第3話 嘘つけねえ
この世界では誰もが特殊な能力を持っている。
これらは『スキル』と呼ばれていて、たとえば『炎を自在に扱えるスキル』、『動物と会話ができるスキル』、『息継ぎせず深海まで潜れるスキル』、『翌日の天気が正確に分かるスキル』などその種類は多岐にわたる。
そして誰がどのようなスキルを持って生まれてくるかは、遺伝など関係せず完全にランダム。友人・知人と偶然にも同じスキルを持っていることもあれば、近親者でもまったく異なるスキルを有していることもある。
わずかな例外を除き一個人が使えるスキルは1つだけ。能力の発現は6歳を迎える誕生日から7歳の誕生日までの1年間のうち、どこかで必ず訪れる。
そして当人がどのようなスキルを使えるのか判明すれば、速やかに超国家的な治安維持機関であるディケの能力管理部に詳細を提出し、その情報を登録することが決めつけられていた。
ただしこの決まりをきちんと守れているのは、都市部で平均以上の暮らしができている恵まれた人ぐらい。貧困層や僻地に暮らしている人間の中にはスキルの登録漏れが起きていることも少なくない。
さらに能力を悪用した犯罪も多い。たとえば殺傷能力を伴うスキルによる通り魔的な傷害事件や、他人の思考・精神を操るスキルによる詐欺事件など。それに凶悪なスキルを持った人物が王制の打倒に目覚め、地下活動をしていた歴史もある。
これらに対抗するため、さらに魔物の討伐もしなければならないため。超国家的な治安維持機関であるディケは強力なスキルを使える人材を常に求めているのだ。
ただこのスキル、あまりにも強力過ぎる能力にはあるデメリット要素が存在していた。
それを有する当人が、かなりの不利益を被るほどの『反動』という要素が。
◇◇◇
世界で唯一の魔物専用葬儀場を運営している男性、ノボル・アマツル。そんな彼は『自身と会話をする人間は一切の嘘がつけなくなる』という非常に強力なスキルを持つ、新人女性スパイのサラヴィスと対峙していた。
「魔物専用葬儀場の代表はとっても怖い顔の反社会的なおじさんでした……!」
「だから違うっての!外見だけで人を判断するな!後ずさりするな!」
「き、きっとたくさんの犯罪をしています……!恐喝、傷害、さらには詐欺にも手を出しているはず……!」
「さっきから失礼な奴だな!そもそも俺だって自分で素性をバラしてくる、とんでもなくヤバいスパイが来たなとビビってる側だよ!」
サラヴィスはディケの諜報部からやってきたスパイ。しかしこともあろうに彼女は強力なスキルの反動によって、自分自身もまったく嘘がつけないという、スパイ活動においてどう考えても致命的過ぎる弱点を抱えた人物だったのだ。
「さっきからこの玄関先で勝手に話してた独り言、丸聞こえだったんだよ!たとえば潜入に使う偽名も知ってるぞ!『サラヴィス』なんだってな、お前の名前!」
ノボル自身、目つきの悪さや傷跡だらけの顔は決して相手に好印象を与えるものではないと理解している。だがこうも馬鹿正直に怖がられるとショックは受けるものだ。
そしてそんなノボルは、目の前で自分に怯えきっているサラヴィスを指さし大声を発するが、これを聞いた彼女は分かりやすく赤毛の髪が揺れる頭を抱えてしまった。
「じょ、上官からは『スキルの反動は織り込み済みだから心配するな』と言われていましたが、やっぱりすぐバレてしまいました……。こんな反社会的な人に素性を知られた以上、この先は殺されるか娼館に売られるかどっちかです……」
「だから反社じゃねえっての!そんなことしねえよ!そもそもこっちは魔物の葬儀が終わったばかりで疲れてんだから大きな声を出させるな!」
分かりやすく絶望の表情となっているサラヴィスに、呆れたようにこう吐き捨てるノボル。ところが彼は段々と自分自身の言動に違和感を抱いていく。
「魔物のご遺体を運んできた張本人である勇者が勝手にいなくなって、探し回ってクタクタなんだよ!面倒な奴が来たな、まったく!」
「え?ゆ、勇者さんが来られてたんですか?」
「そうだよ!複数のスキルを扱える特殊体質で、たくさんの魔物を討伐して、世界の英雄扱いされてる、あの勇者さん!そいつがいきなり姿をくらませてこっちは困ってるんだよ!」
「あ、あのう。勇者さんとはどういう関係なんですか……?」
「友達だよ友達!あいつ、小さい時から魔物討伐の訓練と実践ばかりしてたからずっと孤独だったんだよ!それで俺が友達になってやったの!」
「と、友達って。勇者さんはまだ10代前半、あなたは35歳ですよね……?」
「おい!それ言うのやめろ!年齢出されると確かに事案感が出る!」
まずい。この女、かなり厄介なスキルを発動してやがる。
思ったことが自然とそのまま口から飛び出てしまうサラヴィスとの会話。今までのやり取りを通じ、本能的に危険を察知したノボルは急いで沈黙に徹することにした。
5年前に日本から転移してきたノボル。彼には、この異世界に暮らす人々が持つスキルにまつわる苦い経験が、実に山ほどある。
たとえば転移直後にガラの悪い若者たちから火を扱うスキルで脅されて。
たとえば田舎の農村で畑を所有する主人が持つスキルで顔中に傷をつけられて。
たとえば詐欺師から恋心を操作できるスキルで金品を奪われそうになって。
ノボルはこれらを経て、常日頃から他者のスキルに対して注意を払うようになり、現に今は養い続けたその警戒心がアラートを鳴らしている状況だ。
両手で口を押さえつけるノボルだが、彼はこんなことをしてまで目の前にいるサラヴィスのことを警戒し始めた。
「(この女、どういうスキルの持ち主だ?『考えていることを勝手に口に出す』とかか?)」
「あ、あれ?もしかしてもう私のスキルの効果までバレてしまったんでしょうか?これは本当にヤバいのでは……」
「(いや、違う。言葉での受け答えをしなければどうにかなる!)」
サラヴィスのスキルにおいて重要なのは『応答』という要素。つまり物理的にも口を閉ざしている現在、彼女に言い返したりしなければ、余計なことが勝手に口から出ることはないとノボルはすぐに理解した。
「(面倒なことになる前に、ひとまずスキルの簡単な対策は弾き出せた。後はこの先どうするかだな)」
玄関の扉を挟んで聞こえてきたサラヴィスの独り言。普通であれば彼女が発した言葉の内容を訝るだろうが、ノボルはそうではない。
彼はただでさえ、この世界に暮らす他の人間は絶対にしない『魔物の弔い』をしている。
おまけにある日突然ポッとこの世界に出てきた存在なので個人情報は空白、住まいや仕事場はィクス国王族の遠縁で大富豪の老人が暮らしていた館を継承して使用中。どう考えたって、こんな人物など怪しまれるに決まっている。
恩人であり雇用主でもあったアドフン・クァークの死後、館の周辺や外出時に人の気配を感じることは日に日に増えていった。田舎の農村で労働していた頃の自分はディケの眼中にもなかったのだろうが、都会の真ん中でこんなことをしていれば、さすがに不審に思われるのは当然。
だからノボルにとって、ディケが自身のことを調査するのは不思議なことではない。むしろ前々から覚悟していることであったのだ。
「(仕方ない、とりあえずここは一旦この女のことは無視して館の中に戻ろう。今のところ他に仲間はいなさそうだし、腕力で押し負けて無理やり拘束される可能性も低い)」
ところがこんなにも厄介なスキルを持っている人間が来るとなると話は別。なおも口を閉ざしながらノボルは、今後のことも考えながらジリジリと後ずさりを始めた。
「(このままだと次はもっと強権的な捜査が入るかもしれないな。それでもこの女とリスクのあるやり取りを続けるよりも、そっちの方がまだマシか?)」
「あっ!と、扉は閉めないでください!まだお話がありまして……!」
ノボルの行動を察したサラヴィスは、腰は引けているものの慌てて彼を呼び止めようと試みる。しかし玄関先から中に戻って姿を隠した彼は右手を口元に置いたまま、左手では扉の内側のノブを持って彼女のことを締め出そうとしたのだが。
「(おいおい、このタイミングでお戻りかよ!)」
あたふたしているサラヴィスの向こう側から、館に近づいてくる人影に気づき露骨に眉をひそめるノボル。
それは紫色の短髪が目立つ、まだあどけなさの残る顔立ちの10代前半の少年。騎士のような恰好をしている彼は何かを掴みながら、それをずるずると引きずって館の方へと近づいてくる。
「ノボル、ボクがいない間に何やってるの?朝運んできた魔物の葬儀は終わった?暇だったからまた倒して持ってきちゃったよ」
少年、いや勇者は。自らの手で仕留めた魔物を運びながら不思議そうに首を傾げた。




