第33話 せめぎ合い
「さすが勇者レイネル! これが複数スキルの同時使用か!」
「うるさいな。黙って戦いなよ」
右手はスキル・『武具の生成』で作り出した槍を持ち、左手はスキル・『禽獣の模倣』で猛禽類の足に変えた勇者レイネル。
彼は2体の虎のような眷属の攻撃をかわしながらデルベランテに迫る。
「勇者レイネル! 僕は君に複雑な心境を抱いている! だが今は初めて見た、本物の戦う姿に感動を覚えている! 感無量なんだよ!」
しかし大声を出すデルベランテも軽やかに体を動かしていき、レイネルから一定の距離を保つことに集中。
デルベランテが特に注意を払っているもの。それは猛禽類の足と化したレイネルの左手ではなく、右手で持っているリーチの長い槍。中距離攻撃が可能であり先が鋭く尖っているそれは離れていても危険なほど厄介な武器だ。
それに少し前に肉体の強化を図るスキル・『筋肉の肥大』は解除されてしまったものの、そもそもレイネルの基礎体力や身体能力が常人とは段違い。
だからいくらデルベランテが離れようと試みようと。2体の眷属を向かわせようと。レイネルはすぐに距離を詰めてくる。
そして凄まじい勢いで襲ってくる、勇者が扱う槍の先。
だがデルベランテも健闘した。自身に迫りくる槍を剣で巧みに防ぎ、弾き、それをするたびに大きな衝撃音が響く。
「それより眷属2体をフルに使って勇者であるボクと戦ってていいの? せっかくだったら1体は魔物の討伐に使えば?」
相手になかなか攻撃が到達しない中、レイネルは一旦足を止める。それからデルベランテのそばへと移動した眷属たちに視線を向けた。
「助言をありがとう勇者レイネル。だけど大丈夫、君が片手間でどうにかなるような人間だと思ってないからね」
勇者による指摘にこう回答し、余裕が含まれた笑みを見せるデルベランテ。その姿を見たレイネルは少々頭を使って考える。
「(もしかしてどこかにもう1体、眷属がいるのか? それとも劣勢になったら追加で召喚するつもり?)」
デルベランテのスキル・『眷属の召喚』はその場に1体、従順なしもべを呼び出すことができる能力。
同時に存在できる眷属は最大3体まで。一度スキルを発動すると再度能力を使うのに短くても24時間のインターバルが必要になる。
現在見えているデルベランテの眷属は2体。そうなると他にあと1体存在できる計算になるが、ここの真相が勇者には分からない。
たとえば、残りの1体はまだ健在であってどこかに待機させている。
たとえば、まだ1体呼び出せる状態であり召喚の機会を探っている。
たとえば、直近で眷属を失っているかつ、24時間以内に呼び出したのが今いる個体のどちらか。つまり現状だとまだ再度能力を発動できない。
最悪なのはレイネルがデルベランテとの戦闘に集中しているタイミングで、どこかから3体目の眷属が現れて魔物となったフィックの頭部を破壊してしまうこと。
だから今の戦闘中でも、少し離れたところで仰向けになっているフィックのことは完全に無視できない。
想定しなければいけない条件は多い。レイネルは珍しく顔をしかめる。
一方、レイネルと対峙するデルベランテにとって現況は好ましい。勇者がこのように悩んでくれるのは大いに助かるからだ。
実はデルベランテ、数日前に1体の眷属を複数の魔物との戦闘で失い、それ以降まだ追加の召喚を行っていない。つまり今はいつでも『眷属の召喚』を発動できる状態なのだ。
しかし彼からしてもあと1体はまさに切り札。そもそも彼はレイネルのことを本気で『殺そう』と思っているわけでは当然ないため、無理してまでスキルを発動できない。
勇者レイネル。魔物駆除隊は彼に複雑な思いを抱いている。
いつの間にか現場に出現し、時に自分たちを出し抜いて魔物を倒し、あまつさえ最近ではその魔物を葬儀場に運んでいるという生意気な少年。
ところがここで本当に全力を出し、レイネルのことを殺害することまではデルベランテだって望んでいない。
勇者が幼い頃から魔物を倒して人々を守っていることは紛れもない事実。もし魔物駆除隊が勇者に手をかけてしまえば、民衆からの強烈なバッシングだって予想される。
それにこの場で3体目の眷属を召喚し、仮にレイネルからすべて倒されてしまった場合のリスク。明日以降も魔物の駆除業務はあり、そこで眷属を使えないという事態は非常に困るのだ。
「(本当にさすが勇者レイネルだよ。あの年齢でこの真夜中、しかも雨で体が濡れている状況でリンちゃんとも戦った後なのに、ここまで動けるなんてね)」
デルベランテも馬鹿ではない。自分がこの勇者を相手に楽に勝てるだなんて思っていない。
彼の狙いは至ってシンプル。眷属の手を借りてできるだけレイネルの体力を削り、もし可能であれば死なない程度の傷を負わせて動けないようにすることだ。
そして。
「(頃合いを見てあそこで伸びてるリンちゃんに魔物を倒してもらおう。あの感じ、もう起きてるね)」
デルベランテは遠くで伸びているリンに目を向ける。白目をむいている彼女だが耐久力は魔物駆除隊の中でも随一。
少し前にスキル・『肉体の複製』の犠牲に使った右腕はもう復元完了。そこから伸びる指をほんの小さく動かし、動作を確認中だ。
「(内臓や骨にダメージはある。だけどしばらくしたら、あの魔物を倒すぐらいはできるでしょ)」
デルベランテはレイネルの体力消耗をとにかく望んでいる。
幸いにも勇者は残り1体の眷属の行方を警戒しているようだし、とにかく自身がやられないように注意を払っていれば、間違いなくその時は訪れる。
つまり。こちらに負け筋はない。
「1号、2号。とにかく勇者レイネルの邪魔をしろ。殺したら駄目だよ? 傷を負わせるのはOKだけどね」
「グルルルル……!」
「ガルルルル……!」
デルベランテの指示を聞いた虎のような眷属2体は再び歩みを始めてレイネルに迫っていく。
ちなみに彼にはひとつ、レイネルについて確信していることがあった。
「勇者レイネル。彼はきっと眷属を倒すことはできない」
召喚された眷属はあくまでも命ある生物だ。元々が亡骸である魔物とは違う。『魔物を倒すこと』と『眷属を倒すこと』の意味は別。後者の場合は『殺すこと』と同義になるのだから。
確かに勇者の血族は元々優秀で冷酷な傭兵の家系。ィクス国とブライド国が交戦状態にあった時代には、戦地で人を殺すことに躊躇がなかった人間たちの集まりだ。
しかしこのレイネルは、人間同士の戦争が終結し、一族が魔物討伐を専門とする時代に生まれた世代の人物。しかも年齢だってまだ13歳。恐らく眷属がどのような存在なのか理解もしている。
「さて。リンちゃんが起きるまで1号と2号でどうにかしてもらって、僕も何とか勇者レイネルの足止めを……」
「ガウッ! ガ、ガァァァァ……」
「ん? がう?」
だがデルベランテの耳に届く、眷属の消えゆくような鳴き声。そしてすぐにドサっという大きな音を立て1体が倒れこむ。
じきにその眷属は光に包まれ、徐々に肉体が粒子のように散り散りになり、完全に消滅してしまった。
「あー。勇者レイネルって眷属を普通に殺せるタイプなんだね」
彼の視線の先にいるレイネル。猛禽類の足に変化している彼の左手、そこから伸びている鋭利な爪は返り血で赤く染まっていた。
「そうだよ。もしかして魔物以外を倒すのには躊躇するかと思ってた?」
レイネルは自分に接近してきた眷属の喉元を一気にかき切ったのだ。
しかも一切のためらいもなく、罪悪感もなく。
「……ごめんね、ちょっと舐めてた。勇者レイネルはそういうことできないと思ってた」
「残念。こっちはそういう訓練もしてるから」
しばしの静寂の後、冷たい視線を送りつつデルベランテは尋ねる。
「もしかして過去人間をやっちゃったことある?」
これに対してレイネルは涼しい顔をしながら槍の先端をデルベランテに向けた。
「さあどうだろう? でもここで有益な情報を教えてあげるよ。『勇者』の称号を持つ人間にだけ与えられた特権について」
現在は一族の中で『特に顕著な魔物討伐実績を上げたハンター』に授けられる称号である、勇者。これは勇者の血族が傭兵家業を行っていた頃から存在していて、元来は『際立つ戦果を挙げた者』が名乗る肩書きだった。
人間同士の戦争が行われていた時代、勇者となった人物はィクス国からもブライド国からも引っ張りだこの戦力。両国は破格の条件を用意し勧誘合戦を行っていたのだが、それにより特権も生まれた。
勇者といえども雇われの身。それに勇者の血族内の決まり事として、どちらの国に属しようと『契約期間は最長でも3年。それが過ぎれば一定期間戦場を離れる』とされていた。
しかしふたつの大国は契約期間外でも勇者のことを優遇し、自分たちへの印象を少しでも良くしようと企んだのだ。
それから時代は流れて戦争が終わっても、この慣例は消滅することなく未だ残っている。そして複数ある特権のひとつというのが。
「ボク、生き物を殺しても罰せられないんだ。もちろん人間もね。あれ? ディケの関係者なのに知らなかった?」
レイネルはデルベランテにこう伝えた後、挑発するように笑みを浮かべた。




