第41話 嘘ついたった
それはフィックの葬儀を執り行った翌日の早朝。ノボルによる『彼の目標』についての話が終わった遥か後だった。
前日の疲れもあったのか泥のように眠っていたサラヴィス。この日の天気はよく、館の3階にある彼女の部屋は窓が開けられたままだ。
……すると突如としてその耳には届く。
「諜報部1課所属、リィハル・ミララタル」
冷たい女性の声。瞬間、サラヴィスは目を覚まして飛び起きた。
それから急いで窓に近づき、直立不動で息を呑む彼女。その眼前にあるのは人型に切り取られた赤い紙だ。
不可思議なこれは空中にふわふわと浮きながら女性の声で言葉を発する。
「本日の午前9時。ディケ本部に迎え。そこで諜報部上官への任務途中報告を行うこと。以上だ」
端的にこのことだけを伝えた人型の赤い紙は、それからすぐに塵と化して消滅した。
「また……上官に会わないといけないんですね……」
そしてサラヴィスは大きなため息をつき明け方の空を眺めた後、暗い表情で窓を閉めた。
◇◇◇
潜入名:サラヴィス・マレルマ。本名:リィハル・ミララタル。
彼女は超国家的治安維持機関、通称ディケの諜報部1課に所属している17歳の新人スパイ。現在は魔物専用葬儀場に潜入している身でありノボル・アマツルの素性を探っている。
しかしサラヴィスが有する強力なスキル・『内心の開示』には面倒な反動が存在している。彼女は他人と話す時に嘘をつくことができず、ノボルと出会ってもすぐに自身の正体がバレてしまった。
本来は諜報活動などまったく向いていないサラヴィス。彼女がスパイになったのは、重い病気を抱えている祖母を守るため。つまり彼女にとって最も重要なのは祖母と自身の安全の担保だ。
だが潜入任務で失敗──つまり何の成果も得られなければ、ディケからどのような粛清を受けるか分からない。そのためサラヴィスはもう引き返すこともできない。
これを知ったノボルは、彼女に情けをかけて協力関係を結ぼうと提案してきた。
その内容は『魔物専用葬儀場は人手不足なのでサラヴィスにしばらく仕事を手伝ってもらい、代わりにいずれ自分の素性を明かす』というもの。
ノボルが求めているのはこれからも平穏に魔物を弔うための環境。彼は現在の平和を脅かすことなど望んでいないため、サラヴィスを迎え入れて自身と葬儀場の潔白を証明することが得策だと判断した。
悩んだもののサラヴィスはそれを受け入れ、いつか訪れるノボルが素性を明かす機会を待ちながら、魔物専用葬儀場に『いさせてもらっている』立場となっている。
「リィハル・ミララタル。報告によれば一昨日未明から昨日明朝にかけて、ノボル・アマツルと勇者であるレイネル・ギィラズは魔物駆除隊と大立ち回りをしたそうじゃないか。貴様はこの現場にいたのか?」
ディケ本部。そこにある薄暗い部屋。
直立しているサラヴィスは緊張感に包まれながら小さくうなずく。彼女の目の前に座って資料を持っているのは、前回の任務途中報告の場にもいた2名の中年男性。
髭面と面長のふたりは揃って諜報部の上官だ。
「眷属を1体失ったというアレッフス・デルベランテ、かなりの怪我を負ったリン・ユエシエント。ふたりはなぜかこの騒動の詳細には口を閉ざしている状況……困ったものだ」
こう話して髭面の上官は顔をしかめると、今度はその隣にいる面長の上官も腕を組んで口を開く。
「無論ふたりが負傷した責任の所在を明らかにしたいわけではありません。しかし戦いの現場にいたのであれば事情の説明が必要。一体、レバク市北部の商店街で何があったのですか?」
サラヴィスに向けられる両上官の厳しい視線。じきに彼女は小声で答える。
「勇者レイネルとノボル・アマツルは、レバク市に現れた魔物を巡って魔物駆除隊と戦ったんです」
「ふむ。確かに魔物の所有権を巡り、駆除隊とフリーのハンター間で『どちらがとどめを刺すか』と小競り合いを起こすことは少なくありませんね」
サラヴィスの発言後、面長の上官は手元にある懐中時計を確認してしばらく時間を置いた後、資料に目を通しながら答える。
「ただギルドに加盟する有象無象のハンター相手ならともかく、これまで勇者レイネルと魔物駆除隊がこのような揉め事を引き起こすことはなかった。それなりに我々とは共存していたはず」
しかし今回は違う。
魔物駆除隊のリンを負傷させたものも、デルベランテの眷属に手をかけたのも、勇者レイネルだ。そして両者が一時的にでも戦線を離脱するというのは魔物駆除隊にとって大きな損害となる。
「リン・ユエシエントもアレッフス・デルベランテもレバク市近郊における魔物駆除の主力。今回の影響で、慌てて他の地域の担当者をこちらに回しているらしいのですから」
すると目を伏せたサラヴィスに髭面の幹部が声を上げる。
「貴様、何か知っているんだろう? どうして今回勇者は魔物駆除隊の動きを妨害してきたんだ!?」
サラヴィスはこれへの答えに言葉が詰まってしまうが、上官たちの圧に耐えかねてこう絞り出した。
「出現した魔物は私の友人でノボル・アマツルの知人でもあった少女でした。だから彼と勇者は何としてでも自分たちでとどめを刺そうとしたんです。倒した後、葬儀場でご家族との別れの場を設けるために……」
脳裏によぎるフィックの最期を思い出しつつ、胸が張り裂けそうな感覚を懸命に抑え込んで答えたサラヴィス。
しかしこれを聞いた上官たちは呆れたように揃って大きなため息をついた。
「そんなくだらないことで揉めてたのか。その少女は魔物になったんだろう? ならば生前とんでもない悪ガキだったんだろうな。よくもまあそんな人間を弔おうとするものだ」
くだらない・・・?
サラヴィスは目を見開き、耳に届いたこの言葉を脳内で反芻する。
依頼主のために単身配達に出かけ、その道中で命を落とし魔物化したフィック。
そんな彼女にとどめを刺すため必死に戦ったレイネル。
家族の死と魔物化で大きな悲しみに襲われたボレゾアとポーレウスとリクァツ。
皆のために懸命に後方支援に徹したカグリゥ。
溢れ出る感情を抑えて葬儀を執り行ったノボル。
彼女は各々の顔を思い浮かべ、徐々に両手を強く握りしめていく。
あの一連のことがくだらないはずがない。ノボルやレイネルの思いがくだらないわけがない。関係しているひとりひとりが必死に考えた。必死に動いた。
そもそも『生前に大罪を犯した人間が魔物になる』なんていう話は迷信だ。事実ではない。
だがぐっと唇を噛むサラヴィスの様子に気づくことなく、髭面の幹部は机に肘を置いて顔の前で腕を組み、冷たい口調で尋ねる。
「ところで貴様。ノボル・アマツルについて何か新たに得た情報はないのか?」
サラヴィスは頭に血が上っていく感覚を味わいつつ、心の内でこう漏らす。
「(代表が……話してくれたこと……)」
昨日、静まり返った葬儀場で「礼の代わりに」とノボルが明かしてくれた内容。
スキル・『霊魂の解放』は魔物化していない遺体には効果がないこと。
いつか全世界にある処理場を巡りたいというノボルの目標。
少なくともこれは今、この場で上官へ伝えるに値する事柄だろう。
「……」
しかしサラヴィスは黙りこくる。
フィックとの別れを経験した彼女は以前と比べて少しだけ変われたが、まだ昔と同じように従順だ。臆病だ。内気だ。
それでも……。
たったひとりの少女のため、なりふり構わず最後まで色々なものに抗った人々のことを、侮辱されて許すはずがない。
「おい早く答えろ! ノボル・アマツルの情報について! そろそろ何か得られるものがあっただろう!」
長机を叩く髭面の上官の声が部屋中に響く。
しばらくしてサラヴィスは意を決し顔を上げた。そして長く赤い前髪から見える、緑色の綺麗な瞳で彼のことをじっと睨みながら。
ようやく口を開く。
「……申し訳ありません。まだノボル・アマツルは私に情報を明かすつもりはないようで、何の情報も得られていません。ただ近いうちに素性を話してもらうよう善処します」
この答えに髭面の上官は唾を飛ばしながら叱責する。
「そうか。ただ呑気に時間を過ごしている暇はないぞ! 当面の潜入期限は半年間! 時間は短いんだ! それまでにあの男に関する何かしらの情報を掴め! この若造が!」
ふたりの上官はもちろんサラヴィスのスキルの反動も把握している。だから彼女の言葉を疑うことなど絶対にない。
しかしサラヴィスに幹部の言葉は響かない。……というよりも聞こえていない。
激しい心臓の鼓動。汗がにじむ掌。震える両足。
彼女はスキル・『内心の開示』にずっと悩まされてきた。
会話した相手は嘘をつけない。自分の独り言だって本音を話してしまう。これらは言葉にできないほど苦しいこと。
だがたった今、それを覆すことが起きる。
サラヴィスは頭の中でノボルが明かした『彼の目標』のことを思い浮かべながらも「何の情報も得られていない」と回答したのだ。
つまり子供の頃にスキルが発現して以降初めて彼女は他人に嘘をつくことができ、このことに他ならぬサラヴィス本人が大きな衝撃を受けていたのだった。
次回更新は21日(金)の予定です。




