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第9話 潜入任務 途中報告

 薄暗い会議室のような空間。窓はなく、だがそこそこの広さがあるこの中の空気は張りつめている。


 部屋の中心に置かれているのは長机。さらにその上にあるランプの明かりによって、席についている人物の姿が確認できた。


 そこに座っているのは揃って真っ黒なスーツを着た、50代中盤ほどの2名の男性。方や立派な口髭を蓄えていて、方や面長で鋭い目つきをしている。


「し、失礼します。諜報部1課のリィハル・ミララタルです」


 そして緊張した面持ちでここに入ってきたのは、机に座る面々と同じような黒いスーツに身を包んだ若い女性だ。


 小柄で赤く短い髪が特徴的、それでいて長めの前髪からのぞく目は大きく緑色の瞳は綺麗で、可愛らしい顔立ちの彼女。


「貴様は聞かれたことだけに答えろ。余計な発言など一切するなよ」


 リィハルと名乗った女性は自身から向かって右側にいる髭面の男性から命令され、震えながら小さくうなずく。


「本名、リィハル・ミララタル。今回の潜入名、サラヴィス・マレルマ。例の魔物を弔うという葬儀場へと潜入できたか?」


「……はい。1週間前、潜入に成功しました」


 そう。この女性はサラヴィス。彼女は1週間前に魔物専用葬儀場を訪れ、代表者であるノボル・アマツルが執り行う葬儀を目撃した。


 だがそんな彼女は今、ィクス国首都・レバク市の中央に所在するディケ本部の一室にいる。目の前にいるふたりの男性は諜報部の上官であり、彼らに潜入の途中報告を行おうというのだ。


「よろしい。それではまず、どうやって潜入に成功したのかその過程について話せ」


 髭面の上官が醸し出す厳格な雰囲気に怯むサラヴィスは、部屋中に響くほどの大きさでゴクリと唾を飲み込みポツリポツリと答えていく。


 葬儀場がある館に到着してノボルと出会えたが、魔物を運んできた勇者レイネルとも顔を合わせてしまい、スキル・『内心の開示』の反動によって素性がすぐにバレて窮地に立たされたこと。


 しかしノボルは自身のことを葬儀場へと迎え入れてくれ、魔物の葬儀を間近で見ることができ、その時に彼のスキルも確認できたこと。


 それから葬儀が終わった後、両者はある協力関係を結んだことも。


「ちょっと待て。その『協力関係』とは何だ?貴様、余計なことなどしてないだろうな?」


 静まり返った室内に響くのはサラヴィスが放つ小さな声だけだったが、彼女のこぼした言葉に髭面の上官が即座に反応する。


「こ、これは葬儀場代表であるノボル・アマツルから提案されたものです。互いの利害一致のため、簡単な決め事なども定めて……」


 続けて、震えながらも彼女は明かす。


 ノボルと協力関係を結んだその時を思い出しながら、当然そのスキルの効果によって嘘偽りなど一切口にできないまま。


◇◇◇


 魔物の葬儀を終え、ノボルがサラヴィスに提案した協力の内容。


「こっちは万年人手不足。だがこんな葬儀場で働きたいっていう物好きもいない。そこでお前が俺の補助としてここで働き、ディケの方にも『潜入に成功した』と報告すれば良い。どうだ?悪くない話だろ?」


 この内容を聞いてサラヴィスはうろたえ、当初はそれを拒否した。確かに追い返されないのは助かるが、雑用業務だけを押し付けられてろくに情報を収集できないのも困るからだ。


「大丈夫だっての。そっちが聞きたい情報に関しては追々話してやる。だがきちんと約束事を決めて、頃合いを見て素性を明かしてやるってことだよ」


 あぐらをかきながらこう説明するノボル。サラヴィスはこれに対し怪訝そうな表情を浮かべるものの、彼は続けざまにこう畳みかけてくる。


「今すぐお前をここから追い出すのは簡単。でもそれをしたらお前と、病気だっていう婆さんの身はどうなる?なりふり構ってられないだろ?」


 ノボルの言うことはもっともだとサラヴィスは思う。自身と祖母を守るためには、ひとまずこの葬儀場への『潜入』を成功させないといけない。たとえそれがどんな形であったとしても。


「それにこっちからしたら魔物の葬儀は別にやましいことじゃないと分かって欲しい。素性は別として、悪いことなんて一切してねえよ」


 彼には現在の王制や社会に危害を加える意図など毛頭ない。それにサラヴィスとの出会いも「俺のことを怪しんでるディケに潔白を証明できる良い機会だ」と開き直った解釈までしている。


「よくよく考えたら、嘘がつけないお前に葬儀場のことを理解してもらうことは案外悪くないことなのかもしれねえからな」


 サラヴィスと言葉を交わす以上、ノボルが嘘をつけないことは確か。ならばこの態度も場を繕うため、もしくは自身を騙すための方便ではないと判断しても差し支えない。


 サラヴィスは考え込む。深く、深く、目をぎゅっとつぶって考え抜いて。


「……よし。俺と、協力してくれるか」


 じきにうなずくサラヴィス。


 こうして彼女はノボルからの提案を受け入れることに決めたのだ。さらに両者はそれからしっかりと話し合い、以下のような最低限のルールを定めた。

 

 ①ノボルは半年以内に自分の素性について明かす機会を設けなければならない

 ②サラヴィスはその機会が訪れるまでノボルの素性について詮索してはいけない


 ディケが設定した、葬儀場への潜入の当面のリミットは半年間。サラヴィスはノボルにこのことも明かしたことで上記の規則となった。


 ノボルが求めているのは、平穏に魔物を弔い続けられる環境。

 サラヴィスが求めているのは、ノボルに関する情報と祖母の安全。


 魔物を弔うノボルと彼の素性を探るスパイのサラヴィス。そんな両者は手を取り合うことで互いが求める利益を得られると判断し、不思議な協力関係を結ぶことになったのだ。


◇◇◇


「なるほど。それで『潜入に成功した』と先ほど答えたんだな?」


「は、はい」


 乾く喉。止まらない冷や汗。厳しい顔の上官たちを前にサラヴィスの動悸は激しい。


 するとサラヴィスから見て左側に座っている、面長の上官は腕を組んで「ふむ……」と呟いた。


「リィハル・ミララタルのスキルには非常に面倒な反動があります。だからスパイであることがバレるというのは想定内。そんな中で、どんな形であれ、ひとまず目標に近づけたというのは評価しましょう」


 彼が発した予想よりも寛大な一言に、サラヴィスはほんの少しだけ胸をなでおろす。しかし髭面の上官の方は厳しい表情のまま、しばらく間隔をあけてから彼女にこう尋ねた。


「それで。ノボル・アマツルのスキルとはどのようなものだ?」


「め、名称は『霊魂の解放』というものだそうです。魔物の葬儀の際に使用しています」


 そしてサラヴィスは自身が目にした信じられないような光景を思い出しながら、魔物の葬儀とその際に発動されたスキルについて説明していく。するとこのことを聞いた2名の上官はほぼ同時に眉間にしわを寄せ、互いに顔を見合わせた。


 いつも諜報部の上官は顔色を変えず、高圧的な態度で部下に接している。しかしそんな彼らが、ノボルのスキルと魔物の葬儀について聞いた途端に表情を一変させたのだ。


「おい!本当にノボル・アマツルは使っていたのか!?あのスキル・『霊魂の解放』を!?しかも魔物に変貌した死体から、閉じ込められていた生前の魂を分離させるという用途に!?」


 葬儀の内容よりもノボルのスキルについて強く反応し、思い切り身を乗り出して険しい表情を浮かべる髭面の上官。


「は、はい。この1週間のうち何度か葬儀に同席しましたので……間違いはなく……」


 それから髭面の上官は姿勢を整え、何度かうなずいてしばらく時間を置く。それからようやく落ち着きを取り戻して軽く咳ばらいをした後、別の質問をサラヴィスに問う。


「……では潜入して以降、今日に至るまでの1週間、貴様はどう生活を送っていた?」


「と、当初ノボル・アマツルは私に自宅から通うよう勧めてきました。しかしディケから『より親しくなるために同居をねだれ』と言われていると明かしたところ、その。とても渋い顔をされながらも私の自室を館の空き部屋に準備してくれました」


 それからサラヴィスは、ノボルから雑務を頼まれては粛々とそれをこなしたと話す。


 だがその多くは書類整理などの簡単なものばかり、もしくは勇者レイネルが運んできた魔物の葬儀の簡単な手伝いだ。


 未だ緊張感に襲われるサラヴィスが潜入以降のことを報告し終えた後、手元にある懐中時計でしばし時間の経過を確認して、最後に面長の上官がこう質問した。


「勇者レイネルとノボル・アマツルとの関係性については分かったことはあります?」


「そ、その。ノボル・アマツルは、『勇者はずっと孤独だったら友達になってやった』と話していました。で、ですがどうしてその詳細についてはまだ聞けておらず。それに勇者は私とは口を聞いてくれず……」


 目を伏せて消え行くような声を出すサラヴィスに向け、すっかりいつもの厳しい調子に戻った上官たちは、冷徹な視線を彼女に浴びせる。


「まあいいでしょう。厄介なスキルの反動を持つ新人であれば、たとえスパイであることがバレようとも、近い関係になれば十分というのが当初からの考え。彼が『霊魂の解放』を所持しているという情報を得ることもできましたから」


 面長の上官はこのようにサラヴィスのことを評価するが、髭面の上官の方は一層低い声で釘を刺すようにこうも忠告した。


「貴様のスキルで情報を収集できるのであれば、協力関係を結んだことそれ自体は構わない。だが決してディケのことは裏切らないよう、注意しろ。いつでも貴様の自由を奪うことはできるんだからな」


 この脅しを聞き、サラヴィスはうつむきながら蚊の鳴くような声で「はい……もちろんです……」と答えて、今回の報告は幕を閉じた。

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