02-32:空駆ける少女
「さて、ぶっ殺したのに復活するってことは刀子さんの方がまだ仕留めてないってことだな」
一樹は爆散した召喚士の肉片、その大きい部分を串刺して回収する。修復しようと微妙に蠢く肉片が若干気持ち悪いがどの程度の回復で技を行使してくるか分からないため形態変化による拘束は出来ない。
召喚士の串刺しを手に一樹は刀子との合流を目指す。
刀子は割かし近くにいた。見た目は無傷、苦戦どころかまともに交戦したかも怪しい。そして刀子が相手どっているはずの召喚獣はというと
「空、飛んでますね」
「そうなのよ」
「ダメじゃないですか、逃がしちゃ」
空へと逃げた召喚獣を二人して見上げ、さてどうしたもんかと首を捻る。
「一樹が遅いのが悪いのよ」
「俺のせいにしないでください」
こうなったのは一樹のせいだと主張する刀子。
話を聞けば、一樹が召喚士を吹き飛ばした後、すぐに刀子は召喚獣を拘束したそうだ。しかし一樹が多少手古摺っている間にどういうわけか召喚獣から力が溢れだし爆発。刀子は辛くも回避したがその隙に逃げられたそうな。
別行動をする前は激怒していたと記憶しているのだが、どうやら散々ボコってある程度怒りは収まり、冷静に今を分析していると。
「まさか飛ぶとは思わなかったわ」
「飛べるなら最初から飛んでますもんね」
つまり召喚獣は刀子に拘束されている間にレベルアップし飛行能力を獲得した、というなんともご都合主義的展開。
しかし元々召喚獣が時間経過でレベルアップしていくことは分かっていた。どちらにしろ刀子の油断である。
とはいえ過ぎたことはしょうがない。今は空に飛ぶあの淫魔をどうにかしなくてはいけない。
「はてさて、どうしたもんか」
現状一樹にはあの淫魔に有効な手立てがない。通常であれば飛行戦力には竹千代の形態変化で対応するのだが、生憎あの淫魔には通用しない。その上今は召喚士の拘束に竹千代を使っているためにどの道竹千代は使えない。となればどう考えても手が足りない。
刀子を見るが、刀子も似たようなものだろう。出来るならとっくにやっている。
「こっちも空、飛べればね」
「飛べないんですか?」
刀子なら案外空中を足場に跳躍くらい出来そうなものだと一樹は考える。実際刀子は空中を足場に出来るらしいがそれは燃費が悪く、さらに言えば着地の際に致命的な隙が産まれるため現実的な手段ではないようだ。
「遠距離攻撃もこの距離じゃ避けられて終わりだし、どうしましょう」
こうしている間にもあの召喚獣は精神汚染を広げて着実に被害の拡大とレベルアップを果たしている。
いや待てよ
「どうしてあの召喚獣は逃げないんだ?」
「ん?」
「いや、あの召喚獣にとってこの場から逃げればそれで勝ちみたいなもんでしょう?だというのに未だに空を飛んで動こうとしない」
「あのまま空を飛んでレベルアップして召喚士の奪取、とか?」
「それならこの場から離れて被害を拡大させた方が効率がいいし、何より俺たちにとって都合が悪い。被害が広がればいずれ対応できなくなり召喚士を取り戻すきっかけにもなり得る。それをしないでこの場に留まる理由とは何か」
一樹の思考は徹底して敵対した相手がするであろうことを予想したもの。しかしよくよく考えてみれば元々は敵対関係ではなかったのだ。召喚士も淫魔も御剣家をどうこうしようとか、一樹をぶっ殺そうとか、そういう悪意の元行動したのではない。
たまたま、そうたまたま殺し合いを強制された場面で出遭い、殺し合っている途中で強制が解かれただけ。
彼らはただ、懸命に生きようと足掻いているに過ぎない。
一樹と刀子は前提からして間違えているのだ。思考が読めないのはある意味当然の帰結といえた。
それでも二人して考え、先に言葉を紡いだのは刀子だった。
「ひょっとして補完能力には何らかの制限があるのでは?」
「制限?」
「時間か、距離か、その二つは基本でしょう」
時間的、あるいは距離的制限。刀子の指摘は一樹にとって盲点だった。
「なるほど、もし補完能力に距離的制限があるのなら、この肉片を遠ざければいいわけだ」
一樹もその制限に関して考えなかったわけではない。けれどイベント中にあの召喚獣は躊躇うことなく逃走したために無意識化で取り払っていたようだ。
「イベントに張られた結界は効果範囲内だったから躊躇わずに逃走を選択した」
「けれど結界がない今、距離的制限が存在するとしたら」
「それ以上に離れてみればいいわけだ」
一樹の移動速度について召喚獣は既に知っている。移動を開始すればものの数分でイベント中の結界よりも遠くへと移動可能。
他にやれることもないため一樹は行動に移る。
「やってみれば分かるか」
召喚獣から距離を取る様に一直線に走る。
どうやら一樹の仮説は正しかったのかもしれない。
召喚獣は空を飛びながら一樹を追いかけてくる。もし距離的制限がないのであれば追う必要はない。
これでどうにか勝ち目が出て来たな。
もし制限などなく、一樹の想像通りに召喚獣が好き勝手移動で来ていたならば京都はおろか日本は今日この日をもって滅んだことだろう。好き勝手に移動した召喚獣が精神汚染を振りまいて人々はトチ狂い、そして召喚獣は果てしなくレベルを上げていく。やがて誰の手に持負えなくなった淫魔は全てを滅ぼした。
最悪の未来予想はなくなった。
勝ち目も見えてきた。
しかし届かない。
今の一樹たちでは空を自由に舞うあの悪魔を追い落とす術がない。
こうしている間にも淫魔は着実に力を付けている。
どうしたもんかと考えていれば一人、今や懐かしさすら覚える少女が一樹の前に現れた。別れてからまだ二日と経っていないというのにもうずいぶんと会っていない気がするほど濃密な二日間を過ごした一樹はその人物の名を呼んだ。
「揚羽」
元魔法少女にして現妖刀使いの少女は真っ白い刀を携え、空を舞う悪魔を見上げると呟いた。
「空を飛べるからって調子くれてんじゃねぇぞ」
少女の言動は一樹の記憶にあるものと些か違い、けれどキレた時の刀子に似ていた。血の繋がりを感じさせるふつふつと、そしてゆっくりボルテージを上げていく感じの怒りにゾッとした。
次の瞬間、揚羽はトントンと跳躍すると、何もない空中を駆けあがった。
―――――――――
御剣揚羽は目の前に広がる光景に吐いた。胃の中を空にするまで全力で吐いた。
周囲に充満する異臭、視界を埋め尽くさんばかりにまき散らされた汚物。ここには揚羽を不快にする要素しかなく。揚羽の身体は拒絶反応を起こした。
胃液を吐いたせいで口の中が酸っぱい。その感覚も揚羽を更に不快にさせた。
当初揚羽は他の門下生共々避難誘導に当たる手はずになっていた。しかし思いの外精神汚染の範囲は広く、早々に限界を迎えた。
精神を汚染された野郎共が暴走し、目に入った女性を襲い始めたのだ。そこに見境はなく、小学生すらも含まれていた。
精神が汚染されようとも女児を襲うような輩の命まで助ける必要はないだろうと、揚羽は真っ先にそいつらの首を刎ねた。そして目に映る野郎共はすぐに駆逐された。
生まれて初めての、本当の殺人。本当の殺戮。そこには罪悪感の欠片も無く、揚羽の心は一人でも多く、一秒でも速く、野郎共を殺せと叫んでいた。
理性と本能が相反する命令を発し、揚羽は吐いた。全力で吐いた。
心を、魂を押さえつけようとする理性に不快感を抱き、理性を否定する心に不快感を抱いた。どこを見回しても揚羽の周りは不快で満ちていた。
不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快
揚羽の世界は不快に満ちていた。
そして何よりも不快だったのは揚羽の精神に干渉して来ようとする精神汚染の波動だった。妖刀を手にし、精神汚染の何たるかに触れた揚羽だからこそ感じ取れるその波動が何よりも揚羽を不快たらしめた。
Q:どうしてこんな不快を味遭わなければいけないのか?
A:それは私が弱いから
Q:私が弱いから不快な目に合うのか?
A:否、不快を撒き散らす馬鹿野郎がのさばっているから
ならば私が駆逐しよう。せっかく手に入れた妖刀だ。振るわなくてはもったいない。
力を貸して、私の妖刀。
揚羽の心に応じる様に白い刀は脈打った。
直後の出来事、揚羽の脳裏には膨大な情報が送られてきた。幻視かと思われるほど脳が情報を処理していくが追い付いていないのか次々と移り変わる視覚情報に酔う。
目眩や吐き気は当然の如く揚羽を襲うが、それを気にする余裕がない程の激痛が脳に走る。
頭が熱い
痛い
このまま弾け飛ぶんじゃないかと思う程揚羽の頭は熱を帯びた。
思考も薄れ、意識を失う限界の際、痛みがスーっと引くと揚羽はその刀の能力の使い方を理解していた。
全身に巡る熱を刀へ。
白い刀は脈打つように光ると揚羽の全身に電流が走ったのかと錯覚する様な痺れを感じた。
思わず腕を振るう。
バンッ
一拍遅れて目の前で何かが破裂した。それが空気だと理解したのは更に一拍遅れて。
知ってる。これ一樹がたまにやってたやつ。
一樹の眼にも止まらぬ抜刀の際、振るう腕が音速を超えた時に遅れて発生する衝撃波。
揚羽は振るった腕を見る。内側から弾けた様に血塗れの自分の腕。
一樹の様に全身隈なく身体強化を出来ていなかった証拠。己の未熟さの証。
けれど気にすることなく揚羽は頭の中にある妖刀の能力を行使する。
弾けた腕はすぐに修復された。
妖刀を振るうに人間の身体は脆弱過ぎる。そのため十全に振るえるように妖刀自ら補助機能を作成する。竹千代の形態変化による鎧もその一つ。怪我を負わない、ダメージを受けないことを念頭に置いた竹千代と違い、揚羽の持つ白き刀は、目の前の強敵を見て、怪我を負っても修復できることの有用性に重きを置いた。
流石に召喚士たちの様に殺しても復活するという程ではないが、己が力を振るうのには十分だと判断して。
うん、身体強化も、自己修復も機能している。戦える。これなら私は戦える。
まだ試していない能力を試すため、揚羽は地獄を闊歩する。
トチ狂った野郎共で試し斬りをして辿り着いたその先に空飛ぶ淫魔と、鬼武者と姉がいた。
不快だ。実に不快だ。何が不快かといえば精神に干渉して来ようとする波動もあるが何よりも揚羽を不快にさせたのは
「デカけりゃいいってもんじゃねぇぞ」
御剣揚羽、十五歳。まだまだ成長途上である。
――――――――――――――
御剣刀子は空を見上げる。
見上げた先には羽を羽ばたかせ、優雅に空を舞う淫魔と、空中で華麗にステップを踏んで駆ける実の妹が異能バトルを展開していた。
「揚羽は持つのかしら」
刀子の心配は妹がやっている空中を踏む技術『空歩』について。魂を足の裏に放出、その場に留めて足場にする特殊技法。刀子も出来る技術だが正直燃費が悪いため、ここぞという場面でしか使わない。
揚羽はそんな燃費の悪い技をポンポンと使い、文字通り宙を舞っている。
淫魔は腕から魂を波状に放射して迎撃する。刀子はあの技を喰らい撃墜された。躱そうにも不可視の上、距離を置くほど広がって行く波動は近付く前に刀子を地上へ押し返した。
案の定、揚羽も同じように不可視の波に押し返されている。『空歩』で足場を作ってはポンポン跳んで避けてはいるが避け切れる類の攻撃ではない。一撃目を避けても二撃目、三撃目が揚羽を捉える。
空中でバランスを崩した揚羽はそのまま落下する。勢いを殺すべく『空歩』を発動させようとするが淫魔は追い打ちをかけて阻止する。
そして揚羽は地面に撃墜された。
どう見ても死んだ。仮に生きていたとしても虫の息。そう思った。隣から感心したような呟きが聞こえるまでは
「すごいな、あの状態から立て直すか」
声の主は鬼面の鎧武者こと笹瀬一樹。
立て直すとはどういうことか。
確かに揚羽は地面に叩きつけられた。受け身を取ることすら出来ずに容赦なく。助かるはずがない。
しかしそれは刀子が身体強化を使えない人間だからこその感想。
妖刀使いは、その時点で人間とは一線を超越しているなんて誰にも分からない。
落下の衝撃から揚羽を守ったのは身体強化、そして自己修復の基礎能力。
揚羽は既に即死でなければ大概の欠損はものの数分で修復できる。人外魔境の住人と化していた。もちろん心が折れなければという前提はあるが。
全身ボロボロな状態で平然と立ち上がる揚羽。怒りに瞳を滾らせて空を舞う淫魔を睨みつける。視線が交差し互いに動きが止まること凡そ一分。
揚羽は再び空を駆けた。
淫魔も迎撃する。
揚羽に飛来する幾重にも重なり合う魂の波動。
刀子は見上げた。見えなくとも何となく感じることが出来る波動が揚羽を捉えている。
直撃コース。揚羽は避けられない。
再び地面に叩きつけられる妹の姿を予見して、刀子はふと思った。
この隙に私が一撃浴びせればいいのでは。
刀子が空飛ぶ淫魔の追撃しなかったのは一人では手が足りないから。今は妹、揚羽が淫魔の注意をこれでもかと引いてくれている。今なら殺れる。
よし、揚羽が殺られた瞬間に合わせて不意を打とう。勝利の瞬間にこそ隙は生まれるもの。
その一瞬を逃さぬよう、刀子は気配を断ち、心を研ぎ澄ませた。
しかし刀子の作戦は不発に終わった。その瞬間は訪れなかった。
揚羽は押し寄せる波を躱すのでもなく、喰らうのでもない、第三の選択肢を体現せしめた。
斬る。
不可視の波を、魂という実体無き概念を、少女は断ち斬り、淫魔へと肉薄する。
「嘘でしょ」
ポツリと零れた刀子の本音。
斬道御剣の剣は魂さえも断ち切る。
それは刀子でも到達していない極地に妹が手を掛けた瞬間だった。




