幕間 セズの不安
これはイヴとセズが宣誓式に向かったときのお話です。
「本当に大丈夫なんですか、イヴ様?」
「大丈夫とは何のことですか?」
「いや、それは…。あなたがこんな場所を歩いていることがですよ。」
「何を言うかと思えば。従者である私が歩いているのはそんなに可怪しいですか?」
「そういうことを言っているのではありません。私はあなたがラウノ王子殿下の従者をやっていることが不安だと申しているのです。
もしもこのタイミングで賊に襲われでもしたらお護りできるかも分からないじゃありませんか。」
「あら、セズ。あなたは同僚である私を護ってくれるのね。胸がときめいてしまうわ。」
セズは大きなため息を吐いて空を見上げた。目の前の女性は自分が時期女王の立場にいることが分かっているのかと、心の中で悪態を吐きながら見上げた空はセズの心模様を表しているかのような曇り空である。
ヌル・アダムズ国王へカルカス公国から招待状が届いたとき、初めはイーヴリン時期女王が名代として使節団長を務めることになっていたのだ。それがどうしたわけかラウノ王子が使節団長となっており、イーヴリン王女はイヴンで公務を熟すこととなっていた。
セズとしては帰郷する良い機会ではあったが、イーヴリン王女が移動するだけでもかなりの気配りが必要になるため良しとしていたのである。
それなのに国王との話し合いから帰ってくるなりイーヴリン王女は晴れやかな顔をして『ワタクシ、ラウノお兄様の従者になりましたの』などと宣うものだからセズは頭を抱えて夜も眠れない日々を送っているのだった。
「とにかく、これ以上目立つ行動は絶対に止めてくださいよ!護衛の話だけじゃないんです。あなたがこの使節団にお忍びでいることが分かれば各国の要人が黙っちゃいないんですから。」
「セズも中々世論を勉強しているではありませんか。確かにイーヴリン時期女王がこの使節団にいるのであれば、彼女が使節団長を務めるのが筋ですし、それがお忍びともなれば良くない噂を流されるのも必至でしょうね。まぁ、彼女がいれば、の話ですが。」
やけに肝っ玉の据わった主人に対してセズは先ほどよりもさらに深い溜め息を吐くのだった。
◇◇◇
「お待ちしておりました、ラウノ叔父様。カルカス滞在中のご案内は私とオルレアが務めてまいりますのでよろしくお願いいたします。」
クリスチャーノがラウノ王子と挨拶をしている中、セズは後方でその様子を見ていた。
イーヴリン王女は身分を偽ってこの使節団に同行している。そんな中、側付きである自分が会いに行ってしまえばそれこそ王女がここにいると教えてしまうようなものであった。世話になったオルレアやクリスチャーノに挨拶はしたいものの、ここは我慢する他にない。
(オルレア隊長…。)
そのセズを隣の同僚がジッと見つめてくる。
「やはり懐かしいものですか、故郷のお仲間は。」
「え?…はは、そうですね。でも俺…私はあなたに付いてきたことを後悔なんかしていませんよ。」
「ふふ、それはよかった。………。あの、すいません。クリス様ですよね?」
微笑むイーヴリン王女にどことなく満たされた気持ちになるセズであったが、次いでの発言に赤らめていた顔を真っ青にさせる。
「ん?君は…?………。ま、まさか…。そんな。…え?嘘だろ!?」
セズに負けず劣らずクリスチャーノの顔もみるみるうちに青くなっていく。それに気づいたオルレアも近寄ってくると知った顔がいることに気付いた。
「もしや、セズか?なんでイヴ様の側付きであるお前がこんなところにいるんだ。」
「あ、あはは…。どうも、お久しぶりです、隊長。」
「あぁ、達者でやっいる…の、か……。なぁ、セズ。まさかとは思うが隣の方はもしや……。」
「イヴ…。なんで君がこの使節団にいるんだい?ほら、言ってごらんよ。何でだい?」
クリスチャーノのこれまで見たこともない爽やか笑顔がセズには恐ろしく感じるのだった。
◇◇◇
「はぁぁぁ…。なんでこうなっちまったんだ………。」
ナインフォセア王国使節団がルストへ着くとセズは割り当てられた部屋の中で一人頭を抱えて蹲っていた。
「だから言ったんだ、不味いことになるって。いや、オルレア隊長に会えたことは嬉しいよ?だが、クリス様のあのお怒りようはどうだ。これじゃあ俺がイヴ様をお止めできなかったことが悪りぃみてぇじゃねぇか…。………。はぁ。」
セズは悪態を吐きながらもイーヴリン王女のことを憎むことができないでいた。取り立てて貰った恩義もあるが、主の我儘はいつものことなので変に慣れてしまったのだ。
「しかし、国王陛下もよくこんな無謀なことを了承したもんだ。」
イーヴリン王女から聞く話では、このお忍びはいくつか理由があるらしい。
まず、王家という地位に縛られることなくカルカス公国の人々の暮らしを視察することが一つ。もう一つは、人知れず悪魔たちが脱獄したことを関係者に伝えること。そして最後は……。
「お客様、お休みのところ恐れ入ります。お知り合いだと申される方が参られているのですが、お通ししてもよろしいでしょうか。」
「ん、知り合い?いったい誰が…。」
考え込んでいると外から宿屋の従業員が声をかけてきたので、そっと扉を開けてみるとそこにいたのは最も信頼を寄せていた元同僚であった。
「ヤッドじゃないか!」
「おう、元気そうだな。」
「まさか、訪ねてくれるとは。せっかく再開したんだ、下の食堂で酒でも飲もう。」
セズはヤッドを連れて食堂へ向かうと酒とツマミを適当に注文する。
「だが、ルストは厳戒態勢と聞いていたのにお前は持ち場についていないのか?オルレア隊長の副官ともなれば忙しくしてると思っていたんだがな。」
「厳戒態勢ではあるが、別に休みなく働いている訳ではない。尤も、昼夜問わず見回りは行なっているがな。それと、俺は今オルレア隊長の副官ではない。」
「何!?まさか降格したのか!?」
驚きのあまりセズは声を荒らげる。他の客が白い目を向けてくる中、ヤッドは声を低くして話し出す。
「何でそういう想像になる。逆だ、逆。カルカスは公国になったことで軍事の再編成を行なっている最中なんだが、その関係で俺はオルレア隊長の元を離れて大隊長に任命されたんだ。」
「な!?……何?そいつは大出世じゃねぇか。これで遂にオルレア隊長と同じ舞台に立てたってことだろ?」
「吟遊詩人の歌のような出世を果たしたお前に言われると少し複雑な気持ちにもなるが、まぁ、そうだな。
だが、オルレア隊長と同格なわけではない。隊長は一個旅団を任されることになったからな。」
「コイツはたまげた。オルレア隊長が一個旅団をねぇ。やる人だとは思ってたが、流石としか言いようがねぇよ。」
「全くだ。だから俺が大隊長になったのもオルレア隊長、いや、オルレア団長の後釜に付いただけだ。
それよりも、お前のほうも大変なんだろう?噂は聞いているぞ。中々に振り回されているそうじゃないか。」
ヤッドが言うセズを振り回している相手とは勿論イーヴリン王女のことである。
「ま、まぁ、否定できないのが何とも歯痒いけどな…。それでもあの人はあの人なりの信念に沿って行動をしてる。そういう人のためなら振り回されてもいいと俺は思ってるよ。」
「ほう、ソイツは故郷を離れた甲斐があったな。実は上手くやれているか心配していたんだが、俺の杞憂だったようだ。」
ヤッドはそう言うと笑いながらセズに酒を勧める。セズもまた気のおける元同僚に酒を奢ると二人は一気にグラスを煽る。その後も二人は取り留めのない会話で気兼ねないひと時に浸るのだった。
◇◇◇
それから宣誓式も無事に終了し、使節団がボールドンまで着くと案内役を務めたオルレアとも別れのときを迎える。
クリスチャーノは急用が入ったとのことで途中から顔を出さなくなったが、オルレアから激励の言葉をこっそりと受け取りセズは前向きな気持ちで帰路につくことができていた。
「随分と嬉しそうではありませんか、セズ。久しぶりの故郷は良い思いができましたか。」
「えぇ。友と会い、語らうことで曇っていた心のモヤも晴れた気がします。こればかりはイヴ様のお転婆に感謝しなければならないかもしれませんね。」
セズが笑いながらそう言うとイーヴリン王女もまた笑顔で返事をする。
「そう。それでは私のお転婆にもう少し付き合って貰いましょうか。」
「………。え?」
「あら、事前に伝えたはずですけれど。
これから私とあなたは元リード領で使節団を離れます。元リード領にはツィワン将軍が待っていますから領内の平定が済むまではイヴンへは帰りませんからね。
あぁ、心配せずとも勿論これもお父様やラウノお兄様と話し合っていることですよ。」
カルカス公国に向かうときも元リード領は通っているものの、あまり治安が良いとは言えなかった。
何でもリード男爵が爵位を剥奪され、統治が曖昧になったことでやりたい放題となっているらしい。
(はぁ、また何で自分から危ない橋を渡ろうとするかな…。)
セズは晴れたはずの心のモヤが再びかかり不安に苛まれていく。
こんなことならもう少し故郷を堪能しておけばよかったと思いながらボールドンのほうを振り向くが、見えるのは夏場だというのに雲一つない空だけである。
一瞬何かがものすごい勢いで空を飛んで行ったようにも見えたが、首を振って現実に戻ると、どうやってこの王女様を護っていくかについて考えることに集中するセズなのであった。
どうでもよい設定ですが…。
セズが帰路についたとき、裏ではテヒト首長をボールドンで見送ったシュウが飛翔魔法を使いルストまでトンボ返りしたりしています。




