第19話 モヒカン、モヒカン、モヒカン
「(だ、代表がやらかしてしまいました!)」
商店街にある花屋に入り商品を物色していたノボルとサラヴィス。
その途中で両者はバラバラに行動をし始め、しかし花選びにひどく集中していたノボルはどうもそれに気づいておらず。
するとあろうことかいつの間にか隣に立っていた見知らぬ屈強なモヒカン男性を、ノボルはサラヴィスだと勘違いして小突いてしまったのだ。
「(ど、どうしましょう。傷跡だらけの顔で目つきも悪い、あの代表を凌駕するほどの怖そうな方ですし……)」
そして少し離れたところで偶然にもこの出来事を目撃したサラヴィス。
だがいかんせん彼女には強力ながら非常に面倒なスキル・『内心の開示』があり、極力ノボル以外との会話は避けようと注意をしているため、そうそう簡単に近づくわけにはいかない。
しかしノボルの身も危ない。彼が小突いてしまった相手というのは非常に体格がよくて筋骨隆々、おまけにワイルドな髪型の持ち主だ。
「(こ、怖いですが助けにいかないと。も、もし小突いたことの仕返しをされてしまったら!)」
瞬間サラヴィスの脳裏によぎるのは、ややオーバーに思えるものの本人からすれば大真面目な妄想。
もしノボルが小突いたことの報復をモヒカン男性から受けて、大怪我でも負ってしまったら。それによってあろうことか入院までする羽目になってしまったら。
下手をすると今回の潜入調査は一時的に中断され、諜報部の上官から帰還命令まで出て……。そうなるとまだノボルの素性を聞けていない自身(並びに祖母)の身が危なくなるに違いない。
「(で、でも……。わ、私のスキルのせいでもっとややこしいことになっても大変ですし……。ど、どうすれば……)」
嫌な想像に駆り立てられて動こうとするも、しかしその気弱さのせいで一歩踏み出すことができずに深く悩むサラヴィス。
「あ! 先ほどのお姉さん! こちらのお花、とても綺麗なんですけどいかがですか!」
「(……え、え!?)」
しかもそうこうしているうちにサラヴィスのそばには満面の笑みの少女が近づく。紫色の小さな花がいくつか咲いている植木鉢を手にしている彼女は、この花屋を経営している家族の娘だ。
「あ、あ、う……」
「あっちには珍しい植物もあるんですよ! ところで本日はどのような商品をお求めですか?」
「え、あ、え……」
無垢な眼差しをサラヴィスに向け、橙色のツインテールの少女は明るい笑顔のまま首を傾げる。
もちろんここでもサラヴィスはスキルが発動しないよう注意し声かけに応答しないように気をつける。
「(わ、私はこんな女の子にも口を閉ざさないといけないんですね……)」
ただ、こんな幼気な少女相手でもまともに受け答えができない自身の姿に彼女自身もうんざりとしているのが本音だ。
だがノボルを心配に思うサラヴィスは向こうの方にチラチラと視線を送っていたのが、少女の方もサラヴィスの挙動不審な動きに気づいて後ろを振り向く。
それから「あれ? あそこにいるのは一緒に来られた男性の方ですよね?」と口にして、見るからに怯えているノボルとその隣に立つモヒカン男性の様子をじっと見つめながら。
「お兄ちゃん、またお客さんに怖がられてるじゃん……」
両手を腰に置き、呆れた様子でこう口にしたのだった。
◇◇◇
「あ、あの……。え、えっと……」
「……」
こちら、思いもよらなかった事態に直面し冷や汗をかくノボル。彼の目の前にいるのは屈強な肉体の持ち主であるモヒカン男性。年齢はノボルよりも少し下、20代中盤だろうか。
「(こ、この人、俺よりよっぽど怖くて反社みたいな顔してるじゃねえか!)」
モヒカン男性は細目でノボルよりも鋭い目つき。そしてまったくと言っていいほど微動だにせず威圧感を放っている。
「あ、あの。す、すみません。ツレと間違えちゃって」
へっぴり腰、かつ顔を引きつらせながら謝罪を口にするノボル。だが彼がこのような態度になるのも当然だ。
彼が転移したこの世界、育った現代日本と比べると気性の荒い者も多い。今日は出くわしていないがこの商店街でも小競り合いがよく起き、エスカレートしてスキルを使っての面倒な騒動にまで発展してしまう。
もしこのモヒカン男性がノボルから小突かれたことに激昂し、スキルを使って仕返しでもしてきたら……さすがにたまったものではない。
「え、えっと。あの。本当、マジで、申し訳ございません……」
揉め事を避けたいノボルは何度も頭を下げて平謝りを続ける。するとずっと仁王立ちをしていたモヒカン男性はそんなノボルのことを睨みつけながら、遂に口を開いた。
「……あの、本日はどのようなお花を探しておられるんですか?」
重厚感のある低い声。しかしその口調は非常に丁寧でトーンも落ち着いている。
「え……え?」
「いえ、先ほどから熱心に商品を眺められていたものですから。大切な方へのお花をお求めでしたら一緒に探しましょう」
この言葉を聞き、思わずきょとんとした表情を浮かべてしまうノボル。そんな彼に対してモヒカン男性はに深々とお辞儀までして自己紹介をしてきた。
「自分はこの花屋の店長であるボレゾア・ナシィーと申します。この度はご来店いただき誠にありがとうございます」
「え、えっと。あっ! もしかしてツインテールの女の子のお兄さん!?」
大きな体を縮ませながら頭を下げるモヒカン男性──ボレゾアに、ノボルは驚いたように叫ぶ。彼は店舗に入る前に花屋の娘である少女から聞いた話をここで思い出す。
考えてみれば橙色の髪色、ボレゾアと少女はそっくりな色合いだ。
「はい、その通りです。それを言ったのは赤いリボンをつけた妹で長女、14歳のフィック・ナシィーですね。4人きょうだいの上から2番目の子です」
「そうか。っていうか、あの。もう頭を上げてもらえます? さっきも言ったけど、ツレと間違って小突いちゃった俺が悪いので……」
「いえ。お客様に早く声をかければよかったものの、決心がつかなかった私が悪いんです」
「ま、まあそれじゃあお互い様っていうことで。それにしてもよく鍛えられた体ですね、見た目も迫力あるし! ハハハっ!」
「生まれつき骨太で筋肉も育ちやすく、それを活かすためにこんな風貌にしているのですが、何をせずともお客様を怖がらせてしまいます」
「お、おう。それは大変ですな……」
そうしてようやくゆっくりと頭を上げたボレゾアは、肩を落としてその風貌とは不釣り合いな弱々しい顔をしていた。
「やっぱり自分、怖いですよね? 心優しい妹や弟からは『気にしないで』って声をかけられるんですが……」
「そ、そうだな。まあでも男の立場からすれば迫力がある外見も羨ましいところだけど……」
「確かに防犯上は有利なんです。こんな見た目なので変な人は近づいてくることはありません。しかし自分はあくまでも花屋の店長。お客様も女性やお子さんが多いということを考えると……」
初対面であるばずのノボルに対し、大きなため息をつきながら突然身の上相談をし始めたボレゾア。
思わぬ展開についノボルも困惑してしまうが、ボレゾアはすぐにその心境を察したのか、申し訳なさそうに伏し目がちになり絞り出すような声で説明する。
「すみません。実は、自分はあなたのことを知ってるんです。この近くで魔物の葬儀をしているという方なんですよね?」
これを聞きノボルは眉をひそめ、その様子を見てボレゾアは慌てて釈明をし始めた。
「き、気分を悪くされたら謝ります! ただここに越してきてすぐの時、商人の方々から町について色々と聞きまして」
彼によれば、新しく店をオープンするというので近隣の店舗へ挨拶のために訪問する度、必ずノボルにまつわる噂話を聞かされたというのだ。
「『坊主頭』『顔中に傷跡がある』『目つきが悪い』……。もちろん非常に失礼であると分かっているんですが、何度も話されるとこんな特徴もすっかり記憶してしまいまして」
気まずそうに絞り出すボレゾア。その内容を耳にしたノボルは「あー、なるほど。でも別にそういうの気にしてないから」と苦笑いを浮かべ、その坊主頭を搔く。
「確かに白い目で見られているなとは感じるけど、商人たちも金さえ払えば商売はきちんとしてくれる。何を言われたって大丈夫ですよ」
ノボルは気を取り直して「それじゃあ、ちょっと色々と質問して大丈夫かな? 人に渡す花と葬儀場に置く花で……」とそばにある花々に目を向けるが、ボレゾアは蚊の鳴くような声でこう呟いた。
「自分の方も、魔物の葬儀を批判するつもりはございません。むしろその逆で」
「え?」
そしてボレゾアはきょろきょろと周囲を見渡して人がいないか確認した後、ノボルにぐっと近づいてこう明かしたのだ。
「自分たちの両親は魔物になり討伐されてしまったんです。もちろん弔うこともできずに」




