第25話 最悪
カァァァァァン! カァァァァァン! カァァァァァン!
なおもレバク市中に響く鐘の音。この轟音のせいで誰もが目を覚まし家には明かりが灯って、ざわめきや赤子の泣き声なども聞こえてきた。
そして不穏な雰囲気が漂うこんな町をノボルは走り続ける。降り続く雨に濡れながら、火のついた蝋燭を入れたランタンを手に持って。
「どこだ……魔物はどこにいる? そもそも勇者は来てくれるよな?」
息を切らしながら周囲を見渡すノボル。魔物が出現した真夜中にもかかわらずそこには確認できる人の姿が徐々に増えてきた。
「よっしゃあ! 子分たち、魔物を狩るわよ!」
「金儲けだ金儲け! オデのスキルでぶっ殺してやるぞ!」
それはギルドに加盟しているフリーのハンターたち。彼/彼女らは様々な武器を手に、鼻息荒い様子を見せている。
「くそっ。ディケの魔物駆除隊はまだしもこいつらは面倒だな」
予想していたもののこれはノボルにとって望んでいない展開。
血眼になっているハンター、今ざっと数えてもうすでに20名ほどもいる。当然勇者レイネルがこの者たちに出し抜かれる可能性なんかは低いが、これだけいれば戦いが厄介になるのも確か。
有象無象のハンターはどんどん増えていく。騒ぐこれらを横目に町を駆けるノボルは、ここでようやく頼りになる『友人』の後ろ姿を見つけた。
「はあ、はあ、はあ……。そっちは今着いたところか? 勇者」
「そうだよ。だって家で寝てたもん。連絡が届いて叩き起こされちゃったよ」
雨のせいでびしょびしょに濡れてしまっている紫色の短髪。
しかし年齢不相応な落ち着きはいつものままで、魔物出現を知らせる鐘が響く中でも平常心は変わらない。それどころか呑気な欠伸さえ見せつけてくる少年。
彼が、彼こそが勇者レイネルだ。
ノボルはそんなレイネルの隣で足を止める。それから両膝に手をついて呼吸を整えた後、前方を見据えて顔をしかめて肩を落とした。
「あー……。どうしてこういう時って最悪の事態になっちゃうんだろうなあ……」
「……?」
普段はあまり見ないような言動に疑問を抱くレイネル。すると彼はすぐ目の前で広がっている光景を指さし、首を傾げてノボルに尋ねる。
「レバク市での魔物出現とはいえノボルがこんなに慌てて現場に来るの珍しいと思うんだけど。もしかしてあれ、知り合い?」
ふたりの視線の先にある状況。
それはレイネルに先んじてここに到着していた複数人のハンターが、一定の距離を保ちつつ『何か』を取り囲む様子だった。
「おい、さっさとこいつを殺せ!」
「ヒャッハー! レバク市の処理場に連れて行けば儲けになるぜ!」
「まだ魔物駆除隊もいねえしこっちで片づけるぞ! もちろん報酬は山分けだがな!」
ハンターたちによる輪のような陣形の中央に立ち尽くすのは、そこまで上背はない1体の魔物。
「知り合いだ。だから頼む勇者、お前がとどめを刺してくれ。絶対にうちで葬儀をしたいんだ」
ノボルがランタンをかざすことでより鮮明になった魔物。
何色とも表現できない粘性の高い体液を口から垂らし、声にもならない音を出すその姿を彼は目に焼きつける。
「ウ……ア……」
幸か不幸か肉体の変貌はそこまで激しくない。それに顔もほとんど生前のままで人相もハッキリしている。だがその目の焦点は合っておらず、長い髪は土や泥で薄汚れていて着用している服もボロボロだ。
特筆すべき変化を遂げているのは牙と化した歯、獣のような黒い体毛が生えて爪も鋭利になっている両腕だろうか。
そして……ほどかれた長い橙色の髪には赤いリボンが1個だけ引っかかっていて、無残にもぶらんと垂れ下がっていた。
「ノボル。あの魔物は女性だね。しかもまだ若いよ」
この魔物は。この魔物に変わり果ててしまったその亡骸は。
「ああ。あの子の名前はフィック。フィック・ナシィー。まだ14歳の女の子だったんだよ」
◇◇◇
ノボルが初めて魔物を見たのはこちらの世界に転移してすぐのこと。
身寄りも行き場もない彼は目を覚ました夜の森の中で何時間もうろつき、明け方になってようやく人影を発見。これに安心して近づいていくが次第に言いようのない違和感を抱いていく。
その正体は返り血を浴びながら人間を襲っている魔物だったからだ。ノボルは恐怖に足がすくんだものの凄惨な現場を前に必死に逃げ、じきに人里へ飛び込む。
そして転移から数年が経った後。ノボルはアドフン・クァークのもとで働くようになり、病床に伏す彼から魔物についてより詳しい説明を聞く機会を得る。
話の中でアドフンは「魔物というのは『人間の死体』が変化したもの」と何度も強調。たとえ魔物から襲われてその体液や返り血を浴びようとも、とにかく死ななければ化物にはならないと繰り返す。
アドフンと出会う前から断片的ながらも魔物の情報は耳にしていたノボル。そこで彼は説明された内容も踏まえ、魔物はいわゆる『ゾンビ』と『モンスター』を混ぜたような存在だと認識した。
だが不明なこともまだ多い。人を襲う理由も判明されておらず、何をエネルギー源として動いているのかも分かっていない。
生前の記憶・感情・知能は消失しているものの、自身への攻撃に対して『反撃』するか『逃走』するかを選ぶ程度の思考能力は残存。さらに物陰に潜伏して人間を襲ったり、威嚇をしたりするなどの知恵を働かせることだってある。
おまけに人間時代の身体状態・性別・年齢に関係なく、魔物化すると著しく狂暴化して運動能力も軒並み向上。これがまた魔物の厄介さに拍車をかけていた。
それでもアドフンは魔物に対して憐れみの感情を抱いてた。
「誰も望んで魔物などになっておらぬ。彼らだって救われるべきだ」
このような言葉を繰り返して。
◇◇◇
「勇者。あの魔物は葬儀場の近くにある商店街の花屋の娘なんだ」
ハンターたちは魔物と化したフィックの様子を慎重にうかがうだけで手はまだ出さない。変わり果てた姿のフィックも、口元から体液を垂らしつつハンターの動きを探っている。
そしてこの光景を冷静に眺める勇者レイネル。彼はノボルからフィクスが行方不明になったことの顛末を説明されて事情を把握。
「なるほど。それじゃあまだ魔物になってすぐの状態、家のある花屋の方に向かう可能性が高いかもね」
多様な外見と画一的な習性を持つ魔物。しかし個体によって異なる行動も存在していて、そのひとつが『帰巣本能』と呼ばれるもの。
特に魔物化してまだ間もないと思われる場合、生前ゆかりのあった地に近づこうとする個体が時折確認されている。
しかし人間にとって魔物は忌み嫌われる存在。たとえ生前の面影を残していても、家族や友達だった人々はこの化物に情を抱くことはなく、討伐されれば歓喜の声を上げることが常。
ノボルもこの『帰巣本能』に関する知識は事前に有しており、さらにフィックの両親も魔物化した後に自宅近くに現れたという過去を聞いていたので、レバク市に響く警報を聞いたその瞬間に最悪の事態を想像したのだ。
「で、どうする? 花屋に先回りしてもいいけど、その前に他のハンターに倒されたら困るよね?」
「当然。今はまだ姿は見えないがディケの魔物駆除隊まで来られると面倒だ。できればここで一気にとどめを……」
「ア……アァァァァ!!!」
しかしレイネルとノボルがこのような会話をしていた中、ハンターに囲まれているフィックは雄叫びを上げて思い切り地面を蹴り上げた。
「っ! マジかよ!」
大きな音を立て、フィックは町に立ち並ぶ建物の屋上に着地。そのまま複数の建築物の屋上を飛び移りながら花屋がある方角へ走り出してしまったのだ。
「あーあ。結局こうなっちゃうか。ノボル、どうする?」
「すまん勇者! 先にフィックを追いかけてくれ! 俺も追いつくように走るから!」
慌ててフィックが走り去った方向へノボルは駆け出す。
彼は地面にいくつもできている水溜まりのことなど気にせず走り、時に大きな水しぶきを上げながらフィックのことを追いかけ始めた。
「お、おい! 勇者がいるじゃねえか!」
「くそっ! 早くこっちも魔物を追うぞ!」
「絶対に勇者よりも先にあの化物を狩ってやる!」
さらにフィックの周囲にいたハンターたちも急いで走り出したのだが、勇者レイネルは必死の形相の彼らを冷たい視線で見つめる。
「まあ確かにそろそろ魔物駆除隊が登場するだろうし、さっさと決めないと面倒だね」
体を濡らし続ける雨のことなど無視するレイネル。彼は集中力を高め、両腕と両足を開いて四肢に力を込めて大きく息を吐く。
「スキル発動:『筋肉の肥大』×『禽獣の模倣』」
それから彼がこう口に出すと同時に、体中の筋肉は非常に逞しく強く膨れ上がり、背中からは肉を切り裂くような音と共に猛禽類のような翼が生えてきた。
「さて、それじゃあ魔物を追いかけますか。ボクが倒してあげないと意味ないからね」
小さく呟いたレイネルは凄まじい力で地面を蹴り宙に舞うと、大きな翼をはためかせ、魔物と化したフィックのことを追い始めた。




