第98話 続・海を渡ろう!
「海だーーーー!!」
「これが、海の幸………。」
「奇天烈な見た目なのにしつこくない味なのね。旨味が出てて美味しいわ。」
「………。私はちょっと苦手…。」
「マニマニ、確かに生臭さを感じる時もあるが、慣れればこれも悪くないぞ。」
「シュウ様、何を燥いでいるのですか。ちゃんと皆様をご案内してください。」
「あ、はい…。」
アルテディズ国までの護衛依頼を受けて僕たちはアヅィール聖法国へ赴いていた。
今回はアイリス、ヤンヤン、マニマニとその兄であるマクマクに、ルナと僕というメンバーである。マクマクが何故付いてきたのかというと妹が心配であることと故郷がどうなっているのかが心配であるためにルスト公爵へ旅の同行を直談判したのである。
マクマクの一族は代々隠密に長けており要人警護やスパイ活動を生業としているそうで、基本的に互いに連絡を取り合うことはないそうだ。そのため、家族が今何処で何をしているかは知らないらしい。
今回妹のマニマニと会えたのも偶然で姫の護衛をしていることも初めて知ったそうだ。
当のアイリスはというと、自分の出生を頑なに語ろうとしない。分かることと言えばどこかの王家の血筋であることと、祖国を取り戻すための解放軍を立ち上げることに躍起になっていることくらいだ。尤も、会話の流れでそう察しているだけで本人から聞いたわけではない。
そんなわけで謎多き女性というのも魅了的ではあるが、もう少し情報がないといざというとき依頼遂行の妨げとなるので、親睦を深めるために僕たちはアヅィールの名物料理である海の幸を堪能しているのである。
本当はすぐにでも海に渡りたいところなのだが、出港の準備に時間がかかっているため今日はアヅィールに泊まることになっている。そのこともあり、ダラダラと過ごしていてもアイリスたちがヤキモキするだけなので僕たちが案内役となって気分転換も兼ねて観光にしゃれ込んでいるのだ。
僕が燥いでいるのも明るく振る舞えばアイリスが心を開いてくれるかもしれないと思ってのことなので、決して自分が楽しんでいるわけではないのである。
「あ、このプリプリしたの美味しい。」
「え?どれ?」
「…シュウ様?」
「あ、ごめんなさい…。」
ルナさん、そんなに睨まなくても…。だってヤンヤン食べてる蛤、すごい美味しそうじゃない?
これ以上ルナが怒ると何が待っているのか怖いので、僕は真面目にアヅィールの街を案内していくことにした。とはいえ、僕が案内できる場所など限られているので、実際はルナが先導しつつ名所の由来などを話してくれる。僕はその後ろを歩いて皆が逸れないように見張っているだけである。
「この大聖堂はとても大きいのですね。私が住む国にも大聖堂はありますが、ここまで大きいものは初めて見ました。」
アイリスが目を見開いてその大きさに驚いている。それはそうだろう。
なんせこの大聖堂は城ほどの大きさと広さを誇る巨大建造物なのである。ここまでの敷地面積を誇る教会などそう在りはしないだろう。宗教色が強いアヅィール聖法国ならではの建物と言ってよかった。
「ここは月下聖教の総本山にしてアヅィール聖法国の政治の中枢を担う場所です。私も聖女としてこの大聖堂に住んでいました。さぁ、中へ入りましょう。」
ルナはそう言うと大聖堂の中へとアイリスたちを誘う。中に入るとそこは広い礼拝堂となっていた。天井は見上げるほどに高い。
「ここはひんやりとしていて気持ちがいいですね。明るさも敢えて抑えているのでしょう?心が安らぎます。」
「この礼拝堂は教徒が祈りを捧げるための場所です。今は疎らですが、一の鐘と三の鐘、それと五の鐘に合わせて教徒たちがこちらへ集まり祈りを捧げるのがこの大聖堂内にいる教徒の習慣となっています。」
ルナはアイリスに月下聖教が守る矜持や理について丁寧に教えていく。アイリスはどことなく血色が良くなり元気になっているようだ。ルナの言うことを真剣に聞いては質問を投げかけている。その姿はまるで一刻の王女が視察に来ているかのようだ。
礼拝堂を見終えると僕たちはルナの権限で大聖堂の奥の方へと進んで行く。
大聖堂の奥は居住区となっており、月下聖教の重鎮たちもここに暮らしている。そのため歩いていたら僕も知っている人物が前からやってくるのが見えた。
「おや、ルナーリアじゃないか。どうしたのだ、そんなに客人を連れて。確かお前は宣教の旅へ出たと聞いていたが。」
「ごきげんよう、エヴァ。もちろん宣教の旅の途中ですよ。ただ、ここへは大陸を渡るために船を手配しに寄ったまでです。明日にはこちらを立ちます。」
ルナに話しかけてきたのは聖女筆頭のエヴァンジェリンであった。傍らには聖騎士団の副団長もいる。
「ご無沙汰しております、ルナーリア様。ご健勝のご様子で何よりでございます。ここ最近はエヴァンジェリン様がルナーリア様のことをご心配になさっていたので安心いたしましたぞ。」
「こ、こら!よ、よさないか、そんな話…。」
エヴァンジェリンはそう言いながら頬を赤らめる。常に冷静な印象が強い女性であるが、意外と自分が話題の中心になることは恥ずかしいらしい。
「ま、まぁ、ここに居るということは今夜は大聖堂に泊まるのだろう?せっかく帰ってきたのだ、ゆっくりとするといい。」
エヴァンジェリンはそう言うと用事があると言ってその場を離れていった。その離れ際にルナへ何か耳打ちしていたが、あまり詮索しても無粋なので放っておくとにする。
こうして大聖堂の中を見学し、一夜を過ごすと僕たちは支度を済ませて港へと向かう。
「おう!待ってたぜ、聖女様!」
出迎えたのはまさに船乗り、という風体のむさ苦しい男であった。
元々は色白なのだろうが、日に焼けてすっかりと肌が黒くなっている。筋肉も船乗りらしく隆々としており、二の腕は僕の倍ほどの太さはある。
「無理を言ってすみません、船長。私の連れ共々よろしく頼みます。」
「聖女様の頼みとあっちゃ断れねぇよ。まぁ、仕事はきっちりと熟してやるから任せときな!」
「よろしくお願いします。」
「おう!てめぇら男衆は積み荷の搬入を手伝ってもらうぜ!乗船賃代わりだ、しっかり働けよ!」
僕が挨拶すると、船長は僕とマクマクの肩に太い二の腕を回してグッと引き寄せると、船に乗せてもらう条件として提示されていた仕事を言い渡す。
この船長はあれだ。海で生きているから声のボリュームが馬鹿になっている。耳元だというのに大声で話してくるものだから僕の鼓膜が悲鳴を上げている。何だかアッガスとキャラが被ってるな…。
僕とマクマクが手伝い全ての積み荷が積み込まれるとついに船が出発する。
今回ルナが手配してくれた船は中型船である。基本は自然の風を帆で掴んで進む帆船だが、凪のときは風魔法を溜め込んだ魔石を使って推進力を得るのだそうだ。今は程よい追い風が吹いているので帆を張り順調に進んで行く。
「船が海を進んでる…。」
「アイリスさん、どうしたんですか?そんなに不思議そうな顔をして。」
アイリスは船が進む海を眺めながら信じられないような顔をしている。そんなに海が珍しいのだろうか。
「あ、いえ、船が海を渡っていることに吃驚してしまって…。」
「アイリスさんの国には海がないのですか?」
「私の国は島国になっているので海で囲まれています。ですが、海には凶悪な魔物たちが住み着いていて船を出そうものなら忽ち海へ引きずり込まれてしまうのです。」
「うぇ!?魔物ですか?」
「はい。こちらの海はそういった魔物はいないのですね。青く澄み渡っているのもそのせいでしょう。魔界の海は黒く濁っていますから。」
「だからあんなに海の幸に驚いていたんですね。」
「えぇ、海に食糧源となる生物が存在すること自体が驚きでした。
内陸ではそれなりに作物も取れますし、景色が良い場所もあるんですよ。こちらほど色めき立っているわけではないですが、私も心を落ち着かせるために足しげく通ったものです。」
「それは向こうに着いたときの楽しみが出来ました。この一件が無事に解決したら是非連れて行ってください。」
「…。ふふ、シュウさんは変わった人ですね。」
「へ?そうですか?」
「そうですよ。だって普通の人間は魔界を案内してほしいなどと言わないものです。皆、魔界は恐ろしい場所として定着してますから。」
「あぁ、なるほど。けど、アイリスさんたちを護衛するにはアイリスさんの祖国へ向かわなければならないんですから、どっちにしても僕とルナは魔界へ赴くことになります。であれば、出来る限り堪能したいじゃありませんか。」
僕が率直な意見を言うとアイリスはポカンとした後、笑顔を向けて返事を返す。
「シュウさんのおっしゃる通りですね。その時は是非ご案内させてください。」
どこか肩の力が抜けたアイリスを見て僕も自然と笑っていた。
次回、ついにルインルスアルテ大陸へ上陸します。
先出しすると船の中では波乱は一切ありません。
マニマニが釣りをしたり、ヤンヤンが魚を捌いたり、シュウとマクマクが船長にこき使われるだけです。




