第7話 魔物の葬儀
『とても清々しい……。心も体も今はとても心地よい……』
木製の棺。その中には勇者の手によって倒され、すでに動かなくなった魔物が納められている。
だが今、そんな棺の真上には眩しいほど光り輝く球体が浮遊中。しかもこの球体は中年ほどの男性の声を発してノボルやサラヴィスに語りかけてきたのだ。
『僕のことを解放してくれたのは君たちかい?魔物になってしまった僕なんかのことを』
「こ、これは。一体どういうことですか……?」
突然の状況に驚きたじろぐサラヴィス。ただ彼女はその球体が出す声に、達観した様子で落ち着いていながらどこか感無量といった印象を感じ取った。
一方のノボルは顔を上げてふわふわと浮きながら輝く球体のことを見つめ、慣れた様子で口を開く。
「当方は魔物の葬儀を執り行う者でございます。この度は大変な思いをされたかと存じますが、ご安心ください。もうあなた様は自由の身でございますから」
ノボルの言葉を聞いた球体は、まるでうなずくように小さく上下に動いた。
「先ほど当方で施したスキル。それは魔物と化した亡骸と、そこに閉じ込められていた生前の魂とを完全に切り離すものです。そして間もなく、あなた様は完全に現世から消滅してしまいます」
これを耳にし、ノボルの後ろで正座をしているサラヴィスはようやく理解した。
目の前で浮遊しながら光り輝く不思議な球体。これは今、棺の中で眠っている魔物の人間時代の魂だということに。
『そうか。すべて君のおかげだったのか……』
するとノボルは着用している袈裟の内側にさっと手を伸ばし、そこから紙とペンを素早く取り出す。
「残されたわずかな時間であなた様のお名前や享年、出身地などをお教えください。こちらで弔いをできた方は記録に残すようにしておりますので」
『……』
しかし輝く球体──いや解放された魂は、ノボルからの問いかけに対して黙ったまま。
「素性についてお話するのは嫌ですか?」
それからも続いたしばしの静寂の後、魂は『いや、そうじゃない』と絞り出すように言葉を紡ぐ。
『人間として死に、魔物と化した後の行動も僕は知っている。化物になって制御不能に陥った自分の亡骸は、勇者に倒してもらうまで多くの人間を襲った。恐らくその中には、僕と同じように魔物になってしまった者もいるはず……!』
これまで冷静な様子だった魂。しかしここでその態度が徐々に変化していき、声色にも動揺が見え始めた。
『そ、それに君も知っているだろう?魔物になるのは大罪を犯した人間だけなんだよ。きっと僕も自分の知らないところで、神々が許さないような悪事をしてしまったんだ!』
さらに魂は時折言葉に詰まりながら、力なくこう漏らす。
『そんな悪人である自分の名を明かすだなんて、とても恥ずかしくてできない。こんな丁重に弔ってもらう価値なんかもないはずで……』
「違います」
声を震わせて複雑な心境を吐露した魂の言葉を遮り、ノボルは低く重厚感のあるトーンで真っ向から否定する。
「『大罪を犯した人間だけが魔物になる』という論には何の根拠もありません。それは大前提が間違っている見解、本当は誰だって魔物になり得るんです」
魂に向かって放たれたこの内容を聞き、サラヴィスは耳を疑う。
当然彼女もこれまでの人生の中で、魔物になる人物の属性について『大罪を犯した者』だと教わってきた。だから勇者レイネルの活躍譚を読んで、彼が魔物を倒す描写が登場するたび、その勧善懲悪的な内容にある種の爽快感を得ていたのだ。
ところがたった今このノボルは根底から覆した。サラヴィスだけでなくほとんどの人が当たり前のように信じている、魔物の実体について。
「魔物になってしまったことそれ自体に責任はございません。だからあなた様には弔われる権利はあるんです」
サラヴィスはノボルの後ろ姿だけしか見えない。しかし彼女は、その雰囲気からよもやノボルが嘘をついているなど到底思えなかった。
『し、しかし。魔物になった後にこの肉体がしてしまったことはどう償えば……』
それでも当然、魔物と化した後の行為を思い出して魂は気に病む。
するとノボルはひとつひとつの言葉を丁寧に発するよう注意し、ゆっくりとしたトーンで「あなた様が死後、人間を襲ったことは事実でしょう」と諭していく。
「そして被害者がいらっしゃる以上そのことは許されることでもありません。これからあなた様の魂がどちらへ行きつくのかも存じ上げません。ですが魔物となった肉体がしたことも含めて、こちらは手を合わせます。それはあなた様が償いの意思を持っていればなおさら」
ノボルはこう話した後、持っていた紙とペンを床に置き、両手を合わせながら魂に向かって深々と頭を下げた。
「ただし現世から消滅しようとも。あなた様のことも、あなた様の手によって被害に遭われた方のことも、忘れずに供養し続けます」
そしてノボルは続けて「この役割から、当方は逃げることは決していたしませんから」と言い切ったのだ。
この言葉に込められた覚悟、厳しさ、慈悲。棺の上に浮遊し続ける魂は、そんなノボルの気持ちを汲み取って。じきに自身の素性について明かしていく。
『……僕はィクス国南方に位置する地方都市・ジュヌグァ市出身。名前はダフライル・レギレウル、死んだ時は42歳だったよ……』
瞬時にノボルは手を合わせる体勢をやめ、床に置いていた紙とペンを素早く拾い上げると、話された情報を速やかに書き綴っていく。
『家族は故郷でもあるジュヌグァ市に、妻のユリウェスと娘のフブカが。ただ経済的に貧しく、妻は体が弱くてね。栄養が豊富な山菜があると聞いて山へと足を踏みいれたんだが、道に迷った挙句、太陽が沈もうとした時に魔物から襲われてしまったんだ』
「それは何年前のことでしょうか?」
『今から3年前のことだ。爽やかな秋だったと記憶してるよ……』
これにノボルは深くうなずくが、その動きを確認した魂は心配したようにこう呟く。
『家族はどうなっているだろうか。もしかしたら妻はもう死んでいるかもしれない。まだ小さい娘もどこかで健康に生きていれば良いのだが。僕が魔物になったことは知らないだろうし、いつか帰ってくるとまだ考えていたら……』
それと同時に魂が発する光は徐々に薄くなっていき、球体の形状も崩れ始める。つまりタイムリミットが近づいてきて、本当の最期が迫り少しずつ塵と化していく魂に対し、ノボルはペンを走らせながら伝えた。
「間もなくあなた様は現世から完全に消滅してしまいます。お話いただきましたご家族につきましては、教えてくださった情報をもとに協力者とともに必ず捜索をいたします」
『え?さ、探してくれるのかい?家族のことを?』
ノボルは思わず声を上ずった魂に目を向け、首を横に振りながら「しかし仮に見つかったとしてもあなた様が魔物になったとは伝えません」と答えながら、こうも付け加えた。
「ただ、あなた様の最期についてお話をしても差し支えないと判断をすれば、ご説明する可能性はあります。少数ではありますが魔物になった方のご遺族に事実を明かした経験もございますので」
生前は『ダフライル・レギレウル』という名の男性だったこの魂は、もう涙という物体は出ることのない姿となっているに関わらず、まるですすり泣くかのような声で感謝を口にした。
『ありがとう。そこまで僕のためにしてくれるだなんて……感謝してもしきれないよ』
「滅相もございません。しかし、もう間もなく時間ですね」
そして輝くような光は完全に失われ、気づけばくすんだ灰色になり形状も保てなくなった魂は。
『ありがとう……ありがとう……ありがとう……』
何度も何度もこのような言葉を口にし、有り余るほどの感謝を述べながら。
「それではただ、安らかにお眠りください」
再び手を合わせて頭を下げるノボルと、それまでのやり取りを目の当たりにし呆然としているサラヴィスの前から、塵となり跡形もなく消失したのだった。




