第97話 海を渡ろう!
目が覚めると白を基調とされた部屋の一室に寝かされていた。程よい反発感のあるベッドは安らぎを感じ、窓から吹き込む風が心地よい。レースのカーテンが靡く先は陽光が照っており、ここが地上であることを教えてくれていた。
「ここは…。」
周囲を見渡すと隣には誰かが寝ているようだった。カーテンで仕切られているためどんな人物がいるかまでは分からないが気持ちよさそうな寝息も聞こえてくる。その音を聞く限りでは隣にいるのはどうやら女性のようだ。
「そうだ、二人は!」
ここで漸く意識がはっきりとして自分の置かれている状況を思い出す。
大声を出して飛び起きたつもりだったのだが、久しぶりに声を出したせいか声量はイマイチだったらしく隣の女性は変わらず寝ていた。
「おや、漸くお目覚めかい?」
この部屋には隣の女性の他にも人がいたらしい。声を掛けながらベッドの方へ近づいてきた男性は色白で金髪の好青年であった。
「やぁ、初めまして。僕の名前はクリス。一応は君の主治医ってことになるのかな。
ここがどこか分からないような顔をしているね。色々と説明してあげたいところだけれど、その前に君の容体を確認させてもらえないかな。気分はどうだい?」
「えぇ…。問題ないわ。それよりも私の他にも人がいなかったかしら。一人はメイド姿の成人した女性で、もう一人は小柄な女の子よ。」
「あの二人なら問題ない。危ない所だったけど一命を取り留めたよ。ほら、腕を出して。」
目の前の男の言うことを素直に受け止めるのなら二人は問題ないようだ。まだ信用するわけにはいかないが、男が害をなそうとする気配もないのでここは様子を見た方が良いだろう、と言われるがままに腕を差し出す。
「脈も安定しているし血色もいい。ちょっとだけ首筋を確かめさせてもらうよ。」
男は医師がするように首の付け根付近の触診を済ませると口の中を見せろという。こんな見ず知らずの男に見せたくはないのだが、手早い動きといい、一々診察の結果を報告してくるのといい、どうやら本当の医師のようなので素直に従ってみせる。
「うん、もう問題はなさそうだね。君は過度な栄養失調と魔力欠乏症で倒れていたんだ。助かったのは本当に運が良かった。君が言っていた小柄な少女が懸命に魔物から君たちを護っていたというのもあるけれど、僕らの国に出口が現れてなかったら今頃は仲良くあの世行きだ。」
「そんなことよりも二人は!?二人は無事なんでしょ、どこにいるの!?」
「そう騒がなくても大丈夫だよ。少女は今出かけているけれど、もう一人は君の隣で寝ているよ。ほら、気持ちよさそうな寝息が聞こえるだろう?」
そう言われ、ハッと隣のベッドを見ると勢いよくカーテンを開く。そこには見間違えるはずもない親友の姿があった。
「ヤンヤン!」
「んん………。ん、姫様…?」
「ヤンヤン!あぁ、良かった!本当に、よかった………。」
勢い良くヤンヤンを揺さぶり起こすと寝ぼけた様な声が聞こえる。寝起きが悪いのも手の甲で目をこする癖も間違いなくヤンヤンである。私は思わずヤンヤンを抱きしめると、知らずの内に人目も気にせず泣きじゃくっていた。
◇◇◇
「姫様!」
「マニマニ!あなたも無事でよかったわ!怪我は?どこも悪くない?」
僕たちは姫様と呼ばれる青髪の女性が目覚めたと聞き救護室へ向かった。
姫様はマニマニを抱き締めながら気に掛けているが、実際にはマニマニのほうがよっぽど健康体である。
「姫様、私は大丈夫です。それよりもお体に触りますので落ち着いてください。
ヤンヤンも昨日目覚めたばかりなので、今から私たちがここにいる理由をご説明いたします。」
マニマニはそう言うとクリスのほうを向く。クリスは頷くと姫様たちがここまで運び込まれた経緯とどんな治療を施したのかを簡単に説明する。
「そうですか。こちらにダンジョンの入り口が…。見ず知らずの方々に助けて頂いたのにも関わらず、先ほどは無礼な態度を取ってしまい、すいませんでした。」
そう言うと姫様はクリスに頭を下げる。
「別に気にしてないよ。それに僕の周りにはもっと無礼な輩が沢山にいるからね。一々目くじらを立ててたらきりが無いのさ。
それよりもマニマニからも聞いたけれど、君たちは洞窟を通ってこの国までやってきたのだよね。どうやってここまで来れたのかは覚えているかい?」
「ごめんなさい、私たちは無我夢中で歩いていただけだから何故こんなことになったのかも分からないの。」
「君たちは何かから逃げてきたんだったね。今は深く詮索するよりも今後も君たちのような人間がやってくるのかを確認したい。
正直に言うとマニマニから君が一国の要人であることは知っている。だからこそ狙われたと。それなら君たちへ差し向けられた刺客がやってくることも十分に考えられるし、向こうが越境する手段があるとしたらこの国へ攻め込んでくる可能性もある。
僕はこれでも国主の息子でね、そう言った懸念は早めに対処しておきたいんだ。」
「向こう側が今どうなっているかは分かりません。ただ、敵もこちらに繋がっていることは知らないはずですから簡単には辿り着けないでしょう。
私たちが洞窟を逃げ道としたのはそこに星獣様が封印されているという言い伝えに頼ったからなのです。
言い伝えには星獣様が認めた者は星獣様の元へ、そうでない者は永遠に洞窟を彷徨い続けるとされています。そして、星獣様の元へ行けば別の出口へ誘って頂ける、と。
尤も私たちは星獣は疎か、出口も見つけられず力尽きてしまったのですが。」
「ふむ。そちら側に星獣様がいるかは分からないけれど、これは君たちにも予期せぬ事態だったってことだね。君がメイドの解毒を施して倒れてしまったことはマニマニから聞いているよ。
そうだ、君たちの名前を教えてくれないかい?」
「私の名前はアイリス。隣にいるのが侍女のヤンヤンです。マニマニは私の護衛を務めています。」
青髪の女性はアイリスと名乗った。メイドの女性がヤンヤン、マクマクさんの妹がマニマニであるから彼女も独特な名前かと思っていたけど、予想に反して普通の名前だ。
「先ほども名乗ったけれど、僕の名前はクリス。そしてそちらにいるのはシュウ。プラチナランクの冒険者だ。ここには居ないけれど、マニマニの兄であるマクマクもこの城で働いているよ。」
「城?ここはお城なのですか?」
「驚くのも無理ないか。君はこの部屋しか見たことないんだからね。自由に動けるようになったら案内するよ。
さて、話を戻すけれど、言い伝え通りだとすれば君たちは星獣に誘われてここまで辿り着いたとも言える。ただ、あのダンジョンができたのは十日前のことだ。それを考えると洞窟自体が変貌してしまった可能性もある。その場合、あのダンジョンは君たちの国とこの国を繋ぐトンネルとなっているわけだ。
目覚めて間もないのにこんな事を聞くのは酷だけど、そもそも君たちはこの先どうしていきたいんだい?」
クリスの問いにアイリスは言葉を詰まらせる。命からがら逃げて来たはよいが、その後のことは考えられていなかったのだろう。
「何、焦る必要もなかろう。」
そう言いながら入ってきたのはルスト公爵だった。後ろからはルナもいる。
「ルナ、君はボールドンじゃなかったの?」
「あら、シュウ様は私を誰だと思っておいでですか?ガイドたるもの、いつでもサポートできるよう近くにいるのが常識です。私は使節団が立った後もルスト城で厄介になっているのですよ。」
いつでもサポート、ね。その割には今まで現れないどころかこっちから迎えに行く羽目になったんだけど、そのことは言わないことにしておこう。
「それで、あなた方が何者かは大体の想像が付いています。あなた方は魔界の住人ですね?」
ルナの言葉に三人は驚き跳ね起きるようにして一斉にルナの顔を凝視する。
「ルナ、魔界の住人って…悪魔ってこと?」
「いいえ、違います。彼女たちの祖先は遥か昔より魔界へ移り住んだ者たちです。
元々、魔界とは別次元にある世界を指します。一口に魔界と言ってもこの大陸と同じようにその分布は多岐に渡るのです。言うなればこちらが表世界で魔界が裏世界となります。
別次元で悪魔が住んでいるから魔界。短絡的ではありますが、呼称の決め方などそんなものでしょう。」
確か古の大戦で邪神率いる魔王と悪魔たちは別次元に封印されたって言ってたな。そういう経緯で魔界と呼ばれるのはわかるけど、魔界にも色んな国が存在するとは思わなかった。
「要するに場所が違えば住む人間も違うってことか。だけど、人が住める環境だったことには驚いたよ。僕はてっきり魔界は荒れ果てた死の大地みたいなのを勝手に想像してたから。」
「シュウ様は妄想がお好きですものね。」
ルナが営業スマイルでフォローをいれる。前の世界の記憶でそう思ったとはこの場で言えないからそのフォローなんだけど、地味に傷付くのは何故だろう。
「私たちはその方が仰る通りあなた方の言う魔界からやってきました。私はその一国の姫として生まれ魔界で暮らしていましたが、あるとき反乱が起き父は王位を奪われました。
私は部下たちに助けられ王家の者しか知らない館に隠れ住むことになりましたが、父は王位を簒奪した者たちにより命を落としたと聞いています。
やがて館も見つかり追手に終われ今に至りますが、館の仲間は全員生きてはいないでしょう。」
そう言うとアイリスは悲しそうな瞳を泳がせる。
「ですが、私は王家の者として悪政を敷く現王を許す訳には参りません!各地に点在する仲間を集め必ずや国を、民を救けねばならないのです!」
「ふむ、なるほどな。それが貴殿の望みか。しかし、どのようにして味方を集めるのだ。仮にダンジョンを通り戻れたとして、今我々がしているように向こう側も出口を固めている可能性さえあるのだぞ。」
「それならばご心配には及びません。姫様にはまだお伝えしておりませんでしたが、隠れ館が見つかった際はある場所に集まる手筈が整っています。」
ヤンヤンの話を聞きアイリスが怪訝な顔をする。
「でも、私たちがあの館から逃げるもやっとだったのに、そんなことできるの?」
「大丈夫です。そう言った情報網は執事長が事前に構築しておいてくれていましたから。まず間違いなく他の仲間も動き始めているでしょう。」
執事長という言葉を聞いてアイリスは再び悲しそうな表情を浮かべる。しかしそれも束の間、一瞬目を閉じてから見開くと意を決して僕たちに言い放つ。
「皆さん!ここまで良くして頂いて厚かましいお願いだということは十分に承知しています。ですが、私たちは仲間の元まで何としても行かねばなりません!どうか土地勘がない私たちのために地図と少しばかりの路銀をお譲り頂けませんでしょうか。
必ずお返しいたします。貸付ができないのでしたら労働でも何でもいたします。
ですから。ですから、どうか御慈悲を!」
アイリスはベッドのうえで土下座しながら声を枯らせ訴えかける。その声、その態度は本気の決意をした者だけが出せるものであった。
ヤンヤンとマニマニもアイリスに倣って土下座をしながら懇願を繰り返す。
「もう良い、止さぬか。路銀は貸してやっても良いが、何処まで行くつもりなのだ。」
「アルテディズ国です。あそこは我が国とを繋ぐ迷宮がございます。あそこの警備も大変なものですが、仲間が集まるとすればアルテディズ国に他ありません。
なのでそこまで向かえば必ずや光明が差してくると信じております。」
このアイリスの言葉に悩ましい声を上げるのはルスト公爵である。
「しかしな、アルテディズ国へ向かうには海を渡る必要がある。ルインルスアルテ大陸へ着いた後も幾つか国を渡る必要もある。そなたらだけで辿り着けるかどうか。」
「ルスト、それならば冒険者を雇うのはどうですか?」
ルナがルスト公爵へ提案する。って、この流れはもしや…。
「そうか、プラチナランクの冒険者であれば越境も多少融通が聞く。よし、冒険者シュウよ。この者たちの護衛依頼を頼みたい。引き受けてくれるな。」
こうしてまた、拒否権の無い依頼を僕は受けることとなるのだった。




