第34話 勝者は誰か?
「『勇者の特権』……か。僕はあくまでも魔物駆除隊の末端、いくらディケ傘下組織の一員だろうとそんなもの知らなかったよ」
槍の先を向けてくるレイネル。彼の言葉にデルベランテは冷や汗をかきながら苦笑いを浮かべる。
眷属は1体倒され戦力はダウン。だがこの先のことを考えた時、果たしてレイネル相手に切り札とも言える『眷属の召喚』を発動させるべきかどうか。
デルベランテは悩む。
自分はあくまでも勇者のことを本気で殺すつもりなど毛頭ないが、このレイネルは違うかもしれない。
もし彼が『勇者の称号を持つ者は人を殺しても罪に問われない』という特権を有しているとしたら。
このことがハッタリではなく本当のことだとしたら。
この命が……危ない。
途端に凍る背筋。かすかながら震えてくる足。
このデルベランテ、自己評価が高いことはともかく実力があるのは決して嘘ではない。召喚する眷属を使いこなし、剣術も磨き、入隊以降これまで多くの魔物を駆除してきた。
彼の実力や実績を知れば、その尊大な態度を認める者だってたくさんいる。
たとえば数日前。
リンと共に複数の魔物がたむろしていた廃豪邸に向かうとそこで死闘を繰り広げ、眷属の1体を犠牲にしながらも、自分は大きな怪我を負うことなく多くの魔物を倒して業務を完了させたほど。
そんな彼が。まだ少年であるレイネルの雰囲気に押されていく。
魔物駆除隊の業務。それはあくまでも魔物と戦って倒すことに過ぎない。つまりデルベランテだって生身の人間と対峙することは決して専門ではないのだ。
確かにフリーのハンターから現場でケチをつけられ、小競り合いのようになってしまうことは魔物駆除隊の間でもよくある話。しかしそのような状況でもデルベランテはその対応に苦労はした覚えなど皆無。
勇ましく喧嘩を売ってきたのに、眷属に恐れをなし、もしくは少し眷属から攻撃を受けただけで逃げてしまう者。もしくはそれに負けずデルベランテに向かっても最後は彼の持つ剣術に敗れてしまう者。
民間のハンターの強さはいわゆる『ピンキリ』ではあるが、その上位に位置する人間でも魔物駆除隊のハンターには簡単に敵わない。それほどデルベランテをはじめとする駆除隊の面々は元来持ち合わせた優れた才能と、厳しい鍛錬で培った要素を両立させているのだ。
ところが勇者レイネルは違う。
複数のスキルを同時使用できる特異体質。
勇者の血族という浮世離れした血筋の出身。
その称号に与えられた常識外れの特権。
決してデルベランテはレイネルのことを甘く見ていたわけではない。それでも生半可な気持ちで相対する存在でもなかったことに、ようやく彼は気づいた。
「さっすがにヤバいかな。もしかして本気で僕のことを殺すつもりかも」
だがここでデルベランテの視界にはある光景が入った。息をひそめたリンが少しずつ、少しずつ、魔物化したフィックに近づいていたのだ。
「(ここまで来たらあの魔物を勇者レイネルに譲るわけにはいかない。僕らで駆除して、即処理場送りにしてやる!)」
そこでデルベランテは、仲間が殺されたことに衝撃を受けてその場で立ち往生をしている、残った1匹の眷属に叫ぶ。
「おい2号! 何としてでも勇者レイネルを止めろ!」
「あれ? 『どっちが1号でどっちが2号か分からない』とか言ってなかったっけ?」
「嘘も方便だよ勇者レイネル。生憎、そこまで僕も冷酷じゃないのさ」
こうしてデルベランテの命令通り「ガァァァァ!」と重厚感のある雄たけびを上げて、勢いよくレイネルへと飛びかかる虎のような眷属。だがレイネルはこれを素早い身のこなしで回避し、デルベランテに凄まじい速度で迫る。
「ねえ、この眷属も殺しちゃうけど大丈夫?」
「それは困るね! だからここで、僕の手で、君を止めようとしてるんだよ!」
何度も何度も目の前に突き出され、いつ刺さるか分からない長い槍。いつ顔をえぐるか分からない猛禽類の爪。
デルベランテはこれらを寸前のところで避け、とにかく致命傷だけは受けないように神経を集中。
「その剣でなかなか攻撃してこないね。今更だけどボクと本気でやり合う気はない?」
レイネルは自身の攻撃を避け続けるデルベランテに、少し小馬鹿にするようなトーンでこう指摘する。
「いやいや! とにかく回避するので精いっぱいでね! 手を抜くなんてしてないよ!」
額に大粒の汗をかくデルベランテ。現在の彼は歯を食いしばりながらこう言うのが限界だ。
確かに彼はレイネルのことを『本気で殺そう』とはしていないが、『本気で止めようと』とは思っている。ところがその動きには一切の隙がなく、鍛えぬいた自慢の剣術を味合わせる機会はここまで訪れてこない。
デルベランテは今までレイネルと、魔物駆除の現場で鉢合わせる経験はなかった。
しかしそんな彼でも当然のごとく勇者に憧れ、嫉妬していた。つまりここで生の勇者レイネルとその能力を目の当たりにして気持ちが昂ったことは嘘ではないのだ。
だがここまで見せつけられているのは圧倒的な差。まさに防戦一方であり、このままだと情けをかけられているもう1体の眷属まで殺されて、いよいよ自分の身さえ危険になってしまう。
だがそんな時。いよいよ待ちわびていたその瞬間がやってきたことに、デルベランテは気づく。
「勇者レイネル! これはもう僕らの勝ちだと言ってもいいだろう!」
「……マジか。あの人、まだ動けたのかよ」
デルベランテの言葉で事態をすぐに察知し、攻撃を止め、後ろへ目を移すレイネル。視線の先には口から血を流して足元もおぼつかないリンが、鬼の形相でフィックのそばに立っていたのだ。
「勇者……。もうこちらの邪魔はさせない……。スキル発動・『肉体の複製』!!!」
喉が張り裂けるほどの声量で叫ぶリンは、左手に持った鉈で、復元したばかりの右腕の指をすべて切断。するとそれらはじきに、現在のリンと同様の外見を持つ分身体へと変わり、おぼつかない足取りながらレイネルのもとへと近づいていく。
「2号! 何としてでも勇者レイネルをそこから動かすな!」
同時にデルベランテも眷属に指示を出し、それはまたも雄たけびを上げてレイネルに飛びつく。
「し、しまった!」
思わずリンの方向に注意が移ってしまったレイネル。彼は後ろから巨大な虎のような眷属にのしかかられ、バランスを崩してその場に両膝をついてしまった。
「そのまま全体重をかけろ! 1号の死を無駄にするな!」
背中から伝わってくる眷属の重さ、鼓動、体温。払いのけたいがこの体勢だとこらえるだけで一苦労、しかも前方からはリンの分身体が5体も向かってきている。
「く、くそ!」
唇を噛むレイネル。だがデルベランテだって、これまで勇者からの攻撃を回避するために動きまわってきたのだ。彼の体力はもう尽き、勝利を確信したうえで地面に倒れこんでしまい、そのままリンに伝える。
「早く決着をつけろリンちゃん! これ以上の戦闘はもう無意味だ!」
「分かってる! ここでこの魔物を、駆除する!」
リンが見下す先にいる、フィック。
仰向けになっていた彼女は、ずっと、ずっと、もがいていた。だが先の戦いでリンの分身体によって受けた腰と足のダメージは大きく、それらはもう使い物にならない。
リンはそんなフィックの、弱点である頭部に向けて鉈を構える。
気づけば天候は随分と小雨になってきた。それにもうそろそろ朝日が昇ってくる時間帯だ。
「たった1体。たった1体……。こんな小娘の魔物に苦労させやがって! それもこれも全部勇者のせいよ!」
そしてリンは、残った左手で握る鉈を、フィックの頭部へと思い切り振り下ろした。




