第23話 反転
「サラヴィス、今日は楽しかったか?」
商店街で花屋を営むナシィー家の面々が帰宅し時刻はすっかり夜に。日中の喧噪はすっかりなくなって、今はもう静かになった館2階のダイニング。
その夕食の席でノボルは尋ねる。
「は、はい。何だか夢のような時間だった気がします……」
前髪の隙間から見える大きな目はまだ輝いていてまさに夢見心地といった様子のサラヴィス。確かに彼女とフィック、さらに妹と弟を加えたやり取りはとても楽しそうだった。
フィックたちはサラヴィスのスキル・『内心の開示』に嫌悪感や不快感などを抱く様子など一切見せず。これのおかげでサラヴィスは気兼ねなく言葉を交わすことができ、とても賑やかな時間が過ぎていった。
天真爛漫な長女フィックも、物静かな次女ポーレウスも、わんぱくな次男リクァツも。サラヴィスのことを『サラヴィスちゃん』と呼ぶだけでなく、気づけば揃ってノボルのことすら親しげに『ノボルさん』と話しかけるほど人懐っこい。
子供たちは両親に関する思い出話なども明かしてくれた。たとえばフィックのトレードマークとも言えるふたつの赤いリボンは、亡き母親のお手製でまさに宝物だという。
この光景を目にした長男ボレゾアは、家族と仲良く接してくれるノボルとサラヴィスに恐縮。しかし「これだけ騒がしいから自分たちは両親の死を乗り越えられたんです」と目を細めていた。
「帰る時なんて末っ子のリクァツは泣きそうな顔してたもんな。参ったよありゃ」
「そうですね。でも別れ際に、フィックさんは私のことを『友達』と言ってくれてました」
気づけばもうナシィー家の面々は帰らなければならない時間。しかし7歳のリクァツは「まだ帰りたくない」と駄々をこね、10歳のポーレウスも口数少ないながらそれに同調。
だがそこでフィックが慰めるように「わたしたちはもう友達だからまた会えるよ!」と長女らしく声をかける姿を見て、サラヴィスは言葉にできないほどの感情を胸に抱いたのだ。
なおサラヴィスはスキルの反動もあり、花屋で初めて会った時からフィックに「自身はディケからのスパイ」だと(案の定)明かしてしまっていたらしい。
しかしまだ14歳のフィックは良くも悪くも世間知らずな一面がある。だからかこのこともあまり重く受け止めておらず、それは親交を深めるための障壁にもならない。
たださすがに大人である長男ボレゾアは違う。妹から事前にサラヴィスの素性について聞いていたことで、帰り支度をする途中でノボルの身を案じるような言葉をかけていた。
それでもノボルが話せる範囲で背景や事情を説明して「サラヴィス自体は決して危険人物でない」と伝えると、彼もそれを理解して納得もしてくれた。
「ところでサラヴィス。次は俺たちの方からナシィー家の花屋に遊びに行くんだろ?」
「はいそうです! 来週、皆の家でおもてなしをしてくれるそうです! 花屋がある建物の2階に自宅があるそうなので!」
ノボルからの問いかけに対して、これまでにないほど明るい声で返事するサラヴィス。そしてその様子を見た彼は優しく「そっか。分かった」と答える。
サラヴィスと出会ってからまだわずかな時間しか経過していない。それでも元来がお人好しのノボルはすでに彼女に情が湧いてしまっている。
無論それは恋愛感情ではない。むしろフィックやその妹弟にも向けるようなものに近い感覚だろう。
しかしいずれノボルはサラヴィスに対して非常に『複雑』で『ややこしい』素性を明かすつもりであり、そうすればこの関係も終了する。
そしてきっとサラヴィスはそれ以降も諜報任務に向かい、それごとの名を与えられ、スパイとして生きていくに違いない。ノボルの本心としてはこのことを心配しているが、しかし必要以上に深く関与するべきではないことも分かっている。
であればとにかく今回の任務、その期間中はせめてサラヴィスに『人らしい』経験をさせてあげたい。
家庭環境も恵まれたものでなく、今まであのスキルや反動のせいで辛い思いをしてきたんだ。
もちろんこの魔物専用葬儀場の潜入を終えた後、サラヴィスがフィックたちとどう接するのか今は考えられない。それでも、たとえ仮初だとしても、友達と呼べるような存在を作らせてあげたっていいだろう。
ノボルは今日の出来事を振り返り、フィックたちとの約束に胸を躍らせるサラヴィスを眺める。
「そう言えば代表、カグリゥさんって次はいつ頃こちらに来られるんですかね?」
「さあ、どうだろうな。頼んでいる依頼の進捗次第、こればっかりは俺も分からねえ」
するとサラヴィスはフィックが選んだ鮮やかな花束を思い出し、口元に手を当てて斜め上を見るノボルに微笑みを向ける。
「あの赤くて綺麗な花束、早くカグリゥさんにお渡しできればいいですね!」
これに対してノボルは少し気恥ずかしそうに目を伏せ「……まあ、そうだな」と答えた後、すぐ話題を変えた。
「それより花屋に行く時だが、何か手土産でも用意するか? やっぱ菓子類だと喜ぶかな?」
「いいと思います! きっとフィックさんたちはまた喜んでくれますよ! 今日もたくさん美味しそうに食べてくれていたので!」
商店街の隅には小さな菓子屋がある。そこはノボルにあつわる怪しい噂を知らないのか、もしくは知っていながらあまり気に留めていないのか、いつも気さくに接して色々な菓子類を売ってくれる場所。
今日も以前そこで購入し、まだ余っていた焼き菓子などを用意。これにナシィー家の面々、特に小さな子供たちはいい表情を見せながら味わってくれていたのだ。
「よし、それじゃあサラヴィス。近いうちに菓子屋に行くぞ、今回もお前がフィックたちのためによさそうなものを選んでくれ」
「はい! 分かりました!」
こうして早速翌日、ふたりは目当ての店へと赴き、サラヴィスのチョイスによっていくつもの菓子類を購入。
サラヴィスはそれを自室で大事に保管し、時折ノボルが執り行う魔物の弔いを手伝いながら、約束をしているその日を待ちわびていた。
その間にはフィックと一度だけだが手紙のやり取りもしていたようで、館に便箋が届けられるとサラヴィスは胸を高鳴らせて中身を読んでいた。
しかし土産である菓子類を持って、ノボルとサラヴィスはナシィー家が営む花屋へと遊びに行くことはなかった。
なぜならある日突然、フィックが行方不明になってしまったから。




