第20話 嫌な記憶
ノボルがサラヴィスと商店街に行き訪れたのは、開店したばかりの新しい花屋。
そこで彼は店長であるボレゾア・ナシィーという名の、屈強な体格の持ち主でモヒカンの髪型をしている男性から身の上話を聞いていた。
「なるほど。両親は花の配達中に行方不明になって魔物に」
「ええ。出発前には自分の方からも『少し遠方の配達先で、人気のない場所を通るので注意してください』と忠告しておいたのですが」
目を伏せてボレゾアは続ける。
「今から1年前のことです。どれだけ待っても配達に出かけた両親は帰ってくることなく、依頼主のお客様からも『商品が届いていない』と手紙が届き、自分はすぐに異常事態だと察しました」
彼の生家はブライド国の北方に所在する都市で、代々花屋を営業していた。しかしその両親が魔物と化してしまい、ィクス国へと転居したというのだ。
だがここでノボルは「……ん? でも、ちょっと待ってくれ」と会話を遮って首を傾げる。
「そもそもどうして両親が魔物化したと分かったんだ? 討伐された後、身元の分かる物が発見されたのか?」
「いえ。……両親が姿を消してから1週間ほどが経過したある日、2体の魔物が自宅の近くに出現したんです」
目を閉じて首を横に振ったボレゾアの脳内ではあの時の記憶がよみがえる。時刻は夕方、けたたましい警報がボレゾアの耳に届いた思い出だ。
あの時、町に魔物が出現したと瞬時に理解した彼。急いで妹や弟を連れて自宅の奥へと避難し、こっそりと窓から外を確認すると。
「魔物たちは町で大暴れをしていました。し、しかし目を凝らしてよく観察してみると……。姿は醜く変貌しながらも見覚えのある腕輪を着用していて……。間違いなくあれは父と母のものだと理解したんです……」
話を続けるボレゾアの細い目から流れ始めた涙。肩を震わせ彼は続ける。
「う、腕輪は自分がふたりの結婚記念日に贈ったもので……。さ、最悪のことになったと……」
この事実に気づいた瞬間、当時のボレゾアは大いに動揺した。
ただこのことは3人のきょうだいに伝えるわけにはいかない。しかし町が大騒ぎになるほど暴れている化物は他ならぬ肉親。
「どうしようかと迷っていましたがじきに周囲の騒乱は落ち着きました。……なぜなら父も母も討伐されたからです」
突然静かになったことですべてを悟り、窓から外を見たボレゾア。そこで倒れていたのは頭部を破壊され、その場に横たわる変わり果てた両親。傍らに立っていたのはとどめを刺した女性のハンターだ。
これを目にした彼は居ても立っても居られず、まだ状況を把握していない妹や弟を家に残したまま外へと飛び出した。
「事態が落ち着いたというので野次馬も徐々に集まっていた中、自分は両親のもとへと駆けつけました。で、でもそこで泣き崩れてしまい……」
彼は父と母の亡骸を抱き上げて慟哭する。ところがその姿に向けられたのは嫌悪感も含まれた視線ばかり。同情するものなど皆無だった。
「でもこれは当たり前です。魔物になるのは『生前に大きな罪を犯した者の死体だけ』だとされていますから」
それにもう動かなくなった両親の肉体はハンターから強引に奪われて即時処理場へと運搬。当然ながら葬儀など執り行えていない。
この出来事が終わってから、ボレゾアは花屋の経営の引継ぎからきょうだいへの説明まで慌ただしい時間を過ごす。だがその心には常に「本当に両親は何か大きな罪を犯すような人間だったのか?」という疑問を抱いていた。
真面目な父。優しい母。子供たちには規則を守って他者を敬う重要さを繰り返し説き、時には貧しい人々に寄付を行うような、本当に珍しいほど善人だったふたり。
このような両親がどうして魔物なんかに? 家族が知らないところで実は犯罪でもしていたのか?
いやそもそもの話だ。
本当に『大罪を犯した者の死体だけ』が魔物と化すのだろうか……?
ボレゾアは親を亡くしてショックを受けているきょうだいの面倒を見ながら、魔物に関する様々な書籍や資料を読み漁るようになる。
そしてその中のひとつ。普段は噂話やゴシップを扱っていて、鼻で笑いたくなるような創作話や怪情報まで載せられている『低俗』な雑誌にそれは記載されていた。
『ィクス国の首都・レバク市。そこには魔物の葬儀をする変人の男がいる!』
ろくに取材をしたような形跡も見られない、憶測だけで書かれたと一目で分かる質の低い匿名の記事。しかしボレゾアはこれに釘付けになる。
どうしてこの人は魔物の弔いを? そもそも本当にこんな人いるのか? いや、しかし。本当に存在しているのならば自身が抱く疑問に答えてくれるかもしれない。
この人に会ってみたい。魔物についての話を聞いてみたい。
そこから彼は行動に移した。
どうせ両親が魔物になったことで、周りに暮らす人からの視線や接し方は一変した。仕事だって激減した。
そうであれば残った家族を連れてレバク市に移住しよう。あの記事の真意は不明だが、とにもかくにもこの『変人』がいるという場所に行ってみようではないか。
もしかしたらそこで、自分たち家族の何かが救われるかもしれない。
「……ということなんです。だから自分はお客様に会いたいとずっと思っていまして。しかしまさか本当にお会いできるとは」
ボレゾアの回想を聞き納得したようにうなずくが、同時に眉をひそめるノボル。
「なるほど。まあ大方の事情は理解したが……。そもそも俺、そんなよく知らない冊子に取り上げられてるのかよ」
さすがにノボルも自身にまつわるそんな記事の存在など認知していなかった。一体どこからの情報なのか皆目見当もつかないが、恐らくこの商店街に流れている噂話をベースにしたのだろう。
「なので自分は魔物の葬儀の批判などいたしません。むしろどのように弔いをしているのか見たいぐらいですから」
小声でこう口にするボレゾアを見ながら、腕を組んでノボルは思案する。
「(そうだなあ。別に葬儀場に来ても差し支えはないんだが……)」
彼からすれば魔物の葬儀は別に隠すものではない。それに『大きな罪を犯した者の死体だけが魔物と化す』という考えに対して疑問を呈する人物の存在はむしろ歓迎だ。
しかしボレゾアの話をどこまで信じていいものか、ここはノボルにとっても悩むところ。
「あれ? そう言えばサラヴィスは?」
と、ここでノボルはサラヴィスの存在を思い出す。あまりにもボレゾアの話に聞き入ってしまったのでつい彼女のことは忘れてしまっていた。
そして彼は店内中をきょろきょろと見渡した末に「あいつはどこに……? あっ、いたいた」と、ようやくその姿を捉える。
「サラヴィスちゃん、本当に凄いスキルを持ってるんだね!」
「え、えへへ。そ、そこまで褒められると照れちゃうな」
するとサラヴィスは花屋の娘、ボレゾアの妹である少女とにこやかに会話をしていた。
彼女の名はフィック・ナシィー。橙色の髪をツインテールにして頭につけた赤いリボンがとても目立っている。
「サラヴィスちゃんと会話をすると、わたし嘘ひとつつけないで全部正直に答えちゃった!」
「じ、人生でこのスキルの効果でそんなに喜んでもらった経験なんてないので……何だか嬉しいです!」
そこでサラヴィスはフィックから自身のスキル・『内心の開示』の効果を褒めたたえられており。分かりやすく目尻を下げながら照れ笑いを浮かべていた。
「そ、それじゃあ今度葬儀場の方に是非……って、痛っ!」
「何をデレデレしてるんだお前は。そして『葬儀場の方に是非』ってどういうことだおい」
この様子を見たノボルはサラヴィスのもとへとすぐに近づき、呆れた様子でその頭を軽くはたく。しかし彼女は頭を両手で撫でながら口を尖らせて不満げにノボルに顔を向ける。
「だ、代表酷いですよ。せっかくお花を配達してもらう話を進めたのに……」
サラヴィスによると、ノボルとボレゾアが難しそうな顔で話をしている最中、彼女は次第にフィックと意気投合。そこでふたりは協力して葬儀場に飾る分とカグリゥに贈る分の花を決めたうえ、それを館へと届くための打ち合わをし終えたというのだ。
これを耳にしたノボルはバツが悪そうに「あー、すまん。まさかそこまでしてくれるとは思ってなかったよ」と謝罪をしていると、ボレゾアもその場に加わる。
「フィック。こちらのお客様に商品をお届けするのはいつだい?」
「えっと、明後日だよ! 明日色々準備するから! それと、弟や妹を連れてきても良いって!」
「え? そ、それってお客様の方は大丈夫なんでしょうか?」
するとサラヴィスはノボルに見せていた不満そうな態度を一変。恐る恐る彼に尋ねる。
「あ、あのう。勝手にこれも決めちゃいましたけどいいですよね? 小さい子を留守番させるのもかわいそうだと思って……」
するとノボルは肩をすくめた後、観念したように大きくうなずいた。
「もう決まったならしょうがないな。こうなったら家族全員、館に来てもらうか。花と配達の代金も今から支払うよ」
こうして2日後には花屋を営むナシィー家の面々が揃って、魔物専用葬儀場へと花を配達してくれることになったのであった。




