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第26話 走れ!走れ!!走れ!!!

「やべえ! やっぱり俺じゃ追いつけねえ!」


 不幸にも魔物と化し、町の建物の屋上を次々と飛び乗るフィックのことを懸命に追いかけるノボル。


 しかしフィックの動きは非常に素早く、どれだけ走るスピードを上げても一向に追いつけない。見失わないため目を切らさないようにするだけで精一杯だ。


 一方で勇者レイネル。彼はスキルによって逞しく肥大した筋肉を誇り、背中からは大きな翼を生やして空を飛びながらフィックのことを追跡している。


「そこからフィックのことを倒すのは無理か!?」


 ノボルは雨風を切るレイネルに大声で尋ねるが、彼は黙って首を横に振る。


「やっぱ頭を貫通するほどの攻撃は、それなりの条件が整わないと周りも危険か……」


 ただフィックが向かう先は見当がついている。生前の自分が暮らしていたこのレバク市北部に戻ってきたということは、恐らく自宅兼仕事場である花屋が目的地だろう。


 商店街の道幅はそれなりに広く、そこでならレイネルも戦いやすい。


 現在ノボルがいる場所から花屋がある商店街まで、歩いて移動するとなると約30分だろうか。となると今のフィックのスピードだと……。


「えっと。計算するとおおよそ9、10分ぐらいで着くか……? あー分からん! もう疲れて頭が回らねえ! 30代中盤男性はもう死にそうだよ!」


 それにフィックのことを追うのはノボルたちだけではない。


「おい! 魔物はあっちの方向に逃げてるぞ!」

「勇者にあの金づるを取られてたまるか!」

「追いな子分たち! スキルを使いまくるんだよ!」


 ギルドに加盟しているハンター。気づけば優に50人を超えるほどの人数が道に溢れていて、まるで祭りが行われているかのような騒ぎと混雑さを見せていた。


 当然このハンターたちも魔物化したフィックのことを狙っているが、追いつかないことにしびれを切らしたのか雑に攻撃を行う者が出てきてしまう。


「スキル発動:『物体の硬化』!」


 聞こえてきた知らない男性の声。じきにノボルの背後から、硬度を高めた大小さまざまな石がフィックに向かって飛んでいく。誰かがスキルを発動させて投石をしているのだろう。


 ガシャン! ガシャン!


「あ、ありゃ。1個も当たらないで窓を割っちまったよ。ま、いいか!」


「酷いなおい。やっぱり質の悪いハンターもかなり来てやがる」


 だが投げられたいくつもの石は、たったの1個もフィックに直撃することなく、周囲にある建物の窓や壁に当たってそれらを壊し傷つける。


 ノボルは走りつつ渋い顔で振り返るが、スキルを発動させた当のハンターに反省の色は一切見えない。能天気そうに笑いしながら頭を搔いているだけ。


 ただこの投石に感化され、同様の無責任な行動をする者が次第に増えるに違いない。


 ディケ傘下の魔物駆除隊は厳しい組織内規定が設けられていて、損害に対する各種補償が存在している。レイネルを筆頭とする勇者の血族も、個々人の裁量に任せられている箇所が多くトラブルを起こすことも少なくないが、それでも一族の面々の実力は折り紙つきだ。


 ところがフリーのハンターの場合は質にムラがあり過ぎる。意識や能力が高い者もいないことはないが、魔物討伐で金を稼ぎたいだけの連中も多い。


 そんなハンターの中には民衆と違い、勇者レイネルのことを『自分たちの金儲けの邪魔をしてくるガキ』だと認識しているケースもある。抱えている邪悪な衝動を魔物討伐で発散する者もいる。


 田舎にいるハンターだと「親族や周囲の人間を自分の手で守りたい」との志を抱く者もそれなりにいるが、レバク市のような規模の都市だとまさに『ピンキリ』のハンターが存在しているのだ。


 そして……不幸にも今ここにいる者のほとんどが。


「『ピンキリ』の『キリ』ばっかじゃねえか! ハンター同士で喧嘩してる馬鹿もいるし!」


 フィックのことを諦めるハンターが増えてきた。


 するとそういう人物は素直に帰宅するのではなく、金を稼ぐ機会を逃がしたことに腹を立て、あろうことか行き場のない怒りを他のハンターにぶつけている。


「あーイライラする! おい! てめえ、殴らせろ!」

「んだと貴様!スキルでぶっ殺してやるよ!」


 ノボルだって体力は限界。それでも体に鞭を打って必死に足を動かしている。


「どいてくれ! こっちは真面目にやってんだよ!」


 そんな彼にとって道を塞ぐように睨み合うハンターなど邪魔の極みだ。


「ノボル! もうすぐ商店街!」


 するとここで上空から聞こえてきたレイネルの大きな声。


 ノボルの右斜め上前方を飛んでいるレイネルはフィックを追い続ける。彼女はやはりレバク市北部に所在し、魔物専用葬儀場の近くにある商店街を目指していた。


「了解! もう限界超えてるけど這ってでも向かうから! それまでは任せたぞ! 俺が到着する前に倒しても……構わん!!!」


 さすがに足がもつれてきたノボル。彼が雨粒なのか汗なのか分からない液体で顔を濡らしながら、全力で伝えたこの叫び。


 これを聞いたレイネルは大きくうなずき、建物の屋上から地面へと飛び降りたフィックのことをさらに追跡していくのだった。


◇◇◇


「はあ、はあ、はあ……。ほ、本当に……限界だ……」


 大きな翼をはためかせるレイネルの姿が見えなくなったところで、足を止め、そのままうつ伏せで倒れこむノボル。


 気づけばもうほとんどのハンターは追うのをやめていて、彼はひとり地面で横になっていた。


「……くそっ。フリーのハンターが減ったのは助かるが魔物駆除隊の姿は見えなかったか……」


 雨はまだ降っている。倒れこんだところには小さいながらも水溜まりができていたようで、泥を含んだ雨水が袈裟に染みていく。大量の汗もかいているため不快極まりない状態だ。


「勇者……フィックのことは頼んだぞ……」


 それでもどうにか立ち上がろうとするノボル。が、すっかり膝が笑ってしまい上半身にも力が入らない。


「このまま、朝までこのままか……?」


 こう呟いた直後、耳に届くのは微かなざわめき。


 ノボルが倒れている場所の周囲には住宅が並んでいる。


 魔物出現の警報が鳴っているということで多くの住人は目を覚まし、部屋の明かりを灯していた。中から外の様子をうかがう人々、彼/彼女たちは揃いも揃ってノボルに奇異の目を向けコソコソと何かを話している。


「馬鹿にしやがって……! なめんじゃねえぞ……!」


 住人たちはノボルを見てどんな会話をしているのか分からない。


 しかし少なくとも応援などされていないと分かっている彼は、顔をしかめながらヒビが入るほどの力を込めて歯を食いしばり……。匍匐前進のような動きをしながら前へ、前へと進む。


 時刻はすでに夜の12時を回って久しい。


 前日からノボルはフィックの行方を捜索するためにボレゾアと共に朝から動き、睡眠もそこそこに突然の警報で目を覚ましてからはずっと駆け足だった。


 35歳のノボルの体力はとうに底をついている。それでも使命感を抱き、考えられないほどの無理をしてここまできたのだが。


「あ……ヤバい……。ちょっと本当に、もう駄目かも……」


 じきにノボルは動かなくなった。水分不足、睡眠不足、無理な運動。こうなってしまうのも当然だ。


 徐々に視界もかすみ急激に体温が下がっていく。


「勇者……。どうかフィックを倒して、ここで寝てる俺のことも見つけて館にまで運んでくれ……。家族のため、サラヴィスのために葬儀はきちんと執り行うから……」


 これまでのノボルの奮闘は計り知れない。しかし体は言うことを聞かない。


 静かに想いを呟き、睡眠なのか気絶なのか分からないものの意識を失いかけた……その瞬間。


「ウー!」

「ウー! イー!」


 耳に届いたのは甲高い鳴き声。すると彼の口元には黒い筒のようなものが近づき、その中の水が無理やりノボルの口内に流し込まれていく。


「ん゛っ、ん゛っ、ん゛っ……っぷはぁ! こ、こいつらは……!」


 驚く彼の目と鼻の先にいたのは。頭部に2本のツノが生えた、膝下ほどの身長で二頭身かつ全身緑色の生き物が2体。


「カグリゥの眷属……」


「ノボル大丈夫か!? アタシのことちゃんと分かるか!?」


 そして彼の隣には立派な馬車が止まり、カグリゥが心配そうに中から飛び出して駆け寄ってきた。


「もしかしたらノボルが外に出てるんじゃないかと思って探してた! けど道中でハンターが揉めまくっててなかなか進めなかったんだ!」


 そのまま彼女は砂利まみれのノボルの顔をハンカチで丁寧に拭いた後、馬車の御者(ぎょしゃ)に向かって「ノボルを馬車に乗せる! 急いで葬儀場がある館へ!」と指示を出す。


「カグリゥ……待ってくれ……」


「え?」


「館には戻らない……。それよりもこの近くにある商店街へと頼む……」


 ところがノボルはわずかに残った気力を振り絞り、顔を上げ、時に言葉に詰まりながら困惑しているカグリゥに伝えた。


「出現してる魔物は……あの子は……サラヴィスの友達なんだ! だから頼む! あの子がいる場所に連れて行ってくれ!」

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