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よくよく考えれば足湯だって混浴の一種なんだよなぁ、とか考えながらレジナは一人お湯を満喫していた。
と、そこに、数十分前に喧嘩をふっかけてきた五人組が姿を現した。
(うげっ)
心底嫌そうな顔をして、レジナは魔法を展開させ気配を薄くし、記憶と視界の操作をする。
あまり人のいない時間だったためか、この足湯にはレジナ以外には男女のカップルと老婆が一人、合計四人がまったりと寛いでいた。
それぞれが思い思いに寛いでいるので、魔法のおかげもあるが誰もレジナの瞳の色が変わったことに気づかない。
それは、ハーレムパーティ組も同じだった。
(イチャつくなら、混浴にでも行っとけよ!)
内心で毒づいて、レジナはそこを去ろうと足を湯船から出した。
入る時に入口で渡されたタオルで、お湯を軽く拭いていると足湯に浸かり始めたハーレムパーティ組の会話が嫌でも聞こえてきた。
主に女子達がレジナ達への悪口を言っている。
それもあること無いこと言いまくっている。
聞きたくもない悪口を聞かせられている、つまりは巻き添えをくらっている他の客達も迷惑そうな顔をしている。
しかし、すぐに忘れる情報がついでとばかりに垂れ流しになる。
レジナは時折、趣味で荒事に首をつっこむが、しかし相手にすると面倒そうな相手からは基本そうする前に逃げる。
なぜなら面倒だからだ。
「それにしても、さっきの女!
人間のくせに、あんな魔法を使うなんて!!」
エルフの少女が悔しそうに言う。
それを人間の少女が苦笑しつつ、口を開いた。
「差別発言だよ、ミーファ」
「あ、ご、ごめんエミル」
どうやら、エルフの少女はミーファ、人間族の少女はエミルというらしい。
「でも、なかなかの力量のある者だった。
私は手合わせしたいな」
そう呟いたのは、二本の角を生やし赤黒い肌をした鬼人族の少女だ。
年頃のほかの少女達と比べると程よく筋肉がついている。
「ゾネスは、そればっかりなのです」
鬼人族の少女の名前は、ゾネスというらしい。
そう呆れたように言ったのは、長い耳をぴょこぴょこさせている兎の獣人の少女だった。
「そう言うな、ルルド。
私はそういうタチなんだよ。
しかし、我が主ヨシハル殿、良いのか?
急がなくて?」
少年を見ながらゾネスは訊いた。
ヨシハル、というのが少年の名前のようだ。
「何が?」
「聖剣のことだ。
街での噂を聞いただろう?
どうやら、かなりの数の冒険者達が各地の領主や、それこそ国に雇われてフィストリア山脈に集結しているという話ではないか」
「ああ、そのことか」
ヨシハルの言葉を遮るように、ルルドが声を荒くして言う。
「選ばれた者しか使えないというのが理解出来てないのです!
あれは、ハルにしか使えないのに!」
ハル、というのはヨシハルの略称か愛称なのだろう。
そのルルドの言葉に、ヨシハルはどこか自信満々に答える。
「そう、だからだよ」
ヨシハルの仲間の少女達の視線が、不思議そうなものに変わる。
構わず、ヨシハルは続けた。
「こう言うと、反感を買いそうだけど。
俺にしか扱えない、つまり俺にしか抜けない剣なんだ。
どんな力自慢の者達が挑んでも絶対ぬけない。
だから、見つけたとしても手に入れることは出来ないんだ。
俺以外にはね」
ヨシハルの言葉に、レジナ以外の客の視線が、何故か痛いものを見る目に変わっていく。
そんなことに気づかず、ヨシハルの仲間の少女達は期待に満ちた視線を彼に向ける。
そして、さすがだのなんだのかんだのと、持ち上げ始めた。
ぞわわっと、背筋に悪寒のようなものが走り、ふとレジナは腕を見た。
鳥肌が立っていた。
そのまま彼女は足湯を出る。
(まぁ、そうだよね。
普通は抜くしかないと考えるよね~)
関わりたくないので、自信満々なヨシハルの鼻をわざわざ折ることはせずに、レジナは温泉街を堪能する。
というか、突き刺さってるけいの武器の周囲の岩を削る計画をたてて、一度それで伝説の武器を手にした経験者が存在するなど予想もしていないだろうが。
もちろん、レジナのことだ。
「せっかくの足湯が台無しだよ」
と、地図を広げる。
そして、見学ができるという勇者王の隠れ湯の場所を確認して、顔を上げた。
と、ちょうど前からトボトボと歩いてくる、猫耳の少女を見つけた。
先程の少女だ。
「…………」
少し考えた後、レジナはその少女に声をかけた。
「あー、ごめんね。
ちょっと聞きたいんだけど」
「え」
声を掛けられて、少女は驚いてレジナを見た。
「ちょっと、道に迷ったみたいでここに行きたいんだけど、道わかる?」
言いつつ、少女へと地図を見せた。
少女もつい先程のことだ、レジナの顔を見ながら戸惑っている。
「あたし、地図を読むのが苦手で、ガイドさんも捕まらなくてちょっと困ってたんだ。
お礼は弾むから、案内してくれると助かるんだけどさ」
「で、でも」
「だめ、かな?」
「だ、ダメじゃないです!」
少女は叫ぶようにそう言った。
「それじゃ、小さなガイドさん。よろしくお願いします。
あ、名前聞いてもいいかな?
あたしは、レジナっていうんだけど」
「えと、わーる、です」
「ワールちゃんか」
「あ、違います。
エトワール、です。家族からはエトって呼ばれてました」
その名前を聞いて、レジナは優しく微笑む。
育ての母親と名前が似ていたのだ。
「いい名前だね。それじゃ、エトワールちゃん。
あらためて、道案内よろしくね」
握手をしようと、レジナが手を差し出す。
エトワールも手を出してきた。
と、その時。
時間が止まった。
文字通りの意味で、レジナ以外の周囲の動きが静止したのだ。
「久しいな、娘」
声がして、そちらを見るとサングラスをした黒いスーツ姿の男が立っていた。
「お久しぶりです、使者さん。
今日はなんの御用でしょうか?」
「最近、聖域が騒がしくてな」
「あぁ、その話しなら知ってます。
魔族の侵攻が激しくなってきたんで、対抗策としてフィストリアにある聖剣を世界各国が争うように探してるんですよ」
「知っている」
「はぁ、そうですか」
「娘よ、こちらに協力せよ」
「はい?」
「娘が一番近場にいる上、おそらくこの世界で最高の魔法の使い手と見込んで頼んでいる」
「えーと、すみません。
話が飛躍しすぎているので最初から説明してください」
「言葉でしかやり取り出来ないのは、中々難儀だ。
今、聖域ーー多種多様な種族が言うところのヒストリア山脈が、荒らされておるのだ。
今までになく、血で穢されてしまった」
「え、でも、防御システムがあるはずじゃ」
「何事も完全、完璧はありえない」
「えーと、防御もそうですけど排除システムも間に合っていない、ということですか?」
「それどころか、解析し解除する愚か者まで出てきたのだ」
「うわぁ、大変じゃないですか」
「我々はこの事態を重く受け止め、山の総意によって娘を防人にすることを決めた」
「ヲイ」
思わず、本音が出た。
「勝手になにを」
「さきも言ったであろう。
娘はこの世界に存在する探求者の中でも最高の魔法の使い手なのだ。
娘にその自覚はなくともな」
「もしかして、あたし一人で、フィストリア山脈に群がってる冒険者やら勇者やらを撃退しろって言ってます?」
「然り」
然り、じゃねえ。神妙な顔で返すな、その頭に落書きするぞ。
とレジナは思ったが、思っただけで実行には移さない。
「無論、礼も用意する。
何が望みだ?」
「遠慮なく言わせてもらうと、今聖剣探してるんで聖剣ください」
本当に遠慮なく言ってみた。
「ふむ。アレか。
アレはなぁ」
そこで、使者は言葉を渋る。
「何か、問題でも?」
「娘、あの剣がなぜ持ち主と共に葬られたか知っているか?」
「持ち主と一緒に埋葬した、以上のことは何も」
「だろうな。
ではアレの元の持ち主ーー娘達はたしか勇者王と呼んでいたな。
その勇者王の死因については?
そもそも、どうやって勇者は死んだと思う?」
「ええっと」
レジナは手に入れた日記、それを解読した自分用のノートを取り出すと中を確認する。
「老衰、とかですか?」
日記には、勇者王が何故死んだのかは記されていなかった。
しかし、答えてみてレジナ自身がそれを否定する。
勇者王がこちらの世界にきて、ハジマリの地で後の妻となる少女と出会ったのは、十五歳。
世界を旅して魔王を倒し、救世主となったのは十六~十七歳。
そして、死亡した年齢だが、第一資料である日記を信じるなら、二十五歳らしい。
勇者王にはまったく関係ない場所で、当時の平均寿命は四十歳だ。
若い方だと思われる。
「違うな。
元の持ち主がそもそも聖域に葬られたことについて、その理由は説明できるか?」
「当時の聖域に埋葬することで、勇者王を神格化するため。というのが有力かなと考えています。
何故なら、当時も現代でもファルゼル王国とフィストリア山脈は距離の問題がありますから。
わざわざ、その長距離を移動させた理由はそれじゃないかなと」
「なるほど。まぁ、妥当か」
(この人と話すの疲れるんだよなぁ)
「まぁ、良いだろう。
今ここで聖剣を渡すことはできないが、場所を教えよう。
あとは、娘の好きにするといい」




