第17話 いざ商店街
カグリゥが館へと訪れた日……の翌日。
柔らかな日差しに照らされた落ち着いた天候の中、朝食を食べた後に自宅を出たノボルとサラヴィス。これは両者が不思議な共同生活を開始してから初となる、一緒の外出となる。
ふたりが向かっているのは館の近くにある巨大な商店街。ここは多種多様な店舗が密集して営業し、多くの人で賑わっている場所だ。
「代表。カグリゥさんが話していた花屋さんってどこか分かってるんですか?」
「それが見当つかねえんだよ。だがこの商店街も入れ替わりが少なくて新しい店ができるのは稀だからな。多分近くを通ったらすぐに分かる。見慣れない花屋があれば間違いなくそれだろ」
この日ノボルは珍しく袈裟を着用していない。着ているのは黒い長袖の上着とベージュの長ズボンというごく普通の服装で、まるで一般人に擬態しているよう。
「何だか視線が気になりますね……」
しかしそんな恰好をしていてもノボルには商人や通行人からの視線が集まる。そして彼の隣を歩くサラヴィスもそれに気づいてどこか居心地の悪さを感じていた。
だが人々から向けられる目に対して体を小さくするサラヴィスとは対照的に、ノボルの方はあまり気に留める様子も見せず慣れた様子で足を進めていく。
「ああ。何年かここに住んでるから、俺が館の中で『魔物を使って何かをしている』ことはバレてる。お前と出かけるから念のため普通の恰好をしたが、まあこの顔と頭だから誤魔化すのは無理な話だったな」
ノボルのもとには頻繁に倒された魔物が運ばれてきている。しかも世界的な英雄である勇者レイネルがこれらを運搬しているとなれば、それを目撃した人々は様々なことを邪推してしまう。
そもそも魔物専用葬儀場がある館というのも、元来はィクス国王族の遠縁であるアドフン・クァークの邸宅だった建物である。そこにいつの間にか見知らぬ男性が我が物顔で住み着いていれば変な噂も立ってしまうのも当たり前。
「勇者は館に暮らす男から脅されて魔物を運び入れているらしい」「その男は館の内部で魔物を食っているらしい」「魔物の葬儀した後に怪しい儀式を行っているらしい」……。
どうも近隣住民の間ではこのような真実と嘘とが入り混じる評判が広がった末、ノボルのことを気味悪がるようになっていったというのだ。
「でも商店街の人間も金さえ払えば物は売ってくれる。嫌な顔をされたことはあるが、スキルで攻撃されたりした経験は皆無だ。ま、こっちに近づくのも怖いんだろうな」
こう言って口角を少し上げたノボルが、カグリゥから紹介された花屋を探してきょろきょろと周囲を見渡している中、サラヴィスは小声で彼に問う。
「そう言えば代表。ちょっと聞いてもいいですか? 素性とは関係のないことなんですが」
「何だ? 余計な詮索じゃなければ構わないぞ」
するとサラヴィスはやや気まずそうにしながら周囲には聞こえないように注意してこう続ける。
「そ、その。代表ってどうやってお金を稼いでるんですか? 魔物の葬儀をしても誰からも料金は支払われてないですよね?」
共同生活を始めてから徐々に抱くようになったこの疑問。
ノボルが行っている魔物の葬儀、これは誰かから依頼を受けてしているものではない。とすると報酬なども受け取っておらずもちろん無償だ。
彼は他の仕事をしている様子も見られないし、それでは日々の生活費はどう工面を?
「あー、それはな。まずはアドフンさんの遺産がまだかなりある。その貯金を切り崩してんだよ」
この質問に対して飄々とノボルは説明していく。
彼によるとアドフン・クァークは妻や子供などがいなかった上に、念には念を入れて遺言書に『全財産をノボル・アマツルに相続させる』とも記載していたという。
「だから法的な部分の問題もなく俺はアドフンさんの財産を受け取って使ってるわけだ。そしてもうひとつの資金源だが、それは勇者が関係しててだな……」
そしてノボルがこう言いかけた時、商店街の人々のざわつきがさらに増す。これに気づいたふたりは思わず後ろを振り返ると揃ってその原因をすぐに察知した。
「だ、代表っ。あ、あれって……」
「ああ。ディケ傘下の魔物駆除隊じゃねえか」
大勢いる通行人がじわじわと道を開け、その中心を大股で闊歩し進んでくるのはふたりの若い男女。両者は黒い軍服のような服装に身を包み腰には刃物を収めている鞘も確認できる。
ひとりは金髪オールバックという出で立ちで、まるで肩で風を切っているかのような歩き方の20代ほどの男性。もうひとりは彼よりも少し年齢は上に見え、長い茶色の髪を後ろにまとめ眼鏡をかけている落ち着いた雰囲気の女性だ。
道を開けた周りの人々は興味深そうにふたりのことを眺める。すると、そのうちの誰かがふとこう呟いた。
「最近、勇者の血族よりこの魔物駆除隊の方が信頼できるよな」
魔物を討伐する3つの勢力のうち、ディケ傘下の魔物駆除隊は最も規律正しく、厳格で堅実な集団。ディケ関連組織内でも特に戦闘向きのスキルを持つ人間が選抜され、厳しいモラル教育と訓練も積んで、日々魔物を『駆除』することに励んでいる。
もちろん勇者レイネルが看板である勇者の血族にも、一定以上の戦闘能力が担保されている優秀なハンターが多く存在している。安定的に魔物を討伐している実績もあるので立場そのものが揺らぐことはない。
ところがここは魔物駆除隊と比較すると厳しい組織内規則が定められていない。色々と個々人の裁量に任されている部分が多く、時としてトラブルを起こすことも少なくないのだ。
ギルドに加盟しているフリーの魔物ハンターも人によって能力や意識の差があまりにも大きい。そのため『平均点』が高い魔物駆除隊の評価が上がってきている。
なおィクス国の首都であるこのレバク市と隣国ブライド国の首都にはそれぞれ魔物駆除隊の総司令部が設置されているが、どちらの国にしろ首都に魔物が出現するのは稀。レバク市には直近だと半年前に魔物の出現があったが地方都市での被害がほとんどである。
王族がいる首都は守りも固く、この地域に配属されたハンターであっても、実態は近隣都市へ出向いて魔物の駆除に勤しんでいるのが現状なのだ。
「……」
そして自身の横を通ろうとするそんな魔物駆除隊のふたりをノボルはじっと見つめる。
彼/彼女らは黒い軍服を着用しているので分かりづらいが、接近すると付着してまだ間もない魔物ものであろう体液──血や唾液──がかすかに見えた。
この駆除隊に倒された魔物。狂暴で手強い一個体が相手だったのか、それとも複数の個体が同時多発的に出現したのか。ノボルとしても本当はその魔物の葬儀をしてあげたかったが叶わない。
討伐された魔物はもう処理場へと運ばれたはず。道を歩く両者の顔はどこか清々しく、方角的にもレバク市の隅にある処理場から総司令部へと戻ろうとする最中だというのは一目瞭然だ。
「で、サラヴィス。さっきの話の続きだ。俺の収入源についての話についてだが」
そんな魔物駆除隊のふたりが通り過ぎた後、人知れず肩をすくめたノボルはサラヴィスに対して声をかけたのだが。
「え……? あ。は、はい!」
彼女はノボルの背後で体全体を隠すようにし、その呼びかけに応答して慌てて伏せていた顔を上げた。
「何やってんだお前?」
怪訝そうな表情を浮かべるノボルだが、サラヴィスは小声のまま「あ、あの男性の方に見つかると面倒なんです……」と顔をしかめる。
「『あの男性の方』って。金髪でオールバックの奴か?」
「はい、そうです。実はあの方、私が半年前にスパイとしての訓練を受けている時、ディケの本部でよくお会いしてたんですけど……」
サラヴィスによると彼はアレッフス・デルベランテという名の、22歳の青年。
デルベランテは19歳の時にディケ入局して以降ずっと魔物駆除隊に所属。以前の担当地域はブライド国の南東部だったがそこでの実績が評価され、少し前からィクス国の首都レバク市にある総司令部に異動。
最近は(自称)駆除隊の主力級として首都に近い地域に出現した魔物の対応をしているという。
サラヴィスが彼にまつわるこんな情報を手短に説明すると、ノボルは眉をひそめて首を傾げる。
「それはそうと、どうしてお前がそんなことを知ってるんだよ。所属が違うだろ。お前は諜報部のスパイじゃねえか」
するとサラヴィスは「だってあの人、私がスパイの訓練をディケの本部で受けてた時、敷地内で顔を合わせるたびに声をかけてきたんですよ!」と分かりやすいほどのしかめっ面を見せてきた。
「私はスキルのことがあるから応答しないよう気をつけてたんですが、いつも馴れ馴れしく『赤毛ちゃん』呼びしながら勝手に自分のことを話してきて。こっちだって何度も話されるとついその内容も覚えてしまいますよ!」
「なるほど。勝手に好かれてナンパされたパターンか」
「ほ、本当にしつこかったんですから! あの顔を見ただけでゾッとしちゃいます!」
声をかけられた際の印象がよほど悪かったのか小さく体を震わせるサラヴィス。するとノボルもさすがに彼女のことを気の毒に思ったのか「まあまあ」と落ち着くように声をかけた。
「とりあえずそのデルベランテって奴はもういなくなったから安心しろ。それとうちの葬儀場は魔物駆除隊と交流することなんて皆無だから」
そして彼は少し遠くに見える建物を指さし、サラヴィスの気を紛らわせるように優し気な笑みを見せた。
「さっき見つけたんだがあそこにあるのが恐らく目当ての花屋だ。少し前までは老夫婦がやってる薬屋だったんだが。きっと店を畳んで場所を譲ったんだろうな」




