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第8話 お互いの話をしよう

 ノボルのスキルにより解放され顕現した魂が完全に消失した後。葬儀場の中は静寂に包まれていた。


「よし。魔物の葬儀はこれで終わりだな」


 魂の消滅後もしばらく手を合わせていたノボルだが、頃合いを見て大きく息を吐き、手を下ろしてすっと腰を上げる。それから魔物が納められている棺へと近づいて背後に座るサラヴィスに声をかけた。


「おい、お前もご遺体に手を合わせてくれ。そろそろ勇者が戻ってくるだろうし、そうしたら棺ごと処理場に運んでもらうから」


「……」


 しかし彼女からの返答はない。


「おい聞こえないのか?せめて手を合わせてくれって……」


 こう言いながらノボルは振り返るとその視界に入ったのは、先ほど目にした光景に未だ言葉を失い動けないサラヴィスの姿だった。


「ま、こうなるのも仕方ないか。あんなものを見せられて、簡単に受け入れられる方がどうかしてるわな」


 肩をすくめたノボルはゆっくりとサラヴィスのもとへと歩み寄り、見下ろす。


「どうせお前のスキルのせいでこっちは本当のことしか話せない。だから知りたいことは、後から何でも聞け」


 それから彼は台座の置かれた棺を指さした。


「だが今は、あそこに眠っているご遺体に祈りを捧げてくれ。それ以上のことは望まないから」


 諭すようなノボルの言葉を聞いたサラヴィスは、赤髪の毛先を揺らしながら小さくうなずき、足の痺れも気にせず正座の体勢から立ち上がる。


 それから部屋の前方へと移動して棺のそばに立つと、彼女はその中を覗き込んで、納められている魔物のことをまじまじと見つめる。


「これが……先ほどの魂の方の……」


 顔の一部はイヌ科の獣のように変化し、歪な形状になっている。

 口元から見える鋭く尖った歯には、くすんだ血痕がいくつか付着している。

 額には頭部を貫通した穴が開いていて、そこから濃い体液が漏れ出た痕がある。


 普段のサラヴィスであれば。このようなものを間近で目にしたら恐怖のあまりその場で腰を抜かしてしまうだろう。


 現に館の中へと招かれる前、勇者レイネルが引きずってきたこの魔物の存在に気づいた際、サラヴィスは思わず目を背けてしまった。


「……っ」


 ところが今の彼女は違う。


 ノボルが執り行った魔物の葬儀。信じられないような景色をそこで目撃したが、あれは疑いようもない現実のもの。魔物と化した亡骸から解放された魂の姿と、それが発した言葉の数々を実際に見聞きして、サラヴィスは改めて痛感した。


 変わり果てた姿になったとしても。魔物の生前は間違いなくこの世界で生きていた人間であったことに。


 もちろん元来の臆病さゆえに未だ恐怖心を抱えているものの、サラヴィスは変わり果てたこの亡骸に向かって瞳を閉じて静かに手を合わせる。


 そしてこのサラヴィスの様子をそばに立つノボルは静かに見守っていたが、じきにドンっ!という大きな音を立てて葬儀場のドアは開けられ、見るからに不機嫌そうなレイネルが荷車を引いて中に入ってきた。


「その魔物、もう処理場に運ぶよ。葬儀は終わったでしょ?」


 するとサラヴィスの肩にポンっと手を置いたノボルは「もういいぞ。ありがとうな」と声をかけ、部屋の隅に立てかけてあった蓋を棺に被せそれをしっかりと固定して、レイネルと共に荷車に乗せる。


「それじゃあ処理場に行くから。ちなみにノボルがボクの助言を無視したこと、まだ根に持ってるからね!」


 こう言ってレイネルはぷんすかと怒りながら再び荷車を引いて葬儀場から出ていったが、ノボルはその後ろ姿に再び手を合わせ、遺体の旅立ちを見届けたのだった。


◇◇◇


「さて。ご遺体は勇者がきちんと処理場まで送ってくれるだろう。で、どうだった?魔物の葬儀は?」


 レイネルが葬儀場から出て行ってしばらくした後。葬儀道具などの片づけを終えたノボルは、その場に残っていたサラヴィスに声をかける。


「私が知ってるような葬儀とは違っていました。そ、それに魔物になった体に人間時代の魂が残ってるだなんて……」


「まあそうだろうな。アドフンさんも勇者も、初見時の反応は同じような感じだったよ」


 それからノボルは大きく息を吐いた後、その場に腰を下ろしてあぐらをかいた。


「そっちも座れ。ひとまずお互いの話をしよう。どうせどっちも嘘つけないんだから、むしろ円滑に話し合えるだろ」


 葬儀が終わって一安心したのか落ち着いた様子のノボル。サラヴィスの方もそんな彼の呼びかけに対して素直に首を縦に振ると、体育座りのような体勢で座り込んだ。


「で、何を聞きたい?ディケは俺の何を知りたがってるんだ?」


 このように問われたサラヴィスは、ノボルへの警戒心や恐怖心はだいぶ薄れてきたのか、彼の目をじっと見つめながら答える。


「私たちが知りたいのは『ノボル・アマツル』という人間の素性、そのすべてについてです。出身地、家系、スキル……。そのどれもが謎ですから」


 ノボルは腕組みをして口を閉ざしたまま大きくうなずいた後、壁同様に真っ白に塗られた葬儀場の天井を見上げた。


「今ここで、それを話すことはできませんか?」


 サラヴィスのスキルは『内心の開示』、彼女との対話者は一切の嘘がつけなくなるものだ。しかし対策・回避方法もあり、たとえば口を開いての応答さえしなければ答えたくないことは話さず済む。


 そのことをもう十分理解しているノボルは黙ったまま。


 この反応を目にして、寂しそうな表情を浮かべながらうつむくサラヴィス。だがノボルはそんな彼女に視線を移して心の内でこう呟く。


「(俺の素性はちょっとややこし過ぎる。いつかはバラしたって構わないんだが、仮に今ここで『別の世界から来た』なんて話したところでこいつが混乱するだけだ)」


 するとノボルからの目線に気づいたサラヴィスは顔を少し上げ、今度はこう質問した。


「それでは魔物の葬儀をしている理由は?これも話せないですか?」


 しばし考え込むような素振りを見せた後、これについてノボルは口を開く。


「俺は大富豪で恩人でもあるアドフン・クァークさんの意思を継いだ。あの人は『1体でも多くの魔物が弔われて欲しい』という夢を持っていた。俺もそれには賛同してる」


「どうしてアドフン・クァークさんはそのような夢を抱いていたんですか?」


「魔物になった人への偏見をなくしたいからだ。さっきの葬儀の中で俺も言ってただろ?『大罪を犯した人間だけが天罰で魔物になる』っていうデマへの反論を」


 これを聞いてサラヴィスは思い出す。それまで彼女は、一般的に流布されているこの通説を当然の常識だと考えていた。


 ところがノボルは正面からそれを否定。事実、先ほど魔物化した亡骸から解放された生前の魂も、大きな罪を犯したような人物だとは思えなかった。


「なぜアドフン・クァークさんは、それが間違っていると分かっていたんでしょうか?」


「それは知らねえ。俺も自分のスキルを発動して、実際に魔物の中の魂を解放するまではそうじゃなかった。それまでは他の奴らと同じように『悪さをした人間の死体が魔物になる』って信じてたさ」


 もちろんサラヴィスと会話を続けるノボルの言葉に嘘はない。彼すらアドフンがどうしてこの論に疑念を抱くようになったのか、その理由は教えられていないのだ。


「だけどアドフンさんが長年、魔物の研究をしてたことは知ってる。時折、倒された魔物をこの館に仕入れては解剖してたらしい」


 さらに彼は現在この葬儀場として使っているスペースに、昔は魔物用の研究室が設けられていたと明かした。


「だけど俺がここに来た時、もうアドフンさんは研究を半ば諦めてた。どうも期待してた結果は出なかったようだからな」


「そ、そうですか……」


 それからしばし両者が口を閉ざす中、今度はサラヴィスに対してノボルの方から問いかける。


「俺から逆に質問。お前はどうしてスパイになんかになったんだ?確かにそのスキルは諜報に使えるかも知れないが。面倒な反動もあるし、そもそも性格的にこの仕事向いてねえだろ?」


 眉間にしわを寄せて放たれたノボルからの疑問に、やや気まずそうな反応を見せるサラヴィス。だが彼女は回答を黙秘することなく、正直に口を開いた。


「私……このィクス国首都・レバク市の貧困地域出身なんです。元々経済的に厳しかったのですが、田舎へ出稼ぎに出ていた両親が亡くなり、祖母も病気になって。どうしてもお金が必要だったんです」


 さらにサラヴィスはスキル・『内心の開示』で苦労をしてきたことや、ある日突然ディケの人間がやってきて半ば拉致に近いような形で無理やり諜報部に入局させられた過去を語る。


「でもディケに入局して助かった部分もあるんです。祖母はおかげで保護されて、この国で一番大きな病院で療養できてますし」


「もし、このままお前のことを追い返したらどうなる?」


 投げかけられたノボルからの質問に、サラヴィスは静かに頭を横に振る。


「きっと祖母は病院から追い出されて、私もディケから任務失敗ということで拘束されてしまうと思います。過去にそういう例が実在したと聞いたことがありますので……」


 そしてノボルは「なるほど。そうか」と呟いて深く思案し、その坊主頭を数度搔いた後、暗い表情をしているサラヴィスにこう提案した。


「なあ。いっそのこと、俺とお前で一時的に協力をしないか?」


 予想もしなかった言葉。


 サラヴィスは怪訝そうな表情をしながらも長めの前髪からのぞく目を見開き、綺麗な緑色の瞳をノボルの方に向ける。


「え?協力、ですか……?」


 しかしそんな彼女に対してノボルは口角を上げ、ニヤリと笑顔を見せた。


「そうだ。俺たちの利害は一致してるはず。ちょっと話を聞いてくれよ」

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