最も得意とする獲物を使いこなせての武人であると常々教え込んでおるからな。
この件について、例え余が殺されようと一切の罪には問わんと誓おう。この場にいる全員が証人だ。
どうだ、これなら文句はあるまい。」
ということは、道中で見かけた演習は本物の武器を使っていたのか。通りで皆死に物狂いで演習をしていたわけだ。あの激しさでは油断していたら本当に死んでしまう。
それと同時に国民からの信頼の理由も分かった気がした。
「陛下の御心のままに致しましょう。私は魔法を使いますが、よろしいでしょうか。」
「構わん、好きにするが良い。」
そう言いながらバーバルは大斧を構える。その瞬間から修練場は一気に張り付いた空気が流れ始める。
『騎士王』バーバル。
威圧感はその名に恥じぬ圧力である。闘気も出していないのに飢えた虎と睨み合っているような気分だ。
「来ないのか?では、余が出向いてやろう!」
言うが早いか、バーバルは大きく足を踏み出したかと思えば、次の瞬間には僕の目の前で大斧を振り被っていた。
「〈アクティブ〉!!」
あと一つ行動が遅れていたら危なかった。
僕は全力で左に避けると凄まじい風が吹き荒れて土埃が舞う。視界が戻ると僕が先ほどまでいた位置にはバーバルが振り上げた大斧が地面に埋まっているのが見えた。
「ほう、避けるか。受けておれば真っ二つに出来たものを。」
バーバルは嬉しそうにこちらへ笑いかける。その溌剌とした笑顔は、僕には悪魔の微笑みに見えてならない。体術だけならカーンよりも強いかも…。
「いつまで避け続けられるか見てやっても良いが、そういった遊びはダリアのときにやり尽くして飽いておるのでな。趣旨を変えるとしよう。」
ダリアさん、この攻撃避けるの?流石はギルドマスター、この重く速い一撃を連続で避けるのか。
同じことはしないと言っているけど、正直僕としては連撃のほうが苦しいので願ったり叶ったりである。
「…今度は闘気ですか。当然ながら色は赤黒いのですね。」
僕がギルドマスターのことを見直していたらバーバルから恐ろしい量の闘気が溢れ出る。
これはいよいよ以て本気で対峙しなければならないようだ。
「我がジルダート王家は代々戦士の称号を得ることが義務付けられている。
常に最前線で部下を鼓舞し、ときに大盾で味方を助け、ときに一番槍として敵へ斬り込む。これがジルダートが世界的軍事国家として認められている由縁だ。
貴様も闘気持ちと対峙したことがあるようだが、本当の闘気持ちの闘い方を教えてやろう。」
赤黒い闘気を身に纏ったバーバルの両手が大斧をきつく握り出す。そのまま刃を横に向けて身体で斧を隠すような態勢を取ると瞬き一つせず僕を見据えて止まる。
僕が一瞬でも隙を見せれば猛攻がくるはずだ。僕も何が来てもすぐ対応できるように身構える。
それにしても凄まじい集中力である。恐らく僕が向こうの動きを待っていても僕から動かない以上はバーバルが動くことは疎かあの構えを解くことはないだろう。
完全に誘われているが、このまま膠着し続けるわけにもいかない。僕はいつの間にか完全なる挑戦者に仕立てられていた。
「…〈アイスバインド〉〈エアプレッシャー〉!」
「ぬぅ…!」
僕は素早く氷の鎖で拘束し、風の壁を地面に叩き付けるようにバーバルの真上から振り下ろす。
流石にバーバルも声を出すが、跪くまでには及ばない。
「ぬぅぅぅ、ぅああぁぁぁ!!」
氷の拘束と風の重圧で身動きが取れないはずのバーバルであるが、気合いの叫び声を上げると負荷などかかっていなかったかのように拘束していた鎖ごと大斧を横薙ぎに振り回す。
氷の鎖を引き千切り放たれた赤黒い闘気の光は一線の弧を描いてそのまま僕目掛けて飛んでくる。そう、『一閃』である。
だが、バーバルの放つ『一閃』は今まで見てきた中でも最も巨大で最も分厚い。これをまともに受ければ上半身と下半身は勝手に離れてしまうだろうが、逃げるには勢いがあり過ぎた。凶悪な闘気の刃は僕が考える隙を与えず無情にもすぐそこまで迫ってくる。
「〈シェルガード〉!」
僕は腰を落として魔力の塊で作った障壁に身を隠す。バーバルの闘気はお構いなしと言わんばかりに真正面からブチ当たり、障壁と闘気が拮抗する。
「ぐっ…!」
この闘気は見た目以上に凄まじい威力である。障壁が割られることはないが一向に消える気配はなく、徐々に僕は後方へと押されていく。
「ぬぅおおおぉぉう!!」
バーバルは攻撃の手を緩めることなくこちらへ仕掛けてくる。僕が闘気の対処に手一杯なのを見て即座に襲いかかってきたのだ。
バーバルの大きく振り上げた大斧が再び僕の頭上へと迫ってくる。
「〈アクセラレーション〉」
僕は自身の速度を上げて闘気を地面に払い落とし、バーバルの大斧を素早く避ける。
これには流石のバーバルも驚いたようだ。僕の速度が更に上がったことに目を見開いている。
「〈ウィンドカッター〉」
僕が放った風の刃は的確にバーバルを捉える。今度は僕の攻撃の余波と地面に落とした闘気の威力によって土煙が立ち昇った。
こんな殺傷性のある魔法を放つつもりはなかったが、正直余裕が全くなかった。けど、本当にこれで死んじゃってたらどうしよう…。
「ふっふっふ…。ふはぁっはっはっはぁっ!面白い。面白いぞ、冒険者シュウよ!このような威力の魔法を受けたのは久方ぶりだ!」
僕の心配を他所にバーバルはピンピンとしていた。そして、驚いたことにバーバルの闘気の色が銀色に変化している。この色はダラスが使う防御主体の闘気だったはずである。
「『金剛』を使ったんですか?」
「ほう、この色も知っているのか。赤よりも珍しい色なのだがな。」
ダラスから銀色の闘気を使う一部の者に『金剛』というスキルが現れると聞いたことがある。
『金剛』は闘気を出していなくても自動的に身体を硬質化させて己の身を守るスキルだが、銀色の闘気がない状態だと発現に時間が掛かったり硬質化の強度が低かったりする。
今のバーバルは、銀色の闘気を纏っているので十全にスキルを使うことができている。そのため僕の魔法も無傷で耐えられたというわけだ。
「闘気の色は精神面に大きく影響するはずです。複数の色を使い熟せるとは思いませんでした。」
「闘気の色が使う者の内面を映すのであれば、余がこの国の盾であり矛であるという信念が現れただけのことであろう。余からすれば攻撃に長ける赤と防御に秀でる銀は表裏一体だ。故にどちらも使えて当然だと思うがな。攻守ともに極めてこそ武人の境地というものだろう。」
それができないから珍しいのであるが…。できる者の気持ちとはこういったものなのだろう。そこを議論する気もないので目の前に集中することにする。
「さぁ、折角温めってきた身体が冷めてしまう。愉しい殺し合いの続きをしようではないか!」
ここにきて一番の笑顔でバーバルは言い放つ。王様のくせに何てこと言うんだ、もう悪役のそれだよ…。
「おやめなさい!」
バーバルが今にも飛び掛かろうとしていたところで、外野から声がかかる。戦闘を愉しんでいたバーバルは思わぬ静止を受けてあからさまに不機嫌な態度を取り出す。
「何の用だ!余の娯楽の邪魔をしてタダで済むとは思うまいな、アイリス嬢!」
なんと制止に現れたのはアイリスであった。傍らにはヤンヤンとマクマク兄妹もいる。
「なかなか終わらないので心配して来てみれば、様子を見に来て正解でした。バーバル様はシュウさんの実力を確かめるだけとおっしゃいましたのに、何故あなたの娯楽に付き合わされているのですか!何故側近たちは傍から見ているだけなのですか!自国の長が道を外れれば過ちを説き伏せるのがあなたたちの役目でしょう!」
「し、しかし…。」
「しかし、ではありません!バーバル様、ワタクシは怒っているのです。先ほどのあなたの攻撃、あれは本気でシュウさんを殺そうとしていましたね!」
あの振り抜き方といい、そうだろうなと思ってはいたが、当のバーバルは大斧を肩に担いで遠く空を見上げていた。誤魔化しかた、下手くそか!
「それでもシュウさんは騎士王の攻撃を躱し反撃に出たのです。これ以上、何を見定めるというのですか。彼の実力が本物なのは誰の目で見ても明らかでしょう。」
「………。ふん!」
空を見上げていたバーバルは僕を横目で見るとまたソッポを向いてしまう。もう態度に王様のそれはなく、駄々を捏ねる子供である。
「よかったですね、シュウ様。アイリスがこの城にいたおかげで死刑にならずに済みましたよ。」
「ルナ………。さてはアイリスたちが城にいること、知ってたな。」
「はて、何のことでしょう。」
このガイド様は真面目なのか不真面目なのかイマイチ掴めないところがある。知っていたなら教えてくれてもよかったのに…。
「シュウさん、すいませんでした。バーバル様の言葉にまんまと騙され城の案内を受けていたところだったのですが、シュウさんがいらっしゃると聞いたときにもっと早く気付くべきでした。」
「いや、別に怪我をしたわけでもないから大丈夫だよ。それよりもルナがアイリスは知り合いのところへ会いに行ったって聞いてたけど、もしかしなくても陛下が知り合い?」
僕が聞くとアイリスは少し迷うそぶりを見せる。だが、答えをはぐらかすことはしなかった。
「えぇ、バーバル様とは私が幼少の頃にお会いしました。ほら、父に連れられてアルテディズでの社交界に赴いた際のことです。
何とかジルダート王国の助力を乞えないかと思いここまで来たのですが、シュウさんが討伐依頼に向かった村の話を聞いたバーバル様がシュウさんに興味を抱かれまして…。」
そのあとが言いづらいのか、アイリスが言い淀んでいるとバーバルが横から口を挟んできた。
「余は言ったのだ。冒険者シュウが討伐隊隊長の言う通りの実力を持っていれば手を貸してやる、とな。だから当初ダリアに命じていたプラチナランクに足る人物かの実力審査を余自身が見ることにしたのだ。」
なるほど、だからちぐはぐな話の流れになっていたのか。
「なるほど。それで、僕は陛下のお眼鏡にかかりましたかね?」
「貴様!言葉遣いに気をつけよ!」
「やめろ!貴様こそ口の利き方を覚えたらどうなのだ。この男は余の攻撃を防ぐどころか掠り傷一つ負わずに避けたのだぞ。強さこそを重んじるこの国で、貴様が冒険者シュウに対してそのような態度を取れるか十分に熟考するのだな。」
バーバルは冷たい目を叫んだ部下へとぶつける。それを受けた部下は青ざめた顔でその場にへたり込んでしまった。
「それで、バーバル様。シュウさんはいかがだったのです。ワタクシの申し出を受けていただけるかお答えを聞かせていただけますかしら。」
アイリスは貴族令嬢が使うような言い回しでバーバルと対峙する。そこでは権力者同士の腹の探り合いが始まっているように見える。
「ふむ、いいだろう。力を貸してやる。」
その言葉を聞いた瞬間にヤンヤンとマニマニは弾けるように喜びを露わにする。ただし、アイリスだけは落ち着いた佇まいを変えず恭しく礼を述べる。
「寛大なお言葉、感謝いたしますバーバル国王陛下。願わくば正式な公文書として一筆認めていただけますでしょうか。」
「ふん。全く以て幼子の頃よりしっかり者だっただけのことはある。随分と強かになったものだ。
よかろう、書いてやるので後ほど余の執務室へ来るが良い。それからダリア、望み通りこの解放軍のジルダート代表は貴様に任せる。ただし、ギルドマスターの業務と兼任することが条件だ。それでよいな。」
「はっ!ありがとうございます、陛下!」
ダリアさんは敬礼をして頭を下げる。僕の知らないところで色々と話が進んでいたようだ。これはあとでルナを問い詰めるとして、僕は僕で大事な話が残っている。
「あの、ところでダリアさん。僕が提出したワイバーンの魔石って換金してくれるんですよね?僕の登録証はエクロキア大陸で作ったものですが、入金とかってどうなるんですか?」
今回、ワイバーン三体を討伐したので買取金もそれなりにまとまった額になるなずである。別に『ボックス』があるので問題はないのだが、大金をその場で貰ってしまうと余計なトラブルになりかねない。何と言っても街に停まっている商人の馬車でさえ狙われる世界なのだ。
「あぁ、それについては問題ない。登録証の作成は大陸間で話し合ったうえで作成過程を厳格化しているからな。だからこそ冒険者登録証は身分を証明できるし、ランクが高ければ各国の要人に認められた証となる。尤も、ブロンズやシルバー程度では大した価値はないがな。」
受け入れるハードルは低くランクが上がるにつれて狭き門となっていくのは有名な話だが、世界規模で信頼性があるとは驚きである。僕がデルベホネ大陸へ渡ったとき、本当に効力があるかは分からないが、ルスト公爵が僕をプラチナランクにしておきたかった理由が分かった気がした。
「良し、これで話は終了だな。では、冒険者シュウ。余と今一度………。」
「シュウさん!それでは宿へ参りましょう。ダリアに換金の処理をお願いしなくてはなりません。あぁ忙しい忙しい。そう言うことですので、ワタクシどもはこちらでお暇させていただきますわ、陛下。」
そう言ってアイリスはカーテシーを決めて、呆気にとられる王様など気にも留めず僕たちを連れてさっさと修練場を離れていくのであった。




