第14話 兄の弔い
カグリゥの兄であるジェパイル・シルファス。
ノボルが語るに彼は家族の前で魔物となってしまい、勇者レイネルに倒されたというのだ。
「魔物に襲われて瀕死の状態になっていたところを通行人がたまたま発見。それから病院に運ばれたが死亡した。だが問題はそれからだ」
サラヴィスに説明を続けるノボルは腕を組み、大きく息を吐いた。
「じきにそのご遺体は魔物化。病院内を暴れまわり、何人か殺してしまったらしい」
「……」
この内容を聞き、カグリゥは膝上に座る眷属を強く抱きしめて静かに目を閉じる。
「もちろん病院側はすぐに通報したさ。それから到着したのは勇者。あいつは強いからな、すぐに魔物化したカグリゥの兄を倒してそのご遺体は動かなくなった」
幸運にもカグリゥの兄であるジェパイルが殺した人の中で魔物化した者はゼロ。つまりそれ以上被害が拡大することはなかった。
「それから勇者はご遺体をうちの葬儀場に運んできた。これは2年前のことで俺も葬儀場を開いたばかり、まだ色々と不慣れな頃だったけどな」
ノボルは脳裏によみがえる記憶をゆっくりと振り返っていく。
魔物と化したジェパイル。首から下はまるでカエルのような形状に変化し毒々しい体色にもなっていて、思わず顔をしかめたくなるような歪な状態に。加えてレイネルのとどめを刺した攻撃によって、額から後頭部にかけて貫通している穴があった。
「それでもまだ生前の人相が判別できるような状態だった。男前だったよ」
それからノボルは葬儀を執り行った。現在と比較するとまだ緊張が残りながらも、懸命に手を合わせ、最後にはスキル・『霊魂の解放』を発動させて。
「こうしてカグリゥの兄の魂は解放されたが、必死になって俺にお願いをしてきた。『遺言がある。お願いだからそれを家族に伝えてくれ』ってな」
遠い目をしながら言葉を紡ぐノボル。彼によると解放した魂から遺言を預かる機会はこのカグリゥの兄の一件以前から少なからず存在していたという。
しかし死者たちの家族や友人を見つけ出すのも骨が折れる。ノボルにとってそれは非常にハードルが高く、結局預かった遺言は名前や享年に併せて記録して残すだけに留まっていた。
通常『霊魂の解放』によって解放された魂は達観した様子で、穏やかな雰囲気をまとっている。ところがカグリゥの兄の魂はそれまで見たことないほど感情的であって、顕現している短い時間の中で懸命に遺言の言伝を頼みこんできた。
そこでノボルは決心する。この死者の魂が口にした言葉を何とかして家族に伝えようと。
「もちろん簡単じゃなかった。聞いた住所へ行ってみたら見えてきたのは馬鹿デカい大屋敷。しかもその周辺にはディケの騎馬隊が警備してて、近づくことさえ躊躇するような雰囲気だ」
そもそも遺言の内容自体、正直に話したとて信じてもらえる可能性は高くない。このことをノボルはきちんと理解していた。
「で、どうしようかと悩んでた時。道端で座り込んでた俺を偶然カグリゥが見つけた。そこで事情を話したら中に入れてくれたんだよ」
するとそれまで静かにしていたカグリゥはまぶたを開き「自分のことだからアタシも話すよ。気を遣ってくれてありがとな」と瞳を潤ませながら捕捉をしていく。
「ノボルがあまりにも怪しかったら声をかけたんだよ。アタシの自宅を睨みつけて『うんうん』と唸ってたから」
もちろんカグリゥにとってノボルの話は半信半疑だった。しかし3歳年上の兄・ジェパイルはかけがえのない存在、次第にノボルが語る内容に耳を傾けていく。
自身が貧しい家庭に生まれたというカグリゥの父・ガルキア。彼は過剰なほど高い身分に憧れ、ディケ内で出世し富を手に入れると、生まれた子供たちには上流階級になるための厳しい教育を行った。
そしてカグリゥは、そんな環境下においていわば『お嬢様』として育つ。
だが決して甘やかされていたわけではない。幼い時に母を亡くしてブレーキ役が不在だったこともあり、父と家庭教師から時に暴力を伴いながらマナーや教養などを叩き込まれた。同じような教育を受けていた兄とは互いに励まし合って生きてきたのだ。
家の方針として上流階級以外の人間とは話すことさえ許されなかったカグリゥ。しかしそれに不満を抱いていた彼女は、坊主頭に人相の悪い顔で自宅周辺をうろつくノボルに対してむしろ強い興味を抱いてしまった。
「兄貴は親父やアタシと同じでディケの関係者だった。そして地方へ単身視察に行っていたところ、その帰りに命を落としたんだ」
魔物に殺された疑いがある人間は、まだ心臓が動いていても救助されることは非常に少ない。病院へと運ばれる道中で息を引き取り魔物化する危険性があるためだ。
ところが偶然にもカグリゥの兄は倒れていた場所の近くに大きな病院があったため、通行人に見つけてもらってそこへ搬送される。
だが身元が判明し、病院職員のスキルによって情報が伝えられ、自宅も近くではなかったものの馬車を飛ばして急いで駆けつけた父とカグリゥの前で最悪の魔物化。
病院内で暴走し複数の患者や看護師に手をかけた後、到着した勇者レイネルに討伐されてしまった。
その光景に呆然とするカグリゥだが、父・ガルキアは悲しむよりも先に「ジェパイルは大罪を犯したから魔物になったんだ!」と激昂し、自宅に戻るとたった一晩で遺品をほとんど処分。
それに「育て方を間違った!」とか「あいつは家の恥だ!」という言葉を吐き捨てる始末だった。
ところが妹であるカグリゥは違った。
あの兄が、優しく寛大だった兄が、罪を犯すような人間だとは思えない。確かに「生まれてから一切の悪さをしたことがない」なんて言わないが、それでも魔物になってしまうほどの悪人ではないはず。
だからか真っすぐな目をして、時折言葉を選ぶように悩む素振りを見せながら「魔物化したそちらの兄からの遺言を預かっている」と懸命に話すノボルの姿を見て。
「アタシはこの男を信じようと思った。まあ顔は怖いし恰好はおかしいし怪しい人間には違いない。それでも……どうしても嘘をついているとは思えなかった」
こうして彼は遺言が書かれたメモを手に屋敷の中に入り、カグリゥの父・ガルキアと相対する。
それからは壮絶だった。そもそもどこの馬の骨とも分からないような異性を自宅へと通したことにガルキアは娘であるカグリゥに激怒。
それにディケ局長であるガルキアのもとには『魔物の葬儀をする怪しい男』の情報が以前より諜報部から報告されていた。普通だと信じられないような内容を口走るノボルを見て拘束の可能性すら言及した。
しかしノボルは負けなかった。アドフンから託された『1体でも多くの魔物がきちんと弔われて欲しい』という夢を果たすための越えなければならない壁だと信じて。
そして、そして、そして……。
「じきに親父はその場に泣き崩れたのさ。ノボルの語る遺言が、どこまでも兄貴にしか知らないような情報ばかりだったから」
カグリゥにとって初めて見る父の姿。
常に厳しく、あのディケのトップになるほどの器の持ち主であり、強力なスキルも有していて周りも恐れていたほどの人物。
そんな父・ガルキアが床に膝をついて慟哭し、ジェパイルへの想いを叫んでいるのだから。
「その声を聞きつけて大勢の使用人も駆けつけたけど、それから親父は一変。数日後にはディケの局長も辞任し、今ではただ毎日ボーっと窓から外を眺めているだけだよ」
同時にカグリゥも父の秘書を辞しディケからは距離を取るように。そして魔物になった兄のことを弔い、その遺言まで届けてくれたノボルに感謝の気持ちと強い関心を向けていく。
カグリゥは館の住所を知ると、じきに足を運んで魔物の葬儀に参列。
さらにノボルから『解放した魂の家族や友人を探すこと』が現在のネックであることを聞き、自身のスキル・『眷属の召喚』で呼び出した眷属の活用を提案して協力するようになった。
当然ガルキアは娘であるカグリゥの行動には気づいているはず。だが彼女はそれを咎められたりはもちろん、ディケから事情聴取を受けるなどもされたりしていない。
「親父がノボルをどう思っているのかなんて知らない。けど……本当に否定的だったらすぐに拘束してるよ。今でもディケ各部署の幹部たちに連絡は取れるだろうし」
これを言い終えた後、カグリゥは頬をつたう涙を細く綺麗な指で拭う。
しかしその姿を見たサラヴィスは「す、すみません。初めて会ったのにそんな辛い過去の話を」と気まずそうに下を向く。
だがカグリゥは柔和な微笑みをサラヴィスに見せてこう伝えたのだった。
「大丈夫だよ。アタシだってひとりの大人。覚悟を決めてノボルの手伝いをしてる。魔物化した方にとっての大切な人を、ひとりでも多く見つけたいからな」




