表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

42/43

第42話 話が違う

「わ、私。嘘つけちゃった……」


 呆然としながら館への帰り道を歩くサラヴィス。


 彼女はつい先ほどまでレバク市の中心部にあるディケ本部にて、魔物専用葬儀場への潜入任務に関する途中報告を行っていた。


 サラヴィスが有しているのはスキル・『内心の開示』、これは彼女と言葉を交わした者は一切の嘘をつけなくなるという能力。だがサラヴィスの意思とは無関係に常時効果が発動されていて任意で解除もできない。


 さらにこの強力な効果の反動として幼い頃にスキルを発現させて以降、使用者であるサラヴィスも自分の独り言でさえ嘘をつけないという状態だった。


「まだノボル・アマツルは私に情報を明かすつもりはないようで、何の情報も得られていません。ただ近いうちに素性を話してもらうよう善処します」


 しかし今回の報告においてサラヴィスは嘘をつくことができたのだ。


 諜報部上官から『ノボルの素性に関する何かしらの情報』を得られていないのか厳しく問いただされ、その脳内では明かされた話のいくつかを思い返していたにもかかわらず。


 当然ながらサラヴィスのスキル・『内心の開示』の効果とその反動のことを、上官たちは把握している。そのため彼らはこの発言の真意を疑うことなく、そのまま鵜呑みにし、じきに彼女は解放された。


 どうして自分は嘘をつけたのか。


 この身に起きたことながら今なおサラヴィスはその理由を分かっていない。


「どうして嘘をつけたんでしょうか。代表が明かしてくれた『普通の遺体にはスキルを発動できないこと』とか『いつか全世界にある処理場を巡りたいという目標』は頭の中に浮かんでいたはずなのに……」


 サラヴィスは歩きながら、嘘をつけた場面を思い出す。


 あの時の彼女は静かな怒りを覚えていた。その原因は諜報部の上官が言い放ったある言葉だ。


 直立不動のサラヴィスの前に座るふたりの上官たち。彼らは直近に起きた、勇者レイネルと魔物駆除隊との争いの背景について彼女に尋ねる。


 ただサラヴィスが正直に話した説明を聞いて、その原因が『彼女の友人であり魔物化してしまった少女の所有権を巡ってのこと』だと知ると……。


 ひとりの上官──髭面の方が呆れた様子で「くだらない」と吐き捨てたのだ。


 犠牲になったフィックをはじめ、懸命に動き続けたノボルやレイネルたちの顔を思い浮かべたサラヴィスはこれに強い憤りを感じた。


 それから頭に血が上った勢いそのまま、把握していたノボルの情報を隠すことを彼女は決心。不可能だと分かっていながらもせめてもの抵抗をしようと口を開いたのだが。


 不可能だと思っていたことがまさかの現実になってしまった。


「ほ、本当に反動が出ないなんて……。な、何だかまだドキドキします……。こんな感覚、久しぶりだから……」


 湧き上がってくる高揚感。まだ続いている緊張感。それらに付随している罪悪感。


 スキル・『内心の開示』が発現するまではサラヴィスも人並に嘘をつくことはできていた。薄れてきた記憶を辿ってみると、もうこの世にいない両親にちょっとした嘘を交えた冗談を言って笑い合ったことだってある。


 今のサラヴィスの心と体にあるのは数年ぶりの感覚。本来、嘘をつくという行為自体は良くないことだと彼女も分かってはいるのだが、どうしても胸が躍るような感覚を抱いてしまっている。


「……でも。これからの代表とのやり取りでも私は嘘をついていいんでしょうか?」


 ようやく館に到着し、その玄関前にまで進んだところでサラヴィスは立ち止まる。


 現状だと独り言はまだ反動の影響を受けているようだが、もし他人との会話においてこれからも嘘をつけるようになれば、今回の潜入任務はずっと楽になることだろう。


 ノボルは『内心の開示』の効果と反動を踏まえたうえで、互いに協力をしようと提案してきた。サラヴィスの当面の潜入期間である半年の間に、必ず自身の素性を明かすつもりなのでそれまでは余計な詮索をせずに仕事を手伝ってくれというのだ。


 しかし嘘つけるとなればサラヴィスは大きなアドバンテージを得ることになる。このことを隠してノボルと付き合えば、自分のリスクだけをぐっと減らして活動できるからだ。


 ただ、それで本当にいいのだろうか?


 そもそもノボルがサラヴィスのことを迎え入れてくれた理由の根幹は『面倒なスキルと反動を持っていること』への同情心だ。それは彼女本人だって分かっている。


 ではここの前提を崩してノボルのことを騙すことになれば。


 突如して襲ってきたのは痛烈な後ろめたさ。サラヴィスは玄関のドアのノブに手をかけたまま動けない。


「代表のことを裏切りたくないな……」


 目を伏せて正直な気持ちを吐露するサラヴィス。


 薄々ながら彼女は自分でも分かっていた。この魔物専用葬儀場に住み込みで働くという今の生活に充実感を得始めていたことに。


 そもそもサラヴィスは志願してディケに入局したわけではない。幸か不幸かスキル・『内心の開示』を持っていたことにより、望んでもないのに半ば強制的に諜報部のスパイとなったわけだから。


 彼女が今こうやって葬儀場への潜入任務を行っているのも、ディケや2大国家(ィクス国とブライド国)への忠誠心なんかではない。何よりも病気の祖母を救うためである。


 諜報部の訓練は厳しく、同僚たちもサラヴィスのスキルを警戒して近寄ろうとしないためか、組織内でもろくに人間関係を築けていない。だからか今のサラヴィスはむしろ、ノボルやその周囲の人々と過ごす時間に居心地の良さを感じていたのだ。


 だがあくまでも彼女の立場はディケからのスパイ。ノボルの素性を知り、それを上に報告すればいつかこの日々にも終わりが訪れる。


 だったらせめて。中途半端な形で幕切れはして欲しくない。


 ノボルには自分で決めた納得したタイミングで過去のことを話して欲しい。それから彼がィクス国にもブライド国にも危険な人物ではないとディケの上層部に分かってもらい、これからも葬儀場は平穏に運営ができるようになってからきちんと別れをしたい。


「自分の気持ちにも嘘ついちゃ、駄目ですよね」


 こう呟き、微かに微笑んだサラヴィス。


 気持ちを固めた彼女はそっと玄関のドアを開けて館に入る。それから静かに館の階段を上がっていき、葬儀も今はしていないようなので、きっとノボルはここにいるだろうと2階へと足を踏み入れる。


「代表、戻りました」


「おかえり。ようやく帰ってきたなサラヴィス」


 案の定この階のダイニングにいたノボル。椅子に座っている彼は丸机に肘をつきながら、顔をサラヴィスの方に向け柔和な表情で微笑んだ。


「惜しかったな、ちょっと前までカグリゥもいたんだが。あ、そうそう。フィックに選んだもらった花束もきちんと渡せたよ。喜んでくれたからあの子も報われるだろうな」


 穏やかにこう話すノボルにサラヴィスは近づく。


「ところで今回の報告はどうだった? ちょっとばかし嘘でもつけたか?」


 笑顔のままこう尋ねてきたノボルにサラヴィスは胸が痛む。


「(スキルの反動が出なかったことは伏せておきましょう。いつも通りに接して、協力関係のための約束は守って、余計なことは詮索しない。これは私自身と代表のための必要な嘘ですから)」


 サラヴィスは心の中でこう呟いた後。目の前にいるノボルに向かって。


 大きく息を吸ってからこう伝えた。


「私! 今日の報告で嘘をつけました! でも自分と代表のためにこのことは黙っていようと思ってるんです!」


「……は?」


「……あ、あれ?」


 突然の発言に驚くノボルの目の前で、サラヴィスはへなへなと床に崩れ落ちながら。


「え、えっと……。やっぱり私、嘘なんてつけない……?」


 力なくこう絞り出すしかなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ