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魂のアリカ  作者: 白鴻 南
2:主人公不在の世界
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02-33:漁夫の利狙いはあって当然。むしろそれをしない物語の登場人物たちの方が不自然なんだよ


 御剣(みつるぎ)揚羽(あげは)は目に見えない何かを確かに捉えた。

 それは感覚的なものであったが一度でも認識してしまえば後は簡単だった。

 三日波の技術は魂をエネルギーの波として放射している。

 揚羽が空を駆ければ、淫魔(サキュバス)が腕を振るう。

 淫魔(サキュバス)の腕から放出された波は一見して同じ攻撃だが中々に曲者だ。同じモーションで放出するタイミングや箇所が微妙に違い、タイミングをズラしているせいだ。この技術によりモーションから攻撃のタイミングを計るのは不可能。想像以上にえげつない攻撃だった。

 しかし威力はといえば実はそれほどではない。確かに強力な技ではあるが身体強化があれば十二分に耐えられる。それに淫魔(サキュバス)も揚羽を恐れてかやたらと広範囲に放っているためどうしても威力が分散してしまうのだろう。喰らった感触から範囲を絞ればもっと威力が上がるとすぐに分かった。それが出来ないのは淫魔(サキュバス)の技量不足に他ならない。

 揚羽は何度も何度も淫魔(サキュバス)が放つ衝撃波を喰らい続ける。

 そうして何となくだが揚羽の中で淫魔(サキュバス)の放つ三日波の技についての理解度が上がっていく。

 放たれる衝撃波は手の平であったり二の腕であったり、腹筋であったりと全然違う箇所からフェイントも含めての技。それ故に防御に回れば防戦一方になってしまう。

 けれど揚羽は気が付いた。

 衝撃波が届くより先にその僅かな振動が揚羽に触れているのに気が付いた。

 どれだけフェイントを混ぜタイミングをズラそうともその振動が届いてから衝撃波が追い付くまでの時間だけは絶対に一定なのだ。

 後は振動が届いてから衝撃波が来るまでの時間を計り、逆算してぶった切った。

 淫魔(サキュバス)は馬鹿の一つ覚えの様に同じ技しか使わないから練習にはちょうど良かった。

 揚羽が空を駆ければ、淫魔(サキュバス)が腕を振るう。

 空中を舞う揚羽に、空気抵抗以外の僅かな振動が触れた。

 その瞬間に刀を振るう。空を滑らせるように。何もない空間にスッと差し出し、眼にも止まらぬ速さで腕を引く。

 何もない空間のはずなのに、揚羽の手には確かな感触が伝わる。

 揚羽は確かに何かを斬った。

 揚羽が得意とする御剣流刀剣術・柔剣は向かってくるものにこそ猛威を振るう。

 一種の極致、剣術の到達点。

 揚羽は守らない。

 揚羽は避けない。

 自ら進み、自らに降りかかる全てを切り伏せて進む進撃の剣姫にして剣鬼。

 空を駆け、遂に淫魔(サキュバス)へとその刃を届かせた。



――――――――――――――



 その者は一樹たちから淫魔(サキュバス)と呼ばれる召喚獣。

 幾百幾千の魂を狩り、次のステージへと昇華した一種の超常の存在。

 無限に湧き上がるエネルギーをどれ程放射しようとも息一つ乱さない。人類では敵うはずのない上位存在になった。

 そのはずだった。

 しかし目の前に空を駆け、不可視の波動を物理的に切断する少女と相対し、自身の存在に疑問が生じた。

 こんなはずはない。人類では超えられない壁は確かにあるのだ。自身は超越した。もしそんな自分と同等以上にやり合えるというのであればその存在もまた超越者に他ならない。

 けれど迫り来る空を駆ける少女はどう見ても人間そのもの。人類を超越した気配など皆無。すぐ傍でこちらを見上げている鬼の方がよっぽど超越者だ。実際今でもあの鬼の方が格上だとはっきりと感じている。

 自分が無事なのは空という逃げ場を手に入れたからに他ならなかった。

 では目の前で空を足場にして駆け上がる少女は何者か。魂の波長を見るに未だに人間。

 けれど人間が空を駆けるか。

 否、駆けるわけがない。

 何が起こっているのか理解が追い付かなかった。

 けれど迫り来る脅威は払わなければならない。

 湯水のごとく湧き上がるエネルギーを様々なアレンジをして放ち続ける。

 けれどそれは悪手だった。

 少女は攻撃を受けるごとに何かを学んでいる。確実に掴んでいる。

 そんなまさかという思いが描いた可能性はすぐに現実になった。

 嘘でしょ!?目に見えない衝撃波を刀で斬るってどうなってるの!?

 少女は衝撃波を斬った。届くはずだった衝撃波を足場のない不安定な空中で確かに斬ったのだ。

 まぐれ!まぐれに決まっている!

 自身のモーションから衝撃波が来ることを逆算したに違いない。いわゆる技の出を見切られたのだと解釈し、フェイントを織り交ぜた。

 効果はあった。

 たった一発だけ。

 少女は確かに衝撃波を浴びて体勢を崩した。

 けれどそれだけ。

 空中でことも何気にバランスをとると、次の衝撃波を斬り、その次に届いた衝撃波も斬った。

 迎撃が出来ないことを悟り距離を取る。しかし少女の方が速かった。

 振るわれる刃が突き出した腕を斬った。痛いとか感じる暇もなくあっさりと無抵抗に落下していく。

 少女は振るった刀の勢いのまま回転している。腕の一本と引き換えに少女の背中を蹴り付け強引に押し戻す。

 脚が伸びきった状態。引き戻すよりも速く二度目の斬撃が伸びた脚を捉えた。

 腕同様にあっさりと斬られたが、それで少女は落ちていく。

 しかし安心はできない。

 案の定、少女は空中を足場に簡単に体勢を整えた。

 腕一本と脚一本を犠牲に稼いだ時間は僅か三秒。

 拙い拙い拙い、今は拙い。

 召喚士は未だ肉塊のまま。この状態で自分が死ねばお終いだ。どうにかしてこの場を切り抜けたい。

 どうすればどうすればどうすれば。焦る。思考は回らない。

 そして時間切れ。

 少女が完全に体勢を整え振るう刃が今度こそ首目掛けて届こうとしたその時。

 淫魔(サキュバス)はとっさに精神汚染を止めた。

 そして精神汚染に使っていたエネルギーを無理矢理一点に集中させる。

 何処に。

 目の前の少女に。

 淫魔(サキュバス)の技量は魂のエネルギーを収束するにはあまりにも稚拙。けれど量だけならば圧倒的。少しでも集中させることが出来れば十分な威力を発揮できると本能的に放った一撃。

 一瞬で快楽神経を吹っ飛ばし、命そのものを消し飛ばすであろう濃度のエネルギーは少女目掛けて確かに飛んだ。

 そして届いた。

 例え物理に干渉し難い種類のエネルギーだったとしてもその強度は必殺技に等しい。水鉄砲と同じだ。少量の水を掛けられても大したことはないが、量が桁違いなら押し潰せる。

 精神汚染に多少の耐性があろうとも圧倒的な快楽の波には逆らえまい。

 目論見通り少女が振るった刃は届く前に勢いを失う。

 仕留めたか!

 この空を駆ける少女さえいなければ自分に有効打を打てる者はいなくなる。鬼は相変わらず脅威だが空という安全地帯を手に入れた今なら倒せはしなくとも逃げることは叶うのだ。

 生き残る。生存本能が殊更淫魔(サキュバス)に力を与えた。

 少女が落下していくのを見下ろし、勝利を確信した。

 緊張の糸が途切れ、思わず漏らしていたことに気付く。全裸だったためさほど不快感はなく、むしろ全裸であったがために解放感の方が勝る。

 色々な緊張からの解放。癖になりそうで怖い。

 何はともあれ脅威は去った。後は鬼から召喚士を取り戻して逃げるだけだ。

 難易度こそベリーハードだが達成不可能なほどではない。どうにかして注意を逸らせばいいのだから。

 空という安全地帯を手に入れられたことで心にも余裕が戻って来た。

 深呼吸をし、じっくり考えるその間にも精神汚染をバラまいて範囲を強化していく。地道だが少しでも強くなっておいて損はない。

 もういっそ、その辺を駆けまわって手当たり次第に狩った方が速いかも。

 そう考えもするがその場合、あの鬼は間違いなく肉塊(しょうかんし)を持って逃げる。補完機能の距離的制限に気付かれている可能性がある以上離れるわけにはいかない。

 結局目の前で鬼を相手取るしかないか。

 せめてもう何人か仲間がいれば。そう考えるが召喚士の特性だけでもチームアップは難しいのに精神汚染能力所持という時点で仲間を募るのは絶望的だ。

 のんびりと召喚士を取り戻すプランを考えていると、不意に浴びせられる壮絶な殺意。

 鬼が本気になったのか、そう構えるが向けられた殺意は鬼からではなく足元の方からだ。

 殺意を追って視線を下ろせばそこには今し方追い落としたはずの少女が立ち上がっていた。



――――――――――



 空を駆け、不可視の攻撃を断ち切る揚羽。

 しかし淫魔(サキュバス)の手足を斬り落とすも撃墜されたのを見届けた一樹はどうしたもんかと考える。

 刀子は揚羽がやった衝撃波を斬ったのを見て驚いていたが、空中を蹴れるのだから衝撃波にも干渉出来てもおかしくないだろうというのが一樹の感想だった。二つの技は根本が同じ技術の応用だ。

 一樹も揚羽が空中を足場にするのをしっかりと観察できたために実践投入できる練度には程遠くとも空中を駆けるくらいなら出来る確信を持てた。

 刀子さんも使っていたけど、死角に回った時しか使わなかったからよく分かんなかったんだよな。後は何回か練習できれば多分使える。これで空中にいる淫魔(サキュバス)に攻撃が届く。

 勝機が見え、あとは勝ち筋を読み切るだけ。

 しかしそう思っているのは一樹だけではない。揚羽を撃墜した淫魔(サキュバス)は更に力を付け、先程よりも圧倒的に濃密な精神汚染を撒き散らしていると竹千代からの報告を得た。

 逃げないのはこちらに召喚士があるから。逆に言えば召喚士さえ解放できれば淫魔(サキュバス)は逃げていくと考えて間違いない。

 異能力こそ厄介だが直接的な戦闘能力は一樹の方が遥かに上。ここで逃がせば今日以上の被害が出ることは必至。何としても今日この場で仕留めたい一樹。

 形態変化が無力化される以上、跳躍して接近、揚羽の様に空中を足場にして竹千代でぶった切る。これしかなさそうなんだよな。

 淫魔(サキュバス)が放つ衝撃波も召喚士の時と同じく、こちらも衝撃波を放って相殺すればいいだろう。となれば問題は


「この召喚士だな」


 淫魔(サキュバス)を仕留めるには串刺している肉塊が邪魔だった。かといって捨て置けば、淫魔(サキュバス)を倒すまでに復活し逃げられるに違いない。それでは淫魔(サキュバス)を仕留めても意味がない。あくまでも二人まとめて始末しなければ滅せない。

 それが分かっているからこそ一樹は考えなければならず、淫魔(サキュバス)も身動きが取れない。

 淫魔(サキュバス)もどうにかして肉塊(しょうかんし)を解放させたいんだ。

 淫魔(サキュバス)の狙いは読めている。問題はその過程。

 読み切った方が勝つ。そう考え油断なく互いに視線を巡らせていた。

 そこへ不意に強烈な殺意が放たれた。

 殺意の根源は撃墜された空を駆ける少女、揚羽。

 淫魔(サキュバス)の注意が揚羽へと向いた。釣られて一樹も揚羽へと注目する。

 ゆらりと立ち上がった揚羽。しかしどうにも様子が変だ。

 その異変にいち早く気が付いたのは竹千代だった。


『アレは⋯⋯⋯呑み込まれてますね』


 一樹は竹千代の一言で状況を理解し、頭を抱えた。

 揚羽はまたしても自身が振るうあの真っ白い妖刀の精神汚染の影響で殺意に支配されているのだろう。

 さて今の揚羽をどうにかするのはちょっと難しいぞ。

 以前、揚羽が妖刀に呑み込まれた時は九重のもつ不思議な空間であったためぶちのめすことで正気を取り戻させた。あの空間なら精神が、心が折れない限り死にはしない。何度でも復活できる。けれど現実はそうもいかず、その手段はとれない。何より実行に移すにあたって召喚士が邪魔だった。

 

『どうしたもんかな』


『先に召喚獣を片付けるのが一番リスクが低いかと』


『でもな、あの殺気を放つ揚羽が召喚獣だけを攻撃するかだ』


『⋯⋯⋯難しいですね』


 精神汚染というのは何でも言うことを聞く洗脳の様な便利な代物ではない。簡単に言えば何か一つに対して物凄い執着を与えて、脳の処理をそれで一杯にしてしまう異能だ。

 もし揚羽が殺意によって精神を汚染されたのであればその殺意を向ける対象が決まっているとは限らない。むしろ決まっていないと考えるのが妥当だ。不用意に視界に入れば殺意の衝動に駆られて襲い掛かってくるかもしれない。

 召喚獣そっちのけで揚羽に襲われれば間違いなく召喚士を奪還され、その上で逃げられる。

 今は静観するしかない。

 上手くいけば揚羽が召喚獣を仕留めることも十分あり得る。そうなれば肉塊を開放し、揚羽をぶちのめして解決だ。

 事の成り行きを見守ることにした一樹。

 けれど現実は都合よくいかない。

 突如として一樹とその周囲を覆う形で展開された『結界』に囚われた。

 どこの馬鹿が乱入してきやがった!

『結界』の展開に動揺する一樹。せめてもの救いは召喚士と召喚獣、それに揚羽も一緒だったことだろう。誰を狙ったにしても本気で狙うなら個別に捕らえるはずだ。

 だが逆に言えば何かしらの意図をもって一緒にされたということ。

 そして一樹にも揚羽にも『結界』を使用して救援に向かってくる者の心当たりはない。従って一樹たちの関係者ではない。

 となれば召喚士側だろう。一緒に捕らえたのは間違いなく補完機能を切れさせないため。面倒が増える一方だ。

 周囲を警戒すれば乱入者はすぐに見つかった。

 

 空に輝く五つの光。

 煌びやかな衣装を纏い。

 結界に現れた少女達。

 一樹には心当たりが一つしかなかった。


「魔法少女乱入とかめんどくせえぇなぁおい!」

 


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