第16話 この世界で生きるなら
「代表。カグリゥさん、とても美人でしたね?」
5分。実に5分以上待ち、サラヴィスの正面に座るノボルは答える。
「ああ、そうだな」
「代表。カグリゥさん、凄く身長が高くて綺麗でしたね?」
5分。またも5分以上待ち、サラヴィスの正面に座るノボルは答える。
「ああ、そうだな」
カグリゥが館を出て数時間後。時刻はもうすっかり夜だ。
ダイニングにて夕食の席についているノボルとサラヴィスだが、浴びせられる同じような質問の繰り返しに、ノボルは憮然とした表情を浮かべていた。
「代表。カグリゥさんと代表、お似合いだと思いますよ?」
「おいサラヴィス。もうカグリゥの話は良いだろ。明日は商店街に行くからさっさと飯食って寝ろ」
そしてノボルは鋭い目つきでサラヴィスのことを睨み、不機嫌さを見せてつけて丸机の上に置かれた食事に手を伸ばそうとするが……。
「代表。カグリゥさんは代表に惹かれているらしいですよ?」
カグリゥによるノボルへの想い。少し前に聞いたこのことが鮮明に記憶に残っているサラヴィスは、とても興奮した様子で身を乗り出していたのだ。
「もういい加減にしろよお前! さっきからずっと同じことばっかり聞いてきやがって! もうしつこいんだよ!」
「だ、だってかなり美人だったじゃないですか! しかも代表に好意を持ってたし!」
「分かったからさっさと飯を食え! まだ一口も食ってねえじゃねえか!」
「そ、それなのに仕事以外のお付き合いをしてないだなんて! もったいない! もったいないですよ代表!」
共同生活を開始して以降、恐らく最も大きな声を出しながら騒いでいるサラヴィス。
ノボルは珍しく年相応(?)な姿を見せる彼女に「(こいつ、こんなリアクションできる奴だったんだな……)」と驚きつつ、困ったように坊主頭を掻く。
「も、もしかして代表って別に好きな方がいらっしゃるでんすか? というかまさか実は既婚者なわけないですよね!? さ、最悪隠し子までどこかに……!」
興奮のあまり完全に冷静さを欠いてしまい血相を変えて頭を抱えるサラヴィス。
妙な妄想をしている彼女にノボルは呆れるような素振りを見せながら大きなため息をつき、両手を前に出しながらどうにか落ち着かせる。
「分かったからとにかく落ち着けサラヴィス。カグリゥとのことについてきちんと話すから。お願いだから許してくれ」
ノボルの言葉を聞いたサラヴィスは未だ荒い鼻息を出しながらも、さすがに暴走状態にあることを自覚。呼吸を整え小さくうなずきながら姿勢を正して椅子に座り直した。
「まず俺は独身。もちろん婚姻歴もないさ。誰かと交際していることを隠してもない。それと子供もいない。そして……まあ何となくカグリゥの気持ちは分かってたよ」
「それじゃあ、どうして……」
ノボルはサラヴィスのスキル・『内心の開示』の効果の影響で余計なことを漏らさないよう注意するため、5分以上待った後に腕組みをして説明を続ける。
「俺はさ、魔物の葬儀を本格的に始めるにあたって自分自身に簡単な『戒律』を定めた」
これにサラヴィスは長い前髪から大きな目をのぞかせて不思議そうに首を傾げる。するとノボルは「まあ何だ。自分に課す規則みたいなものだよ」と伝えながら彼女に向かって人差し指、中指、薬指を立てた右手を見せた。
「そこで俺は3つの戒律を設けた。まずは『肉食を控える』こと。次に『恋愛沙汰を控える』こと。最後に『贅沢を控える』ことだ」
ノボルは魔物の葬儀をすることにこの異世界へと転移した意味や役割を見出す。しかし恩人であるアドフン・クァークの『夢』を継承して魔物……いや、どんな姿に変わろうとも人の亡骸を弔うという行動には大きな責任が発生することも自覚していた。
事実ノボルは初めて魔物の葬儀を執り行い、変わり果てたその肉体に閉じ込められていた魂を解放した後、達成感だけでなく負い目も感じていたのだ。
宗教に関する深い知見を持っているわけではない。
死生観に繋がる哲学に精通しているわけではない。
唱えている経文の意味だってききちんと理解しているわけではない。
そもそも生まれ育った日本の生家も寺院などではない、ごく普通の一般家庭。当然ながらいかなる宗派の修行をしたことだってない。
つまりノボルは、己が行ったことは『しょせん素人がした僧侶の真似事』に過ぎないと分かっている。
手元にある葬儀道具だって『普通の日本人』である自分の脳内で漠然とイメージしたものを形にしてもらったもの。これらの正しい形状や使い方も本当は知らないのだから。
しかし。だからこそ彼は決断した。
これからも魔物を弔い、化物へと変貌してしまった体の中に閉じ込められている魂を解放し続けるため。その覚悟を自分に刻み込む目的でいくつかの戒律を設けようと。
正直なところノボルが定めた戒律はそこまで厳しいものではない。禁止しているのはあくまでも肉類だけなのでそれ以外の食料品はたらふく食べることだってある。すれ違った魅力的な女性に目を奪われることだってある。真新しい家財道具に惹かれることもある。
ところが「自分は楽しく能天気に生きるためこの世界へと飛ばされたわけではない」とノボルは確信していた。
「俺の役割は無念の死を遂げ、魔物化した亡骸に閉じ込められた死者の魂を解放することだ。そのためにはある程度の欲は我慢できるよ」
ノボルは最後に一言こう述べ、魚類やパンが並ぶ食事に再び手を伸ばす。ところが彼の様子を見ながらサラヴィスは寂しそうな表情を浮かべてポツリと呟いた。
「でも代表……。それってなんだか寂しくないですか?」
この言葉を聞き、パンを掴んだノボルの動きはそこでピタリと止まる。
「だ、代表がカグリゥさんのことを嫌っているのなら別ですけど……。そうじゃないならそんな無理して我慢しなくても……」
その刹那。ノボルの脳裏によぎるのはこれまでの彼が目にしてきたカグリゥの言動。
そもそも眷属を用いてノボルの仕事のサポートをするように申し出たのは何を隠そう彼女の方からだ。それに対して当初は何か企んでいるのかと警戒していたノボルだが、しかしカグリゥは素性を詮索することなく今に至るまでひたむきに協力をしてくれる。
そして次第に彼は、カグリゥが抱く自分への感謝と好意に気づく。
もちろんノボルはそれに嫌な気はしていない。彼だってカグリゥは魅力的な女性だと思っている。……が、それでも彼はその気持ちに応えることができない。
ノボル・アマツル。彼はここではない世界、令和の日本から転移してきた人物。つまりディケ前局長の娘であるカグリゥと『家柄が合わない』とか『立場が釣り合わない』とか、そのようなレベル以前の話になってしまう。
ノボルは『魔物を弔うこと』のみが自分に課せられた役割だと信じていて、誰かと結ばれてこの世界で幸せになることを望んではない。それどころか自分の幸福を想像することさえ許されないと決めつけている。
たとえばこちらで恋をし、伴侶を得て、子宝に恵まれて。
だがそんな穏やかで幸せな毎日を過ごしていても。大切な人たちを残して、突如としてこの場所とはまた異なる別の世界へと転移してしまうかもしれない。
彼の胸にいつもあるのは漠然とした不安感。もしくは転移したあの夜と同じように、何気ない日常が突如として崩壊するかもしれないという恐怖感だ。
「……」
だけれど大人の彼は分かっていた。それさえも利己的な考えだということに。
「……なあサラヴィス。女性って、いきなり花を渡されたら困るか?それとも意外と嬉しいもんか?」
自分の本心と少しだけ向き合って。他者からの気持ちを無下にするものでないと考えて。
ノボルは手にパンを持ったままサラヴィスに尋ねる。
「っ! う、嬉しいと思います! それが好きな人だったら特に!」
彼女はその言葉の真意をすぐに理解して何度もうなずく。するとノボルはようやくパンを口に運び、食事を進めながらこう指示を出した。
「それじゃあ明日花屋に行く時、ついでにカグリゥに似合うやつを一緒に見繕ってくれ。俺はそういうのよく分からないから、頼む」
それからノボルの口数は減っていったが、サラヴィスはどこか嬉しそうな笑みを浮かべて、夕食の時間は過ぎていくのだった。




