02-31:分家
刀子と淫魔の戦闘。先に仕掛けたのは刀子だった。
魂を一方方向へと噴出し、スラスターの容量で加速を得て、暴風を巻き散らしながら接近しての一太刀を浴びせる。十数メートルの距離があろうとも一瞬で距離を詰め、音速を超えた刀子の剣速に淫魔は反応できずに両断された。
刀子が過ぎた後に巻き起こった暴風が淫魔の身体を転し、真っ赤な絨毯を敷く。
あまりの呆気なさに刀子は呆然とした。
弱過ぎる。こんなの相手に一樹は苦戦したというの?
けれど刀子は油断しない。事前情報ではこの後この淫魔は復活するらしい。
とりあえず観察して何か攻略法を探そう。
地面に転がる死体を眺め、刀子は今度こそ身体中から力が抜けた。同時になるほど、と一樹一人では無理だと言った理由を実感する。
傷口を焼くようにして切断したというのに身体がくっついた。どういう理屈なのかしら。
刀子が振るう最速の剣速は空気摩擦の影響で熱され、大抵断面は焼けるか溶ける。刀子の基本攻撃はそれだけで回復不可能な傷を負わせる。御剣流刀剣術とは一撃にて一殺を旨とする必殺の剣術なのだ。
だというのに両断された淫魔の身体はじりじりと近付いていくと溶ける様にして身体をくっつけ、修正していく。まるで粘土をこね回すかのような回復姿に刀子が受けた印象は復活ではなく融合だった。
見た目はまんま生物、血や臓物なんかもあるくせしてその修復方法は粘土細工みたい。
とりあえず刀子はひたすら淫魔を刻んだ。再生する身体を損傷しさせ続けることで行動不能にする方法を実践する。
後は一樹が仕留めるのを待つだけ、なんだけど。
刀子が懸念しているのはこの淫魔が発動している精神汚染だ。濃度、範囲が時間経過とともに上がっているという報告がある。こうしている間もその猛威は振るわれ続けている。
――――――――
召喚獣との分断を成功させた一樹は召喚士と戦闘を開始した。
一樹が距離を詰め、力任せに振るわれる刀を的確に捌いていく召喚士の技量に一樹は驚愕した。魂を扱う技術こそ一樹と同程度か少々上、とてもじゃないが桜薙の甲種戦姫には今一歩及ばない。けれど目の前の召喚士の本領は純粋に身体を操る技量にあった。
音速に迫る剣戟をああも容易く対処するのか。
一樹が振るう竹千代は音速を超える。振るった後に衝撃波が走り、それだけでも人が死ぬ死の嵐を撒き散らす。桜薙の技術で身体を強化しようともダメージは負う。
通常であれば攻撃し続ければその内削り切ることも出来ただろう。けれど召喚士はダメージを召喚獣との補完能力にて修復していく。攻めども攻め防がれ凌がれ、消耗するのは一樹ばかり。それどころか動きに慣れてきたのか反撃さえし始めた。
持久戦は⋯⋯⋯論外か。
まともに当たりさえすれば一撃で決着がつく。けれどその一撃が当たらない。この召喚士は一樹が振るう死の嵐を前に、一歩踏み出して刀身に勢いが乗る前に対処してくる。懐に入られた時点で一樹は窮地に立たされた。
間合いの取り方が上手過ぎだろう。
一樹は己の戦闘技術の未熟さを痛感する。刀子の下で鍛え上げられ大分ましになって来てはいた。しかしそれは身体能力のスペックが格下の相手をした場合の話。揚羽に至っては身体能力が下であろうと一樹を打倒していた。
ところがこの召喚士は自身は身体強化をした上で三日波の技にて一樹の身体強化を強引に削いでくる。
身体能力で劣り、近接戦闘技術で劣る。一樹はこれまで経験してこなかった格上との戦闘を強いられていた。
一樹は思考の加速を上げる。
停止した世界で行われるいつもの作戦タイムだ。
『あの魂の波みたいなので削がれていくのがしんどいな』
『そうですね、それで形態変化も無効化されてしまっていますし』
『鎧の方も無力化されてるっぽいぞ。めちゃ痛ぇ』
『けれど『纏い』の方は機能しているようです』
『何が違うんだ?』
『一樹の魂を材料に私の魂で形作っているのが形態変化です。対して『纏い』は一樹の魂だけで構成されています』
『形態変化は竹千代の魂と俺の魂を使用している⋯⋯⋯なら魂を分離しているとかか?なら身体強化が解除されるのは何故だ?身体強化も俺の魂だけのはずだろう?』
『分かりません。けれどそれはどうやら相手も同じようですね。攻撃をもろに喰らった一樹が無事なのを私たち以上に驚いています』
見れば確かに召喚士の表情は驚愕に彩られていた。「嘘だろぉ!?」表情がそう言っているのが見て取れる。つまり召喚士からしても一樹の防御は抜けるものだと判断していたのだ。
『違いが分からんがとりあえず『纏い』をしていれば致命傷にはならないと』
『ですね、ですが喰らい過ぎれば一緒です。可能な限り避けましょう』
『とは言っても、最大速度はこっちが上だが機動力全般は向こうが上。逃げきれないし距離も取れない』
『そうですね、それについては同感です。驚嘆すべき身のこなしですね』
不利を悟って距離を取ろうにもぴったりとくっつき離れない。自身が得意で相手が苦手な距離をしっかりと押さえている。押さえられている。
それを嫌って強引に攻撃を仕掛ける一樹。けれどどれだけ速い攻撃を仕掛けようともしっかり対応してくるあたり、一樹の攻撃は見切られているとみていいだろう。完全に技量が劣っている。一樹はこういった状況を形態変化を使い切り抜けてきたわけだが、残念ながら今は三日波の技の前に封じられてしまっている。
『打つ手なし⋯⋯だな』
『幸い向こうも今の一撃が本命だったようですね。互いに決定打に欠ける様ですし、これは長引きそうですね』
『いやいやダメだろ、持久戦はこっちが持たん。短期決戦で仕留めよう』
桜薙の技術は己が魂を消耗する。後々回復するとしても絶対量が存在するというのに、敵にはその上限がない。消耗戦は避けなければならない。
『確かに下手に時間を稼がれても精神汚染が強くなって被害が広がる一方でしょう。けれどそれが出来るなら苦労しないのでは?』
竹千代が気にしているのは今この時も刻一刻と拡大する精神汚染による被害のみ。どうも竹千代にとって目の前の召喚士はそれ程脅威には映っていないらしい。
どうして竹千代にはそういう考えに至ったのか一樹も考える。
よくよく考え点れば相性こそ悪いがそれだけだ。絶対に届かない技量差ではない。むしろちょっと上位で実は実戦訓練としては丁度いい相手なんじゃないだろうか。
何せ今まで一樹より強かった相手など絶望的に差があり過ぎて何をされたのか、理解はおろか認識すら出来ない者達ばかりだった。
それと比べると大分、いやかなり丁度いい相手に思えてくるな。
『とりあえずしばらくの間竹千代が身体を動かしてくれ。俺は思考を加速させて観察しておく』
『分かりました。それでは色々と試してみます。何か注文があったら遠慮なく。善処しますので』
――――――――
厳島亮二は死に物狂いで挑んでいた。ここまで必死になったことは未だかつてない。正真正銘の全身全霊を賭けた戦いがそこにあった。
くっそ、何だよコイツは!?
亮二は音速を超える刃を極限の集中力でどうにかこうにか捌きながらそれでも負う負傷は召喚アプリの補完機能で回復する。もし回復が追い付かない場合は召喚獣の方が回復中であるため極力避ける方向で戦闘を組み上げていた。
超がつく程の回復アドバンテージを持ち、消耗の激しい三日波の技もガス欠に陥ることなく何度も使えて、それでいて未だに倒せない。
三日波の技の一つ、『列波』は相手の身体強化を剥がす技。この技を喰らえば強化されていない身体は音速に耐え切れず自滅する、そのはずだった。
けれど鬼面の鎧武者は平然と攻撃してくる。
『漣』で勢いを殺しながら身体強化を剥がしてなお、猛威を振るう鬼武者に恐怖以外の感情は湧かなかった。
一瞬だ。一瞬でも集中力を切らせばその瞬間に俺は死ぬ。
そう思いながらも亮二は一歩、また一歩と鬼武者相手に距離を詰めた。
死を振りまく鬼を前にして、距離を取らずに詰める選択をしたのは勇気があったからじゃない。それが最も安全だと判断したからだ。恐怖に竦み、中途半端に距離を取ったなら速度に乗った攻撃を捌き切れない。自ら間合いを詰めることで速度に乗る前に捌く。
相手の勢いを殺す『漣』と併用することでよりどうにか綱渡りをしているに過ぎない。もし召喚獣が限界突破をしていなければ亮二はとっくにガス欠で動けなくなっていた。それが分かるだけに目の前にいる鬼武者が如何に化物であるのかを実感していた。
けれど勝ち目がないわけじゃない。
そう、亮二の、三日波の技はこの鬼武者に対して有効極まるものだった。鬼武者が使う変形する刀は無効化できるし、身体強化も吹き飛ばせる。慣性に従った音速の刃は強化された己が肉体とこれまでの人生で培ってきた技術で捌く。凌いで凌いで隙を見て『波紋』をぶち込めば勝利だ。
まさにこの世ならざる者を滅するための流派。それが桜薙。必殺の一撃を以て勝利する。それができると亮二は心の底から確信していた。
けれど現実はそう上手くはなかった。必殺の一撃であるはずの『波紋』が、目の前の鬼には通じなかった。痛がる様子は見せても通じなかった。他の召喚獣なら爆散する技。人間でもそれは同じ。実際に試したのだから間違いない。
けれど撃ち込めども撃ち込めども痛がるだけで致命傷には至らない。
撃つたびに出力も上げている。
なのに痛がるだけ。
その事実が亮二に焦りを生み、その焦りが隙を生んだ。
鬼武者はその隙を見逃さず距離を取った。取られてしまった。
亮二は深呼吸をし自らを落ち着かせる。取られてしまったモノはしょうがない。ここで乱せばひっくり返る。冷静に一つ一つ対処していけばいい。
単なる仕切り直し。初撃さえ凌げばまた先程までと同じ展開へと繋がる。焦らず確実に凌ぐことに集中する。
そして鬼武者が動く。
しかしその動きは先程までとはまるで違う、優雅でいてそして
速く、ない!?
先程までの暴風を生みながら振るわれた死の刃とは打って変わって優雅な構えからのゆっくりとした攻撃に虚を突かれた亮二。だが圧倒的に速度が足りない。これならば虚を突かれたとて対処可能。
案の定振るわれた刃を完璧にやり過し、出来た隙に『波紋』を撃ち込んだ。
確かな手応えに亮二はここだと、勝機を悟った。
「あああああああああああああああああああ」
叫びと共に『波紋』のラッシュ息を吐き切るまでに十発ほど『波紋』撃ち込んだ。残念ながら爆散しなかったがダメージは確実に蓄積しているのを確信した。召喚獣が生きてさえいれば亮二は幾らでも戦える。持久戦になった時点で勝利は確定していた。
『波紋』を喰らい続けてよろける鬼武者に再びラッシュを放つ亮二。
ぐちゃぐちゃと肉が潰れ血が飛び散る不快な音が耳に着いたが気にせず殴り続けた。ここで決めるとそう気合いを乗せて。
集中していた。し過ぎていた。故に亮二は気付くのが遅れた。
肉が潰れる音が何処から発せられていたのかを。
ラッシュを終えて向き合う鬼武者の鎧には大量の血液が付着していた。けれど鬼武者の鎧に損傷は見受けられない。
まさか⋯⋯⋯
亮二は自身の両腕から剥き出しになった骨に気付いた。
「⋯⋯⋯何故?」
絞り出すようにようやくそのたった二文字が出た。
その疑問に答えるのは目の前にいる鬼しかいない。
鬼は悠然と構えて言った。
「お前⋯⋯見せ過ぎなんだよ」
「み、せ?」
「どんな技だって穴が開くほど見れば何となくだが分かってくる」
「だが」
だがそんなことで使えるような甘い技ではない。もしそれが出来るなら自分はとっくに体得で来ていて然るべきなんだ。
出来るわけがない、そう言葉をつづけるよりも先に鬼武者が言う。
「言いたいことは分かる。だがそう簡単に出来るわけがない。そう言いたいんだろう?確かに簡単には出来ないさ」
「だったら」
「何故?ってか。でもな、その技を使うための土台を予め持っていたとしたら話は別だろう?」
「ど、土台?」
「流派は違えどお前の技は桜薙の分家、三日波流の技だ。そして俺が教わっていたのは桜薙の分家、御剣流の技だ」
「桜薙の分家」
「そう、どちらも本を辿れば桜薙、共通する技術があっても何ら不思議じゃない。俺にとってお前の技は応用編に過ぎなかった。ただそれだけの話さ」
「応用編?⋯⋯⋯ただそれだけ?」
「ああ、使ってみて分かったけど、三日波の技って燃費悪くねーか?応用範囲が広いのはいいけど燃費の悪さで使用回数がぐっと減るだろ。こりゃお前みたいに外部から燃料を引っ張って来れる奴じゃないと碌に使えないだろ?俺が下手だから燃費が悪いってこともあり得るとは思うけど、それでも燃費は悪いだろ」
燃費が悪いとかそういう話だろうか。亮二は今目の前で喋る鬼武者のどこか論点のズレた話を聞いて首を傾げた。だが鬼武者はそんな亮二を歯牙にもかけずに自身の所感を語る。
「桜薙ってさ、多分その辺も弁えて一撃一殺を旨としてるんじゃねーかな?」
亮二はもう鬼が何を語ろうともどうでもよかった。語っている間に損傷個所を修復させる。その時間を作ってくれているから乗っかるだけだった。
「ふん、いくつか技を盗んだ程度でいい気になるなよ!確かにお前は凄い。だがお前の言う通り三日波の技は燃費が悪い。だが俺には関係ない!」
「確かに確かに。今のお前には関係ないわな。だからもう終わりにしよう。お前から学べるものはもう、なさそうだ」
バンッ
爆発したと錯覚するほどの破裂音が亮二の耳に届くよりも先に鬼武者が振るう刃が亮二の胸を貫いた。
「馬鹿、な」
確かに俺は『漣』と『列波』を使ったはずだ。なのに
「どうして、そんな顔をしているな。答えは簡単だ。お前が使った技を俺も使って相殺したつもりだったが、俺の方が精度が高かったらしいな」
鬼武者の言葉に亮二は驚愕する。けれどそれも長くは続かない。胸に突き刺された刀が徐々に熱を帯びてきていた。
「とりあえず吹き飛べ」
亮二は胸に突き刺さる刀を中心に盛大に弾けた。
宙を舞う頭が、回転する視界が、鬼を見下ろし、見上げる。
弾け飛ぼうとも死なない亮二の意識は徐々に失われていく。
けれどそこに死の恐怖はなく、あるのは次に目覚めた時にあの鬼が目の前にいるんじゃないかという恐怖だった。
ああ、どうして俺はいつも大事な場面で勝てないんだろう。
消えゆく意識の中、最期に見た景色。
その中に映る鬼の目はどこまでも深い闇があった。
その目に宿る深い闇を亮二は知っていた。
そうか⋯⋯お前もハルカと同類なのか⋯⋯⋯⋯




