第30話 勇者ってすげえ
勇者レイネル・ギィラズの特異体質。
それは通常だと不可能なはずの、複数のスキルを同時に所持+発動できるというもの。
彼が生まれ持った本来のスキルというのは『能力の追加』だ。これはサラヴィスが有する『内心の開示』と同じように常に発動されていて、任意で解除することもできないという珍しいタイプのスキルに分類される。
『能力の追加』の効果。それは毎年誕生日を迎えた際に新たなスキルが付与されること。6歳の誕生日『能力の追加』が発現したレイネルはそれ以降現在まで7度の誕生日を迎えている。
つまり彼は『能力の追加』以外に、以下のような7個のスキルを所持しているのだ。
●全身の筋肉を一気に強化できる『筋肉の肥大』
●肉体の一部を脳内でイメージした動物のように変えられる『禽獣の模倣』
●同じく脳内で自身が武具として思い浮かべた道具を生成できる『武具の生成』
●他者が持つスキルの詳細を分析できる『能力の解析』
●肉体の稼働率を上げてスタミナを増やす『体力の増幅』
●怪我の進行を遅らせたり倒した魔物の腐敗を防いだりする際に使われる『細胞の操作』
●自身が深い傷を負った際にその流れ出る血を武器にする切り札『体液の毒化』
追加されるスキルは完全にランダム。ところがレイネルがこれまで入手した能力は総じて『使える』ものばかりで、これにより彼は勇者となったと評しても過言ではない。
ところが『能力の追加』は非常に強力なスキルであるが故、サラヴィスにとっての『自分も一切嘘がつけないこと』と同じように厄介な反動が存在している。
レイネルが持つ反動。それは『誕生日を迎えて能力がひとつ追加されると、それに反して自らの寿命は1年縮まる』というもの。
彼は『能力の追加』を発現し、年齢を重ねるごとに次々と追加されていくスキルを用いて、幼い頃から勇者の血族における主戦力として活躍。
そんなレイネルには一般民衆から魔物討伐に携わる者に至るまで、しかも勇者の血族における身内も含めて、羨望もしくは嫉妬の眼差しが常に向けられていた。
しかしある日。ほんの興味本位で自分が有しているスキルの詳細を『能力の解析』で調べてみると……『能力の追加』には寿命を縮める反動が伴っていることを知ってしまった。
だが今に至るまでレイネルは自身の寿命を把握していない。そもそも元々何歳で死ぬ運命だったのか分からないし手の打ちようもないのだ。
そこで年齢不相応に冷静でリアリストなレイネルは、まだ10代前半ながらとにかく自分の死期は運命に任せることを決めた。
強力なスキルを有して多くの魔物を倒した実績を残していようと。常に「今日寿命が訪れるかもしれない」という覚悟を持って訓練を積み、戦いに出ている。
だから自身のことを称える者にも、羨む者にも、妬む者にも、何の感情も抱いていない。
人々が見ているのは彼の上辺だけ。まだ少年と言える年齢のレイネルがどのような心持ちで魔物との戦闘に臨んでいるのか、その内側を本気で知ろうと思っていないからだ。
それにレイネルはこの反動はまだ誰にも明かしていない。血縁者はもちろん、唯一の友人であるノボルにさえも。
彼は分かっていた。ノボルにこの事実を話せば間違いなく動揺する。下手すると「もう魔物と戦わなくていい」とまで言ってくるかもしれない。
レイネルにとってそれは不本意だ。幾度となく魔物の葬儀に同席している彼はノボルの役割の重要さを認識し、己が託された責任の重さも感じ取っていたから。
だからレイネル・ギィラズは、勇者として今日も魔物と戦う。
不幸にも化物となってしまった者とそれに襲われた者たちの無念を晴らし、1体でも多くの魔物を倒してノボルの葬儀場へと運ぶために。
◇◇◇
「邪魔をしやがって……勇者ぁ!!!」
「うっわ、めっちゃキレてるじゃん。倒すのはボクじゃくて魔物の方でしょ?」
スキル・『武具の生成』で巨大な金づちを作り出し、それを用いてリンの分身体を思い切り吹き飛ばしたレイネル。
彼はその分身体が遠くにまで飛んだことを確認した後、修羅のような顔をしているリンに向かって、翼をはためかせながらわざとらしく眉をひそめる。
「民衆は勇者のことを称えてるけどこっちは違うのよ! 恵まれた能力のゴリ押しで魔物を倒して、しかも変なところへとそれを運んでいるんでしょ!?」
レイネルが『倒した魔物をノボルの葬儀場に運んでいる』という情報。実は、このことはディケとその関係組織内部ではそれなりに周知されている。
当然これに疑問を抱いたり関心を持ったりする者も少なからず存在しているが、上層部から『重要案件なので迂闊に首を突っ込むな』と厳しく注意喚起が出されていたのだ。
「どうやら魔物の葬儀の手助けまでしてるらしいじゃない……家族や知人が魔物になったことのない人間は呑気で羨ましいわね!」
目を吊り上げ、怒りや憎しみなど負の感情が混ざり合った表情を浮かべながら、上空にいるレイネルのことを睨み続けるリン。
だがリンは一旦冷静になりフィックのことを確認する。
彼女はそれまでリンの分身体と組み合って、ついさっきまで馬乗りにされていた。現在は分身体がレイネルから吹っ飛ばされて解放されているがやはり思うように立ち上がれない。
どうも足の骨を折られたことに加えて、馬乗りにされている時に腹の下から細い腰周辺に全体重をかけられていたようでそこが潰れてしまっているのだ。
「(この魔物はまだ動けなさそう。それならいっそここで!)」
視線をレイネルに戻したリンは遠くの方でうずくまり震えている分身体に命令を出す。
「分身体! まずはこの勇者を再起不能にしろ!」
「うーわっ。本当に標的をボクにするんかいっ」
レイネルはリンの言動を見て「大人げないなあ」と呆れかえる。
だが先ほど受けた勇者からの攻撃によって口からは血を流し、体の右半身の骨も肉もボロボロになっている分身体は……。
主人の言葉を聞いてゆっくりと立ち上がる。
『了解……しま、した……。マ、マ、マス、マスター』
「何かもう魔物よりこっちの方がよっぽど怖いんだけど。ガチ化物じゃん」
リンのスキル・『肉体の複製』、これは己の体の一部を犠牲にして分身体を作るという能力。複製できる数は無制限ではあるものの一度に多くの分身体に指示を出すと脳に負担がかかってしまう。
しかも犠牲にした部位が大きければ大きいほど分身体の動きの精度は高まる。だから通常彼女が複製する分身体は1体、多い時でも指などを犠牲にして3体ほどだ。
そして右腕の肘から先を犠牲にして生み出された今回の分身体。
本体である主の命令に従順なそれは完全にレイネルのことをターゲットに絞って、体中に力を込めた後。
『勇者……。再起不能にする……』
このような物騒なことを呟き、地面を蹴り上げて空を飛ぶレイネルに飛びかかってきたのだが。
「しょうがないね、一旦このスキルは解除。そしてまたスキル発動:『禽獣の模倣』っと」
彼は冷静に、まずは今発動している『禽獣の模倣』を解除して背中に生えていた翼を消滅させ、地面へと落下。
そこまで高くなかったということと、未だ『筋肉の肥大』は発動させていることで、逞しい下半身に身を預けて地面を揺らしながら着地。
それから再びスキル・『禽獣の模倣』を発動させるとその右手を巨大で長い象の鼻に変化させた。
「まだまだ動きが遅いね。もう少し鍛錬しないと」
この一連の流れは非常に素早くまさに一瞬。
リンの分身体はその動きについていくことができず、すでにレイネルがいなくなり誰もいなくなっている宙に目がけて飛んでいた。
そんな分身体に向かってレイネルは地上から腕を伸ばす。象の鼻と化したこれは凄まじい速度でリンの分身体に背後から迫り、じきに鞭のように巻きついていく。
「悪いけどボクの邪魔もさせないよ。その魔物のとどめを刺すのは勇者だから」
本体であるリンはレイネルが地面に着地した瞬間、急いで鉈を手に駆け寄ったが間に合わない。
勇者レイネルは巻きつけた自分の腕の中で懸命に抵抗している分身体のリンを、遠心力まで使って思い切り……避ける余裕もない本体のリンに投げつけたのだ。
「くそぉぉぉ! 勇者ぁぁぁ!」
じきにドォォォン! という大きな衝撃音を立て両者は激突、雨水混じりの泥や砂利にまみれながら地面に転がるふたりのリン。次第に分身体の方の肉体はその形を崩れさせ消滅してしまった。
「うぅぅ……! ぐっ……! こ、こんなことを……!」
うつ伏せになってうめき声を上げ、リンは顔をしかめる。
しかし勇者はもうすでに次の戦いを見据えていた。
「次は『眷属の召喚』か。こっちの方が面倒だね」
「ちょっと勇者さーん、僕の同僚をいじめないでくださいよー」
後ろを振り返るレイネルのもとには、雨に濡れる青色の毛を小さく揺らす巨大な虎のような生物が2体、険しい顔で近づいてきて。
それを先導するのは金髪にオールバックの青年。リン同様に黒い軍服に身を包んでいる魔物駆除隊所属のハンター、アレッフス・デルベランテだった。




