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第38話 フィックの葬儀

 ノボルとサラヴィスが館に近づくと、まず目に入ったのはそのそばに停めてある馬車。中を覗くとカグリゥだけが残って静かに座っていた。


 ノボルたちの視線に気づいた彼女は「馬車に乗せていたナシィー家の面々と勇者レイネルはすでに葬儀場に入室した」と説明。


 これにうなずいたノボルは当然カグリゥも館に入るよう促したのだが。


「アタシはご遺体が健在だった時のことを知らない。中途半端な立場で葬儀には参列できないよ。ここで手を合わせるから」


 彼女は手短にこう答えて首を横に振り、ノボルもそれを受け入れた。


 それから葬儀場へと移動したノボルたち。フィックの遺体は、すべてのスキルを解除していたレイネルの手によって棺の中に納めており、ボレゾアたちは暗い表情を浮かべて葬儀場の床に腰を下ろしていた。


 その様子を見てやはり家族は疲労困憊だとノボルは判断。そこで彼は「葬儀の前に少し休憩しよう」と提案する。


「すぐに始めてもらって構いません。できるだけ早くフィックのことを弔いたいので」


 しかしボレゾアは目を充血させながらこう伝えてきた。


 これにノボルも少し迷ったものの、すぐにその気持ちを汲み取りサラヴィスやレイネルに目配せして葬儀を始めようと決断。


 着っぱなしの袈裟は汚れている。しかしこれに付着している砂利や泥はフィックのために動いた証、着替える気がどうしても起きない。


 そしてノボルは手元にある葬儀道具の位置の調整などを行うと1本の線香に火を灯す。それから魔物が眠る棺の前に敷かれた、薄いクッションの上に正座したのだが……。


「……っ」


 視界に入ったのは棺の両サイドを彩る造花。これらはフィックたちが用意してくれたものだ。


 ナシィー家の面々が花を届けに来てくれた時のことを思い出し、ノボルは思わず唇を噛んで下を向くが、すぐ顔を上げ大きく深呼吸をして。


「それでは。只今より、故フィック・ナシィー様の葬儀を執り行います」


 この葬儀場にいる皆に聞こえるよう宣言した後、(りん)を鳴らした。


◇◇◇


「(思ったよりも静かだな……)」


 誦経の終盤を迎えたところでノボルはふとこう思う。


 彼が執り行う魔物の葬儀。これは転移前に自身が経験したいくつかの仏式葬儀を参考にし、ノボルなりに模倣し編み出した形式だ。当然この異世界においてここでしか見られない。


 だからノボルは「この葬儀のやり方にフィックの遺族も戸惑うのでは?」と予想していた。しかし実際はここまで想定していたような困惑はまったく感じられない。


 そこで背後に神経を向けると、その理由が分かった。


「(そうか。目に見える形式や方法なんて、もう関係ないか……)」


 誦経を終えたノボル。いつもならここで間髪をいれずにスキルを発動させるが、彼は耳をすませる。


 すると後ろから聞こえてくるのは声を抑えながらも漏れ出してくるすすり泣く音。


 大人であるナシィー家の長兄ボレゾアにとっても、まだ子供と言える年齢のポーレウスとリクァツにとっても、ここでの『葬儀の意味』が最も大切なのだ。


 ノボルにとって遺族が参列する葬儀を執り行うのは初めて。カグリゥでさえ魔物化した兄の葬儀を終えた後に出会った間柄なのだから。


 しかしわずかに抱えていた「ボレゾアたちはこの葬儀を受け入れてくれないかもしれない」という心配は杞憂に終わったことで、彼は手を合わせたまま、遂にスキルを発動させる。


 フィックのことを。遺族のことを。そしてサラヴィスのことを想って。


「スキル発動:『霊魂の解放』」


「こ、これは!?」


 ノボルがスキルを使用したと同時に、ボレゾアは涙がこぼれる目を見開いて思わずこう口に出す。


 フィックの遺体が納められている棺の中からは薄い灰色の霧が発生。この霧はすぐに葬儀場全体に広がっていき、突然のことに怯えるポーレウスとリクァツは体を寄せ合う。


 それからしばらく経った後。葬儀場いっぱいに広がっていた霧は徐々に晴れていくと、棺の真上には眩しいほどの光を発する、浮遊する球体が出現。


 これが何なのか分からず唖然とするナシィー家の3名。しかしもうこの正体が分かっているレイネルはじっと球体を見つめ、サラヴィスは顔を手で覆う。


『お兄ちゃん。ポーレウス。リクァツ』


 じきにその輝く球体から発せられた少女の声。


 これを聞いた途端、ボレゾアは勢いよく立ち上がって叫んだ。


「フィ、フィック!? フィックなのか!?」


『そうだよ、これはわたし。あっ、でも。正確に言えばわたしの魂……なのかな?』


 顕現した球体。死亡後に魔物へと変貌する亡骸に閉じ込められていた、フィックの魂そのものだ。


 ボレゾアは呆然としながら宙に漂うフィックの魂を見つめる。するとポーレウスとリクァツも揃ってその場に立ち上がり、こちら大声で泣き出してしまった。


「フィ、フィックお姉ちゃん! 死んじゃやだよ! 何で魔物なんかになっちゃったの!」


「姉ちゃんまでいなくならないでよぉ! 父さんも母さんもいなくなったのにぃ!」


 悲痛な両者の言葉。手を合わせ続けるノボルはこれを聞きながらも自身の感情まで崩れないよう懸命に堪える。


 葬儀場に子供たちの泣き叫ぶ声が痛々しく響き渡る中、フィックの魂は残された家族に語りかけた。


『みんな。ノボルさんの力によってこうやって話をできる時間もそんなに長くないの。だからできるだけの想いを今、伝えるね』


 まず、ボレゾアに向かって。


『お兄ちゃん。いつも優しくわたしのそばにいてくれたよね。お父さんとお母さんが死んじゃった後、大変だったよね。辛かったはずなのにわたしたちのお世話もしてくれて、本当にありがとう。逞しくて格好良くて大好きだよ』


 次は、ポーレウスに。


『ポーレウス。小さい時にはいつも一緒にお花畑に遊びに行ったね。あたしがいなくなって寂しいだろうし、これからとっても大変だとは思うけど、頑張るんだよ。お母さんに似た綺麗な大人の女性になってね』


 最後に、リクァツに。


『リクァツ。いつもいつも甘えてきてくれたね。リクァツが生まれてきた時、お姉ちゃんとっても嬉しかったんだ。今はまだ可愛いけど、いつかお兄ちゃんに負けないぐらい強くなって、家族のことを守るんだよ』


 最期の言葉を聞き、家族は彼女の名前を呼んで大粒の涙を流していく。


 それからフィックの魂は続いてノボルたちにも声をかけた。


『ノボルさん。こんな機会をくれてありがとうございます。もしノボルさんがいなかったら、わたしはこのように家族へ気持ちを伝えることができませんでした。感謝してもしきれません』


 ノボルは手を合わせたまま、静かに首を横に振る。


『勇者さん。わたしのことを止めてくれてありがとうございます。魔物になった後のこともすべて覚えているんです。勇者さんが頑張ってくれたおかげでわたしは今ここにいられるんですから』


 いつも飄々しているレイネルもこれにはただ小さくうなずくことしかできない。


 そして……。


『サラヴィスちゃん。もう泣き止んで。顔を上げて』


 フィックの魂からこう促されるも、サラヴィスはとめどなく溢れる涙を止めることができない。


『わたしね、魔物に襲われて死ぬ直前、サラヴィスちゃんの顔をすぐに思い出したんだ。家に遊びに来てくれるはずだったのにそれはもう駄目になっちゃったんだって。約束を守れなかったんだって』


 それでも顔を両手で覆ったままのサラヴィスは何も答えられない。泣くことしかできない。


『過ごせた時間は凄く短かったけどサラヴィスちゃんと出会えて良かった。両親が魔物化してしまってから家族は故郷で孤立してしまって、毎日寂しくて……。だから仲良くなれて本当に嬉しかったんだよ』


 フィックの魂は穏やかな口調で続ける。


『もっともっと一緒にいたかった。わたしのことを知って欲しかった。サラヴィスちゃんのことを知りたかった。でもそれは叶わないから……わたしの分までたくさん幸せになってね』


 するとここで。


 ノボルが後ろを振り返り、叫んだ。


「サラヴィス! フィックに顔を見せてやれ! 言葉を返してやれ! 一生後悔するぞ!」


 だがこう言われてもサラヴィスは動かない、いや動くことができない。


「泣いたままでいい! 鼻水垂らしたままでいい! でもこれが本当の最後なんだ! 自分のために、フィックのために、顔を上げろ!」


 ノボルだって彼女の気持ちは分かっている。自分がどれほど残酷なことを言っているか理解している。


 だがフィックの魂はもう次第に塵と化している。輝きもくすみ始めている。


 このままだともうすぐ完全消滅してしまう。だからノボルはサラヴィスに何度も声をかける。「一瞬だけでいいから顔を見せてやれ」と。


 なおも嗚咽するサラヴィスだが……彼女だってノボルの気持ちは分かっている。


 勇気を振り絞ったサラヴィスはじきに顔から手を離し、涙や鼻水でぐちゃぐちゃになってしまった顔を上げて、ようやくフィックの魂に目を向けたのだ。


「フィックちゃん……。私は生涯、フィックちゃんのことを忘れないから……。ずっとずっと友達だから……」


 長い前髪の隙間から見える大きな瞳で、消滅へのカウントダウンが進んでいるフィックの魂をしっかりと見据えて。


 そしてサラヴィスが必死に紡いだ言葉を、想いを、聞いて。


 天真爛漫だった少女は答える。


『うんっ! わたしたちいつまでも友達だからね! 一番の大親友だから!』


 死者の魂に対して、サラヴィスのスキル・『内心の開示』が影響を及ぼすかは不明だ。


 しかし紛れもない本心をサラヴィスに伝えた直後、フィックの魂は完全に姿を消した。

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