第105話 続・竜の誘い
入山許可を貰った僕は『竜の巣』と呼ばれる山を歩いている。
このような名前が付いているだけあって山中にはワイバーンの他にアースドラゴンもいるようだ。ボールドンで見たアースドラゴンよりも一回り小さいものが目立つが、個体差があるのかもしれない。ワイバーンも同じく、エクロキア大陸で会った個体よりも小さいものが多い。
「おっかねぇ場所とばかり思ってりゃ、案外普通の山と変わんねぇもんですねぇ。」
僕が何の揉め事もなく入山できたのはベンのおかげだ。彼が僕の能力を高く評価し熱弁してくれたので隊長や村長は首を縦に振ってくれたわけだが、何故かベンが付いてくることになった。
あれだけ危険だと言っていたのだから止めると思いきや、誰もベンのことを止めようとはしなかった。僕一人では不安だったのだろうか…。
「ベンさん、警戒して進んでください。どうしてかは分かりませんが、ドラゴンたちは僕たちを襲うつもりがないようです。今は僕たちが通る場所を避けるようにしていますが、いつ心変わりするとも限りませんから。」
「流石は旦那。本当に気配察知が使えるんですね。実はあっしも使えるんですよ、気配察知。」
「へぇ、じゃあベンさんは斥候役が得意なんですか?」
「パーティを組むときゃあそういうポジションに付くことが多いですね。まぁ、ジルダートに来た冒険者を案内するほうが安定して金が入るんで、あっしが外回りに出ることは少ないですがね。」
王都では他所から来た冒険者の案内や王都内での活動を内回り、一般的な冒険者の活動を外回りと言い、王都ギルド所属の冒険者は自分にあった稼ぎ方ができるのだそうだ。
ベンが言うには外回りのほうが稼げるが、危険なうえ依頼を失注することもあるらしいので安定性に欠けるらしい。
「気配察知のスキルがあれば同行料をパーティから都度取れば良いんじゃないですか。重宝されると思いますよ。」
「それも手ではありますがね。踏み倒す奴もいるし、討伐した後の分配金も貰えないんでそこまで美味しくねぇんでさ。それにあっしは旦那ほど感度が良くねぇ。今も遠巻きにドラゴンたちが見てるなんて言われても何も感じねぇほどですよ。」
ダラスから聞いた話では僕の気配察知はかなり高性能らしい。気配を感じる範囲もそうだが、そこに何があるかを特定する能力が異常なのだと言っていたことがある。
それを鵜呑みにするならベンが僕と比べてもあまり参考にならないのかもしれない。
「まぁ、あっし自身、内回りのほうが性に合ってるんで今の暮らしが気に入ってるんですよ。」
「そうですか。自分の望んだ生活ができているのは良いことですね。僕も本当は……。」
そこまで言って僕は立ち止まる。僕の気配察知に先ほど襲って来た飛竜が引っ掛かったのだ。どうやら仲間がいるらしい。そして、それは僕が思っていた通りの仲間である。ただ、どこか衰弱しているようだ。
「目当てのドラゴンを見つけました。少し急ぎましょう。」
僕はそう言うとベンを連れてさらに山の奥へと登っていくのだった。
◇◇◇
「おいおいおいおい…。だ、旦那ぁ、本当にここを通って大丈夫なんですかい……。あっしゃあ恐怖で心臓が止まりそうだ。」
ベンが顎をカチカチと鳴らしながら僕へ縋り付いてくる。だから付いてこなければよかったのに。
今更一人で引き返すほうが危険なので、僕から離れないように指示を出す。その指示を聞いたベンは子供のように僕の腕を力一杯に掴んで離さなくなってしまった。
「ま、ままま、まさか…。旦那が今向かってるのって…。いやいやいや、マズい!あれはマズいですよ!?帰りましょう!今すぐに帰りましょう!」
「そうはいきません。僕の目的は最初からあそこにいる彼らに会うことですから。それに今回は戦闘にならないと思いますよ。」
僕はそう言いながら歩みを弛めることなく進むと、ついに目的地である洞穴へと辿り着く。その中を迷いなく入っていくと直ぐに彼らに会うことができたのだった。
「久しいな、シュウ。」
「やっぱりあなた達でしたか。脱獄したって聞いてましたけど、まさかこの大陸にいたとは驚きです。」
そこに居たのはカーンであった。カーンは封印された古龍を復活させてエクロキア大陸を手中に入れようとしていたドラゴノイド種の悪魔である。
傍らには部下のバルバトスがいるが、何やら苦しそうにしているようだ。
「本来なら直ぐにでも魔界へ帰りたいところだが、我々は悪魔間の条約に違反しているうえ龍王の命令を無視してここへ来てるのでな。帰るにも時期を見計らう必要があるのだ。」
「それで、その時期が来るまでこの場所で鳴りを潜めていると。なるほど、ここにいる理由は分かりました。ですが、何故そんなに衰弱してるんです?お仲間の容態は結構危ないみたいですが。」
カーンはバルバトスを横目で見てから改めて話始める。
「貴様はこの空のことをどれほど知っているのだ。」
「この、空のこと?」
僕はオウム返しに聞き返してしまう。空のことと言われてもいまいちピンと来ない。
「聞き方を変えよう。貴様は野生化した魔物たちが、大陸を移動しない理由を知っているか。」
「自然とできた縄張りの中で互いの魔物が牽制し合っているため、魔物たちが大きな移動をすることがないのでしょう?」
「その解釈は間違っている。確かに縄張り意識は存在するが、元々魔物は悪魔の眷属だ。基本は眷属同士で争うことはないためそういった解釈になるのは分かる。ただし、それは上位者となる悪魔がいれば、の話だ。
この世界にいる魔物の殆どは獣人種の眷属となるが、奴らは数が多いため眷属同士の縄張り争いも行う。そうなるとより住みやすい地を求めて大陸を渡ることも十分に考えられるとは思わんか。」
確かに魔物にはドラゴンをはじめ、空を飛ぶ魔物も存在する。縄張り意識があっても群れから溢れれば違う場所を求める魔物がいても不思議ではない。
「つまり空には大陸を渡ることができない何かがある?」
カーンの言い分から導き出した答えを言うとカーンは深く頷いて答える。
「大陸間に跨る海の上空は、風の刃を伴った激しい乱流が常に吹き荒れている。これが自然の障壁となり空からの渡航を妨げているのだ。
無理をすれば渡ることもできるが、風の刃を防ぐには強力な障壁と頑強な肉体がいる。耐えきって大陸を渡れても、衰弱が激しく自力で動くこともままならん。
まぁ、そうでなければとっくに我々悪魔が空からこの世界を蹂躙しているがな。」
「二人はその空を通って来たため衰弱しているってことですか。ここに僕を呼んだ理由は二人の治療をさせるためですか?」
「別に俺が貴様を呼んだのではない。バルバトスの騎竜がワイバーンを使い、近くの村から食料を取ってきていたようだ。その過程でお前を見つけたに過ぎん。」
「そうですか。それじゃあ僕がこのまま帰っても文句はありませんね。」
『グァアアォ!』
僕が踵を返そうとすると騎竜が大きく吠え始める。主であるバルバトスは意識が朦朧としているようで、先ほどからうめき声を上げている。
「一つ聞きたいんですが、何で無茶してコチラの大陸にやってきたんですか?時期を伺うならエクロキア大陸でもできるし、人化すれば船だって使えるじゃないですか。」
「それでは騎竜はエクロキア大陸を渡れん。それに我々が帰るにはデルベホネ大陸へ向かうか、ある人物を探すしかない。
その人物がエクロキア大陸を出たと聞いたので我々も渡る決心をしたのだ。」
「ある人物って誰ですか?」
僕が怪訝な顔をしながらカーンに聞くと、カーンはまたしてもバルバトスのほうを見てから話し始めた。
「その質問に答える前にどうかバルバトスを治癒してやってほしい。自己治癒力が高い悪魔でも致命傷となる傷は治せん。
効きが悪いため白魔術でもない限り治療も出来んのだ。バルバトスを治してくれれば欲しい情報は与える。また、俺がお前たちの世界に今後一切干渉しないと誓おう。」
「その言葉を信じるとでも?」
僕の言葉にカーンは懐から何かが彫り込まれた魔石のようなものを取り出す。
「これは主従契約を強制的に執行する呪術が刻まれた錬金道具のようなものだ。これに従者の血を加えて主人の魔力を込めれば契約は成立する。
この石を割るか、主人が契約破棄を口にしない限りは永劫続く契約となる。」
そう言いながらカーンは片手をグッと握り、拳から血が滴ってくるまで力を加え続ける。そして、滲み出た血をその石にかけると、石が仄かに赤黒く光り始めた。
「あとは貴様が決めるがいい。」
カーンは僕のほうに石を突き出してくる。
正直、主従契約なんて御免被りたいが、これによって情報が得られるだけでなくカーンのことを封殺することができるのは大きい。
「部下のためとはいえ、そこまでする理由はなんですか?」
僕は決断する前にどうしても聞きたかった質問をする。
「バルバトスは俺にとって只の部下ではない。俺を一番に慕い、最も信頼を寄せてくれる最大の理解者だ。
此奴のためなら俺はこの契約を交わすことに躊躇いなどない。」
真剣な目であった。真っ直ぐに見つめるその視線は嘘だと疑うことさえ恥ずかしくなるほどに迷いがない。
「……。分かりました。約束は守ってもらいますよ。」
僕は石を受け取り魔力を込める。すると石に彫られた紋様が光り出し、何かの術が発動したことを報せる。
「では、僕も約束を守りましょうか。〈彼の者に聖なる癒しを〉」
僕はバルバトスに対して白魔術をかける。今まではどんなに重傷でも対して時間もかからずに治っていたが、悪魔は白魔術に耐性でもあるのか頗る効き目が悪い。
それでも遠慮なく魔力を注いでいき、いつもの三倍の時間をかけて治癒することに成功した。呼吸も安定しているので恐らくは大丈夫だろう。
「シュウ、借りができた。感謝する。」
カーンが頭を下げると騎竜もそれに従って平服する。
感謝されるのは悪い気がしないが、敵だった者にこんなことをされるとは複雑なものである。
「それよりも『ある人物』って誰なんですか。」
このままではコチラが謙遜してしまいそうなので、違う話題に持っていくことにした。
カーンは居住まいを正してから答える。
「その者は転移魔法が使える特異体質で、我々がエクロキア大陸へ来れたのも彼の者の力だ。
どうやらその者は悪魔ではなかったようだが、余り接点がなかったので詳しいことは分からん。
だが、彼の者の力があれば個別ではあるが、悪魔をこの世界へ任意の場所に送ることが可能であると証明された。この人物を抑えることができるかは今後大きな意味を持つだろう。
先ほども言ったが俺とバルバトスはあ奴の素性は知らん。転移するときも顔を隠していたのでな。ただ、ヴィクターはあ奴をこう呼んでいた。
『エドガー枢機卿』と。」
何やら嫌な予感が僕の胸をざわつかせるのであった。




