第2話 若き新人女性スパイ
「おい勇者!葬儀は無事終わったから、お前が倒したこちらのご遺体を処理場まで運んでくれ!」
魔物の葬儀を終えたノボルは、葬儀場として改装した1階奥にある部屋からひょこっと傷だらけの顔を出し、館中に響くほどの大きな声を出す。
ところがそれに対する返答は皆無。広々とした建物の中はただシン……とした静寂に包まれているだけだ。
「おかしいな。いつもなら大声で呼んだらすぐ怠そうに返事するんだが」
こう呟いたノボルは怪訝そうな表情を浮かべつつも部屋の中に顔を戻す。それから『勇者』に討伐されたという魔物が納められている、重そうな棺に視線を移した。
「これ以上ご遺体が腐ることはないし、ひとまず勇者を探すか」
そうして彼は肌寒い季節にもかかわらず坊主頭に大粒の汗を流して、3階まである館の隅々まで探し回るが勇者は見つからない。当初は呆れながらも落ち着いていた様子のノボルだったものの、徐々に苛立ちの感情が顔や声色に現れる。
「おいおい、本当にどこ行ったんだよ勇者は。あいつじゃないと処理場にご遺体を運ぶの大変なんだよ!」
散々館の中を捜索した後、1階の廊下で立ち止まり、腕組みをして眉間にしわを寄せるノボル。だがそこで耳を澄ませてみると、玄関先の方から何やら人の声が聞こえてきた。
「あいつ、外で誰かと話してんのか?」
袈裟を着用しているノボルは転ばないように注意しつつ、急いで玄関へと向かう。
「まったく。たくさんの魔物を倒して英雄扱いされてるのはいいが、まだまだ中身はガキなんだから勇者も……」
こんな愚痴を口にしながらノボルは扉のノブに手をかけるが、すぐ異変に気づく。
「勇者の声は聞こえねえ。誰だ、知らない女の声……?」
玄関の扉を挟んだ外から聞こえてきたのは、見知らぬ女性の独り言だったのだ。
◇◇◇
「ここが今回の潜入先。ィクス国の首都北部にある魔物専用の葬儀場ですね……」
昼過ぎの青空の下。3階建ての館の前に立つのは若い女性。
強い冷たい風で毛先が小さくなびく、ショートヘアの赤い髪。体つきは華奢で気弱そうな雰囲気だが、長めの前髪の隙間から見える瞳は綺麗な緑色をしていて大きく、可愛らしい顔立ちをしている。
黒い外套を着て大きな茶色の鞄を両手で持つそんな彼女は、目の前にある館を見上げながら不安気な表情を浮かべていた。
「上官からは『この葬儀場の代表者は男、誘惑して懐に入れ』って言われましたけど、果たして本当に上手くいくでしょうか。『サラヴィス』なんていう名も貰いましたが……」
緊張気味に独り言を続けるこの女性。サラヴィス・マレルマというのが名ではあるが、これは今回の任務において用いられる偽名であり、本名は異なる。
まだ17歳の彼女は『超国家的治安維持機関(通常:ディケ)』の諜報部に所属。つまりスパイなのだ。
ディケというのは、ィクス国とブライド国の戦争が終結して和平が成し遂げられた後、両王国が共同で立ち上げた国際機関。
安定した現在の情勢を保つため、双方の王制転換を企てる勢力を監視し、重軽問わず犯罪者を捜査・逮捕する権限も有していて、国をまたいでの治安維持を任されている。
「この葬儀場の代表者はノボル・アマツルという35歳の男性。過去、諜報部は彼のことを何度も調査したものの素性は依然不明。しいて言えば田舎の農村で労働をした後、大富豪であるアドフン・クァークさんのもとで雇われたという情報だけ」
そして、そんなディケの諜報部に所属するこのサラヴィス。彼女は世界にたったひとつだけ存在する、魔物を弔う葬儀場への潜入調査を今回命じられた。
人間の死体が変貌した魔物。人々を襲うため、社会から忌み嫌われている存在だ。しかしサラヴィスの目の前にある館には、そんな魔物を弔うための葬儀場があるという。
「あ、あんな恐ろしい魔物を弔うだなんて……。ノボル・アマツルってどんな方なんでしょうか……」
人としての知能も矜持も失われた魔物による被害件数は非常に多い。そのため生きている人間同士の戦争が終わった今、社会にとっての最大の脅威はこの変わり果てた亡者だと言えるだろう。
その魔物を討伐する専門職は『ハンター』と呼ばれ、これらが所属する組織の勢力は大きく3つに分けられる。
ある一族出身のハンターだけで構成された『勇者の血族』
ディケに採用された優秀なハンターが集まる『魔物駆除隊』
その他フリーのハンターたちが加盟している『ギルド』
ディケ傘下の魔物駆除隊、もしくはギルドに加盟する民間のハンターに討伐された魔物というのは、世界に点在する『魔物処理場』に直接運搬される。
ところがここ最近、勇者の血族内の動きにある異変が確認されている。由緒ある当代『勇者』の称号を持つ人物に倒された魔物はこの葬儀場に一旦運ばれ、それから処理場へと送られているというのだ。
ディケとしてこの不可解な行為を看過することはできない。葬儀場代表者であるノボルの『素性』・『目的』・『勇者との関係』という3点は喫緊の調査課題となっていた。
しかしィクス国王族の遠縁かつ大富豪でもあるアドフン・クァークと、ノボルが近い関係にあったことがネックとなる。
実は60年以上前、アドフン・クァークはディケ創設にあたって多額の資金を投じていた。若かりし頃からィクス国とブライド国の戦争には否定的だった彼は、世界の平和と王族の安泰を守るには巨大な治安維持組織が必要だとして、積極的な支援をしていたのだ。
ノボルが旧アドフン邸である館を改築・改装し、魔物専用葬儀場ができたことをディケは当然すぐ認知。ところが自身の誕生にも大きく関与していたアドフンの威光は死後にすら残っていたのか、詳しい調査は難航。
それでもアドフンの死去から数年が経過し、ディケ上層部はィクス国王族本家に直談判して捜査の許可を貰い受け、ようやくその実態を知るために動き出すことができた。
「そ、葬儀場の代表者が怖い人だったらどうしましょう……」
そして今回派遣されたスパイのサラヴィス。半年前ディケに入局したばかりの17歳の彼女に諜報の実績など皆無で、これが初めての任務だ。
ディケの諜報部はこれまで様々な組織への潜入を成功させている。
たとえばブライド国の過激思想集団、ィクス国の反王族組織、両王国の都市部で強盗殺人や詐欺を繰り返してきた凶悪な犯罪グループなど。ディケは長い時間をかけて教育した優秀なスパイをターゲットに送り込み、内部から崩壊させてきた。
だがそうなると今回の人選はまさに異色なのだが、諜報部の幹部陣としても明確な理由があっての人選となる。
サラヴィスという名を与えられた新人スパイ。臆病な彼女は従順で、諜報の経験がないことによって小手先の技術に頼ることもなく、むしろその自然体な態度によって潜入先から信用される可能性も高い。
さらに最も重視されたのはサラヴィスの持つ『スキル』だ。実はつい最近まで極貧生活をしていた彼女、生まれ持った特殊能力のおかげでディケにスカウトされた。
そしてこのスキルの効果。それは『サラヴィスと会話をする人間は一切の嘘がつけなくなる』というもの。
現に能力の確認としてサラヴィスと面談させられた諜報部の同僚たちは、そのやり取りの中で伏せておきたかった隠し事(同僚とダブル不倫をしている・経費を誤魔化して申請したことがある・実は痔ができている)を簡単に口にしている。
ディケとしてはこんな才能をみすみす見逃すわけにいかない。それに若くディケの在籍期間がまだまだ浅いということで、アドフン・クァークとの関係性が皆無というのも大きい。総合的に葬儀場への潜入任務に適任だと判断され、送り出されたのだ。
ただ。このサラヴィスには致命的な弱点がある。
「緊張でもう心臓が飛び出そうです……」
それは臆病だというところではない。
「こんな自分が、きちんと情報を集めることはできるでしょうか……」
ネガティブだというところでもない。
「よし、よしっ!頑張ってこの扉をノックして代表者に挨拶をしましょう。そ、それから事前の指示通り、ここで働かせてもらうようお願いをして、それで……」
勇気を振り絞り、声をかける丁度よいタイミングをうかがうサラヴィス。だがそうこうしているうちに、ガチャっと音を立てながら無情にも目の前の扉は開かれる。
「……へ?」
「あのさあ。お前さっきから独り言が大きすぎ。玄関から全部聞こえてたぞ?」
「……あ……あ……!」
「お前ディケから来たスパイなんだろ?それをベラベラと喋って大丈夫なのか?」
怪訝そうな表情を浮かべながら玄関先に出てきたノボル。サラヴィスは彼の鋭い目つきや傷跡だらけの顔を見て震えあがり。
「や……やっぱり怖い人が出てきました!反社会的な顔をしたおじさんです!」
「誰が反社だ!初対面相手にいい度胸してんな、お前!」
「ひ、ひぃ!こちらのことを脅してきます!やはりこの顔の持ち主、危険人物に違いありません!」
「何だよお前は!思ったことを正直に言わないで少しは我慢しろ!さすがに傷つくぞ!」
彼女の致命的な弱点。
それは強力なスキルの反動によって、サラヴィス自身もまったく嘘がつけないという、あまりにもスパイに向いてないものだった。




