第31話 軽薄な奴
「あーあ。リンちゃん、あんなになっちゃってかわいそうに」
気の毒そうな表情を浮かべながら、巨大な虎のような生き物を2体も率いてどんどんと勇者のもとへと近づいてくるデルベランテ。
レイネルは一度フィックの方に目を移すがやはり彼女は思うように動けていない。うめき声を上げながら、まるで死にかけの虫のように仰向けで手をジタバタしているだけだ。
そこで彼は「この魔物駆除隊のハンターのことは無視して、もう魔物の討伐に動こう」と即決。青い毛並みを揺らしているあの巨大な虎は恐らくスキルで召喚した眷属、先ほど戦ったリンの分身体よりもタチが悪い。
スキル・『眷属の召喚』、これは発動すると自分に従う使者を1体その場に呼び出すという能力。
召喚された眷属は正真正銘の『命ある生物』であり、一度召喚すると『死』を迎えるまでスキル発動者のしもべとして従う。
一個人によって呼び出された複数の眷属が、同時にこの世に存在できる数の最大値は3体まで。さらに一度スキルを発動するとそれからは最低24時間のインターバルがないと再度能力を使うことができない。そのためスキル使用者はある程度の計画性を持つ必要がある。
それに眷属はある程度の知恵や感情も持ち合わせている。そしてレイネルはこれが非常に厄介だと分かってた。
先ほど対峙したリンのスキル・『肉体の複製』で作り出された分身体はしょせん使い捨ての駒に過ぎない。出された命令以外のことはできず、勇者からすれば相手としてそこまで苦労しない。
ところが眷属は違う。
あまりにも無茶な指示を出されると使用者に逆らうこともあれば、自分の頭で考えて言われたこと以上の動きを見せることもある。つまりお互いの信頼が厚ければ厚いほど巧みで複雑な連携が可能。
そもそも同じ『眷属の召喚』という名前のスキルを有していても、召喚する眷属の形態や特徴は使用者によって異なる。
たとえばカグリゥの眷属は大人の膝下ほどの大きさで二足歩行をし、二頭身かつ全身緑色の、どこか可愛げもある不思議な生命体。
一方でデルベランテの眷属はネコ科のような見た目で四足歩行をしているが、実際の虎をさらにひと回り大きくしたほどの巨大な肉体を持ち、美しい青色の毛皮越しに隆々な筋肉が確認できる。
デルベランテが率いている眷属は見るからに戦闘向きだ。そこで勇者レイネルは彼との戦闘は回避した方が今は得策だと瞬時に判断。
無駄な時間をかけまいと悩むことなく、一旦スキル・『禽獣の模倣』を解除して右腕を象の鼻から普通の状態に戻す。それから一気にフィックの方へと走りだそうとしたのだが。
彼の耳には届いてしまった。
「フィック……お姉ちゃん……?」
驚きや悲しみが入り混じった、自分よりも幼いであろう女の子の声が。
急ブレーキで足を止めるレイネル。慌てて体ごとその声が聞こえてきた方向へと振り向き、虎のようなデルベランテの眷属の近くに視線を移す。
するとそれまでその後ろに隠れていたのか、2体いるうちの向かって右側にいる眷属の隣に、彼にとっては見知らぬふたりの子供とサラヴィスが飛び出してきたのだ。
「まさか……!」
勘のいいレイネルはそこにいる子供たちの素性をすぐ理解した。
この子たちは間違いなくあの魔物の身内だ。
「……わざわざここまで連れてきたの? 安全なところに避難させず?」
このことに驚くレイネル。そしてそんな彼に近づくデルベランテは目の前にまで進んで足を止めると、ニッコリと笑みを見せた。
「勇者レイネル。はじめまして、だよね? 僕は魔物駆除隊のアレッフス・デルベランテ、以後よろしくね」
握手でもしようと思ったのか、にこやかに手を差し出すデルベランテ。さらに彼はそのまま眷属の紹介を始める。
「これは僕がスキル・『眷属の召喚』で呼び出した眷属。名前は右が1号で左が2号……あれ違ったっけ? もしかして逆だったかも? ごめん、どっちがどっちか分かんなくなっちゃった! ハハハ!」
「そんなことどうでもいい。そこにいる人たちは何? あんた魔物駆除隊だろ? まずは安全そうな場所へと避難させろよ」
眷属の名前に混乱して頭を掻きながら苦笑いするデルベランテだが、レイネルはこれにまったく表情を崩さず。むしろこれまで見せたことがないほどの鋭い目つきをしている。
「まあまあ、そんな怖い顔しないでよっ。あっ! あそこで寝てる僕の同僚、リンちゃんって言うんだけど、きっと君に迷惑をかけたんだよね! ごめんね!」
どことなく会話が嚙み合わないデルベランテ。彼は少し背伸びすると、遠くで力尽き伸びてしまっているリンのことを指さした。
「お詫びに僕がきちんと責任を取ってあの魔物を駆除するね! 面倒事はどうか僕らにお任せを!」
「はあ……?」
軽い口調で放たれる、レイネルの感情を逆なでしていく言葉の数々。
緊張感が欠け、空気も読めず、軽薄な態度を取るデルベランテに苛立ちを覚え、勇者は一気に両腕へとぐぐっ……と力を込めていくものの。
「ちっ。さすがにもう制限時間も過ぎちゃったか」
年齢不相応に逞しかったレイネルの肉体はみるみるうちに萎んでいき、少年らしいものに戻ってしまった。
『筋肉の肥大』には使用できる制限時間があり、それを過ぎると自動で解除される。そこからもう一度同じスキルを発動することも可能だが体に大きな負荷をかけてしまう。
よほどの場合でない限りはスキルの再発動を避けているレイネルはすっかり元の姿になった腕や足を見ながら顔をしかめる。そんな彼に向かってデルベランテは眷属の向こう側をちらっと見て、こう声をかけた。
「そう言えばあっち側、血の跡があったけど誰のか知ってる?」
「『あっち側』?」
レイネルは怪訝な表情をするが、すぐに「そうだ。あそこにはあの魔物の家族がもうひとりいたはず」とデルベランテに聞こえないよう小さく呟き、眷属の背後を覗き込む。
ところがそこにはもう誰の人影も見当たらない。ただ地面には血痕が残されていて、それは建物と建物の間にある脇道の方へと続いていた。
「(あの人、どこかへと逃げたのか?)」
口元に手を置いて思案するレイネル。その様子を見ながらデルベランテはうなずきながら「うん。ま、あの血の持ち主のことは後回しだ」と呟き、今度はポーレウスとリクァツの方に顔を向けた。
「さあ着いたよ! あそこに見えるのが皆のお姉さんかな?」
満面の笑顔で、未だ仰向けでもがくフィックのことを指さすデルベランテ。
「ほらっ見てみなよ! あんなに気持ちの悪い見た目になっちゃってる! だけど今から僕が倒してあげるから見守ってて!」
だがポーレウスとリクァツの両者は変わり果てた姉の末路など当然直視できない。サラヴィスに抱き着き、顔をうずめて震えながら首を横に振るだけだ。
「あれ? さっき教えてくれたよね? 『自分たちのお姉ちゃんが魔物になっちゃったかもしれない』って」
不思議そうに首を傾げるデルベランテ。
だがそんな彼のことを……ポーレウスたちを強く抱きしめ、目に大粒の涙を溜めて、血が滲むほど唇を噛んでいるサラヴィスが強く睨みつける。
「おっかしいな。せっかく妹ちゃんが予想する通りの末路になってたから『大正解!』って褒めてあげようと思ったのに」
わざとらしく口を尖らせ、子供たちの気持ちなど一切考えていない様子を見せるデルベランテ。だがあまりにも他人の気持ちを考えない言動を続ける彼に対して。
勇者レイネルは決断した。
「スキル発動:『武具の生成』×『禽獣の模倣』」
しばらく筋肉の肥大は使えない。だがいつも魔物討伐の直前に発動させるスキル・『体力の増幅』は半日間にわたって効果があるため、体はまだ十分に動いてくれるはず。
恐らくあの魔物は当分動けない。伸びているリンとかいう魔物駆除隊のハンターも戦線に復帰するのは時間がかかるだろう。
そうなると集中できる。今、目の前にいる軽薄な金髪野郎をぶっ飛ばすのに。
デルベランテと少し距離を取ってふたつのスキルを発動したレイネル。彼の左手は猛禽類の足のように変化して鋭い爪を伸ばし、右手の中にはリーチの長い槍が出現。
「知能の高い眷属を2体の相手にするのは面倒。だけど……ここまで腹が立つのも久しぶりだからやるしかないね」
「んー? 何か君が怒るようなこと、僕したかな?」
「これで怒らなかったら『勇者』なんて名乗れない。あんたほど人間性終わってる魔物駆除隊のハンター、なかなか珍しいよ」
するとデルベランテは腕を組み、小さな笑い声を上げた後に「それじゃあ言わせてもらうけどさ」と冷たい視線をレイネルに送る。
「勇者レイネル。どうも最近は倒した魔物を変な葬儀場に運んでるらしいね。ディケ内部はその話題で持ち切り、こっちからしたら君の方がよっぽど倫理観終わってるハンターだよ?」
だがこのようなことを伝えられてもレイネルは動じない。彼は右手に持つ槍の先端をデルベランテに向けて宣言した。
「魔物の前にまずはあんたのことを倒す。二度とその軽口を叩けないようにしてあげるから」
これに対してデルベランテは腰の鞘から剣を抜き、グリップ部分を両手で握って構え、こう返す。
「たとえ相手が勇者だろうと僕に危害を及ぼそうとするのならば、やむなし。魔物駆除隊通常規則第3条3項に則り、これより彼を悪質な業務妨害対象とみなし、駆除現場からの排除を行う」




