02-30:殺処分
目の前を歩く刀子が作り上げた光景に一樹は唖然としながらも付いて行った。
ここが地獄でないのなら、きっと地獄など存在しないのだろう。
刀子は目に映る全ての人間を一太刀で首を刎ねていく。まるで空気を吸うように、ごくごく自然に、何の力みも感じさせずに淡々と。
後ろから眺めていた一樹の目には、刀子がただすれ違うだけで通り過ぎた者達の頭と胴体が離れていくようにさえ映った。眼にも止まらぬ早業にて首を斬り飛ばされていく精神汚染にてトチ狂った男達。切断面から吹き出す大量の血液は周囲へ拡散し赤い霧の様だ。
下半身を丸出しに、女性を犯す男達を容赦の欠片も無く、一部の躊躇も無く、斬り捨てる刀子の所作はもはや殺人という血の通った行為などではない。アレは処分だ。
人を処分する刀子の表情にはいつもの凛々しさはなく、ただただ飽きたとばかりに嫌気が見え隠れしている。それでも身体の動きは正確無比に、首を斬り飛ばす刀子は正真正銘の鬼だった。
「そんなに殺していいんですか?」
一樹は純粋に浮かんだ疑問をそのまま口にする。それに対して刀子はうんざりした様子で答えた。
「殺さないとダメなのよ⋯⋯⋯はぁ、もうやんなるわ」
「殺さないとダメとは?」
確かに精神汚染の影響で暴漢と化してはいるがだからといって殺さなくてはいけないとはどういう理屈か。一樹の疑問に「現状ではね、この街にいる男共がトチ狂って強姦魔と化したの」といい説明を始めた。
刀子の分析は絶望に満ちていた。
集団でトチ狂い射精のし過ぎで死んでいく男達。この異常事態が京都という日本の伝統を受け継ぐ街で起こったことによる二次被害、三次被害を語る。
この惨状を知った者達が勝手な憶測により生き残った人たちを迫害を始めるだろうと。
もし、精神汚染によってトチ狂った者達が生きて確保されようものなら、その家族や友人がどういう仕打ちを受けるかまでを語る。性犯罪者の家族として、何も知らない無知で蒙昧な者達の娯楽のために辱められて、迫害されて、死んでいく。マスメディアはトチ狂った彼らをさぞ愉快に晒し上げてくれるだろうそんな未来を語った。
一樹は反論できなかった。
一樹の目から見ても精神を汚染された者たちの行動は常軌を逸している。下半身を丸出しにし、己が股間を擦りつけてまで刺激を求めるその姿は、人間ではなく、獣ですらなかった。
高々人間一人を殺しただけでその人物の人生を、人格を、全否定し辱めて吊るし上げる現在の社会で、あの惨状がどのように映るのか、考えただけでも悍ましい未来しか思い浮かばなかった。刀子の言うことは当然のように思えた。
全て殺してしまえば、精神汚染の影響を受けず生き残った者達は被害者の家族として世間の目には映る。トチ狂った性犯罪の加害者家族と、首切り死体の被害者家族とでは今後の人生に追うハンデは雲泥の差だろう。
それに、と刀子は続ける。
「今回のことで人口は一気に減る。間違いなく海外からの干渉を招くでしょう」
刀子は京都の地を今回の事件を理由に外国人にいちゃもんを付けられて捨て値で買収されることを危惧していた。土地の購入という手段も金銭に任せた侵略であると捉える刀子の価値観に驚く一樹。けれど考えてみれば軍隊による侵略よりもはるかに安上がりで合理的な侵略であることにも納得する。金という概念は暴力の代替なのだと。
「それじゃあ汚染された連中は皆殺しで?」
刀子の言い分に納得するとそういう答えが導き出される。刀子はこくり頷く。
「それしかないでしょう⋯⋯⋯もう最悪よ」
それには一樹も同意した。
一体何十万人を今日中に殺処分しなければいけなくなるのだろうか。それを考えただけで一樹もうんざりだった。
少し歩けばフル珍野郎が刀子目掛けて襲ってきては、斬り捨てられる。毎分一人は処分していた。
フル珍野郎を軒並み処分すればそこにいるのは被害者女性。衣服は破かれ、体中に痣を作っては汚物に塗れて虚ろな目をしている。残念なことに生きていた。精神が無事かまでは分からないが。
被害者女性は息はあるものの呻くだけで、焦点も定まっていない。
刀子は被害者女性を一ヵ所に集め保護するように指示を出して進む。
進むにつれて精神を汚染された男達の狂いっぷりに拍車がかかる。
某漫画の奇行種なんて目じゃない狂いっぷりである。
それ故に処分せざるを得なくなったという刀子の言い分がより説得力を増してくる。この頃にはもう一樹の中では一人たりとも生きて還してはいけないという確信を得ていた。
こんなのが一人いただけでもワイドショーを独占できるというのに、それが街単位で数十万人、下手をしたら数百万人となれば本気で何かの遺伝子病かウィルスだと勝手な憶測で二次被害、三次被害と被害が拡大する未来しか見えない。
ホントにもう、一人たりとも生きて還せないな。
斬っては捨て、斬っては捨て、三桁を処分するのにそう時間はかからなかった。進むにつれ、一樹は見覚えのあるビルを見つけた。
委員長が隠れていたビルだ。
「刀子さん、ちょっとあのビルに寄っていいですか?」
「あのビルに?」
「ええ、ちょっと知り合いが隠れていたビルなんです。今もいるかは分かりませんが」
何せ生き残りは十人以下。その内の三人は既に確定している。残りの七人に委員長が入っている確率はほぼゼロだ。けれど、確認作業くらいはやっておきたかった。
一樹の微妙な空気を読み取ったのか刀子は「女ですか」と一言言うと黙る。
一樹も「女ですね」と返せば「なら保護しましょう」とあっさり認めた。
ビルの中に入ってみればそこもやはりフル珍が溢れかえっていた。
嫌な予感がする。
あまりにもフル珍が多過ぎる。これは結界の外にこれだけの野郎がいたということ。
もし委員長が生き残っていたとしてもこの野郎共のど真ん中に放り込まれ、その状態で精神汚染がばら撒かれたなら、委員長は逃げることも出来ずに犯されることに。
嫌な予感が外れますように、そう祈りながら大量のフル珍を殺処分していき、やがて三人の被害者を発掘した。
「はぁ~」
一樹は盛大に溜息を吐いた。
被害者に見覚えがあった。あまりにも凄惨な状態なためによく見ないと判別できない状態で発見されたその人物には間違いなく見覚えがあった。
衣服は破かれ汚物に塗れ、口から泡を吹き、首がへし折れて垂れ下がっている死体は、変わり果てていようとも一樹には分かってしまった。
「⋯⋯⋯委員長」
一樹の様子にこの汚物に塗れた凄惨な死体が目的の人物であると察した刀子は他の二人も調べ
「どうやら手遅れだったみたいですね。こちらの二人も事切れています」
委員長の死因は首がへし折れていることだが他の二人は窒息死だろうとのこと。汚物に塗れすぎて呼吸すら出来なくなったのだとか。
溺死は苦しい死に方の一つとして有名だが汚物による溺死はそれ以上に苦しかったのだろう。残る二人の死に顔も人間のものとは思えない程険しいものだった。
一応生き残りがいないか、ビルの中を探り、生存者ゼロを確認し進んだ。
「また、助けられなかったか」
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しばらくは殺処分しながらだったため、中々進まなかったが途中からその必要がなくなった。見つけるフル珍共は皆、射精のし過ぎで死んでいた。もしくは擦りつけ過ぎて傷を負い出血多量で死んでいた。
皆一様に死んでいた。
変死体の山を抜け、その中心に一組の男女が性交していた。
淫魔の召喚獣とその召喚士である。
「とっと逃げてりゃいいものを⋯⋯何でまだいんだ?あいつら⋯⋯⋯しかも盛ってるし」
「アレが淫魔とその召喚士?随分と舐めた真似を」
男の膝の上に座り腰を振る女を見てブチ切れた刀子は一瞬で距離を詰めると刀を振るう。
膝の上に乗せ結合している体勢では避け切れるはずもなく、振るわれた刀身が女の胴を薙ぎ払う、かと思われた。
けれど刀子の振るう刀身が交わう男女に届くことはなかった。
「ちっ、これだから三日波は!!」
刀子は飛びずさる。そんな様子を眺めながら男の上に乗っていた女が刀子に向き合う。
「全く、無粋なんだから。もうちょっと待ってなさいよ、あと少しでイけるから」
そう言うとより激しく腰を振り、パンパンと腰を叩き付ける音を響かせる。
キレた刀子を前に見せつける様にセックスをする召喚士と召喚獣。
「あっ、あっ、あっ、ああああああああ~♡」
嬌声をあげながら男に圧し掛かる様に背を任せた女はぴくぴくと痙攣している。イったのだろう。
満足そうに伸びをして、股間からだらだらと体液を垂れ流しながら立ち上がる。
「さ・て・と、それじゃあ始めましょうか」
「始める?一体何を始めると?」
もう完全にキレている刀子がトーンを低くして問う。
「そりゃー、せいしを賭けた戦いを、よ」
女は脱ぎ捨てていた布面積の小さな水着を履きながら答えた。
「はぁ?一樹からおめおめと逃げてったアンタらが何を賭けるって?」
「せ・い・し」
履いてても履いてなくても変わらないくらい布面積の小さな水着を履いた淫魔の挑発に刀子は乗った。
「随分調子くれてんじゃねぇかよぉ、ああ?」
問答無用で斬りつける刀子。
けれどその攻撃はまたしても届かない。
感触から言っておそらく魂を波の様に連続で放ちながらこちらの勢いを削っていく防御技、か。
刀子は冷静に敵の技を分析しつつ、頭の中で戦術を組み立てる。
あの防御技に関してはっきりとした攻略法は二つ。
発動させないこと
相殺しきれない勢いで攻撃する
この二つである。
原理が単純なだけに効果も絶大なのだ。どんな攻撃を仕掛けようとも身体に触れるまでに勢いを削がれてしまい、攻撃事態が届かない。身体から発される魂故に効果範囲は全方位。故に攻撃を察知されないこと、発動させないこと、もしくは一樹の様に相殺しきれない勢いで攻撃を仕掛けること。
刀子に出来るのは発動させないほうだろう。もし仮に一樹の様に力任せに攻撃すれば放たれた魂の波によって生じる衝撃波に刀子自身の身体が耐えきれない。
意識の外からの攻撃、難しいな。
そう判断したのは先程の攻防で、あの防御技は召喚獣、召喚士両名が取得しており、互いが互いを補い合っていることを知ったから。
これでは確かに一樹一人では厳しいだろう。その上片方を仕留めても、もう片方が生きていれば復活するというのだから手が追えない。
「一樹君、男の方はお願いしますね」
「はいよ」
「それじゃあ早速分断をお願いします」
言い終わるよりも先に暴風を巻き散らしながら一樹は突っ込んでいった。敵も二人掛かりで幾重にも重なり合う波を放つも、一樹の勢いは殺しきれず、狙い通りに男女の分断を成功させた。
取り残された女の方には先程まであった余裕が感じられない。
刀子はこれまでの経験から相手をどの程度まで追い詰めているのかを推し量る。
あと二、いや三手かな
余裕は削った。けれど女は冷静にこちらの動きを窺っている。
三日波の戦闘技術、召喚獣という魂の技術、刀子にとって未知の技術を持ち合わせている敵だ。油断はできない。
三日波の戦闘技術は攻守ともにバランスがいい。遠近両方の攻撃手段も持ち合わせている。
けれど速さに至っては御剣の方が二枚、三枚も上手だ。
いける、問題は一樹との連携かしら。まとめて始末しないといけないというのがネックよね。
こうして対異世界異能戦闘集団、桜薙一門、分家、斬道御剣対波道三日波の対決が幕を開けた




