第24話 魔物、出現
夕方を迎えたものの朝から降りしきる雨はまだ止まない。
普段は美しいほどの夕焼けが世界を鮮やかに照らしているのだが、今日は厚い雲に覆われて薄暗い。
このどんよりとした天候はまるで今のサラヴィスを表現しているようだった。重い足取りで館へと帰ってきたノボルのことを静かに待つ、彼女の胸中を。
「戻ったぞ、サラヴィス」
「代表……」
ノボルの言葉に反応し、2階のダイニングから急いで下へと降りるサラヴィス。すっかり憔悴した彼女は声を絞り出して尋ねる。
「フィックさんは……。み、見つかりましたか……?」
しかしノボルは大きなため息をつき、口を閉じたまま首を静かに横に振った。
「そうですか。分かりました……」
この答えにサラヴィスは目を伏せ、がっくりと肩を落としながら2階へと戻る。一目で分かるほど落ち込んで疲れ切っているその背中。これを気の毒そうに見つめながらノボルは呟く。
「しかし……。少し離れた場所まで花の配達に行ったままフィックが行方不明になるなんてな」
今日はノボルとサラヴィスが、ナシィー家の営む花屋へと遊びに行くはずだった日。
しかし早朝から雲行きは怪しくなる。朝早くに勇者レイネルが倒し運んできた魔物の葬儀を終え、一休みしていたノボルたち。すると突如として『フィックが行方不明になった』という一報が舞い込んでくる。
館へやってきてこのことを伝えたのは、フィックの兄であり花屋の店長でもあるボレゾア。血相を変えてただならぬ雰囲気をまとっていた彼の姿にノボルは一大事だとすぐに察した。
ボレゾアは「フィックは2日前にィクス国の首都・レバク市の近隣にある小さな村へと花の配達に行ったっきり戻ってこない」と訴える。
本来レバク市外への配達業務はボレゾアが担っている。ところが配達予定日が迫る中で体調を崩してしまったところ、フィックが「代わりに配達に行く!」と立候補した。
もちろんボレゾアはこれに猛反対。依頼を断ることまで検討する。
しかしフィックは「せっかく頂いた仕事を無下にできない!」や「もう子供扱いされたくない!」とムキになってしまい兄のことを説得。
結局この熱意に押されてボレゾアは折れ、手がかかってしまうので妹と弟を連れて行かせないため、フィックをたったひとりで配達へと向かわせることを決断してしまう。
だが……あろうことかこれにより、フィックの行方が分からなくなってしまった。
そしてボレゾアから告げられた報告を聞いてすぐノボルの頭に浮かんだのは、ふたつの最悪の事態。
『スキルを悪用する暴漢に襲われたこと』と『魔物に襲われたこと』だ。
どちらにせよフィックの身は危ない。そこでノボルは顔面蒼白になっているボレゾアに協力し、捜索のために雨が降っている外へと飛び出した。
しかしフィックが通ったであろうルートを一日かけて確認しても……。
「手がかりは見つからなかった。誰のものか分からない台車の車輪の跡こそあったが、あれがフィックのものとは限らないし」
サラヴィスが力なくダイニングの椅子に座る様子を確認したノボルは館の3階にある自室へと戻り、濡れた体をタオルで拭きベッドの上に腰かけ一度深呼吸する。
「あいつのためにもまずは俺が落ち着かないと。こっちはもう大人なんだから……」
そしてノボルは立ち上がり、今度は窓際に移動してそこから空を眺める。
もうすぐ太陽が沈む時間。いつもはオレンジ色に輝く夕焼けが見られるが今日は駄目だ。しかも気温も低いので外出している人間は少なく、周囲はとても静か。
「一応ボレゾアは『ディケに行方不明者届を出す』とは言ってたけど……。あそこもきちんと探してくれるか分かんないからな」
それからもノボルはフィックのことを考えながら窓の外をじっと見つめる。だが次第に世界は暗闇に包まれ、とうとう夜が訪れた。
◇◇◇
夕食の席でもサラヴィスの口数は少なく、フィックへの心配な気持ちを時折呟くだけ。体の芯からせり上がってくる吐き気を、必死に抑え込みながら。
「もしかしたら迷子で野宿をしてる可能性だってある。とにかく諦めずにフィックのことを探そう」
さすがにこの様子を見かねたノボルは慰めるようにこう声をかけるが、それを聞いてもサラヴィスは小さくうなずくことしかできない。
「とにかく飯を食って、今日は早くベッドに入れ。それで明日は一緒に花屋に行こう。もう一度ボレゾアから詳しいことを聞く約束をしてあるから」
「分かりました……。不安ですけどそうします……」
こう答えたサラヴィスはテーブルに置かれた食事を口に運ぼうとするものの、やはりのどを通らない。仕方がないのでスープだけを数口飲み、じきに重い足取りで自室へと戻った。
しかしそれから数時間後。皆が寝静まっている深夜。
カァァァァァン! カァァァァァン! カァァァァァン!
寝床に入っていたノボルの耳に届くのは大きな鐘の音。これは葬儀場があるレバク市の北部だけでなく、ィクス国の首都全域に響くほどの轟音だ。
「最悪だな。嫌なことしか頭に浮かばねえよ」
この音によってすぐ目を覚ましたノボル。彼はベッドから飛び起き、素早く袈裟へと着替え外出の準備を進め、自室を出て階段を下りる。同じ3階にいるサラヴィスのことは絶対に起こさないように神経をとがらせながら。
「だ、代表……」
ところが玄関から外へと向かおうとしたその直前。背後からは聞こえてきたのはか細く元気のない声。
一瞬躊躇したものの、ノボルは小さなため息をついて振り返る。するとそこには不安げな表情を浮かべたサラヴィスが立っていた。
「お前も起きたか。ま、この轟音だと仕方ねえか」
「あ、あの。こ、これって……」
「魔物が出た警報だ。レバク市に出るのは半年ぶり、最近首都の警備は厚いって聞いてたんだがな」
そしてノボルは立ち尽くすサラヴィスの背後にある階段を指さして、冷静にこう指示を出す。
「俺は今から様子を見てくる。お前はとにかく部屋にいろ。夜中だが首都での騒ぎとなれば勇者が来るはず。それで討伐したらすぐ葬儀だ」
「わ、私も行きます……」
しかしサラヴィスは目を潤ませながら首を横に振り、震えるような声を絞り出す。
「だ、だって……この魔物はもしかしたら……フィックさんかも……」
それから彼女は血が滲むほど唇をぐっと噛み、続く言葉が出ないよう口を閉ざし、彼女の考えを察したノボルも胸を痛める。
なぜなら起きてすぐ彼が思い浮かべた『嫌なこと』というのは、まさに『魔物化したフィックがレバク市に出現した』というものだからだ。
とは言え現状それも想像の域を出ない。実物を目にしていない以上、出現した魔物はフィックではない他の誰かの亡骸である可能性も十分高い。だからこそノボルは確認しに行きたいのだ。
「サラヴィス。確かにそれはあり得る話のひとつだ。しかしそうだと確定していないこともまた事実だ」
そこでノボルは涙を堪えるサラヴィスに歩み寄り、ゆっくりと諭すような口調で語りかける。
「それに出現した魔物の生前が誰であろうと、もし勇者が倒してくれればここで葬儀をする。これが俺の役目」
だがこう話す彼も心配事がある。
人口も多いィクス国首都・レバク市。ここに魔物が出現したとなれば間違いなくディケは魔物駆除隊の主力級を投入、加えてギルドに加盟しているハンターの多くも参戦してくるはず。
「最悪なのは勇者以外の、他の奴に討伐されてしまうこと。この前言っただろ? 『倒された魔物の所有権はとどめを刺した人間が持つ』って」
つまり重要なのは『勇者レイネルがとどめを刺して魔物を倒さなければならない』という点。そうすればその後、動かなくなった魔物をどうしようがレイネルの自由だからだ。
だが他の者に倒されてしまうとノボルが弔うことはできない。魔物は間違いなくすぐ処理場へと運搬されてしまう。
「で、でも。気が気じゃなくて。せめて、せめて魔物の姿だけでも確認を……」
鼻をすすり懇願するサラヴィス。
ノボルだってその気持ちは痛いほど分かる。魔物に生前の面影があり、それが明らかにフィックでないと分かれば、幾分か気持ちは楽になるだろう。
ところが今回のように大きな町を舞台とすると、大人数のハンターで1体の魔物を奪い合う様相になりやすい。人が増えれば増えるほど見境なく攻撃する者も出てきて周囲も被害を受けてしまう。
ノボルはこの懸念事項を淡々と、かつしっかりとサラヴィスに伝える。
「そもそも俺でさえ危険だ。だけどひとりなら何かがあってもどうにかできる」
そしてノボルはサラヴィスの両肩に手を置くと、精一杯の気持ちを込めてこう伝えた。
「サラヴィスはここでフィックが魔物になっていないようにと祈り続けてくれ。悔しいだろうが、それが今のお前ができる最大の仕事なんだ」
これにサラヴィスはぐったりとうなだれ、小さくうなずいた。




