第15話 残された人たち
カグリゥが自身と家族に関する話を明かした少し後。
「で、カグリゥがわざわざ俺の館に来た要件についてだ。例の人たちは見つかったのか?」
「もちろんさ。アタシの優秀な眷属たちのおかげでね。調査書も準備してるよ」
ノボルから尋ねられたカグリゥは両手を勢いよく二度叩く。すると彼女の眷属が床に置かれている革製の黒い鞄の中から茶色の封筒を1枚取り出した。
眷属から差し出された封筒をノボルは開き、中に入っていた便箋を抜き取って内容を確認。だが少し間をおいて寂しそうな表情を浮かべる。
「なるほど。仕方ないけど、こういう結果になってたか。まあ慣れたもんだけどな」
そんなノボルの姿を不思議そうに眺めていたサラヴィスだが、じきに黙って渡された便箋を彼女も確認する。
「……あっ。この名前は私も覚えています」
そこに記載されていたのは『故ダフライル・レギレウル様のご遺族に関する調査書』という文字。さらに下部にはその詳細が綴られていた。
「そうだ。お前が初めて魔物の葬儀を見た時に、俺が弔ったご遺体の名前だよ」
サラヴィスはノボルからの言葉にうなずき、あの時のことを思い出す。
彼女が初めて目撃した魔物の葬儀。その終盤にノボルはスキル・『霊魂の解放』を発動させ、魔物化した亡骸に閉じ込められていたという、肉体の元の持ち主の魂を解き放つ。
生前はごく普通の男性でダフライル・レギレウルと名乗っていたこの魂。どうも彼は魔物化して以降の肉体の動きも把握していたようであり、現世よりその存在が消滅する直前までノボルとサラヴィスに色々なことを話してくれた。
そしてその話の中で登場したのが残された家族の話題だ。
「確か……体の弱い奥さんとまだ幼い娘さんがいたと話していたはずですが……」
サラヴィスはこう呟くが便箋に書かれている詳しい情報に目を通すと、思わず言葉を失ってしまう。
『故ダフライル・レギレウル様の妻・ユリウェス様は再婚し、新たな夫との間に男児が誕生。その夫は大地主で医者との繋がりもあり、彼女の虚弱体質もかなり改善。10歳を迎えた娘・フブカ様も新しい父親に可愛がられていて高い教育を受けている。両者揃って故ダフライル様のことは過去の出来事との認識だという』
その内容はあまりのも無慈悲なもの。
そもそもダフライル・レギレウルという男性は3年前、体の弱い妻のために栄養が豊富な山菜を探して森に入り魔物に襲われてしまったはずなのに。
「アタシの眷属が、見つけ出した対象の家族の生活をこっそりと監視。近隣住民の話なんかも盗聴して色々と情報を収集して精査した結果だよ」
「それじゃあダフライルさんが魔物化して弔ったことはもう伏せておくか?」
ノボルから問いを聞き、カグリゥは淡々とした様子で答える。
「だな。奥さんも娘さんも新たな人生を歩んでる。調べたところ行方不明扱いだったダフライルさん当人の捜索もとうの昔に中断しているようだし」
これにはノボルも複雑な心情を抱きつつ「了解。それじゃあこの件はこれで終わりだな」と事実を受け入れてうなずくが、サラヴィスは便箋を手に持って寂しそうな顔を浮かべるまま。
「……サラヴィス、お前の気持ちはよく分かる。けどしょうがない。残された人たちにもそれぞれ人生があって、色々と折り合いをつけて生きてるんだよ」
「でもダフライルさんは……ご家族のことを……」
力なくこう口に出すサラヴィスに対してノボルは小さくため息をついた後、励ますように肩を二、三度ポンポンと叩いた。
「俺らができることはひとつだけ。これからもダフライルさんのことを思い出した時には手を合わせるんだ。それ以上もそれ以下もねえよ」
これを聞いたサラヴィスの、長い前髪の間から見えるその瞳は伏し目がちになる。
もちろん彼女はノボルの言葉に一定の理解は示す。それでも行き場のない虚しさも感じ取ってしまったのだった。
◇◇◇
それからはしばらく、直近弔った魔物とその魂についての説明をノボルから受けていたカグリゥ。彼女は渡された数枚の紙の中身を確認してノボルのことを見つめる。
「了解っ。またアタシの眷属たちを使ってここに書かれている人たちを探すよ」
その紙に記載されていたのはノボルのスキル・『霊魂の解放』により解き放たれた魂が明かした、大切な存在であった家族や友人に関する情報だ。
これを手にしたカグリゥは約束する。これらからも引き続き、自身のスキル・『眷属の召喚』によって呼び出した眷属たちにノボルが求める情報の調査をさせることを。
「さて。アタシはそろそろ自宅に戻るとするかな」
そして彼女は懐中時計を取り出して時刻を確認し、帰宅のための身支度を開始。じきに準備が整うと2体の眷属を伴いながらノボルやサラヴィスと一緒に館の1階へと降りる。
「あー、ところで。アタシからサラヴィスにちょっと話がある」
だがカグリゥは玄関の扉に手をかけて外に出ようとしたその直前。突然後ろを振り返り、ノボルの横に立つサラヴィスに声をかけた。
「は、はい……?」
怪訝そうな表情を浮かべて返事をするサラヴィスに対し、カグリゥは「そんな怖がるな。別に叱責や脅しをするわけじゃないから」と断りを入れて続ける。
「色々と話を聞いて、ディケのスパイであるアンタの事情は理解した。ノボルの提案したとあれば協力関係ってのに文句言うこともないさ」
だがカグリゥはその落ち着いた雰囲気のまま「けど……」と言うと一歩前に出て、サラヴィスのことをギロリと睨む。
「いくらお互いの利害が一致したうえでの共同生活とはいえ、アンタは17歳。ノボルは35歳。この年の差を考えたら……一緒に生活をする中で色目なんか使うなよ?」
これを聞いたサラヴィスは少し間を開けた後、驚いたように目を見開いて、赤い髪が大きく揺れるほど勢いよく首を横に振り始めた。
「そ、そんなことしません! た、確かに上官からは当初『誘惑してでも懐に入れ』みたいなことは言われましたが、もうそんなつもりは一切……」
慌てながら釈明するサラヴィス。だがここで彼女はこれまでのカグリゥの言動を思い返して……ついこう尋ねてしまった。
「も、もしかしてカグリゥさんって。代表のことがお好きなんでしょうか……?」
「……」
途端に広がる静寂。次第にカグリゥは顔を赤く染め、ぶんぶんと首を横に振り始めた。
「馬鹿言うな! そ、そんな! そんなわけ……あ、あ、あるに決まってるだろ! ノボルが若い女と暮らすなんて、心配に決まってるだろうが!!!」
きっと誤魔化そうとしたのだろうが、サラヴィスのスキルが無情にも発動して正直にこう叫ぶカグリゥ。さらに彼女は動揺のあまり口を閉ざすという対策を取れず、次々と本心を明かしていく。
「あ、あんだけ真摯に兄貴の弔いをしてくれて、それでいて1体でも多くの魔物の魂を救おうと毎日頑張ってんだぞ! こんな男、惹かれるに決まってんだろ!」
「す、すっごく真っすぐな愛情表現!」
これに思わず頬を赤らめて両手で口元を覆うサラヴィスだが、カグリゥはサラヴィスの隣に立つノボルのことを指さす。ノボルは口を閉ざしてそっぽを向く。
「だけどノボルは色恋沙汰は苦手みたいなんだよ! だ、だからこれまで仕事以外の付き合いはない!」
そのままサラヴィスはまたも凄い勢いでノボルに視線を移すが、彼はそっぽを向いたままぶすっとして動かない。するとカグリゥの方は観念したのか、とにかく自分の気持ちを吐き出すのだった。
「だ、だけどアタシはまだ諦めてないからな! だからサラヴィス! 抜け駆けをしてノボルに手を出すとかするなよ! アタシよりも若いからって! 若いからって!!」
「~っ!」
この言葉にサラヴィスは何度も首を縦に振り、カグリゥも大きくうなずく。
「ほ、本当にアタシはもう帰るよ! ……きっとディケは今日アタシがこの葬儀場に訪れたことも把握している。親父のことがあるからだんまり決め込むだろうけど」
こうしてカグリゥはまだ耳を赤くしたままようやく玄関の扉を開ける。だが「……あっ。そうだ」ともう一度ふたりの方を向く。
「最近、ここのそばにある商店街で新しく花屋が開いたってさ。少し前に花のことで色々と困ってるってノボル言ってただろ? 一回行ってみなよ」
手短にこう言い残したカグリゥはようやく玄関を出て、ずっと外で待機していた馬車に乗り込み、館から去っていたのであった。




