第27話 変わらなきゃ
ノボルが魔物化したフィックを見つける少し前。
「フィックさん……」
サラヴィスはひとり、館3階にある自室から外を眺めていた。
真夜中という時間帯とまだ降り続けている雨のせいで視界は悪い。だが魔物の出現を知らせる警報で町の人々は目を覚まし、周囲の建物には明かりがついている状況だ。
「代表も大丈夫でしょうか……。勇者さんが来てくれているといいのですが……」
ノボルの言いつけを守り、彼女は館で静かに待機をしている。そして今に至るまで一睡もすることなく皆の無事を祈っていた。
現在レバク市に出現した魔物。これが友人の亡骸の成れの果てだということを、当然ながらまだサラヴィスは知らない。
カァァァァァン! カァァァァァン! カァァァァァン!
「凄い音……」
なおも耳に届く鐘の音。凄まじい轟音のそれだが、サラヴィスにとってはこれに負けないくらい激しく動く心臓の音が体内に重く低く響く。
それからもしばらく外を見つめていたサラヴィス。それからベッドに腰かけてうなだれる。
ここまで頭に思い浮かぶのは嫌なことばかり。状況を考えれば仕方ないが、彼女はもうこれに嫌気が差していた。
嘘でもいい。強がりでもいい。
本当は落ち着くような、もしくは鼓舞するような言葉を口に出し、それを自分自身に言い聞かせたいところなのだが。
「フィックさんが魔物になっていたらどうしましょう……。とても大事な友達なのに……。もし、もし最悪のことが起きてたら……」
サラヴィスはスキル・『内心の開示』の反動により独り言ですら本音を漏らしてしまう。だから口をつくのは嘘偽りない不安な気持ち、マイナスな感情、悪い想像ばかりだ。
「やっぱり私は自分にすら嘘をつけない……」
じきに肩を震わせ涙がこぼれ落ちてきてしまったサラヴィス。
「悔しいなあ……」
フィックが行方不明になったと聞いてから。彼女はどれほどの負の感情に押しつぶされ、打ちのめされただろうか。
「悔しいなあ……!」
これまでサラヴィスは自分自身にすら嘘がつけない状況を諦めていた。悲運な体質に抗うことなどなかった。
ところが……今回は違う。
ようやくできた友人を助けることもできない不甲斐なさ。
ようやくできた友人の無事を信じることもできない弱さ。
そんな自分に向けた怒りが、苛立ちが、遂に彼女の中で爆発したのだ。
「くそ……くそっ! くそっ!! くそっ!!!」
サラヴィスは歯を食いしばり力をこめた握り拳を作って、細い腕でベッドを何度も叩く。
「私は何もできない! せっかくできた友達を探すことも! 町にいる魔物がフィックさんかどうか確認することも!」
胸の奥底からせり上がってくる感情、湧き出る強い憤り。これは過去の人生において感じたことのないほどのもの。
自分の足でフィックを探すこともできていない。警報が鳴り響く中で安全な場所から動けない。できたことはノボルから言われた通り自室で無事を祈ることだけ。
しかもその際にだって嘘偽りない弱音を吐いてしまう始末だった。
「もう嫌だ……このままの私じゃ……。何も変わらない……変えられない……」
目元を隠すほどの長い前髪を両手で掴み、サラヴィスはこうこぼす。
それから数分後。
彼女は鬼気迫る表情を浮かべ、涙で濡れた目元を乱雑に拭った後、意を決したように勢いよく立ち上がる。それから急いで黒い外套を着て、あらかじめ諜報部から支給されていた蝋燭とランタンを準備し、部屋を飛び出した。
「……」
しかし階段を下りて館の玄関の扉に手をかけたところで動きはピタリと止まる。
サラヴィスは従順だ。
たとえばディケのスパイとして訓練を受ける際、心身が傷つくような仕打ちを受けながらも決して逆らわなかった。この葬儀場に潜入以降もノボルに反論することなどせず、ずっと言うことを聞いてきた。
この姿勢はディケに入局する以前から変わらない。健在だった時の両親、もしくは祖母からの言いつけもずっとずっと素直に守っていたのだ。
その根本にあるのは内気で怖がりだという元来の性格。
だが鋭い目つきをする今のサラヴィスは。物心ついてから初めて、誰かからの命令に背こうとしていた。
「ごめんなさい代表。私、言われたことを守れませんでした」
彼女はディケ諜報部から送りこまれたスパイとしてではなく、天真爛漫な笑顔が眩しい少女・フィックの友人として動くことを決める。
「でもせめて。町にいる魔物がフィックさんかどうかぐらいは自分の目で確認したいんです」
こうしてサラヴィスは玄関の扉を開き、雨が降りしきる外へと足を踏み出したのだった。
◇◇◇
彼女の目的地は商店街。そこに魔物がいる根拠はないが、商店街がある方向から人のざわめきが聞こえてきていて、とにかくそこを目がけて走る。
雨と汗で服をびっしょりと濡らすサラヴィスは「もしかしたら代表も勇者さんそこにいるかもしれない」と呟き、必死になって足を動かしていった。
商店街に向かって、息を荒げながら、跳ねる泥水など気にも留めず一心不乱に駆けるサラヴィス。
だがその途中、道にしゃがみ込む小さな人影を見つけた。最初は何かの見間違いだと思った彼女だが、不思議と無視できず足を緩めて恐る恐るそれに近づく。
「……え?」
そして人影にランタンをかざしたサラヴィスは言葉を失ってしまった。真夜中かつ魔物出現の警報が鳴っているにもかかわらず、ふたりの子供が身を寄せ合って震えていたからだ。
フィックの身も心配。しかしこの子たちのことも無下にはできないとさらに近づいて様子をうかがうサラヴィスだが。
「え、え!? ふ、ふたりともここで何をしているんですか!?」
そこにはいたのは、なんとフィックの妹と弟であるポーレウスとリクァツだったのだ。
「サ、サラヴィスちゃん……?」
すると目を腫らしたポーレウスが顔を上げ、サラヴィスの存在に気づいて思い切り抱き着いてきた。
「だ、大丈夫ですか? どうしたんですか?」
驚くサラヴィスから頭を撫でられながら、ポーレウスは時に言葉に詰まりながら事情を説明していく。
長兄ボレゾア。彼は魔物出現の警報が鳴り始めると、血相を変えて自宅を飛び出した。
その際にボレゾアはポーレウスたちに向かって「絶対に家から出ないように」と強く忠告したのだが、フィックが行方不明になったということでとても動揺していたうえに、終わらない警報が子供たちの恐怖心を刺激する。
じきに末っ子のリクァツが「兄ちゃんを探しに行こう」と騒ぎ始め、ポーレウスはそれを止めようとしたが結局折れてしまい、外へと向かったのだ。
「だ、だけどお兄ちゃんがどこにいるのか分からなくて……。しばらくふたりで町を歩いていたんだけど、怖そうな大人が増えてきて、それを避けるようにしてたら迷子になっちゃって……」
ポーレウスとリクァツは手を繋ぎはぐれないように暗闇を進む。だがもうここがどこなのか分からなくなってしまい、足を止めて座り込み途方に暮れていたというのだ。
懸命に言葉を絞り出し、このように事情を説明できたポーレウス。そんな彼女のことをサラヴィスは強く抱きしめ返す。
「……頑張りましたね。とりあえず私と一緒にいましょうか」
サラヴィスが優しくこう声をかけると、ポーレウスより幼い7歳のリクァツも姉同様サラヴィスに思い切り抱き着いてきた。
「この子たちのためにも、私がしっかりしないと……」
自身にしがみついてすすり泣く子供たちの姿を見てサラヴィスは呟く。
自分たちよりもこの子たちの方がもっと辛いはず。両親を亡くしただけでなく、姉が行方不明になってしまって、頼りになる兄もそばを離れた。
今日は気温が低いうえに雨も降っている。このまま放っておくと確実に体調を崩してしまうだろう。
もうこの場所なら、葬儀場がある館に戻るよりもナシィー家の自宅のある花屋に向かった方が早い。どのみち商店街が目的地なのでこのまま子供たちを守りながらそこへと進む。
サラヴィスはまずふたりを家に送り届けて、それから魔物を探すことに方針を変更。
そこで決意を固めて「それじゃあふたりとも。今から私と一緒にお家に戻ろうか」と、体にひっついている子供たちに声をかけたその瞬間。
「そこのお嬢さーん。こんなところで何をしているんですかー?」
「っ!」
背後から聞こえてきた軽薄そうな男性の声。
途端にサラヴィスの背筋は凍り、鳥肌は立ち、急に汗が噴き出してきた。
「こんな雨の日に、しかも魔物が出現している中で、そんな小さな子供を連れて外出なんて危ないよっ!」
サラヴィスはゆっくりと振り返る。同時に露骨に眉をひそめ……近くに立つ金髪でオールバックの青年に渋い顔を見せた。
「ギルベランテさん……」
そこにいたのはサラヴィスにとって悪い印象しかない人物。数日前に商店街で予期せずその姿を目にした際、彼女はノボルの陰に隠れてしまったほどの男性。
魔物駆除隊に所属するハンター、アレッフス・デルベランテ。
彼はサラヴィスと目が合うと、不気味なほど満面の笑みを浮かべた。




