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通路の先には、また少しだけ開けた空間があった。
先程と同じ封印のための魔方陣が床に描かれており、その奥には重そうな扉があった。
扉には、鍵穴の代わりに杯の形をした窪みがあった。
「なるほど、聖杯が鍵の代わりだったのか、だから鍵は別の場所に移されたわけだ」
「じゃあ、開かないの?」
「ま、普通はね」
言いながら、レジナが魔女の死鎌を出現させる。
それと、ほぼ同時にアーサーとレオンが追いついた。
「ちょっと離れてて」
レジナが魔女の死鎌を振り上げた。
直後、その背中に矢が刺さった。
一本、続いて、三本、五本と。
「え?」
レジナ以外の空気が凍りついた。
間の抜けた声を出したのは、カガリだった。
しかし、レジナは止まらない。
痛みなど感じていないようだ。
その瞳は、血のように紅くて、ランランと楽しげに輝いている。
狂気染みている光景だった。
でも、彼女の表情は狂っていない、いつもと変わらない、ただ楽しげな無邪気な子供のそれだった。
「なんなの?
なんで倒れないの!!?」
ヒステリックな声は、追いついてきたエリシアの物だった。
彼女は、弓を構えている。
その横から、トーマが剣を手に飛び出してきた。
彼は真っ直ぐに、レジナに向かう。
彼女は前を向いて、扉を壊そうと鎌を振り下ろした所だった。
アーサーとレオンが、カガリより先に動いたが、一瞬遅かった。
トーマの剣は、レジナを貫こうと向かってくる。
しかし、何よりも自然な動作でカガリが彼女の背を守るかのように、トーマの前にたった。
その表情が良く見えた。
トーマの表情には、まだ迷いがあった。
同い年の少女を手にかけるという、現実に対する迷い。
苦悩、悲しみ、怒り。
そして、まるで物語の主人公である自分に、少しだけ酔っている表情だった。
勇者に相応しい何かをトーマは背負っているのだろう。
そりゃそうだ。
何しろ、世界を救うかもしれない存在なんだから。
でも。
「残念だったね」
レジナの小さな呟きが、カガリにだけ聴こえた。
カガリの背後で破砕音が聞こえた。
レジナが扉を壊したのだろう。
「君は、喧嘩を売る相手を、刃を向ける相手を間違えた」
カガリがナイフを手にする。
そんな彼ごと、トーマは一刀両断しようとする。
しかし、それは出来なかった。
たった一振りしただけだった。
カガリが、剣よりも短いナイフを振っただけ、それだけでトーマの手にしていた剣は、野菜を乱切りするかのごとく砕かれてしまった。
「は?」
訳がわからない。
トーマのその声は、そう言っているようだった。
斬られたのは、剣だけではなかった。
その手も、腕から離れ床に落ちた。
彼もその場に倒れる。
広がるのは、血だった。
「うそ、いや、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁアアアア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!?」
エリシアが、目の前の光景を理解すると同時に悲鳴を上げた。
彼女はトーマに駆け寄って、落ちた手を拾ってくっつけようと魔法を展開する。
「いや、くっついて!
お願い!!」
悲痛な泣き声だ。
レジナは、くるりとそちらに歩み寄る。
「無駄だよ」
「どうして、なんでくっつかないの??!」
「だから、無駄なんだよ」
エリシアが、キッとレジナを睨んだ。
「あたしより、彼のことよく見てみなよ。
もう死んでるでしょ?」
言われて、トーマの顔をエリシアは覗き込んだ。
そこに生気はなかった。
そして、彼の首が不自然なほどだラリと、ぶら下がっていた。
まさに皮一枚で繋がっている状態だったのだ。
「うそ、うそよ、だって、彼は選ばれた特別な存在で。
勇者で」
「エルフのエリシアさん、その人を死なせたのは貴女だよ。
ちゃんと自覚しなよ」
「この人を殺したのは、そこの男でしょ!」
エリシアが、カガリを指差す。
その指は、トーマの血で真っ赤である。
「確かにね。でも、現地民である貴女には、彼をサポートする役目があったはず。
つまり、サポート不足だった。
だって、彼、たった今、目の前で殺されたじゃない。
それは弱かったから。
だから、死んだ。
覚悟が無かったから。
だから、首を切られてしまった。
呪われた武器の知識くらいあったでしょ?
エルフの貴女ならその気配も感知できたはず。
それが出来なかったのは、自業自得だと思うけど?
それに、言ったでしょう?
否定すれば、歴史は牙を剥くって。
面白い話をしてあげる。
このフィストリア山脈ではね、探求者は山の加護を受けてるの。
歴史を否定しない限り、この山の中では探求者は死なないの。
まぁ、例外はあるけどね。
その探求者を殺そうとするのは、それだけで歴史を、この場所すらも否定することになるの」
レジナがニコりと笑うと同時に、トーマとエリシアの周囲に黒い影が出現する。
それは、手の形を作って二人に絡みついた。
「な、なにこれ?」
「つまり、歴史に消されるの」
影の中に、死体となったトーマと逃れようとするレジナが飲み込まれていく。
やがて、消えた。
そこには、何も無かったかのように、消えてしまった。
流れたトーマの血も消えている。
「うわぁ」
ドン引いた声を出したのは、レオンだった。
しかし、彼女の得体の知れなさに比べればそこまでの驚きは無かった。
ここでは、人のルールなど通用しないのだ。
それに、弱肉強食は世の常だ。
トーマ達が、弱くて負けたということは理解できる。
「お前、その弓矢取らなくて良いのか?」
「ん?
大丈夫、大丈夫。刺さってないから」
アーサーが呆れたように訊ねる。
すると、レジナが手をパタパタと振ってそう言った。
直後、矢が床に落ちて、消えた。
「それも、加護ってやつ?」
ナイフを仕舞いながら、カガリが言った。
「ん?
あー、この服に特殊な加工がしてあって物理だろうが魔法攻撃だろうが、あたしより弱い人の攻撃は無効化されんの。
まあ、加工してなくても加護でどうにかなったとは思うけどね」
それよりも、と彼女は壊した扉の先を見る。
「目的地は、もうすぐだよ」
「というか、レジナさんは扉を壊したのに歴史に消されないんですか?」
歩きだしたレジナの背中に、レオンがそう訊ねる。
「まぁ、特権みたいなものかな。
探求者特権。扉を壊すくらいなら消されないよ。だって調べられないからね」
それはそうなのだが、イマイチ釈然としない。
しかし、ツッコミを入れたところで、なにがどうなるわけでも無いので、
「なるほど」
そう返すだけにしておいた。
通路を進むと、さらに広い部屋に出た。
そこには祭壇があり、棺と棺に刺さった剣があった。
祭壇を取り囲むように、やはり封印の魔方陣が敷かれている。
四人はその棺に近づいた。
「いやぁ、ドキドキするね!
それじゃ、カガリよろしく!」
「うん」
ゆっくりと、カガリが剣に触れる。
しかし直ぐ引き抜くことはしなかった。
今か今か、と楽しそうにしているレジナを見る。
でも、楽しそうなのに、どこか寂しそうに見えた。
「ねぇ、レジナ」
「なぁに?」
名前を呼んで、一旦剣から手を離すと、彼女の手に触れた。
ここまで、彼を引っ張ってくれた手に触れて、剣の所まで持っていく。
「一緒に抜こっか」
キョトンとしたあと、レジナは今まで彼に見せたことのない笑顔を浮かべた。
「いいよ!
じゃあ、いっせーの、で引っこ抜こう!」
カガリが頷く。
二人の手が聖剣を握った。
視線を合わせて、タイミングをはかる。
そして、楽しそうな声が重なって、響いた。
「「いっせーの、せ!!」」
この話はこれで終わりとなります。
ここまでお付き合い頂きありがとうございました!




