第32話 サラヴィスの戦い
目の前ではレイネルとデルベランテが睨み合う。
両者の戦闘がもうじき始まると察知したサラヴィスは、ポーレウスとリクァツのことをぐっと抱き寄せて、身を隠せるような建物と建物の脇道へと急いで移動する。
私は何も喋らない。何があろうと、何を見ようと、デルベランテという人間とは言葉を交わさない。
魔物と化し変わり果てたフィックの姿を目の当たりにし、彼が放つ酷薄な言葉を耳にしても。サラヴィスはぐっと我慢して何も言葉を発しなかった。
もちろんデルベランテに憤りを覚えている。だがそれに耐えきれずに口を開き、スキル・『内心の開示』のせいで余計なことを話すことだけは絶対に避けたい。
サラヴィスは震えてしゃがみ込むポーレウスとリクァツに覆いかぶさり自身の体を盾にする。そのまま息をひそめながら、ここに到着するまでの過程を思い出していった。
◇◇◇
雨が降りしきり魔物出現の警報が鳴り響く中で商店街へと向かっていたサラヴィス。彼女はその道中でフィックの家族であるポーレウスとリクァツと遭遇。
ところがそれからこの3名で行動しようとした直後、今度は魔物駆除隊のデルベランテが突然姿を現してきた。
まだサラヴィスがスパイとしての訓練をディケの本部で受けていた頃、敷地内でデルベランテと何度も顔を合わせていた。そしてそこで彼が行っていたのは辟易するほどのナンパまがいな声かけ。
いくら無視をしてもしつこく話しかけてくるデルベランテ。だがサラヴィスは『内心の開示』という面倒なスキルとその反動を持っていたことと、彼の軽々しい態度に嫌悪感を抱いたことで、結局一言も応答することはなかった。
さらに今から数日前。
ナシィー家が営む花屋を目指して商店街を進んでいた際、サラヴィスは町を練り歩くデルベランテの姿を目にし、慌ててノボルの陰に隠れた。その時は無事やり過ごせたことに思わず胸をなでおろせたのだが……。
まさかここで、このタイミングで、鉢合わせるとは。
「あれ? あれれ? そこにいるのはディケの本部にいた可愛い赤毛ちゃんじゃん! どうしてこんなところにいるの? この子たちは誰?」
現在は非常に大変な状況であるはず。だが近づいてくる彼のノリは軽い。
「いやあ僕はラッキーだな! 今日レバク市に魔物が出現してなかったら出会えなかったもんね! これは神様がくれた運命の再会だよ!」
「……は? な、何を言ってるんですか!?」
スキルのことがあるので言葉を発さないよう気をつけていたサラヴィス。しかし困惑と苛立ちの想いが口をついてしまうと、これを聞いたデルベランテは嬉しそうに喜びの声を上げた。
「やった! 赤毛ちゃん、ようやく僕に声を聞かせてくれたね! イメージ通り可愛い声だ!」
この人……やっぱりおかしい。
降りしきる雨。鳴り響く警報。ィクス国の首都には半年ぶりに魔物が出現し、ほとんどの人は屋内に避難している状況。
にもかかわらずデルベランテはそんなこと関係ないとばかりに話を続ける。
「それで赤毛ちゃんの名前は? そもそもディケのどこに所属している人? どういうスキルを持ってるの?」
前のめりになったデルベランテから矢継ぎ早に浴びせられる質問。だがサラヴィスはもう彼に対して口を開くつもりは一切ない。
もしここでスキル・『内心の開示』のせいで身元を明かしてしまい、そのうえ魔物専用葬儀場に潜入していることがバレてしまえば非常に厄介だ。
自身のため、そしてノボルのためにも。これだけは避けなければいけないとサラヴィスは分かっていた。
それに彼女は現在のデルベランテの言動や思考がまったく理解できていない。
彼は魔物駆除隊のハンター。そうであれば自分たちのことを避難させる指示を第一に出すはずだろうが、それよりもサラヴィスと会話を試みることが優先事項となっている。
「サ、サラヴィスちゃん……」
異様な雰囲気を醸し出すデルベランテのことを怖がっているのか、サラヴィスに抱き着いているポーレウスは小さな声でこう漏らし、弟のリクァツも泣きそうな顔をして体を震わせている。
「(このままデルベランテさんの相手をしている場合じゃない。子供たちのためにも早く動かないと)」
ふたりは雨に濡れて体が冷たい。ずっと抱きしめているので多少程度マシになってきたかもしれないが、それでもこのままだと間違いなく体調を崩してしまう。
今からどこかの民家に一旦助けを求めても、自身のスキルのせいで面倒事を起こす可能性が高いとサラヴィスは分かっていた。そうであれば……予定通り商店街へと進もう。
「いいですか、ふたりとも。あのお兄さんは変な人だから無視して大丈夫。それよりも私から離れないでくださいね?」
サラヴィスは囁くような声量で子供たちに優しく告げ、ふたりは揃って静かにうなずく。そしてデルベランテから目を離さずゆっくりと後ずさりをし始めた彼女たちだが、ここで背後にいた大きな影にリクァツが気づいた。
「ひ、ひぃ! でっかい獣がいる!」
上ずるような声を聞いて慌てて振り返るサラヴィス。するとそこには道を塞ぐように、巨大な虎のようなデルベランテの眷属が2体も佇んでいて、サラヴィスたちのことを睨んでいたのだ。
「……っ!」
必死に言葉を飲み込むも目を丸くするサラヴィスに、デルベランテは笑顔で説明する。
「この子たちは僕の眷属だよ。一般人には手を出さないように命令してあるから安心して!」
もう……逃げられない。
サラヴィスはようやく気づく。とっくの前から自分たちは追い込まれていたことに。
彼女はスパイ訓練の一環として最低限の体術こそ叩き込まれたが、実践レベルには程遠い。所持しているスキルも戦闘向きではないしデルベランテと眷属を倒して逃走するなど不可能だ。
「ここでもう一度質問。赤毛ちゃんはここで何をしてたのかな? この子供たちとはどういう関係?」
一歩、また一歩と近づいてくるデルベランテ。
こうなってしまったら仕方がない。優先すべきは子供たちの安全だ。彼は腐っても魔物駆除隊所属のハンター、変な抵抗さえしなければこちらに危害を加えてくることは考えづらい。
サラヴィスは呼吸を整え、スキル・『内心の開示』の効果によって素性を明かすことも承知の上で事情を話そうとしたのだが。
「あ、あたしたちはお兄ちゃんを探してたんです。そ、そしたら迷子になってこの人に助けてもらって」
サラヴィスに体に抱き着いてガタガタと震えながら、絞り出すような声をポーレウスが発した。
「うん? もう少し詳しく教えて?」
するとデルベランテは腰をかがめ笑顔でこう返す。
「も、もしかしたらあたしたちのお姉ちゃんが。ま、魔物になってるかもしれなくて。きっとお兄ちゃんはお姉ちゃんのことを……」
しどろもどろになりながらもポーレウスは続け、これを聞いたリクァツも何度も小さくうなずく。
「だ、だから家がある商店街に戻ろうとしたんです。た、たまたま会ったこの人に付き添ってもらって」
懸命になされたポーレウスの説明を耳にするデルベランテ。すると彼は「なるほど」と口元に手を置いて少し思案した後、両手をパンっ! と叩いて何かをひらめいたような表情を浮かべた。
「そうだ! それじゃあ僕も一緒に商店街に行ってあげるよ! この真夜中の道、変質者に出会ったりしたら大変だからね!」
笑顔を崩さない彼はサラヴィスのことをじっと見つめる。
複雑な心境のサラヴィス。しかしこの状況になってしまっては背に腹は代えられない。ポーレウスとリクァツのためには……デルベランテの提案を受け入れるしかなかったのだ。
それから始まった商店街への移動中、サラヴィスは自身に向けられた問いかけに一切応答せず。当然いくら聞いても名前すら教えてくれないその態度にデルベランテも違和感を覚えたが、じきにその意識は耳に届いた激しい戦いの音に移る。
これにデルベランテは「きっと僕の仲間が魔物を駆除しているんだよ」と口にしていたが、いざ商店街に到着すると倒れていたのは……黒い軍服を着用した女性。
そして。そこにはいた。
変わり果てた姿のフィック・ナシィーが。
◇◇◇
「フィックお姉ちゃん……。やっぱり魔物に……」
サラヴィスに顔をうずめてポーレウスは涙を流す。リクァツの方もショックは受けているだろうが7歳の彼は体力の限界、今すぐ眠りについてしまうのではと思うほど意識が朦朧としている。
「ごめんね。ふたりとも、もう少しだけ我慢してね」
勇者が魔物を倒してさえくれれば事は落ち着く。ここにノボルがいないことには不安を感じるが、彼のことだから絶対に葬儀は執り行ってくれる。
レイネルとデルベランテがいる方向からじきに聞こえてきた大きな衝撃音にその身を震わせながら、サラヴィスはとにかく今の状況が早く終わるよう、強く祈った。




