第92話 お説教のお時間です!
アヅィール聖法国の事件から早一か月、季節はすっかりと春を迎えている。一連の騒動に一通り決着をつけた僕たちは一度ルストへ戻ることにした。
狂人化してしまった人たちはボドワン枢機卿の部屋にあったワクチンを投与して一応の落ち着きを見せている。念のため鎮静剤も投与しているので今は眠りに付いているが、かなり無理な体力強化を施したため衰弱が激しく元の生活に戻れるかは経過観察が必要だと担当医が言っていた。
狂人化した人々は生命エネルギーを代償にして体力強化をしていたため、白魔法による治療でも治せないのだという。これは僕やテルが使う白魔術でも同じで魔力の根源たる生命エネルギーが失われた状態、所謂、魔力欠乏症はどうにもならない。
さらに言えば、今回投与された狂人化させる薬物は主成分が特殊なため完全な治療まで時間がかかっている。アルスカイン特別侯爵のときのように黒魔術にかかった者を癒すのとは違い、薬物は効果を半減させることができても薬物自体を消し去ることは難しい。人数に対してワクチンが足りていないため、現在ワクチンや首輪に付着していた薬物を必死に調べているのである。
そんな話を聞いてから病棟を見回ってみると彼らも被害者であったのだと考えさせられる。『あの方』からすればボドワン枢機卿も彼らも使い捨ての駒でしかないのだ。ルナと一緒に僕を捕まえた張本人でルナの護衛隊長だったセシルという人物の様子を見に行ったとき、聖女の一人が昏睡状態の彼女の手を握りながら悲しそうに見つめているのが印象的であった。
騒動の最後に港を攻めてきた船団については少しだけ情報があった。
中型船は僕が全て沈めてしまったので情報は得られなかったが、大型船を残しておいたことと賊を拘束していたのでそこから情報を抜き取ることができたのだ。
賊はジルダート王国に雇われた海賊だと供述している。
元々ロズロ国近郊を活動拠点としている彼らだが、ジルダート王国からの使者に大型船の試作機をやる代わりにアヅィールを襲ってほしいと頼まれたらしい。賊としては大型船に加えて高額の報酬を貰えると躍起になったのだが、結果としては散々なものとなってしまったわけだ。
海賊の雇い主が本当にジルダート王国の者か不明ではあるものの、その近辺に『あの方』に繋がる何かがあるのだとすればジルダート王国を調べてみるほうがよいだろう。と、思っていたらルナがすでに『仮面の七人』を使いルインルスアルテ大陸の調査に乗り出しているという。僕のガイドは実は仕事のできるガイド様なのだ。
肝心の大型船はと言うと、僕の鑑定眼でイトイス自治国産であることが分かっている。
イトイス自治国は内陸国であるが、海へと続く運河が流れているため造船技術が伸びてきているのだという。教皇から聞いた話では、帝国から独立を果たしたイトイス自治国は近代化が進んでおり大型船を大量に造っているのだという。噂では鉄を浮かせる研究をしているとのことで、今回攻めてきた大型船もその研究の一部だろうと言っていた。
ちなみに魔導炉とは何か、という点については教皇も聞いたことがないのだそうだ。未知の動力源が積まれた大型船は聖法国で調査すると言っていたが、イトイス自治国で作られているのであれば直接イトイス自治国を訪ねるのも悪くないだろう。流石に機密情報までは難しいだろうが、その街並みで文化水準もわかる。そうすれば魔導炉の糸口も掴めるかもしれないのだ。
そんなこんなで教皇はまた進捗があれば情報を共有してくれると約束してくれたので、僕たちは帰路へ着くことにしたわけだ。
行きではテルトーダ以降を歩いて進んだので時間がかかってしまったが、帰りは聖女であるルナが同行していたこともあり教会関係者の中でも要職に就くものだけが乗れる専用馬車を使い関所まで送ってくれることになったので予想よりも早くテルトーダ首長国へ入ることができた。
テルトーダからは乗合馬車で進むことになり、乗り継ぎを重ねてボールドンに着く頃には雪は解け爽やかな風と共に生命の芽吹きを感じるようになっていたである。
途中、テヒト首長やカルカス最後の町の町長、アルスカイン特別侯爵に依頼達成の報告を済ませながらルストに戻ったため少し足止めは喰らったが、ベネディクト教皇からの報酬も合わせて懐はだいぶ暖かくになったので問題なしである。
ちなみに、マシューさん親子には挨拶できなかったが、テヒト首長からマシューさんが新たにできる宿場町の責任者となったため忙しなく働いていると聞いたので邪魔をしないことにした。念願の路面店を開けることになったのでマシューさんの張り切りようは物凄いらしい。テヒト首長には頑張り過ぎて体を壊さないように、という伝言を頼んでから出発することにした。
◇◇◇
というわけで、ルストへ着いた僕たちであるが、着いて早々、僕はギルドの来賓室の床で正座をさせられている。何故かは僕もよく分かっていない。ただ一つ言えるのは………。
「もう!何でシュウはいっつもいっつも私を置いていくの!頑張って調査を終わらせて戻ったら旅に出たって言われた私の気持ち考えたことある!?何の伝言もなしに行くなんてひどいと思わなかった!?私たち仲間じゃなかったの!?」
エリーさんが大激怒していたのである…。
エリーの言い分としては、僕が伝言もなくシルとジルを連れてアヅィール聖法国まで旅に出ていたことを怒っているらしい。依頼ならともかく、今回は私用だったのでギルドに聞いても大した情報を教えてくれないうえ、追いかけることもダラス達に止められてフラストレーションが溜まっていたようだ。
「し、か、も!テルトーダに行ったってどういうこと!?テルトーダは私と行くって約束したよね?私の勘違いでしたっけ。あぁ、そうか。あっしは空気と約束していたっていうわけですね。」
エリーが心を閉ざしかけて男装用の口調になってきている…。
「いや、確かに約束したよ!けど、アヅィール聖法国へ向かうにはテルトーダ首長国を通るしかなかったし………。」
「約束したんでしょ!?やっぱり約束したんでしょ!?大事なことなので二回言いましたよ、今!何でその旅に私がいないんでしょうね、シュウさん!?」
「それは待ちたかったけど急いでいたから…。シルやジルはタイミングがよかったから付いてきてもらっただけだしさ。それにエリーは一度『蒼天の牙』の皆とテルトーダへ行ってるんでしょ?今度は僕も含めてまた行けばいいじゃないか。」
「私はドヤ顔でシュウに観光案内したかったの!!」
そんな堂々と言うことですか、それ………。
「ま、まぁ、エリー。シュウもこんだけ反省してんだし、そろそろ許してやってもいいんじゃねぇか?」
流石はダラス!我らがリーダー!ナイス助け舟である!
「リーダー?そもそも調査が長引いたのはリーダーが拘ったからだよね。リーダーも正座したいの?」
「今回は全面的にシュウが悪いな!反省しろよ、シュウ!」
クソ!裏切り者め!!
「シュウ?私はただ怒ってるんじゃないんですよ?私を置いて行くのも仕方ないし、テルトーダへ行くのもこの際いいでしょう。………。けど、何で帰ってくると女が増えてるんですかねぇ!!えぇ!?シュウさんよぁ!?」
こ、恐い…。こんなドスの効いた脅しもできたんですね、エリーさん…。
「こ、こちらはアヅィール聖法国の聖女様でルナーリアさんとおっしゃいます、です、はい…。」
「聖女っていやぁアヅィール聖法国が誇る神の代弁者的な奴らだろ?そんな高潔な女を誑し込むなんてやるな、シュウ。」
黙れ、このバカ剣士!!これ以上話をややこしくするんじゃない!
「兄貴は黙ってて。」
これまで見た中でも一二を争うくらいに鋭く冷たい視線をエリーから感じたガジは言われてもいないのに正座になってしまう。
「エリーさんとおっしゃいましたね。私は聖女ルナーリアと申します。シュウ様には国を救って頂いた御恩がありますので、お力になりたく同行を許可頂きました。
私の存在が不快に感じてしまったならば謝罪します。ですが、私もシュウ様のお役に立ちたいとここまで付いてきたのです。できれば皆様のお傍に置いていただくことはできないでしょうか。」
ルナは瞳を潤ませながらエリーへ懇願する。整った容姿にその上目遣いは反則だ。ガジの目がハートになってしまうのは言わずもがなだが、エリーさえもタジタジになっている。聖女、おそるべし………。
「ま、まぁ悪い人でもないみたいだし…。シル姉が何も言わないならいいよ。」
「あぁ、この方は最も信頼におけるお方だ。安心してくれて構わない。」
…シル姉って、いつの間にそんな仲良くなってたの、お二人さん?
「おぉ!そんじゃあ仲直りの証に温泉地にでも療養にいくか!?」
「「ガジ(兄貴)は黙ってて!!」」
このドスケベ剣士!話をややこしくするんじゃない!
そんな話をしていたら来賓室の扉が開く。扉の前にはアッガスの巨体が鎮座していた。
「お前ら、何くだらねぇことで怒鳴り合ってんだ!隣の執務室まで駄々洩れじゃねぇか、まったく。おかげで真面目な話が台無しだ。」
アッガスから真面目な話という単語が出るとは…!しかし、来客があるなら何で来賓室を僕たちに使わせてくれてたんだ?
「まぁ良い、アッガス。どちらにしてもシュウたちには話があったわけだから、それが先か後かの違いだけだ。先にこちらを済ませてしまおう。」
「いいのか、ルスト様?」
アッガスの次に部屋に入ってきた人物はルスト公爵であった。後ろにはクリスもいる。
「僕に話、ですか?」
なんだか嫌な予感。
「あぁ、そう………。何故そなたは床で正座をしておるのだ?」
公爵閣下をも固まらせる不思議空間はこうして幕を閉じるのだった。




