第4話 世界の英雄・勇者
勇者。
魔物の討伐を担う3大勢力のひとつ『勇者の血族』において、特に顕著な実績を上げたハンターに授けられる称号。
勇者の血族が本拠を構えているのは、世界を二分しているィクス国とブライド国双方の領土にまたがる広大な土地。ここには一族の構成員が暮らしている住居とは別に、対魔物を念頭に設計された訓練場が数多く設けられている。
この勇者の血族は、元来長きにわたって傭兵を家業としていた特殊な一族。ィクス国とブライド国が戦争をしていた頃から、両王国からの依頼を受けては一族の面々を戦地に送り込んできた。
だが和平が訪れて傭兵としての仕事を失おうとしたその時、今度は突如として出現した魔物の討伐を任されるようになる。後年になりディケの内部に『魔物駆除隊』が設けられ、さらにフリーのハンターが増加し互助会である『ギルド』が巨大化しても、魔物のハンターを擁する組織として最古参の立場が揺らぐことはない。
そしてそんな一族の『顔』であり、血を分けたハンターたちを束ねる当代勇者は、レイネル・ギィラズというまだ13歳の少年。
彼は世界全体を見ても非常に希少な『複数のスキルを所持可能』という特殊な体質を持ち、今よりもっと幼い頃から魔物討伐で活躍し、今では民衆たちの憧れの的にもなっている世界的英雄。
その功績からィクス国とブライド国の両国王との謁見も許され、双方の国の都市部はレイネルの肖像画や活躍譚で溢れていて、情報網が乏しい田舎でも名が知られている超がつくほどの有名人だ。
しかしそんなレイネルは数年前より、密かにディケからの監視対象となっている。
通常倒されて動かなくなった魔物というのは、世界に点在している『魔物処理場』に運ばれ即時に焼却。
魔物は人間の亡骸の成れの果てであるものの、それが理由で情け容赦などかけられない。時にその外見は生前の頃と様変わりしており、知能も記憶も消滅し、さらには人々に襲いかかるそんな化物を人間と見なすことはもう不可能だ。
当然レイネルも魔物に対しては冷徹な立場を示し、今も日々世界を回っては様々なスキルを用いて手をかけている。
だが勇者は世界のどこで討伐しようとスキルを駆使して必ずィクス国首都のレバク市に赴き、葬儀場に魔物を運んでいるのだ。
しかもレイネルはこの行動を不審に思ったディケからの監視に気づこうと、大変な悪天候に見舞われようと、遠く離れた僻地まで飛ぼうと。倒した魔物を葬儀場へ運ぶことを絶対にやめなかった。
彼はその有り余る才能がゆえ、幼い時から魔物討伐が最優先事項とされ育てられた。そのため学校に通うことも、年相応の遊びもすることも許されず。さらに一部の身内からはその特殊な体質を妬まれ、外部の人間は無条件に『英雄』と持て囃すだけ。
つまりいくら名声を得ようと、レイネルはずっと孤独だった。しかしそんな彼のことを、別世界から転移してきたノボルだけは等身大の少年として接して、気づけば両者は年齢差を超えた友人関係を築いたのだ。
だから勇者は自身の手で仕留めた魔物を葬儀場へと運び続ける。
長年密かに抱えていた寂しさを察して寄り添ってくれ、初めての友達となってくれたそんなノボルが、恩人であるアドフンから継承した『夢』を叶えるために。
◇◇◇
まだ13歳で顔にはあどけなさがあり、体格も小柄な勇者レイネル。紫色の短髪と騎士のような身なりが目立つそんな彼は、もう動かなくなったとはいえ自分よりも大きな体をしている魔物を引きずりながら館の玄関へと近づいてくる。
「ほ、本物の勇者さんです……!」
そしてディケからのスパイであるサラヴィスは世界の英雄であり、諜報部にとっての監視対象でもある勇者の登場に目を丸くして驚く。しかし彼が引きずる、見た目がグロテスクな魔物の存在に気づいた瞬間「き、気持ち悪い!」と声を上げて顔を背けてしまった。
「……?」
レイネルは見知らぬサラヴィスのことを一瞥して怪訝そうな表情を浮かべた後、玄関から少し顔を出し片手で口を押さえ続けているノボルを見て眉をひそめる。
「で、ノボルはそんなところで何をしてるの?もしかして体調でも悪くして吐きそうなの?」
レイネルからの問いかけに対し、無言で首を横に振るノボル。
「うーん。それじゃあ、いい年して変な遊び?ボクより20歳も上なんだから、もう少しきちんとした大人らしい行動をしてくれないとこっちが恥ずかしいよ」
呆れながら魔物を引きずって近づいてくるレイネルのことを睨みながら、なおもノボルは口を開かず。
「はあ……。とうとうノボルもおかしくなっちゃったか。どこかに腕のいい医者がいないか探しに行かないと……」
「おかしくなってねえよ!こっちは大真面目なんだよ!」
しかし自分のことを小馬鹿にしてくるレイネルの態度に、いよいよ堪忍袋の緒が切れるノボル。彼はつい口元から手を離して、年甲斐もない大声をまだ少年と呼べる年齢の勇者に浴びせてしまった。
「そもそもお前!勝手に館から出るなよ!一言ぐらい声をかけろ!」
「だって葬儀中に声かけたら怒るじゃん。実際、過去何回か怒鳴られたし」
だがレイネルの方もノボルの怒号など気にも留めず、紫色の短髪を小さく揺らしながら肩をすくめる。反省する気もないその姿を見たノボルは、大きなため息をついてがっくりとうなだれてしまった。
「で、あんたは誰?ノボルの知り合い?」
それでもそんなノボルのことなど尻目に、レイネルは立ち尽くすだけのサラヴィスのことを指さす。
「あっ!え、えっとその。わ、私は……」
魔物のことは視界に入れないよう気をつけながらも、咄嗟のことに慌てるサラヴィス。もちろん彼女にとって、ノボルと勇者レイネルの関係性を調べるのも任務のひとつだ。
ところがサラヴィスもまた勇者に憧れを抱く大勢の民衆のひとり。貧しかった彼女にとって、時折手に入る勇者の活躍譚を読むことが貴重な娯楽だったのだ。
それにスパイとしてまだ日も浅いということで、生の勇者を目にして気が動転した彼女はしどろもどろになった挙句。
「私はその……。ディケからのスパイでして……」
スキルの反動によって馬鹿正直に素性を明かしてしまった。
「……え?ディケの諜報部からのスパイってこと?そんな風に見えないのに?」
「は、はい。そうなんです……」
「いや、ちょっと待ってよ。スパイってわざわざ自分のことスパイって言わないでしょ?何を言ってんの?」
「で、でも。本当にスパイなので……この葬儀場に潜入を……」
憧れの人物に詰められ、か細い声を絞り出すサラヴィス。そんな彼女の姿に目を丸くしたレイネルは、もう動かない魔物の腕を掴んだままノボルの方に視線を移す。
「あれ?もしかしてこの女の人、ヤバい人?」
「ご名答だ勇者。この女、ヤバい奴」
さらにレイネルは妙な違和感を抱いて、サラヴィスをジロジロと眺めながら「もしかして……。スキル発動:『能力の解析』」と呟いた後、露骨に渋い顔を見せた。
「あー、本当だ。ノボル、この人ヤバいよ。『自分と話す相手は嘘がつけなくなる』っていう効果のスキルを持ってる。しかも常時発動してる珍しいタイプ、任意で解除もできない。反動で自分も嘘つけない。とんでもない人だ!」
特殊な体質の持ち主で複数のスキルを所持・使用できるレイネル。彼はそのうちのひとつである『能力の解析』を使い、瞬時にサラヴィスのスキルを分析。
「というわけでノボル。余計なことは言わないように口を結んでおいた方が良いよ。」
「分かってるよ!だからさっきから口を手で押さえてたんだよこのガキ!」
「あ、なるほど。物理的に言葉を出さないようにしてたのね」
ここでようやく先ほどまでのノボルの行為が腑に落ちたのか、大きくうなずくレイネル。すると彼は気まずそうなサラヴィスにジトっとした視線を向ける。
「この能力は厄介そうだね。恐らくどういう状況下でも、自分も相手も嘘がつけない。世の中は本音と建前で成り立ってるのに」
「まだガキのくせに偉そうに言うんじゃねえ勇者。ただまあ、そういうことだ。悪いが嬢さん、そんなわけで今回はお引き取り願うよ」
年齢不相応なレイネルの言葉にツッコむノボルだが、サラヴィスのスキルが面倒なものだというのは同意。とにかくひとまず今回は追い返そうと決断した。
だが玄関の扉を少し開き、魔物を引きずるレイネルだけを館の中に招き入れようとするノボルの姿を見ながら、サラヴィスは顔を真っ青にして叫ぶ。
「ま、待ってください!わ、私も葬儀場の中に入れてください!」
「……」
「そ、そちらに危害は加えません!ただ代表の方の素性について知りたいだけですから!」
「……」
「む、無視しないでください……。お願いですから……私のことを……」
スキルの対策として、ノボルもレイネルもサラヴィスのことは完全に無視。じきに勇者だけが魔物と共に館に入り、玄関の扉は静かに閉められてしまった。
「ど、どうしましょう……このままだと任務失敗で……」
途方に暮れるサラヴィス。しかも追い打ちをかけるかのように、それまで晴天だった空にはいつの間にか灰色の雲が広がっていて、じきにポツポツと雨が落ちてくる。
「ごめんなさいお婆ちゃん……。せっかく入院できたのに……」
サラヴィスは傘や雨具など持っていない。徐々に雨脚が強くなっていく中、雨なのか涙なのか分からない液体が、こう呟く彼女の頬に流れた。




