第96話 次なる問題
――――ルスト城内
三つの鐘が鳴ると宣誓式が始まった。
宣誓式はルスト城の謁見室改め、謁見の間で執り行う。ルストが首都になることから、公爵にふさわしい物にしようと土魔法と土木技術者たちで改装工事を行っていたのだ。そのためイヴン城の玉座の間の半分にも満たなかった空間も拡張され、諸侯が入場しても十分な広さが確保されている。
尤も、使節団全員が謁見の間で参列できるわけではない。
使節団長と付き人一名に護衛が二名、計四名が参列許可されている人数の上限である。
謁見の間に全員が入ることは土台無理な話なのでこれが断る言い訳となっているが、実際には人数が増えることによる襲撃リスクを減らすのが目的だった。なんせこの中にはカルカス側の人間と言えど限られた人間しか入ることができないのだから。
そんなわけで、ボールドンから案内役、兼、警護役を担っていた僕たちも外で待機である。
僕はクリスに誘われてオルレアさんとともにナインフォセア王国の使節団がいる待機室へ訪れていた。
「まさかこんなところであなたに会えるとは思いもしませんでした。」
僕は目の前に座る女性に対して率直な意見を投げかける。それに対して先に反応したのはクリスのほうだった。
「はぁ…。僕は直前までまだ間に合うと説得したんだ。けれど、例の如く僕の言うことなんて聞いてくれなくてね。仕舞にはシュウに会いたいから連れてこい、なんていうもんだから困ったものさ。こちらの都合で呼び出してしまってすまない、シュウ。」
「別に気にしてないよ。この時間でしかこうやって会うことなんかできないしね。それに、僕も二人に会いたかったから嬉しいよ。」
「うふふ、シュウのほうが思考が柔軟で安心しました。カルカス公国にはクリスのような頭の固い御仁しか居られないのかと不安になってしまっていたところですの。」
女性が持っていた扇子で顔を隠すようにクスクスと笑うと、クリスは珍しく目の前の女性に対して怒鳴りつける。
「君はもっと自重という言葉を覚えるべきだ、イヴ!」
そう、目の前にいる女性は何を隠そうナインフォセア王国の時期女王であるイーヴリン王女だった。傍らにはセズも護衛として立っている。
「あまり騒ぎ立てるとお隣から変な勘繰りを受けますよ、クリス。」
「君という奴は…!ふぅ…まったく。君は自分の立場がわかっているのか?身分を偽って使節団に時期女王が紛れ込んでいたなど知れたら国際問題に成り兼ねないんだ。それにナインフォセア王国だって今は大事な時期なはずだ。使節団長として来ているラウノ伯父様だってまだ王位を諦めていない節があるんだろう?
この件が明るみに出ることで王太子としての地位が揺らぐことになったらどうするんだ。君たちが良くても上が揺らげば苦しむのは民だということを理解しているのかい?」
「はいはい、そんなことは分かっておりますよ。何度同じお小言を聞かせる気ですか。
この件はヌル・アダムズ陛下もご了承のことですし、これによって王位に関する言及はしないとラウノお兄様に覚書を頂いています。国王陛下の目の前で交わした内容を保護にできるほどラウノお兄様は豪胆ではありませんよ。」
「だとしても可能性があるのならこんな無謀なことは実行すべきじゃなかったはずだ。あるがままの街を視察したいとは名ばかりで本当は君が外で遊びたかっただけなんだろう?」
クリスは眉間に皺を寄せながらイヴへ諭すように語り掛ける。クリスも何だかんだと言ってイヴのことが心配なのだな、と僕は直感的に思うのだった。
「少し羽目を外したかったことは認めますわ。ですが、一市民としての目線で街を視察したかったというのも事実。ワタクシは今回の事で後悔など一つもしておりません。」
「だけど………。」
「まったく、しつこいですよ!オルレア、あなたがしっかりと手綱を握らないからこのような心配性が出来上がるのです!もっと寛大さを身に着けるように言い聞かせなさい。」
「え!?わ、わわ私…ですか………!?」
急に話を振られたせいか、いつも毅然とした態度でいるオルレアさんにしては珍しく慌てた様子である。気のせいか顔も赤らめているように見えるが、驚いたことがそんなに恥ずかしかったのだろうか。
「シュウ、見苦しいところを見せてしまいましたね。あなたの活躍はイヴンにも届いています。アヅィールでは大変な目に合ったようですね。冤罪とはいえ牢屋にも入れられたそうではないですか。」
イヴが話を僕の方へ振ってくる。アヅィール聖法国での出来事がもう耳に入っているとは流石だ。ナインフォセア王国の情報網はやはり侮れない。
「はは、確かにもう牢屋は勘弁してほしいかな。」
「そんな仕打ちを受けたうえで他国が仕向けた海賊を撃退するとは本当にあなたはお人好しですわね。」
「別に無条件で助けたわけじゃないよ。海賊を撃退することで教皇猊下からの謝罪と入国審査の免除を約束してもらったしね。そこまで望んでいたわけじゃないけど、打算があったことも事実だよ。」
「うふふ、そういうことにしておきましょうか。
そうそう、アヅィール聖法国へ行く途中でツィワン将軍と会ったそうですね。将軍が大層なお仲間が増えていたと言っていましたよ。」
大層なお仲間とは『仮面の七人』のことだ。彼らは傭兵団として名が知られているらしいから、恐らくそのことを指しているのだろう。
「彼らとは成り行きで一緒になっただけだよ。僕の知り合いが巻き込まれた事件にたまたま居合わせた、それだけです。」
「そうですか。彼らのおかげで将軍の調査も捗ったのだそうです。次に会われた際は、ワタクシからお礼がしたいので是非イヴンへ訪ねて欲しいとお伝えくださいな。」
「承知しました。まぁ、彼らは根無し草らしいから次にいつ会えるかわからないけどね。」
「それでも構いません。あと一つ、本当はこれをあなたに伝えたくて来てもらったのです。」
イヴが、より真剣な眼差しを僕へ向けながら周囲を一瞬気にしつつ声を低くして話し始める。
「クージル国で捕らえた悪魔たちですが、先日脱獄したと連絡が入りました。」
この言葉に僕だけでなくクリスやオルレアさんも息を呑む。
捕らえた悪魔とはクージル国の国家元首であったカーンと従者のバルバドスのことである。彼らはドラゴノイド種の悪魔で古龍を復活させるためにクージル国を乗っ取ったのだ。ダークエルフ種のヴィクターという悪魔の策略によって首都ハマンは壊滅してしまったが、その責任を取ってカーンは自ら投降したのである。
「かなりの覚悟を決めていたように見えたけれど、まさか脱獄するとはね。どういう心変わりだろう。」
「詳しいことはわかりませんが、脱獄は要塞都市ツィワンへの護送中に起こりました。彼らが地上へ出るところを待っていたのでしょう。バルバドスが乗っていた翼竜が突然現れて二人を攫って行ったのです。この襲撃による被害は出ていませんが、太陽に隠れて近づき襲われたため防御陣形を取る間もなく連れ去られたと言っていました。
そして、護送の数日前、牢番に当たっていた兵士が一言だけ『助けねば』とバルバドスが呟いているのを聞いたそうです。だとすれば、今回の襲撃は以前から計画されていたのでしょう。」
僕とクリスが面会した際はカーンとしか話していない。カーン自身にその気がなくとも従者であるバルバドスが主のために動いたというのは十分に考えられることだった。
「シュウ、あなたは彼らにとって一番の脅威です。ともすれば、復讐の対象となる可能性も高いでしょう。街を離れる際は気を付けなさい。」
「ありがとう、イヴ。皆も彼らの計画を阻止したことで恨まれてるかもしれないから気を付けて。」
僕たちは互いに警戒し合うことを約束してその場を後にした。
◇◇◇
そして時は過ぎ、宣誓式と調印式は無事に終了する。
謁見の間で各国の要人立ち合いのもと執り行われたこの式典は、参列者が証人となりカルカス公国樹立とテルトーダ首長国との国交成立を見届けてもらう。
そのあと、テヒト首長とルスト公爵はルスト城に接した広場のうえにあるバルコニーまで行き、集まった国民たちに向けて演説を行うのである。これで今回の式典は完遂に至るのだった。
全ての進行が終了すると、参列できなかった使節団のメンバーも招待して懇親会が行われる。ここには案内役である僕たちも参加が義務付けられているので、ボールルームはたくさんの人々で賑わっていた。
「ふむ、これが噂に聞く『照り焼きチキン』か。鶏肉に絡むこの黒いソースが実に美味であるな。甘味と塩味が絶妙なバランスで成り立っている。是非ともテルトーダ首長国でも取り入れたいものだ。」
「これはカルカス公国の特産品である醤油と砂糖を使い仕上げたものです。まだ生産コストがかかるため高価な品ではありますが、将来的には国内での普及率も上げていきたいと考えております。」
「なるほどな、我が国にも醤油と砂糖は来ているものの確かに高価ゆえ僅かしか仕入れることができん。これが庶民にまで普及すれば一大産業となるであろうな。」
「えぇ、そうなればテヒト首長が進められている革新的な料理の数々もさらに彩りが増すことでしょう。貴国の物産は魅力的な物ばかりですから、互いに良いものを取り入れ、既存のものでもさらに進化させられるようにしていきたいものです。」
テヒト首長とアルスカイン特別侯爵が料理の話を皮切りに早速今後の交易について意見交換をしている。アルスカイン特別侯爵もこういったところは流石は元国主である。僕は邪魔になるだけなので、出来る限り空気に徹することにした。
しかし、その空気に話しかけてくるものが現れる。
「シュウ準男爵。貴殿に至急の用事があると公爵閣下が申しております。従事中のところ申し訳ないが御同行いただけるだろうか。」
僕とアルスカイン特別侯爵は目を合わせて首を傾げる。名ばかりになっているとはいえ、僕は一応警護依頼を遂行中なのだ。事前に聞かされていれば分かるが、こんなタイミングで呼ばれることなどあるはずがないのである。ということは、本当に火急の事態なのだということはすぐに分かった。
僕はアルスカイン特別侯爵に頷いて見せるとテヒト首長へ暫しの離席を願い出てから話しかけてきた従者の後に続いて部屋を出ていく。
そして着いた先は救護室であった。部屋で待っていたのはルスト公爵とアッガス、ダリアン子爵である。僕が到着と同じくしてクリスも現れるが、どうやらクリスも急に声を掛けられたようで無表情の中にも困惑の色が見え隠れしていた。
「シュウ、クリスチャーノ、すまんな。こちらへ来てくれ。」
ルスト公爵に言われ部屋の奥へ進むとそこには三人の女性が寝かされていた。一人は色白というよりは血色が悪くなってしまっているようで唇が青くなっている。隣の二人は褐色肌が特徴的であるが、一人は目が窪み隈が大変なことになっている。もう一人は見たところ少女のようで、熱があるためか魘されているようだ。その傍らに男性が少女の手を握っていた。どこかで見たことがあるような気もするが思い出せない。
「マクマク、君まで来ていたのか。」
クリスが男性のことを見て声を掛けるが、マクマクと呼ばれた男性は狼狽えるばかりでまともな返事ができなかった。
「彼はマクマク、私の密偵を務めてくれているものだ。どうやら彼の傍らで横になる彼女がマクマクの妹でな、アッガス達が連れてきてからこの調子なのだ。」
「連れてきたって…もしかしてダンジョンから?」
ルスト公爵の話に僕が反応するとアッガスが答える。
「あぁ、そのまさかだ。俺たちも出来立てのダンジョンに人がいるとは思わなかったが、コイツ等は俺たちが入るよりも前からダンジョンの中にいたようだ。その証拠に俺たちが見つけた時、マクマクの妹が残りの二人を庇うようにして魔物と戦っている場所には空になった水筒が人数分置いてあった。」
「………。それで、僕らを呼んだのは彼女たちを治療するためですか?」
アッガスの報告に思案顔であったクリスだが、まずは目の前の問題を解決することにしたようだ。ルスト公爵へ自分たちの役割を確認する。
「そうだ。医師の見立てでは三人とも栄養失調による衰弱と魔力欠乏症が酷いらしい。
そのうえでメイド姿の彼女とマクマクの妹は目に見えない損傷が激しいそうだ。そなたらにはその損傷を治してほしいのだ。」
栄養失調や魔力欠乏症は僕たちでも治せない。だが、その損傷というのが回復を妨げているのであれば僕たちも役に立つはずだった。医師がルスト公爵が言った内容に補足を加える。
「メイド姿の女性はどうやら毒に侵されていたようです。どういう原理かは不明ですが、毒自体はすでに取り除かれています。ですが、この毒は内臓を破壊するタイプのものだったようでまだ生きているのが不思議なほどに損傷しております。
次に隣の少女は骨折と外傷が激しく、折れた骨が一部内臓を傷つけています。衰弱しているうえ熱がでてしまっているため外科手術に耐えきるほどの体力がないため何もできないままなのです。」
「なるほど。青髪の女性のほうは?」
「彼女は魔力欠乏症が激しいですが、一般的な治療で一命は取り留められるでしょう。もう数日発見が遅れていたら不味い状態でした。外傷も擦り傷程度なのでこの中では最も良好だと言えます。」
「分かりました。まずは毒に侵されていたという彼女からいきましょう。シュウ、損傷がどれほどあるのか分からない以上、僕の白魔法よりも君の魔法のほうが効果的だ。やってくれるかい?」
クリスは僕に視線を移して確認してくる。この中には僕が転生者であることを知らない人間もいる。だからこその配慮なわけだが、僕には迷う理由はすでになかった。
「もちろん。助けられる命なら助けよう。」
僕はクリスと位置を代わるとメイド姿の女性の前に立つ。
「おい、俺の妹を!妹を助けてくれねぇのか!!」
僕が呪文を唱えようとするとマクマクが叫び出す。
「マクマク。気持ちはわかるが治療というのは順番が大事なんだ。最も危篤な状態にある彼女から治療しなければ助けられる命も助けられなくなる。
大丈夫、君の妹も次に治療するからほんの少しだけ待っていてくれ。」
クリスが諭すように説明するとマクマクも少し冷静になれたようだ。そのあとはまた懇願するような表情で妹の方を見るだけだった。
「じゃあいきます。〈彼の者に聖なる癒しを〉」
僕が呪文を唱えると女性の全身が白く光っていく。思っていたよりも欠損が激しいようで中々治癒の光が収まらない。僕は光が収まるまで集中して魔力を流し続けていく。
そうして、しばらく光り輝くと次第に女性の顔に生気が蘇っていくのが分かった。光が完全に収まった頃にはしっかりとした呼吸もできている。クリスと医師が互いに診察して彼女が一命を取り留めたことを確認する。
「次は少女のほうだ。マクマク、そこをどいてくれ。」
クリスに促されマクマクは渋々と言った様子でその場から離れる。代わってそこに僕が立つと先ほどと同じように呪文を唱えようとする。
「シュウ、ちょっと待ってくれ。彼女は今熱にやられて外科手術に耐えきれない状態だが、骨折があるということは細かくなった骨をある程度取り除かないとさらに内臓を傷つけることになる。
僕が切開して骨を取り除くからシュウは傷が塞がらない程度に魔法をかけてこの娘の負担を減らしてくれないか。」
クリスの言葉に僕が頷くとクリスは触診して骨折した個所を確かめる。どうやら脇腹を折ってしまったようだった。
僕はクリスと視線を交わし言われた通りに呪文を唱える。傷を治すだけよりも微細な魔力操作が必要なので僕自身かなり神経を擦り減らしていくが、熱にうなされる彼女のためにも白魔術をかけ続けた。
「よし、これで大丈夫だ。シュウ、完全に治してくれ。」
クリスに言われて僕は全力で魔力を流し込む。すると見る見るうちに傷が塞がっていき、荒々しかった息遣いは多少余裕ができたように見える。
「ふぅ、これで骨折と傷は治ったはずだよ。」
「んんっ!」
僕が治療を終えると少女は薄っすらと目を開く。どうやら意識を取り戻したようだ。
「マニマニ!わかるか!?」
「………。兄さま…?」
「あぁ、ああ!そうだ、兄だ!お前の兄マクマクだ!…よかった………。本当に良かった…。」
「マクマク、あとは熱を下げるために薬を出してもらうから安静にさせておけば大丈夫だよ。」
「ありがとうございます。クリスチャーノ様、シュウ殿。」
「後は青髪の女性だけだ。この傷ならシュウでなくても僕の白魔法で十分だろう。」
「そうだ!姫様は!?」
クリスの言葉に反応してかマニマニが突然叫び始める。
「姫様って、彼女のことかい?」
「姫様は絶対に死なせちゃいけない!姫様が亡くなったら…。姫様が亡くなったら国がなくなる!」
その言葉に僕たちは全員顔を見合わせる。それでも一番に冷静だったのはクリスだった。
「そうか。なら、まずは回復してもらうことが最優先だ。大丈夫、君の姫様は助かるよ。」
ホッとしたのかマニマニは起こしかけた身体をベッドに預けてそのまま眠ってしまった。
「マクマク、そなたの出身はアルテディズ国であったな。あそこは王政ではなかったと思うが、この女性に心当たりはあるか。」
ルスト公爵の問いに対して返答を決めかねていた様子のマクマクだったが、意を決してルスト公爵のほうへ顔を向ける。
「ルスト様。俺は…俺たちは魔界の場所を知っています。」
問いの答えとしては的を射ているとは言い難いが、この発言は次なる問題を浮き彫りにしていた。
皆さんはマクマクさんのこと、憶えてますでしょうか。




