第11話 動くべきか、我慢すべきか!
ノボルとサラヴィスが一緒に暮らし始めて2週間を少し過ぎた頃。ある日の昼下がり。
「それじゃあノボル。この魔物は処理場まで持っていくからね」
「おう。よろしく頼んだぞ」
今日の午前中も勇者レイネルは葬儀場に倒した魔物を運び入れ、ノボルによってその葬儀はしめやかに執り行われた。
レイネルは葬儀終了後、魔物が納められる棺を乗せた荷車を引いて葬儀場を後にする。
「代表、勇者さんはどうやって処理場まで魔物を運搬しているんですか?」
そんなレイネルの姿が見えなくなってすぐ。ノボルと一緒に葬儀の後片付けの手伝いをしている女性スパイ・サラヴィスは、彼のもとに近づいてこう尋ねた。
「もちろんスキルを使ってレバク市の隅にある処理所へと移動だ。諸々の手続きとご遺体の焼却が終われば、また荷車をこっちに持って帰ってくるよ」
これを聞いて小さくうなずくサラヴィスを目にしたノボルは、葬儀道具を整理する手を止めて「ああ。そうか」と口にして両手をパンっと叩く。
「勇者は使った荷車を返す時、特にこっちには声をかけないで館の裏手に置いて帰ってるからな。それに気づかなきゃ知らなくて当然だ」
「なるほど……」
通常、倒された魔物はすぐに『魔物処理場』へと運ばれる。運搬された魔物を焼却するこの処理場は世界の各地に設置されていて、管理・運営しているのは所在する土地の自治体だ。
そもそも「魔物はどうすれば動かなくなるか?」というと。
弱手である頭部を貫通や破壊するほどの強力な攻撃が必要になり、これを果たせば魔物の動きは止まって再起不能に陥る。
魔物というのは人間の亡骸が変貌した存在。その姿は画一的ではなく、生前の面影を強く残す個体もあれば、すっかり人外のようになってしまう個体もいる。
ただ問題なのは魔物化すると人間時代の記憶は消滅するのはもちろん(あくまでも肉体は死んでいるので)、享年や以前の病歴など関係なく暴れまわり民衆を襲うこと。当然ながら元の姿に戻す術など皆無。
だから人々はこの化物と戦わなければならず、そのために『勇者の血族』も『魔物駆除隊』も『ギルド』も存在しているのだ。
そしてそんな魔物を世界でたったひとり弔っているノボル。
彼は片付けと葬儀場の中の清掃を終えた後、珍しく袈裟を脱いで通常の装いへ着替えると、館2階のダイニングで休憩中のサラヴィスに声をかけた。
「ちょっと俺は今から買い物に出かけてくるから、留守番しててくれ」
「お、お留守番ですか!? えっと……な、何かしておいてた良いことってありますか?書類整理とか、もしくはお手洗いの掃除とか……」
椅子に腰かけコップに入った白湯を口にしていたサラヴィス。彼女はかけられた言葉に慌てて立ち上がりあたふたしていたが、当のノボルは笑いながら出かけるための身支度を進める。
「別に大丈夫。今日は葬儀の手伝いをしてくれたからもう十分、そこで休んでろ」
「で、でも」
「あっ。だがむしろしたら駄目なことがある。お前には厄介なスキルがあるから、たとえ客人が来ても対応しなくて大丈夫だ。変にトラブルが起こったら面倒だし」
この指示にサラヴィスは、まだ少し白湯が残っているコップを手に持ちながら赤い髪を揺らして首を縦に振る。
「それじゃあできるだけ早く戻るから。行ってくるぞ」
「は、はい! いってらっしゃいませ」
こうしてサラヴィスはたったひとり、この館で時間を過ごすことになった。
◇◇◇
「どうしましょう……。こんな好機なんか滅多にないとは思いますが……。でも留守中に人の家を荒らすのも……」
ノボルが出かけて10分ほど。その間サラヴィスは館の1階から3階までを階段で昇り降りしながら、このようなことをブツブツと呟いていた。
彼女、あくまでもその立場はディケからのスパイ。調査対象であるノボルにまつわる情報だらけの館の中にひとりぼっちだという状況は願ってもいないチャンスだ。
しかし今のサラヴィスは非常に悩んでいる。
共同生活が始まって2週間、ノボルは想像以上に彼女のことを信用して色々な仕事を任せている。最初は書類整理中心の雑務ぐらいだったのだが、気づけば葬儀中の補助まで行っていた。
ただそれでもサラヴィスはノボルの抱く警戒心を感じ取っている。これまで彼女ひとりを館に残して出かけることなど決してなく館内での行動にも注意を払っていたのだ。
「ですが代表だって、きっと私のことを信じて留守番を任せているんでしょうし……」
しかし今回。ノボルは共同生活をスタートしてから初めて、サラヴィスに留守番を任せて外出。そしてもちろん彼女だってその意図ぐらい理解できている。
「だけど少しぐらい。代表の素性に近づく何か情報を探すことぐらいはしないといけない気が……」
とはいえスパイとしての本来の役目はノボルの素性について探ること。
最近ではこの館の間取りや、どこにどんな部屋があるのかということも把握し始めてきた。つまり今は気になる場所を調査できる好機ではあるのだが。
「ど、どうしましょう~! 何もしないか、それともバレない程度に調べるか~!」
こうしてサラヴィスは慌ただしく館の中を何往復もした挙句、スパイとしての立場とノボルのことを思う良心の呵責に挟まれて、とうとう1階の玄関近くで頭を抱えてしゃがみ込んでしまう。
「うう……。代表、思ったよりも優しいんですよ……。次の途中報告で上官の方々から怒られるのも嫌ですが、代表のことを裏切るのも心が痛みます……」
ここまでの共同生活。当初からは予想していなかったほどサラヴィスは円滑にノボルと日常を送ることができている。
確かに彼の傷だらけの顔は怖いし、普段の目つきも悪いと思うし、肌も年相応にくたびれてるなと感じるし、荒めの言葉遣いに怯えることもある。
それでもサラヴィスにとってノボルは、これまでの人生において接してきた他の人間たちとは比較にならないほどきちんとした大人に映っていた。
この世界の『普通の人』というのはもっと粗雑で、本能に忠実で、とても利己的だ。
もちろん中には優しい心を持ち合わせていたり、他者との協調を重視したりする者だって存在する。
ところがディケが強権的に治安を維持している通り、スキルを悪用した犯罪は重軽問わず多く、規律よりも個人の欲望に従って動く人間の方が圧倒的に多いのもまた事実。
サラヴィスが『生前に大罪を犯した人間の死体のみが魔物化する』という偏見を信じていたのも、17年というまだ短い人生において、平気で悪事を働く人々を目にしてきた過去も影響している。
ただサラヴィス自身もこの世界では珍しくまともな感覚を持っている人間のひとり。
彼女はィクス国首都における貧困地域出身。
この地域で生まれ育った者のほとんどは幼い頃から犯罪に手を染めるのだがサラヴィスは違う。彼女は祖母の方針で、厳しい経済状況下ながらもしっかりとした礼儀作法・言葉遣い・教養・道徳などに関する教育を受けていたのだ。
これにより、そして元々の気質として穏やかというか気弱であり、さらに『内心の開示』という面倒なスキルのせいでより内気になった結果として。
彼女は同じ貧困層出身者だけでなく、恵まれた『普通の人たち』とも少し異なる感性を抱いて成長していった。
「……やっぱり変なことをするのはやめましょう。代表のことですから、きっと約束通りに素性を話してくれるでしょうし……」
玄関の近くでしゃがみ込んでこう独り言を話していたサラヴィス。
深い悩みの末に彼女は、ノボルからの信頼を失う方がゆくゆくの損失に繋がると判断。ひとまずここはおとなしく留守番をしておこうと決めて立ち上がる……のだが。
「ノボル、アタシがこれまで出会ってきた男とはまったく違うんだよな。アイツ本当にどこで生まれ育ったんだろうな?」
「本当にそうですよ。せめてィクス国なのかブライド国なのか出身ぐらい教えてくれても……って、へ?」
突如として聞こえてきたのは男勝りの言葉遣いで話す女性の声。
瞬間サラヴィスは体中に冷や汗をかきながら、恐る恐る立ち上がってそれが聞こえる方向へと顔を向ける。
「よっ、嬢ちゃん。アタシはノボルに会いに来たんだが今は留守か?」
いつの間にか開いていた外へと繋がる扉。
そしてすでに玄関へと入ってきているのは、成人男性として決して低くないノボルの身長を超すほどの長身かつ、勝気そうで目力が強い女性。
ところが輝くほど綺麗な銀色の髪を腰あたりまで伸ばし、パンツスタイルの衣服を着用して、高価そうな黒革の鞄を手に持つその姿は『気品』すら感じられるものだった。




