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スルッと、その剣は呆気なく抜けた。
というか、柄だけ抜けた。
というか、柄だけ取れたが正解かもしれない。
しーん、と先程レジナが矢を受けた時とはまた違った意味で、空気が凍った。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ーーーーっ?!
柄だけ、すっぽ抜けたァァァ嗚呼!!?」
予想外のことに、カガリが奇声を上げた。
ほぼ、パニックである。
「ご、ごめん、レジーー」
謝ろうとした、カガリの言葉は途中で遮られた。
何故なら、レジナが彼の手を掴んで棺から飛び退いたからだ。
ほかの二人、アーサーとレオンも同様に棺から離れる。
瞬間。
遺跡が揺れた。
震度七位の大きな揺れである。
立っていられなくて、カガリは膝を着いた。
「地震?」
「いや、魔神が復活するんだろうね」
カガリのつぶやきに、レジナが返す。
まるで、このことを予想していたようだ。
少し離れた所で、アーサーとレオンが叫ぶ。
「崩れるぞ!!」
「二人とも、早くこっちへ!!」
揺れがおさまったかと思ったら、今度は天井が崩れてくる。
雨のように降り注ぐ瓦礫の中、その向こうで勇者王の棺から禍々しいオーラが吹き出した。
「こりゃ、また活きが良さそうな瘴気だ」
言いながら、レジナはカガリの腕を引っ張る。
そして、走りだした。
二人が今までいた場所に大きな瓦礫が落ちてきた。
「あっぶな」
そうして、四人で一気に外まで走る。
飛び出すと、太陽が出迎えてくれた。
少し遅れて、砂塵も吹き出す。
同時に、遺跡の天井だった山の部分が凹んだ。
瞬間、それは現れた。
六対の黒い翼を持った、人型の何か。
「あれが、魔神かぁ。思ったよりチッコいなぁ」
魔剣を出現させて、レジナは見えない足場を空気固着で作り意気揚々と、小さいと表現した魔人へ向かう。
「レジナはやっぱりアホだなぁ」
アーサーが呆れている。
と、レオンがあることに気づいた。
「あれ? カガリさん、聖剣は?」
抜いて、そのまま持ってたはずの聖剣の柄。
それがカガリの手から消えていた。
もしや、今の逃走劇で落としたのだろうか?
そう考えて、カガリの背中に嫌な汗が流れる。
「嘘だろ」
恐る恐る、地形が変わってしまった遺跡があった場所を見る。
落としたということは、つまりこの窪んだ地の下敷きになっしまったということだ。
しかし、それをアーサーが否定する。
「いいや、違うな。
俺の時もそうだったんだよなぁ。
あいつ、まずは自分で使わないと気が済まないんだよ。
使えようが使えなかろうが。
ましてや、今回は聖剣だ」
「はあ、まあ、俺は別にいいんですけど」
元々、聖剣にはそこまで興味がない。
ただ、レジナが剣を抜く道具代わりにカガリに目をつけて連れ回していただけだ。
「使ったら、ちゃんとお前に渡すとは思うけどな」
一応、カガリの武器扱いではあるらしい。
「でも、刃がないのに」
「あ、お前知らないのか。
伝説の武器の中には、ああいうタイプがあるんだよ。
使用者の精神力をもって、初めて武器の形になるタイプがな。
どういうわけか、剣にそのタイプが多い。でも絶対数は少ない」
有名なSF映画や、ライトノベルの始祖となった作品に出てきたタイプの武器ということか、とカガリは納得する。
「さて、新しい玩具はお姫様のお気に召すかな?」
そもそも使えるのだろうか?
やはり、そこが問題だろう。
魔神とレジナは何やら会話のようなものを交わしていた。
どうやら、意思の疎通が出来るようだ。
「異界の匂いがする」
魔神の外見は、十歳ほどの子供だった。
左右で髪の色が白と黒に別れており、その人形のように整った顔ーー右頬には逆五芒星の刺青がある。
「貴女は、この世界のヒトじゃ、ない?」
どこか、夢心地のように魔神は首を傾げている。
「あたしは、どこでも基本仲間外れだから。
どこの世界のヒトにもなれないの」
「…………むかし、勇者が言ってた。
ぼっちのヒト?」
「そうとも言うかな。
ね、君、あたしと手合わせしてよ」
「……やだ。それよりやることがある」
「世界を壊す?」
「そう」
「なら壊すのを止めようとすれば君と戦えるってことだね」
うきうきと、レジナは魔剣を魔神へとぶん投げた。
その剣を、魔神は意味がわからないとばかりに簡単に避けてしまう。
直後、魔神の眼前にレジナは一瞬で移動する。
そして、先程手に入れたばかりの聖剣の柄、本来なら刃がある部分をレジナは魔神の額へと押し付ける。
そしてーー、
《剣よ! 我が声に応え、その姿を現せ!!》
この世界の古代語で呼び掛けた。
瞬間。
魔剣よりも黒く、深い闇色の刃か出現し魔神の頭を貫いた。
「ほう」
魔神は、そんな言葉とも声とも、どちらとも取れる音を漏らした。
「勇者の末裔? 新しい勇者? ちがう、ちがう?」
「やっぱり死なないか」
「でも、勇者と同じ世界の匂いが少しだけする」
今度はゼロ距離で、魔神がレジナの腹に手をかざして魔法を叩きこんだ。
しかし、手応えがなかった。
「女の子の体を触るのは、セクハラなんだよ?」
冗談めかした声は、魔神の背後から聴こえた。
とても、楽しそうな声だった。
同時に、空を切る音が聞こえたかと思うと魔神の体が落下を始めた。
すぐ近くを、魔神の黒い翼が落下していく。
そして、魔神は見た。
とてもつまらなそうな、まるで魔神を見下すかのような少女の顔を見てしまった。
聖剣で受けた額の傷は、既に治りつつあった。
しかし、今しがた切り落とされてしまった翼は全く治る気配がない。
それどころか、そこから魔力が流れ出ていく。
落ちたところで、死にはしないが聖剣でもない鎌に落とされるのは、何故か嫌だと感じてしまう。
魔神として生まれた故の矜恃が、そう思わせるのか、それとも封印されたための後遺症なのかはわからなかった。
ただ、理解できたのは彼女がそれなりの対策と作戦を用意して魔神の前に立ったと言うことだった。
準備万端だったのだ、だからこそその証拠に魔神は今、天から墜とされた。
さして、強くもない魔法使いの小娘に見下された。
しかし、その瞳から目が離せなくなる。
理由はまるで、わからない。
地面に激突するまでのほんの僅かな時間。
その時間の間に、魔神は遠い記憶を蘇らせた。
魔神の材料になった人間の子供、その母親があんな見下す目をしていたのだ。




