第95話 悩みの種
――――宣誓式当日。
カルカスが公国となることを宣言するこの日、建国記念としてルスト街はお祭り騒ぎとなっていた。
普段よりも出店の数が増えており、普段見せない娯楽を取り扱う店もいる。大道芸人もここぞとばかりに研鑽を重ねた芸を見せつけ、道行く人々を楽しませている。
そんな浮ついた空気を遮るように城の中は騒がしい。
主催国として国の威信を賭けて各国から訪れた要人たちを持て成しカルカス公国の統治は盤石であると見せつけようとしていることと、要人の安全を保証するため鼠の穴一つ見逃さんとばかりに守備隊が躍起になっていることもあるが、その他にカルカス軍をピリつかせる要因があったため城の中は剣呑としていたのである。
「神の使い様からこの時期になると聞いてはいたが、ここまで見事に被るとはな。」
ルスト公爵は吐き捨てるように言うと、チラリと机上にある紙へ目を移してから誰もいない部屋を見渡したあと思考の海へと潜っていく。
正直に言えば現状で打てる手はすでに尽くしているため、次の動きが起こるまでは成すべきことがないことはルスト公爵にも分かっていた。それでも最悪を考え対策を講じておくことが重要だと常日頃から自身に言い聞かせているため、ルスト公爵は時折机上にあるペンを持ち、書くでもなくただ弄りながらあらゆることを想定していく。こうすることで不思議と集中力が増し妙案が出てくることもしばしばあるのだ。
だが、今回の問題は特殊なため簡単には光明が差してはくれないようであった。
暫く思考を巡らせていると部屋の外から声がかかる。
「失礼いたします。冒険者ダラス、並びに冒険者シュウを連れて参りました。」
「良い、通せ。」
ルスト公爵が了承すると扉が開かれ二人の冒険者が入室する。
「要人警護の依頼遂行中の折、良く召喚に応じてくれた。公式の場ではないので礼は不要だ。そこに腰を下ろしてくれ。」
ルスト公爵はそう言うと執務机の前にあるソファへ二人を手で促す。
二人が座ると自身もソファへ移り話を続けた。
「二人を呼び立てたのは外でもない、サークルの件に進展があった。」
「もしかして、ついにダンジョンができたんですか!?」
すぐに反応したのはシュウであった。嬉々としている様子にルスト公爵もダラスも首を傾げるばかりであったが、シュウのことなので放っておくことにする。
「そうだ。昨日の深夜に入り口ができたと報告が入った。今はアッガスとダリアン子爵を中心とした騎士団が入り口を固めつつ中の調査に乗り出している。
まだ魔物が出現した報告は届いておらんが、もしもの場合もあるので用心して事に当たってくれ。」
「承知しました。閣下、俺たちを呼んだのはそのことを伝えるためでしょうか。」
ダラスが聞くとルスト公爵は軽く肯いてから続ける。
「そうだな。本来はそなたらにも調査依頼したいところであったのだが、この件は秘密裏に進めたい。そのため宣誓式のあとの酒宴も含めて予定通り執り行う。
ただし、本日が無事に終わればダラスたちの任を解こうと思う。警護は別の者をつけるのでそなたらはダンジョンのほうへ向かってくれるか。勿論報酬は別途支払う。」
「それはいいですが、俺たちが抜けることで勘繰る輩も出てくるんじゃありませんか?」
「少々の勘繰りは致し方ない。調査は冒険者のほうが心得ておるからな。アッガスがいるにしても騎士団では不馴れなうえに、シルバー冒険者では何がいるか分からないダンジョンへ行かせるのも不安なのだ。
とはいえ、諸国の話題を攫っているシュウが今抜ければそれこそ痛くもない腹を探ろうとしてくる者が現れるだろう。
そのことを加味しても蒼天の牙に依頼することが最適なのだ。」
「なるほど。シュウの探索能力があれば手っ取り早く終わると思ったんだが、そういうことであれば仕方ありませんね。その依頼引き受けます。」
「助かる。ただ、クリスチャーノはナインフォセア王国の接待があるためどうしても外せん。明日調査へ行くのは三人となるが、それでも良いか。」
ルスト公爵の問いにダラスは数舜考えたあとすぐに返事をする。
「問題ありません。クリスがいないのは痛いですが、これまでも三人で依頼を熟すことは多々ありましたから。慎重に行かせてもらうので時間はかかりますが、熟せない内容ではないでしょう。」
ルスト公爵とダラスは互いに視線を交わして頷き合う。と、そこで口を開いたのはシュウであった。
「ルスト様、それじゃあ僕はこのままアルスカイン特別侯爵と共にテルトーダ首長国の使節団を警護していればいいんですか?」
「うむ。接待はアルに任せておけばよいが、折角条約を締結したのに何かあっては困るからな。
諸侯の明日以降の行程は二日をかけてルストの視察をした後、ボールドンに移り必要に応じて視察を行い帰国していくこととなるが、我が国の案内はボールドンの視察までとなる。
まぁ、すでにボールドンの視察を終えている使節団も少なくないので帰りの視察はそこまで時間は掛からんだろう。よろしく頼んだぞ。」
「分かりました。けど、ダンジョンで何かあれば直ぐに呼んでください。飛んで行きますから。」
シュウの発言にルスト公爵は深く頷く。
シュウがボールドンにいる場合、早馬を出しても五日ほどは到着に掛かる。そこから馬で向かおうとしても同じ時間は必ず掛かるためルスト公爵はシュウの意気込みを買ったつもりなのであるが、当の本人は本当に飛んで向かうつもりでいることをルスト公爵は知らない。
シュウは物理的に飛べば二日程度で着く算段をしての発言だったのだが、飛翔魔法を見たことがないルスト公爵にはそこまでの想像ができなかったのである。
ルスト公爵とシュウはお互いにチグハグな考えをしつつも通じ合ったつもりで視線を交わすのであった。
◇◇◇
――――ルスト近郊 新ダンジョン内
一方、アッガスとダリアン子爵率いる騎士団はダンジョン内の探索を行なっていた。
昼夜を問わずサークルを見張っていた面々であるが、夜も明けかけた頃に突如サークルの中心が隆起し始め瞬く間にダンジョンの入り口が現れたのである。
大岩に穴が空いた形でカマクラのような見た目であるが、穴の中は不思議なことに奥まで続いているようで暗闇に包まれていた。
実際、中に入っていくと真っ直ぐに伸びた平坦な道が続き幾ら歩いても一向に突き当たりが見えてこない。
少人数で入った第一陣は発光石を置きながら進んで行き、ある程度進むと引き返し報告を行う。そして続いて第二陣、第三陣と繰り返していき探索の距離を徐々に伸ばしていった。
そして太陽も高々と昇りきった頃、ついに道が二手に分かれた場所に辿り着いたのである。
アッガスはダリアン子爵とともに問題の場所まで確認に行くと思案げな表情を浮かべる。
「ふむ、どちらへ進むか。」
「いっその事、人員を増やして同時に調査しますか?」
「いや、そいつはダメだ。」
ダリアン子爵からの提案をアッガスは即座に否定する。
「ダンジョンは何が起こるかわからねぇからダンジョンって言うんだ。もしも両側で問題があった時、救援が分散されれば生存率が大幅に下がっちまう。こういう時は一方を調査してからもう一方に行くのがセオリーだ。
もう一つ、ダンジョンは生きてんだ。例え踏破されたダンジョンでも次の日には全く別のマップになってるかもしれねぇってのを覚えときな、若造。」
「帝国では豊富な素材が取れることで有名ですが、そんなに恐ろしい場所なのですか、ダンジョンは。」
「あぁ、実際にマップの変化に気付かず命を落とした冒険者は多い。無事に出たけりゃ、ダンジョンにいる間は塵一つの変化も見逃すんじゃねぇぞ。」
アッガスはダンジョン初心者であるダリアン子爵へダンジョンの恐ろしさを説くと、匂いを嗅ぐように鼻を引くつかせ始めた。
「ふぅむ。うん、こっちだな。」
そう言いながらアッガスは右の道を指す。
「こちらを選んだわけは?」
「こっちから凶悪な匂いがしやがる。」
『凶悪な匂い』という言い回しはダリアン子爵には馴染みが薄いものであるが、冒険者ではこういった五感を頼りに進むべき方向を決めることは多い。尤も、凶悪な場所へわざわざ進む冒険者も少ないのであるが。
「アッガス殿、そちらの道が悪路というのであれば避けるべきなのでは?」
「てめぇは探索ってもんが分かってねぇ。
普段であれば危険を回避するのが当然だが、俺たちがやってんのはこのダンジョンの調査だ。不安要素があるかを確かめてんだから危うそうな場所に行く必要があるのは当然だろうが。」
アッガスに諭されてダリアン子爵は思わず息を呑む。ダンジョン調査を軽んじていたわけではないが、敢えて危険な場所へ向かう必要があるとは思っていなかったのである。だが、目の前にいる人物はギルドマスターでありプラチナランクの冒険者なのである。経験豊富な歴戦の猛者に諭されれば納得してしまうほどの説得力があることも当然のことであった。
「面目次第もない。私は覚悟が足りなかったようだ。
わかりました、右の道へ進みましょう。
ここからは全員いつでも戦闘態勢を取れるように維持せよ!」
ダリアン子爵は騎士団員たちに号令を出す。そして、一同は奥へと進んで行くのであった。
右の道も一本道が続いているようで、先ほどから大きな変化は見られない。が、アッガスだけは別であった。何かを感じ取ったアッガスは無言で手を上げると全体を停止させるように指示を出す。
「アッガス殿、何かありましたか?」
小声で問いかけるダリアン子爵にアッガスもまた小声で答える。普段から大声しか発しない巨漢であるが、時と場合によっては周囲に気を配ることもできるのである。
「奥から微かに物音が聞える。何かが擦れるような、そんな音だ。反響音からして奥には空洞があるようだ。
ここからは慎重に行く。物音は極力立てるなよ。佩いた剣は鎧に当たらねぇように片手で固定しながら進め。」
正直ダリアン子爵には全く聞こえないのだが、アッガスの表情があまりにも真剣だったため必ず何かがあるのだと直感する。部下たちにも視線を送りアッガスの注意を周知させると一同は忍び足で進み始める。
そうして暫し進むと明かりが見えてきた。アッガスとダリアン子爵は一度目配せをして意思の確認をしてからさらに進んで行く。そして、明かりの手前で止まると身を屈めて奥を覗いてみる。そこには鍾乳洞のような空間が広がっていた。アッガスが広場を見渡すと奥の方で何かが複数蠢いているのが見て取れる。
「あれはコボルトだ。ダンジョンにしかいねぇ魔物ではあるが、数が多いな。あいつら、何かを取り囲んで戦闘態勢になってやがる。」
コボルトたちは威嚇の声を上げながら何かを取り囲むように次々と中心へ向かって襲い掛かっていた。
だが、よく見ると襲い掛かった側から外側へ飛ばされ、倒れを繰り返しているようだった。どうやらコボルトたちは中心にいる何かの返り討ちに合っているようであった。
「何か、いる………?」
ダリアン子爵も目を凝らして見てみると、コボルトたちが飛ばされる直前に鈍い光のようなものが閃くのが見えた。
「まさかとは思うが、襲われてるのは人間か?」
「…。あぁ、いい目してるな。あれは、そのまさかだ。てめぇら、俺が突っ込むから援護しろ。〈目覚めろ、魔鎚〉」
アッガスがトリガーを唱えると金槌ほどの大きさだったものが両手持ちの巨大な鎚へと変化する。
愛用の武器を携えてアッガスはそのままコボルトたちへ突っ込んでいった。
「アッガス殿!?クソッ、お前たち行くぞ!」
アッガスにワンテンポ遅れてダリアン子爵たち騎士団も参戦する。
大鎚を振り回しコボルトたちを一蹴するアッガスは後方の騎士団のことは構わず中心へと進んで行く。そうして中心に辿り着いて見えたのは少女が一人で奮闘している様子であった。
「おぅ、嬢ちゃん!一人で守るたぁやるじゃねぇか!おらぁ、どけ駄犬どもが!!」
アッガスは少女に話しかけながらコボルトたちをなぎ倒していく。
少女は黒ずくめの恰好をしており、大量の返り血を浴びていた。乾燥の仕方からも長時間戦い続けていることはアッガスには手に取る様にわかったが、それでも話しかけたのは少女の状態を確かめるためであった。案の定、満身創痍の体を気力だけで動かしている少女は返事をすることなく黙々と来たものを切り伏せていくだけで、アッガス達を見る余裕すらないようだった。
「アサシンか。こんな嬢ちゃんがここまで戦い抜くとは恐れ入った。よし、いっちょ手を貸してやろう。〈目覚めろ、トール〉」
アッガスが小声で唱えたトリガーを受けて魔鎚は真の姿へ変化する。鎚全体が煌々と光り、稲妻のような放電を繰り返している。
「うおりゃあ!」
アッガスは魔鎚を大きく振りかぶって地面へ打ち付けると目が眩むような光を上げてアッガスを中心に周囲のコボルトたちだけを稲妻が狙っていく。眩い光が収まると大量にいたコボルトたちは一瞬にして全てが灰と化していた。
「そら、これで少しは楽になっただろ?そこに寝てる奴らは嬢ちゃんの仲間か?」
「…。たす、けて。姫様と、ヤンヤンを…。お願い………。」
黒ずくめの少女は残った力を絞り出すようにそれだけ伝えると気を失って倒れてしまう。
「アッガス殿、彼女たちは?」
「さぁな。だが放っておくわけにもいかねぇ。コイツ等を連れて一旦城へ戻るぞ。」
アッガスとダリアン子爵は青髪の女性とメイド姿の女性、そして黒ずくめの少女を一瞥しながら困惑した顔を隠し切れずにいた。




