第103話 発祥の地
――――ジルダート王国 国境
水上都市ロズロから街道を歩き、僕たちは国境を越えジルダート王国へと入っていた。国境線上に検閲所はなかったものの、少し進んだ先にすぐ砦が現れる。
「すごい人の数だな。まるでテルトーダの国境みたいだ。」
砦には行列ができており、商人や冒険者が順番を待っていた。どうやらここが実質的な関所のようだ。
「ジルダート王国はこの世界でも有数の軍事国家です。テルトーダのように商品の流入に厳しい制限があるわけではありませんが、脅威となるものがないかを調べるために常に厳戒態勢が敷かれています。」
僕の驚きにルナが補足説明を加えてくれる。ルインルスアルテ大陸の情勢まで説明できるとは流石はガイド様である。
「でも、厳戒態勢が敷かれているなら人身売買なんてできないんじゃないの?」
「シュウさん。ジルダート王国は奴隷制度が認められている国にあたります。登録証などの検閲は入りますが、人買いが国境を通ること自体は不思議ではないんです。」
今度はアイリスが僕に教えてくれる。前の世界でも奴隷制度はあったが、僕がいた時代ではその制度自体が絶対悪というのが常識だった。当たり前のように人の売り買いがされると聞くとどうしても嫌悪感が生まれてしまう。
「シュウ様、そのようなお顔をしているとジルダートでは王族に対する不敬と取られますよ。」
無意識のうちに眉間に皺を寄せ目が鋭くなっていたようだ。ルナに指摘された僕は額に手を当てて心を落ち着かせる努力をする。
「ふふ、シュウさんがそのような人物で安心しました。私も奴隷制度は好みませんから。」
アイリスが小声で囁く。アイリスの国では従者や従僕という関係性は存在するが、奴隷制度は禁止されていた。それでも他国の制度に口を出すわけにもいかないため、周りに睨まれない配慮をしていたのだという。
その後は他愛もない会話をしつつ長い列が縮むのを待ち、ついに僕たちの番が訪れる。
「お前たち、冒険者か?武器の持ち込みは冒険者ギルドが発行した登録証か紹介状の提示が必要だ。」
「はい、こちらで大丈夫でしょうか。」
僕は自分の登録証を出す。これを出せば他の皆は出さなくても大丈夫だとルナが言っていたが、門番の厳つい顔がさらに険しくなってくるのを見て不安になってしまう。
「まさか、これは…。エクロキア大陸のプラチナ冒険者なのか!?」
門番の一言で周りがざわつき出す。エクロキア大陸でもプラチナランクは特別視されてはいたが、ここまで周りが大きく騒ぐようなことはなかった。
「な、何か問題でもありますか…?」
「……はっ!こ、これは失礼いたしました、閣下!お連れの皆様の検閲も結構です。どうぞ、お通り下さい!」
僕は不安になり恐る恐る門番へ確認すると僕の登録証を見ていた門番は弾かれたように顔を上げ、敬礼して迎え入れてくれる。
「なんだったんだ、いったい。」
「ふふ、シュウ様。この国は軍事国家であるのと同時に冒険者ギルド発祥の地でもあるのですよ。そのためプラチナランクを認められたシュウ様のことは皆英雄のようにして崇めるのです。王都へ着いたら冒険者ギルドへ顔を出しておくと良いでしょう。きっと融通を利かせてくれますよ。」
「ふーん。良く分からないけど、不利益がなければ何でもいいか。大した検閲もされずに済んだし、結果オーライかな。」
◇◇◇
ジルダートの関所から数日後、僕たちは相も変わらず街道を進む。変化があったのは移動手段が徒歩から馬車になったことくらいだろうか。関所から一番近い町へ着いた際にルナと馬車の調達へ行ったのだが、店の店主に僕がプラチナ冒険者と知れると、直ぐに専属の馬車を用意してくれた。それまで全て出払っていると言っていたのに現金なものである。
そんなわけで、王都まで貸し切りの馬車を格安で手に入れることができたのだった。
「王都に近付くにつれて野営地みたいなのが増えてきてない?」
「そうですね、駐留軍でしょうか。ここまでの軍隊を組織できるのはやはり軍事国家特有なのでしょう。」
僕の呟きにアイリスが頷く。
ここまで通ってきた街道は平野が多く、見晴らしが良い。そのため遠くまで見えるわけだが、その景色には事あるごとに野営用のテントが目に付くのである。
軍事演習をしているところを見かけた時に御者からジルダートでは珍しくない光景なのだと教わった。常に軍隊が駐留し、演習の度に殺傷率の高い魔法が飛び交うというのが普通とは中々恐ろしい国である。
尤も、ここまで軍が拡大したのは現国王の政策が大きく関わっている。富国強兵を掲げる現国王は国民に国土の開拓と徴兵による兵役を課している。徴兵された者の中には開拓民となることを免れるためにそのまま軍隊に身を置くものも少なくないのだという。ただし、その軍事演習は苛烈を極めるので耐えきれずに亡くなってしまう者もまた少なくないのだそうだ。
「さぁ、着きましたよ。ここが王都バーバルです。」
そうこうしているうちに着いたようで、御者が到着を告げる。
流石は軍事国家の王都、城壁の高さが尋常ではない。四、五メートルほどが一般的なこの世界において、この街の城壁は十メートルはある。巨大な物体が攻めてくることを見越してでもなければここまで高い城壁は建てないだろうが、まさかドラゴンが現れるわけでもなかろうに。これを建てさせた人物は心配性なのか、権力を誇示したいのか。
そんなことを勝手に考えながら見上げていたら馬車はさっさと城門をくぐってしまった。
御者に礼を言いつつチップを渡して別れると僕たちは冒険者ギルドへ行くことにした。宿屋に向かうよりも先にギルドへ向かうのはルナの進言によるものだ。
「で、でかい!」
冒険者ギルドに辿り着くとそこに現れたのは四階建ての建物だった。商業施設でも二階建てが主流のこの世界で四階建てというのは異例である。建築技術がままならないというよりも、巨大な建造物は権力者の特権であり為政者に睨まれてしまうため避けるのが一般的だからだ。
それが、堂々と街の入り口付近に建っているのはよっぽどギルドの力が強大か為政者に認められた者がマスターでなければ成り立たない。
「ジルダート王国は冒険者ギルド発祥の地と申しましたが、ギルドを立ち上げたのはジルダート王家です。そのため、現在の運営も国家が行っておりギルドマスターは国の要職に当たります。だからこそここまでの建造物が許されているのですよ。」
ルナが僕の心を読んだかのように説明してくれる。それでも開いた口が塞がらない僕もこの世界に染まってきているらしい。前の世界で高層ビルを見慣れていたはずなのに、権力の象徴のように感じてしまっていた。
そんなことはお構いなしといった様子で、ルナは一行を連れてギルドへ入っていく。
僕も遅れて入るが、中もまたエクロキア大陸では考えられないものであった。内装は綺麗に整えられ、巨大な受付カウンターには十を超える窓口が並んでいる。業務を熟す従業員も隙が無いほど身だしなみが整っており、粗暴な冒険者にも紳士的に対応していた。
ルストの冒険者ギルドに決して不満があるわけではないが、ここまで行き届いたサービスをみると見劣りしてしまうのは無理ないことだろう。いうなればモーテルと高級ホテルくらいの差があるのである。まぁ、国家が運営するギルドと比較されるのはアッガスに悪い気もするが。
「お待たせいたしました。本日はどのようなご用件でしょうか。」
窓口に並ぶとすぐに受付嬢が対応してくれる。
「あの、僕たち遠方から来まして、できれば宿屋の斡旋をしてほしいのですが…。」
僕は恐縮しながら冒険者登録証を見せて用件を伝える。すると、一瞬驚いた顔を見せた受付嬢だったが、直ぐに表情を改めて段取り良く手続きをしていく。
「閣下にご紹介できる宿泊施設ですが、中央広場にほど近い五つ星の宿屋がございます。問題ないようでしたら馬車を手配いたしますが、いかがでしょうか。」
「え?そんなに高級な場所は求めてないので、できればもう少し安い場所がいいのですが…。」
「ご心配には及びません、閣下。ギルドから指定する依頼を一つ熟していただければ一か月分の宿泊代は免除となります。また、こちらはプラチナランクでいらっしゃる閣下特有のサービスとなりますが、お食事も一級品を無償でご用意させていただきます。」
なるほど、何となく見えてきた。
国が経営しているということはやろうと思えば融資も思いのままということだ。軍事国家なのだから強い冒険者を受け入れることは不思議ではない。であれば、よりランクの高い冒険者にいい思いをさせて国お抱えの冒険者としてしまえば有事の際に重宝するということだろう。要するに冒険者ギルドは国家事業の一端というわけか。
とまぁ、絡繰りは見えたものの、別にこれを受け入れると強制的にジルダート王国の傀儡になるわけでもないし、向こうが勝手にしているサービスなのでこちらが気を遣うこともない。是非にというのなら乗ってあげるほうが向こうも喜ぶというものだろう。
「では、そのようにしてください。ちなみに、依頼はどのようなものになりますか?」
「そうですね。閣下へのご依頼は翼竜討伐となります。」
「……へ?」
またドラゴンですか?
ドラゴンに好かれる冒険者…。




