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魂のアリカ  作者: 白鴻 南
2:主人公不在の世界
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02-29:現実は小説よりも⋯⋯⋯


「一体何がどうなっているの?」


 そう苛立ちと共に呟いたのは斬道(ざんどう)御剣(みつるぎ)、御剣流(みつるぎりゅう)刀剣術(とうけんじゅつ)、甲種一級(こうしゅいっきゅう)戦姫(せんき)、総師範(そうしはん)、御剣(みつるぎ)刀子(とうこ)その人だった。

 刀子は予め一樹よりイベント開催の日程を聞いており、周辺に甲種戦姫達を配置して待機していた。

 しかしいざイベント当日になって、一向にそれらしいことは起こらなかった。刀子も『結界』の存在は知っていたために、待機を継続した。このまま何も起こらないのではないか。そんな風に考え始めた時にそれは起こった。


『結界』という小さな世界の空が割れた。それは生存率0.1%以下の絶望的なクリア条件が達成された証。

 硝子細工を砕いたが如く、けたたましい騒音を立てながら、捕らわれの蟲は解放された。そのままの状態で。

 そう、そのままの状態で、だ。

 それは淫魔(サキュバス)の精神汚染をまともに喰らい、刺激を求めて下半身を丸出しにしたまま無惨に死んでいった者達が、自我を崩壊させた悪漢共に犯されながら死んでいった者達が、そのままの状態で現実の世界に放り出されたのだ。

 突如として現れた変死体に騒然となった。

 それもそうだろう。変死体の数は十や二十ではなく三桁でも足りない。そんなものがそこら中に出現したのだ。混乱は必然。

 その混乱に最も早く対応したのは御剣(みつるぎ)総合(そうごう)警備(けいび)保障(ほしょう)会社(がいしゃ)の社員。すなわち、御剣家の関係者たちだ。予め何らかの異変が起こると通告していたために、対策本部へと冷静に状況報告をし、混乱の拡大を防いでいた。

 けれど完全には防ぎきれる訳も無く。一部都市機能がマヒする事態にまで発展した。

 刀子は油断していた。想定以上の規模で行われたイベント。これほど大規模なものだとは考えもしなかったのだ。日付も変わり完全に気が緩んでいた。

 それでもすぐに指示を出すと刀子自身も動き出す。

 そして目的の人物はすぐに見つかった。

 その人物は鬼の面をした鎧武者。笹瀬一樹(ささせいつき)だ。一樹自身もイベントに参加していたため場合によっては死体となって発見される可能性もあった。生存を確認できたのは御剣にとっても行幸。


「一樹。これはどういう状況なのか説明できる!?」


 声を掛けると鬼面の鎧武者は振り返り「ああ、刀子さんか」となんとも緊張感のない声を発し、ほんの数瞬考える様に首を傾げると端的に説明を始めた。


「イベントの内容は召喚士同士による殺し合い。

 クリア条件は結界内に生きている人間が十人以下になるまで。

 俺はとある召喚士と召喚獣のペアを相手に戦闘していたんだが途中でイベントが終了した」


「ん?つまり生き残りは十人以下ということ?」


 刀子の質問に一樹は「多分」と答える。イベントが終了したということはクリア条件を達成したということ。しかし一樹自身は戦闘中であと何人生きていたかも把握できていないとのこと。

 戦闘中であったならその辺は把握できていなくても仕方がないだろうと刀子としても考える。それよりも千人以上が囚われ、殺し合いに参加していたという事実の方に驚きを感じた。よくそんな人数で殺し合いが成立したもんだと。

 この手のデスゲームは参加人数が増えれば増える程、殺し合いに発展しずらくなる。人数がそのまま抑止力となる。徒党を組んで非戦派が一定数を超えればその時点で殺し合いにはならない。戦う理由がなくなれば人は楽な方へと流れるからだ。

 刀子は詳細を聞こうとしたがそれよりも先に一樹から「早くした方がいいぞ」と忠告を受けた。

 一体なんだというのだろう。その意味を確認するよりも先に刀子へとある報告が入った。


『総師範!大変です!街中で暴漢が暴れています!』


「は?」


 暴漢が暴れている、これが大変だというのは分かる。けれど今は召喚士と召喚獣、その死体の処理と混乱を収める方が大事だろう。優先順位は異能に関する問題が第一優先目標である。暴漢など普通の出来事への対応は、こう言っては悪いが警察にでも対応させておけばよいのだ。そういった事態の為にも警察との連携を図っているのだから。

 しかし続く報告は想定外のものだった。


『それが⋯⋯⋯警察官も暴徒と化して一般人を襲っているんです!』


「⋯⋯⋯は?」


 刀子は理解に苦しんだ。何故警察官が一般人を襲うのか。理解はおろか想像を絶する事態に思考は停止する。それでも報告は続く。


『どうやら男性が女性を襲い、強姦して回っているそうです。助けに入った甲種戦姫から抜刀許可が求められています』


「⋯⋯⋯強姦?何それ?どゆこと?」


『理由は分かりませんが、男性が女性を強姦しているんです!それも一人二人と言った少人数ではなく!警戒範囲内にいた男性ほぼ全員が!そして今現在も暴漢の数は増え続けて被害も拡大中です!』


 当初の予定ではイベント終了時の弱った召喚士と召喚獣をサラッと狩る簡単なお仕事のはずだった。それが一体全体どうして街中で強姦騒ぎなどに発展しているのか。刀子の理解を超えた想像を絶する展開に助け舟を出したのはやはり当事者の鬼面の鎧武者、一樹だった。


「精神汚染だ。召喚獣の中に精神汚染攻撃を広範囲で行う奴が生き残っている。そいつが原因だ」


「は?精神汚染攻撃?それも広範囲に?何それ馬鹿じゃないの?」


 精神汚染、それは人の精神を変容させるものだと刀子は聞きかじっていた。大変危険な攻撃で軽度のものであれば汚染されても気付くことが出来ずに操られてしまうこともあるという。それが重度のものになると一瞬で相手の自我を崩壊させることも出来る一種の反則級攻撃(チート)だと。

 見つけ次第問答無用で殲滅することが推奨されるも、刀子は今までで一度も見たことがなかった。それが広範囲で行われていると一樹は言う。


「何でそんな危険因子を始末してないのよ!?真っ先に殲滅すべき対象でしょうが!?」


 刀子は目はクワッと見開かれ一樹を凝視する。「何やってんだおめぇはよぉ」と目で訴えかけるも、当の一樹は緊張感の欠片もない声で答えた。


「いやぁ、それと戦闘中にイベントが終了して『結界』が割れまして、今に至る所存です」


 一樹の答えを聞いて間髪入れずに突っ込んだ。


「は?一樹なら一瞬で殺れるでしょ!?音速超えてんのよ?アンタの剣速は!」


 そう、一樹の本気の戦闘は移動するだけで暴風を巻き散らし、ただ横を通り過ぎるだけで人は死ぬ。死の嵐と言っても過言ではない。その上形態変化なる異能を用い、形が変わる刀を振り回し、自由自在に攻撃を仕掛けてくる。その実必中必殺の攻撃である。殺そうと思って殺せないなどまずありえない。

 けれど一樹はその絡繰りを述べる。


「それが召喚士と召喚獣って一緒にまとめて殺さないと復活するんですよね。どっちか相手にしてる時にもう片方が逃げちゃうんでまとめて殺せないんですよね」


「何だそれは?」


 刀子も召喚士と相対したことがあるがそんな能力は見たことがない。それに関して一樹も同じだったようで今回のイベントで初めて知ったという。

 詰まるところ、今まで相手をしてきた召喚士たちはランクで言うところの下の下、中の中辺りでまとめて殺さないと死なない仕様になるんだとか。


「じゃあ何か?今まで私たちが狩っていたのはただの雑魚だったと!?」


「そうなりますね」


「そうなりますね、じゃ、ねぇだろぉぉぉ!?」


 これまで相手をしてきた召喚士ですら甲種三級戦姫では厳しかった。となると甲種三級は戦力外と考えた方がいいかもしれない。甲種戦姫の中で過半数を超える三級が戦力外。それは戦力が一気に半減したことを意味する。

 続けて一樹から齎される情報に刀子の怒りは頂点に達する。


「ちなみに精神汚染攻撃をしてる召喚士は桜薙の三日波流(みかなみりゅう)の元異能探偵(いのうたんてい)みたいですよ。そのせいでこっちの攻撃をある程度無効化されちゃうんで決め手に欠けるんですよね」


「三日波ぃぃぃぃぃいいいいいいい!!!」


 三日波家の諜報員たる異能探偵は基本警備員として活動している御剣家とは仲が悪い。警備員として働くとなれば自然と依頼主には後ろ暗いところが一つや二つはあるもの。そういう人物の時に限って三日波の異能探偵がしゃしゃり出てくるのはよく見る日常だった。けれどそれは仕事、三日波にも依頼主がおり仕方がないことと割り切っていた。

 だが今回は違う。三日波の異能探偵が私情で動き、御剣が守護する京都を滅茶苦茶にしているのだ。この騒動を引き起こした異能探偵に関し、三日波は「死んだ者として扱え」といった。それは所謂、「死人が問題を起こしたとしても責任の所在はウチではありませんよ」というポーズだ。

 そんなものが通じる訳ねぇだろぉがよぉ。

 配下を御しきれず暴走させたとなればそれは上の者責任だ。その責任を放棄するというのであればその者に上に立つ資格はない。

 刀子は今回の騒動を終えた後、三日波をこの世から抹消することを心に誓った。そのためにも今は暴走する召喚士と召喚獣をどうにかしなければならない。


「一樹!『まとめて殺す』以外に注意事項はないの!?」


 倒すにあたり敵の情報を可能な限り集めるのは鉄則。刀子は他に情報がないか訊ねる。


「多分。でもあの召喚獣は少し特殊で射精させるだけでもレベルが上がるらしい。今は竹千代のおかげで俺は平気だけどいつまで保つか分からない」


「ん?今変な単語が聞こえた様な⋯⋯⋯?しゃせいって?」


「精子を射ると書いて射精ですが」


「⋯⋯⋯ごめん、何言ってんだかやっぱわかんないわ」


 一樹はやれやれといった風に肩を竦めて説明を始めた。

 どうも今精神汚染をしている召喚獣は俗にいう淫魔(サキュバス)とやらで、種族特性だかボーナスだかで相手を殺さなくとも経験値を稼いでレベルアップできるんだとか。仕掛けている精神汚染も男性に射精を促す様な汚染で、浴び過ぎれば射精のし過ぎで死ぬ(テクノブレイク)。よしんば死ななくとも自我が崩壊し、射精をすることしか考えられない廃人と化すとのこと。


「ということで俺はもう降りていいだろうか?」


「いいわけねぇだろぉ!!!」


 ただでさえ戦力が足りてない状況で一線級の一樹が戦線から離脱するのは避けねばならない。


「そうは言うけど刀子さんや。俺、正直言って相性悪いんだわ。もう男って時点でいつ射精のし過ぎで死んで(テクノブレイクして)もおかしくない。その上相手は三日波の技で形態変化を無効化してくる。殺すには近づかないといけないけど、近くに行けば行くほど精神汚染の濃度が上がる。俺が無理して戦う理由もないし、戦線離脱が妥当だと思うんですがね」


 一樹の言い分はもっともだ。しかし


「大丈夫。一樹でダメならもうこの世界の男に生き残る未来はないから」


 刀子は妖刀についての予備知識を思い出す。そもそも妖刀の最大の特徴は、様々な特殊能力などではなく手にした者の精神に干渉する能力だ。手にしている限り、手にした者と直接精神とリンクして他からの影響を無効化出来る。無線と有線どちらの方が繋がりが強固かなんて考えるまでもない。

 そんな妖刀を有する一樹が敵の精神汚染に感染するのならその時はもう周囲の男共は軒並み自我を失うか死んでいるだろう。このまま放置しても周囲の男共の未来はないのだ。刀子にとって一樹をここで動員するのは当然の選択肢である。

 また、一樹がここで戦線を離脱した場合どうなるのか、それは日常生活における御剣家からの援助が打ち切られることを意味する。成人していない一樹では一人で社会生活を送ることは困難を極めるだろう。ここで一樹が刀子の指示を無視することは出来ないはずだ。


「分かりましたよ。でも俺が開いて出来るのは片方だけなんでもう片方お願いしますよ」


「そうね、それじゃあ淫魔(サキュバス)の方はこっちでやるわ」


 正直なところ、刀子は三日波の構成員である召喚士の野郎をぶち殺したかった。しかし一樹の懸念が妥当な以上、少しでも負担を減らすことを考えると召喚獣を相手取るのは女性である刀子の方が適任である。

 一樹も同意し話はついた。方針も立てた。けれど刀子は既にうんざりしていた。

 現状、刀子に回されてくる報告はどれも酷い内容だ。一樹から聞いていた以上に精神汚染の影響は強い。当初から予測していた範囲では既に自我を保てている男性は居らず、生きている者は他者を襲うか、己の股間をそこら辺に擦りつけるかという世紀末も真っ青な地獄絵図。

 襲われた女性は汚物に塗れて酷い有様。中には死んだにもかかわらず犯され続けた者もいたし、逆に死んでいないからこそ問題になっている者も多い。

 刀子は確信した。京都は今日で死んだ。

 静岡の時とは違い自然災害というわけではなく、そこに住む人々がトチ狂っての結果。今後京都という街とそこに住んでいた元住人に対する偏見は二次的、三次的な被害へと拡大されていくのは想像するに難くない。その結果、刀子が桜薙分家としてこれまでしてきた全てが無駄になったのだ。

 それもこれも全部三日波のせいだけど。

 自ら鍛え上げた門下生を制御しきれずに暴走させたという三日波家の失態。

 そのツケを払わされた御剣家。

 もしかすると三日波はこうなることを期待して、暴走を見逃していた可能性も捨てきれない。

 刀子の頭は怒りに支配されながらもとても落ち着いていた。今の刀子に出来るのは全てを失ったという怒りをただ暴力という形で誰かにぶつけることだけだった。やれることがシンプルに、明確であったがために思考は全てそこへと集中する。

 今回の騒動が収まったら三日波の連中を皆殺しにしてやる。一人残らず皆殺しだ。

 常軌を逸した集中力は刀子を人からより上位の者へと押し上げ、刀子は人の領域を一歩踏み超え、目的を果たさんが為に駆け出した。


 こうして京都の街に二人の鬼が放たれた。


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