第39話 最後の別れ
フィックの魂は塵となり完全に消滅。
同時にボレゾア、ポーレウス、リクァツの叫びや泣き声が葬儀場の中で響き続ける。
そして、フィックの亡骸が納められている棺の前で静かに正座をしたままのノボル。いつもの彼は『霊魂の解放』の効果が終わり次第、迅速に遺体を処理場に送るための準備へと取りかかる……のだが。
「早く腰を上げなければ」と頭では分かっていながら体を動かすことができない。
これまでだってノボルは死者のことを想って弔ってきた。解放した魂が明かす無残な最期の様子にも耳を傾けてきた。心が痛むような境遇にもうなずいてきた。
アドフンから依頼を受けて執り行った最初の葬儀から今に至るまで。彼は祈りに手を抜いたことなど1回もなく、どんな亡骸や魂が相手であっても粛々と自らの役割を果たしてきた。
だが今回は勝手が違う。
初めて、倒された魔物の遺族が葬儀に参列している。
初めて、生前の姿を知っている魔物の葬儀を執り行っている。
別れの場を設けている身として感傷的になるべきではない。当然彼だってそんなことは分かっている。それでも体は言うことを聞いてくれない。
ノボルがフィックと出会ったのはつい最近だ。サラヴィスほど親密な関係でもない。
しかしそんなことは大した要因ではない。
天真爛漫で気さくなフィック。
たとえ共に過ごした時間は短かろうと……彼女との記憶が次々と頭に浮かんでしまう。
ただここで自分まで感情に押しつぶされてしまうことだけは避けたい。
「(早く立たないと。処理場に送られるのを見届けるまでが葬儀だから……)」
魂が消滅して以降、ノボルは頭の中で何度もこう繰り返すもののどうしても立ち上がれない。彼は初めて、目の前にいる魔物と化した遺体との別れを『辛い』と感じてしまったのだ。
「まずいね。ノボルまで駄目になりそうじゃん」
そして遺族やサラヴィスよりも後ろに座り、葬儀の一部始終を目にしていたレイネルはこう呟く。彼はスキルが解除されたにもかかわらず一向に動かないノボルに異変を感じていた。
勇者としては、討伐した魔物を処理場にまで運ばないと仕事を完了したことにならない。
遺族の姿に気の毒さを感じていたレイネルだが、生前のフィックと面識がない彼はこの場にいる中で最も冷静だ。
「仕方ないね。ボクがきちんとノボルの尻を叩かないと」
このように肩をすくめたレイネルはノボルのもとへと行くため片膝を立てたのだが。
「ありゃ。先を越されちゃった」
彼よりも早くサラヴィスが立ち上がり前方へと駆け出した。
◇◇◇
サラヴィスも友人を失ったことで大きな悲しみを抱えている。体を寄せ合って慟哭しているボレゾアたちに心も痛めている。
だがいつもならテキパキと処理場へ遺体を運ぶための準備に動くはずのノボルが、ずっと座ったままであることに彼女も違和感を覚えた。
声をかけるべきかどうか一瞬迷ったサラヴィス。しかしノボルの背中や両肩が小さく震えていることに気づくとその気持ちを察し、涙を拭いて勇気を振り絞り駆け寄ってきたのだ。
「代表。大丈夫ですか?」
彼女は前に移動すると少し屈んでそっと囁く。ハッとしたノボルが横に首を動かすと、すぐそこにはサラヴィスの顔があった。
「そろそろお別れの準備をいたしましょう。これは私たちにしかできませんから」
頬に涙の跡が見える。目も充血させている。鼻も赤くなっている。
それでも真剣な眼差しを向けてくる彼女の姿をじっと見てノボルは何度かうなずく。
「ああ、そうだな。俺たちじゃないと、これはできないんだからな」
こうしてノボルはゆっくりと立ち上がり何度か深呼吸を行う。
落ち着け。平常心だ。一番辛いのは残された家族、それにさっきまで号泣していたサラヴィスだって苦しいに決まっているじゃないか。
だが今の彼女はディケ諜報部のスパイとしてではなく、悲しみを抱えながらもこの葬儀場の一員としての責務を果たそうとしてくれている。
これに応えないと。男が廃る。
ノボルは自身に活を入れ、サラヴィスと共に棺とそれが置かれている台座の近くにまで歩みを進めた。
それから棺の中で眠る変わり果てたフィックに手を合わせる両者。しばらく彼女のことを想った後、ノボルはそのそばに飾られている綺麗な花々の中からいくつかをちぎり取って背後に体を向ける。
「ナシィー家の皆様。お辛いことかと存じますが、じきにご遺体を処理場へとお運びいたします。最後のお別れをしてあげてください」
しかしもう涙も枯れてしまったのか、うなだれているボレゾアたちは反応を見せない。この様子を目にして胸が苦しくなるノボルだがそれでも彼は再度告げる。
「フィック様のためにもどうか、どうかお顔を見て花を手向けてあげてください。処理場へと向かうご遺体を見届けるまでが葬儀ですから」
するとボレゾアは弱々しくこう答えた。
「分かりました。もう本当にこれが最後なんですね……」
彼はようやく立ち上がり、ポーレウスとリクァツにも腰を上げるよう促して、棺のそばへと移動。揃って棺の中を覗きこんでフィックの顔を見つめる。
「フィック……。今までありがとう……。仕事の手伝いばかりで、なかなか子供らしいことをさせてあげなくてごめんな……。ゆっくり休んでくれ……」
再びすすり泣き始めたナシィー家の面々にそっと近づくノボル。彼は持っていた花を渡すと、ボレゾアもポーレウスもリクァツも手に取ったそれをフィックの顔のそばにそっと置く。
そしてこれと同時に勇者レイネルは、部屋の隅に置いてある台車を引いて皆のそばへと移動。
遺族だけでなくノボルやサラヴィスも花を手向け終わったことを確認すると、床に置いてある蓋を持ち上げ、それを棺に被せて固定。ノボルと協力して台車に乗せる。
「それじゃあ、今から処理場に行くからね」
「ああ、頼んだぞ勇者。……それとフィックにとどめを刺してくれて本当にありがとうな」
台車と共に葬儀場を出る直前。聞こえてきたノボルの言葉にレイネルは小さくうなずき、じきに処理場へと発つ。
部屋を出ていくその姿にノボルとサラヴィスは手を合わせ続け、残されたフィックの家族たちは深く頭を下げたのだった。
◇◇◇
翌日の昼過ぎ。
ノボルはカグリゥと共に館2階のダイニングで椅子に座り紅茶を飲んでいた。
前日の葬儀後、外で待機していたカグリゥの馬車に乗ってボレゾアたちは帰宅。ノボルとサラヴィスはさすがに疲れがひどく昼過ぎぐらいまで泥のように眠りについていた。
ただこの日、サラヴィスは朝から館にいない。
どうもまたディケ諜報部に潜入の途中報告をしなければいけないらしく、フィックの葬儀を執り行ったばかりなのでノボルは非常に心配したが、彼女は気丈にふるまって(もちろんスキルの反動で正直な気持ちも明かしつつ)本部へと向かった。
そしてカグリゥも両者のことを気にかけこの館に訪れていた。到着したのはもうサラヴィスの外出後だったが、疲れ切った顔をしてひとり葬儀場を掃除しているノボルを見かねて手助けをする。
カグリゥと彼女についてきた2体の眷属たちの協力もあって、葬儀場の後片付けは30分もかからずに終了。それからふたりは休憩を取ることにしたのだ。
「で、サラヴィスはいつ帰ってくるんだよ?」
相変わらずパンツスタイルのカグリゥは、ティーカップの中にある紅茶を少し飲んで尋ねた。
「前回は昼過ぎに戻ってきたから今回もそれぐらいじゃないかな。そろそろだとは思うけど」
これに普段通りの口調で答えるノボルだが、しばしカグリゥの澄んだ瞳をじっと見つめた後に「ちょっとそこで待っててくれ」と伝えて、おもむろに立ち上がって上の階へと向かう。
「……何だよ。あんなに顔をじっと見やがって」
カグリゥは少し頬を赤く染め、美しい銀色の髪を揺らして首を傾げながらも、言われた通りその場でおとなしく待つ。
「あの、これ。カグリゥへの贈り物だ」
すると間もなくノボルは、鮮やかな赤い花々によって形成された花束を抱えながら戻ってきた。
「……え?」
その姿に思わず腰を上げて目を丸くするカグリゥにノボルは柄にもなく緊張しながら花束を差し出す。
「造花なんだけどさ。まあ元々はサラヴィスから提案されて、いつも色々手伝ってくれてるからそのお礼なんだけど、その」
だがこれ以降の言葉にノボルは詰まる。
しかし……その原因は気恥ずかしさなどではない。
「す、すまん……。こ、これは……昨日葬儀したフィックが……カグリゥのために見繕ってくれたものだから……」
突如として思い出されるフィックとの記憶。彼女が家族やサラヴィスと仲睦まじい時間を過ごしていた光景が次々とフラッシュバックしていく。
それに伴いノボルの目は潤んでいき、じきにその目から涙がスーッと流れる。
自身の身に起きた突然のことに困惑するノボル。だが花束を受け取ったカグリゥは、動揺しているノボルに優しく声をかけた。
「ノボルこそ知っている人が亡くなって、魔物になって、その葬儀を執り行って……。大変だったし苦しかっただろ。よくやったよ」
ノボルはこの言葉を聞くと震えながらうつむきこうこぼす。
「知ってる人が魔物になるって。こんなに辛いことだったんだな……」
そしてカグリゥから労われながら、ノボルはしばらくの間、自分の感情に逆らうことなく静かに泣き続けたのだった。




