第102話 祖国の事情
『野薔薇の団』と野盗たちを壊滅させたあと、皆に捕縛を任せて僕は飛翔魔法で近くの町へ向かった。
飛んでいることが知られると話がややこしくなるので、着く手前で降りて向かうと町の入り口を守っていた衛兵に事情を説明する。どうやら、あの自称自警団は評判が余り良くないようで、『野薔薇の団』の単語を聞いただけで衛兵は訳知り顔になり真剣に聞いてくれるようになった。
流石に野盗と手を組み村ぐるみで人身売買の斡旋を行なっていたことには驚いていたが、自警団を名乗るわりには傲慢で素行が悪かったのでそれも頷けるのだという。
妙に納得した衛兵が上へ話を通すとすぐに人を手配してくれたので、僕は昼間のうちに皆の元へ帰ることができたのだった。
「しかし、良く『野薔薇の団』が人攫いに関わっているなんて分かったね。ここまでルナの読み通りだとは思わなかったよ。」
罪人たちを警邏隊へ引き渡したあと一緒に町まで戻るとここで一泊することになった。今夜の宿を決めて食堂へ向かった先で僕が話題にしたのが、ルナのことである。
「シュウ様、情報は時として剣に勝るものです。実は『仮面の七人』に売買の痕跡を追って貰った際、『野薔薇の団』の噂も耳にしていたのですよ。
流石にあんなあからさまな鎧を着ているとは思わなかったので、本当にジルダート王国と関わりがあるのか疑ってしまいましたが。」
「しかし、鎧を見ただけで良くジルダートの騎士であったと見抜きましたね。私も何度かジルダート騎士団の鎧を拝見していますが、あのような鎧は見たことがありません。」
僕たちが目指すアルテディズ国はジルダート王国と隣り合っている。アイリスは余りこちらの世界へ来ることはなかったが、親と共にアルテディズ国主催のジルダート王国との社交界に連れ出されることがあったそうだ。
その記憶の中で見た鎧は団長が着ていたものとは似ても似つかないものだったという。
「アイリスさん、あなたがあの鎧を見たことがないのも無理はありません。あの鎧は先代ジルダート国王が前線で活躍していた時代に使用されていたものですから。」
「先代国王…。確か現国王が即位してからもう直ぐ三十年になるはずですが、それよりも前に作られた鎧を良くご存知でしたね。」
「アイリスさん、先ほどシュウ様にもお伝えした通り、情報は武器となります。であれば、事前に学習しておくことは重要だと思いませんか。」
ルナは実に優しくアイリスへ語りかける。
「なるほど。ルナーリアさん、とても勉強になります。ヤンヤン、私はもっと世を知らなければならないようです。」
「承知いたしました、姫様。祖国を取り戻しました際には、こちらの世界との交流を増やしましょう。」
アイリスとヤンヤンは互いに決意を胸にして頷き合う。
「そう言えばアイリスさんがいた魔…裏世界では他国との交流はなかったのですか?」
「父が健在の頃はアルテディズ国へ向かうこともありましたが、それ以外では特にこれといった交易などはしていませんね。ですが…。」
そう言うとアイリスは顔を伏せる。
「あまり言いたくないようなことであれば言わなくていいですよ。」
「いえ、シュウさんたちには聞いて戴きたいのです。私たちの祖国が今、どんな状況なのか。」
アイリスは意を決したように伏せていた顔を上げて真っ直ぐと僕たちを見てくる。僕とルナは互いに視線を合わせたあと、何も言わずにただ頷く。
「少し昔話からさせてください。
私たちの祖国は裏世界の中にある島国です。元々弱い種族である我々は大陸にいるとされている悪魔たちに対抗する力がありません。
それでも裏世界で住んでいられるのは海の魔物たちが防波堤となっているためなのです。」
アイリスたちの戦いを見ても、コチラの表世界であれば十分に強者として通用するだろう。しかし、悪魔が跋扈する世界であれば話は別である。
抗う術を持たない国家は消えていくのはどの世界においても共通していた。
「島を囲う海洋のおかげで敵勢力の脅威に晒されることが無い一方、国交を結べない祖先は自給自足を余儀なくされていました。
そんなとき、洞窟調査を行なっていた調査隊が表世界への通路を見つけたのです。そこはアルテディズ国の前身となる国の領地でしたが、まだ発見されていないダンジョンだったようで我々が裏世界からやってきたことを知られずに済んだと言います。
また、偶然にも調査隊が通ったダンジョンは魔物などもおらずダンジョン特有の地形変化も起きない場所でした。
それを知った当時の王は表世界の国へ交渉団を派遣することにしました。当時、祖国は深刻な貧困に悩まされていたので表世界の物質がどうしても必要だったのです。」
「なるほど。そこから交易が始まったんですね。」
「…えぇ。時は過ぎ、表世界の国がアルテディズ国となって随分立った頃には表世界から裏世界の祖国へ移住する者も現れました。それがヤンヤンたち『魔人』です。」
「魔人?ヤンヤンさんってランプの精か何かだったんですか?」
『魔人』と聞くとどうしても青い肌のランプから飛び出す陽気な人物を思い浮かべてしまうが、どうやらそれとは意味が違うようだ。
ルナ以外の皆が一斉に首を傾げている。
「シュウ様、『魔人』とは通称のようなものです。ヤンヤンとマニマニ、それとマクマクは混血種ですが少し複雑な事情があり世間でそう呼ばれているのです。」
ルナの説明の中で濁された複雑な事情というのは、ここで話すような内容ではないのだろう。僕は一人納得するとアイリスに続けるように促した。
「ヤンヤンたちの祖先と私の祖先は互いに手を取り合い、祖国を発展させていき私の父の代には貧困問題はすでに解決して豊かな暮らしができるようになっていました。
そんなときに現れたのが、父の第二王妃となる人物です。」
第二王妃のことを口にした途端、ヤンヤンとマニマニが苦虫を噛み潰したような顔をし始める。
「私の母である第一王妃は私を産んだ際に亡くなりました。それから父は王妃を取ることなく暮らしていましたが、ある日いきなり女性を連れてきて第二王妃としたのです。
日頃から私によく相談していた父にしては性急な話だったので、今にして思えばもっと疑うべきでした。
第二王妃が即位すると徐々に父の様子がおかしくなっていき、気づけば重要な判断さえも第二王妃任せとなっていました。
そして、就寝中に父が乱心したとして断罪したのです。それからは坂を転がるような目まぐるしさでした。
父は罪を認めたとして処刑され第二王妃が女王を自称するようになると、父方に与していた派閥を次々に捕らえていきました。
父の処刑ー受けて私も隠れ館に身を潜めていましたが、これも見つかり、多くの臣民を犠牲にしてシュウさんたちの元に辿り着いたのです。
そのため、恐らく祖国は完全に第二王妃の手中となっているでしょう。
私たちは祖国を取り戻すため、難を逃れた父方の派閥を集めて第二王妃を打倒します。これが祖国の状況と私の旅の目的です。」
アイリスは犠牲になった者たちを思い浮かべ、防ぎ切れなかったことを悔やんでいるようだった。
「ルナ、今の話って…。」
「えぇ、恐らくは黒魔術でしょう。」
「黒魔術…。ですが、父も私も精神干渉系の魔法には耐性があります。そんな父が魔法にかかることなどあるのでしょうか。」
「黒魔術は黒魔法よりも、より強力な精神魔法です。耐性があっても掛けられていることに気付かなければ徐々に術中へと引きずり込まれる可能性があります。完全に遮断できるのは黒魔術か白魔術を扱うことのできる者くらいでしょう。」
「そんな…。それじゃあまさか……。」
「どうやって入り込んだのかは分かりませんが、悪魔が絡んでいると見て間違いないでしょう。」
ルナの話を聞き、アイリスたちが息を呑む。相手にしているのが同族ではなく悪魔だと言われれば無理もなかった。
「シュウさん、ルナーリアさん。あなた方に話を聞いてもらってよかった。
悪魔の可能性が出てきてはこれ以上ご迷惑はお掛けできません。マクマクを連れてどうかエクロキア大陸へお帰りください。」
「そんな!姫様、俺はマニマニや家族が心配で付いてきたんだ!こんなところで引き返すわけにはいきません!」
「ですが、危ないと分かっていて死地に向かわせるなど私には到底できないことです。あなたは既に出奔した身なのですから、あちらで待っている親しい者のために帰ってあげなさい。」
マクマクは食い下がるもアイリスが折れる気配はない。
「アイリスさん、あなたはシュウ様のことをどう感じておられますか?」
ルナが唐突にアイリスへ問いかけると、アイリスは想定外の質問に目を瞬かせてしまう。
「アイリスさんの目からみてシュウ様は弱い人間ですか?筋肉もなく、これといって特筆すべき点もない只の一般人でしょうか。
私がシュウ様であれば悪魔を打ち倒すことができると言えば信じて頂けますか?」
「悪魔を、打ち倒す…?そんなこと、出来るはず……。」
「いや、姫様。このシュウという冒険者はそれが出来ます。実際に二度も悪魔と戦い撃退させているのですから。
この男がいれば祖国に巣食う悪魔も一掃できる。俺たちは彼が悪魔と対峙するための露払いをしてやればいい。それであれば、俺が同行する意味もあるはずです。だから俺も連れて行ってください。」
マクマクは必至にアイリスを説得しては頭を下げる。これには流石にアイリスも困り果ててしまっていた。
「アイリスさん、僕は確かに悪魔と戦った実績があります。だからと言ってあなたの祖国を解放出来るとまでは言い切れません。
それでも友人の手助けになるのであれば喜んで伴をしたいと思っています。
マクマクさんもここで突き放したところで陰ながら付いてくるでしょうし、僕たちもこのまま帰っては目覚めが悪い。
ですから、とりあえずアルテディズ国にあるダンジョンまでは同行させてください。あとはそこで考えましょう。」
「シュウさん…。」
「それに、あなたとの約束もありますからね。」
「約束?」
アイリスは何か約束をしていたか、と首を傾げる。
「ほら、忘れちゃいましたか。あなたの祖国にある絶景を見せてくれるのでしょう。僕は楽しみにしているんですよ。」
アイリスはロズロ国に着く前、船で僕と話した内容を思い出し、目を丸くする。
そして、優しく笑ってこう言うのだった。
「そうですね。これは何が何でも目的を果たさなければいけません。」
こうて僕たちは互いの気持ちを確かめ合い、翌日決意を胸にして町を後にするのだった。




