02-27:詰めが甘い
「うふふふ、あーっはっはっはっは」
その女は本格的に冬に差し迫ろうという時期だというのに水着姿で笑っていた。それも通常よりもかなり煽情的でおおよそ水着としての用途で用いた場合、隠しきれずにポロリする、むしろそういうことを意図したエロ水着を着用し、これでもかと言わんばかりに笑い声を響かせる。
笑うたびに揺れる豊満な胸はやはりというか、エロ水着の小さな布面積では覆いきれず、支えきれず、盛大に零れ、衣服として機能しているとは言い難い。
その女、召喚獣と言われる魂より生まれし生命体。
彼女は捕らわれたもう一人の自分を取り戻すべく行動し、その思惑は半ば成功した。勝算が出たことでこれまで自身を蝕んだ不安を払拭するかのように反動で笑いこけていた。
女は敵対する鬼にもう一人の自分である自身の召喚士を捕らわれ、咄嗟の判断で命からがら逃げだした。
女は逃げ出した先でとある召喚士を見つけた。その召喚士の召喚獣こそが今回、女の作戦の要であった。
完全なる光学迷彩を可能にした異能。
それを目にした時、女は一瞬で作戦を思いついた。
竜の召喚獣は復活と同時にあの鬼によって殺されるだろう。そのタイミングに合わせて召喚士を殺せば、女は自身の力の上限を突破できる。上限突破による能力の向上。その上昇に全てを賭ける。
レベル上限に達した召喚獣は、同じくレベル上限に達した召喚獣を倒し、その魂を喰らうことで上限を取り払える。それまでに貯め込んだ分のレベル上昇が一気に解放されパワーアップする。そこに勝機を見出した。
女は作戦のため、その召喚士と召喚獣を全力で魅了した。召喚士は快楽神経を刺激され過ぎて廃人と化したが召喚獣の異能が使えるので問題はない。
女は光学迷彩の異能で姿を隠し、竜の召喚士の元まで行って待機。
元々この竜の召喚士にはとある罠が仕掛けられていた。女と召喚士が上限を取り払うために条件を揃えた竜の召喚士に接近することを予期して仕掛けられた罠。
罠を解除するには罠を仕掛けた召喚士をどうにかするしかなかったが、その場にいた鬼によって敗走を余儀なくされた。
あの鬼さえいなければ全て上手くいっていたのに。
そうは思うももう過ぎたこと。頭を切り替え、女は待った。そう時間はかからないはず。そして十分もしないうちにそれは起こる。
竜が復活した。そして思惑通り、鬼は竜に攻撃を開始する。すぐに殺すかと思いきや時間をかけて嬲っていた。
女は待つ。鬼が竜を仕留めるその時を。
その時はすぐに訪れる。
鬼が竜を殺した。
そのタイミングで女は竜の召喚士を殺した。
こんなにもあっけなくことを成せたのは光学迷彩のおかげだ。
竜の召喚士に仕掛けられた罠は自動で発動する類ではない。仕掛けた者が任意で発動させるもの。そのため監視は常に行われていた。けれど視覚的なものであり光学迷彩を見破れるほどではなかった。その上鬼の傍にいるということは鬼が竜を嬲る姿を見ているということ。注意は当然鬼と竜へと向かう。その隙をつくのは難しくない。
全てが思い通りにいった。
女は上限を取り払われ、自身の能力が向上するのを実感する。それは先程までとは比べ物にならない程圧倒的なものだった。
内側から溢れ出す力の奔流。もし女一人でこの力を手にしていたら間違いなく身体が弾け飛んでいただろう。溢れ出す力は召喚士へと繋がるパスに流し込まれる。それでも溢れた力は身体の外へと漏れて、オーラでも纏っているかのように女は薄い光に包まれる。
「とりあえず全力で」
女は己が力を開放した。
―――――――――――――――
気を付けろ。
異能探偵の助手がそう叫んだのが一分程前。
一樹の周囲は微妙な空気が支配していた。
一樹も何らかの気配は感じ身構えた。しかしその気配がすぐに一樹へと何かを仕掛けてくるような感じはしない。
異能探偵の助手は軽くうつむいたまま背を向けて黙っている。
まぁ、「気を付けろ」とか叫んじゃったのに何も起こりませんでした、じゃカッコつかんよな。
俯いたままの異能探偵の助手の無言は羞恥心から来るものだと一樹は分析した。それは間違いではない。しかしその原因は一樹の想像とは違うものだと竹千代が囁いた。
『いいえ、一樹。彼の言うことは正しかったです』
『というと?』
『先程から精神を汚染する攻撃が行われています。それもかなり強い。彼が動けないのはおそらくその精神汚染攻撃に抵抗しているせいでしょう』
『精神汚染攻撃?ちなみにどういったモノかは分かるか?』
精神汚染と一言で言ってもその種類は数知れず。汚染されれば思考や行動傾向が汚染元に偏りもう戻らない。軽度の汚染であれば趣味や嗜好程度で済むが重度の汚染となると人格はおろか思考能力さえ奪われ救いようがない。
汚染の種類によって対策も微妙に異なるため分析は欠かせない。もっとも一樹の場合その辺りは全て竹千代任せになってしまっているのだが。
『これは⋯⋯⋯性欲?リビドー?の暴走でしょうか?』
『ん?』
『恐らくですが、性欲を暴走させる類の精神汚染かと』
『それってどうなるの?』
『はい、おそらくですが、射精したくなります。非常に射精したくなります。自らの意志とは関係なく射精しまっくってしまうと思います』
『ん?』
竹千代の回答に混乱する一樹。
一樹にとって精神汚染と言えば殺人衝動といった様な、内側から溢れ出す自身では抗い難い衝動を引き起こすものだった。
しかし、竹千代の答えは射精をしたくなる、だ。混乱もする。
けれど、と一樹は考えた。自身では抗い難い衝動、という定義で考えればそれは十分に当てはまるものだ。そこまではいい。けれど
『射精したくなるって、それでどうすんだ?』
そう、射精したくなるように精神を汚染する。その意味が分からない。もちろん精神汚染攻撃というのはかなり特殊であるし、自由自在に操れるという類の能力でもないことは九重からも聞いている。
でも強制的に射精させて何になる?いや、待て。今はそれよりも
『異能探偵の助手が精神汚染に抵抗しているってことは、あいつは今射精を我慢するのに必死ということか?』
『いいえ、きっともう射精してしまっているでしょう』
『⋯⋯⋯⋯』
竹千代の答えに一樹の思考が停止した。
言葉が出ないとはこういうことだったのか。そう現実逃避することで一樹の思考は徐々に回復していった。
『じゃあ何か?あいつは射精しちゃったから動けないっていうのか?』
『はい。おそらく彼の射精後にきた快楽刺激は日常生活では決して得られないレベルのものでしょう。それ程の刺激を脳に与えられれば耐性のない人間なら一発で廃人と化したでしょう』
『は?射精して廃人?』
竹千代の分析はどこまでも一樹の想像を超越していた。理解能力には些か自信があった一樹であっても流石に追い付いてこない。
『性欲を暴走させて強制的に射精させる。その際に莫大な快楽を与えることで脳へ過負荷をかける。そういった攻撃です。肉体的には』
『肉体的には?』
『汚染された精神は例え肉体を再生しても汚染されたままです。強過ぎる快楽を与えられた精神はそれ以上の快楽を求めることでしょう。そして肉体もそれ以上の快楽を与えなければ反応しなくなります。常に快楽に飢える状態が続くわけです』
『いやでも、どうなの?そこんとこ。気持ちよくならない、勃たない、射精できない、で終わりじゃないの?』
『快楽というのは何も性欲に限った話ではないんです。おしゃべりが楽しい、この食べ物がおいしい、睡眠が心地よい。人が生きる上で自然と求めてしまうものには必ず快楽が付きまとうのです。けれどそんな些細な快楽が強烈な快楽によって上書きされて感じることが出来ないのです。
どうなると思いますか?何をやっても楽しくない。食事も美味しくないし、寝たというのにスッキリしない。何をやっても満たされない。触覚もマヒしていますから自分が身体を動かしているのかも実感できないでしょう。さながら誰かが撮った映像を見続けている気分になるんじゃないですか?
そんな状態で正気を保てるならそれはもはや人の精神ではないでしょう』
竹千代の見解が確かなら、それは戦闘力が高いとかそういった次元を超越した異能だと言えよう。汚染されればもう戻れない。ゲームで例えるなら回復手段が存在しない状態異常ということだろう。
精神汚染攻撃の神髄を一樹は確かに感じ取った。
『で、だ。それじゃあ、あそこで固まっている異能探偵の助手はどうするか。精神汚染にかかってんだろう?』
『きっと』
『もう手遅れか?』
『手遅れならもっと分かり易い形で現れますよ。きっと動けばその刺激で達してしまうから動くに動けないのでしょう』
今、何が起こっているのかは凡そであるが想像できた。
敵はどこかに隠れながら精神汚染攻撃を仕掛け、異能探偵の助手は既に詰んだ。俺は俺で竹千代に守られてはいるがこのまま無事な保証はない。
そして今この場にいるもう一人の男、異能探偵の助手が探していた召喚士。コイツだけが精神汚染の影響を受けないまま無事でいる。その理由はおそらく想像通りだろう。
「つまりアレだ。さっき逃がしたお前の召喚獣の仕業ってことなんだろうな」
何度も脳を抉られた召喚士はただ黙ったまま俯いている。けれどしっかりと周囲の状況には気を配っている。一樹の注意が逸れるのを待っているのだろう。
とりあえず何か仕出かさない様にもう一度脳をかち割っておく。
ブシュリと脳天がかち割れ、中身がドロッと飛び出した。
一樹は召喚士の頭の中身をかき混ぜながらも周囲の状況を探るが、召喚士を奪還するような動きは感じられない。
「隙を窺っているのかそれとも他に何かあるのか」
警戒すれど何事も無く、ただ時間だけが過ぎていく。異能探偵の助手は完全に手遅れだ。ズボンの中に手を突っ込んで弄ってはビクビクと痙攣を繰り返している。精神汚染は一時的な状態異常ではないということはもう異能探偵の助手はこの状態から還ってくることはないのだろう。
何とも無残な死に際だ。現場検証の際パンツの中を盛大に汚したことが発覚し、死後に辱められることになるのだから。死因だってきっと射精のし過ぎとか不名誉なものになるに違いない。
しかし、召喚獣と同化し耐性を付けていそうな異能探偵の助手ですらこうなのだから耐性の全くない人間にはどれ程の効果を発揮するのか想像できないな。
不意に笑いを堪えるような詰まった呼吸が足元から聞こえた。どうやら先程ぶちまけた頭の中身は元に戻ったらしい。
「そんなに可笑しいか?」
確かに先程まで自身と敵対していた者が今や意識も怪しく必死に自分の息子を扱いている姿は滑稽だろう。そう思ったがどうも笑っている理由は一樹が想像しているものとは違うらしい。
「お前は強い、だが強いだけだ」
「知ってるよ」
「いいや知らない。知らないから今もこうして俺と話をしているんだ」
「何?」
「気付いているんだろう?俺たちが精神汚染を仕掛けているのを。それは何もお前たちに対してだけ仕掛けている訳じゃねーんだよ」
「⋯⋯⋯は?つまり広範囲に精神汚染を仕掛けてさえ、異能探偵の助手がああなったと?」
一樹は戦慄した。人間が一瞬で壊れるような精神汚染、それが広範囲で行われている。それは使い方によっては街さえ滅ぼす異能だった。
広範囲に広げてこの威力。もし範囲を絞ることで威力を増せるとしたら竹千代に守られている一樹でさえ危険だ。
一樹は考えるよりも先に召喚士の首を掴むとそのまま絞め殺した。
『時間がない、竹千代、汚染源はどっちだ?』
『⋯⋯⋯ここから西に一キロ付近かと』
一樹は身体強化を強め、汚染源へと駆け出した。
汚染源と思しき場所に向かうまでに一樹はいくつもの変死体を目にしていた。変死体はみな下半身丸出しで、何故か股間から大量に出血していた。そんな変死体を竹千代は『刺激を求めて擦りつけていたのでしょう』と分析した。一樹にはもう言葉がなかった。
汚染源には確かに見覚えのある女がいた。一樹の登場に気付いた女は振り返り「あら?もう来たの?残念」
そう言ってその大きな胸を揺らした。
当たり前の様に胸を露出させた半裸の女。一応水着の様な布が胸の上に乗っかっているが完全にずれている。ポロリと零れたた果実を揺らし、女は腕を組みながら一樹に向き合う。その視線は一樹が手に持って引き摺って来た召喚士に泊まる。
来る途中、引き摺っていたため来ていた服は既になく、皮膚は削れて肉塊と化していたが、時期に再生するだろう。
一樹は女の目の前で召喚士をミンチにしてみせた。無抵抗の相手を更に痛めつける一樹を見て女は眉をしかめた。けれど何かを言うことはなく、そのまま見ている。
そんな女の様子に一樹は内心舌打ちをする。もし動揺するようならそこを突こうと思っていたがそんなに簡単な相手じゃなかった。
召喚士を文字通り肉塊に換える際、女を観察していたがどうにも冷静だ。嫌悪の感情を露わにしても隙は見せない。そんな女の様子に一樹はここへ来る前にも似た様な事を召喚士がしていたことに気が付いた。
時間稼ぎだ。
そう判断すると一樹の行動は速い。
手に持った肉塊を女目掛けて投げつける。肉塊は内容物が巻き散らしながら女へと飛来する。流石の女もこれには動揺し、その肉塊を受け止めた。
一樹はその隙を突くべく踏み込んだ。
女は一樹の突きに対処すべく手に持った召喚士の肉塊を突き出して竹千代に突き刺させると横へと投げ捨てる。
肉塊に刺さったままの竹千代は投げ捨てられた勢いに逸れる。
女は逃げる。
竹千代の形態変化にて追撃するも、その刃が届くことはなかった。
やっぱりか。
召喚士が使用で来た技術。人語を理解する召喚獣が使用できる可能性は十分考えられた。むしろ通常の人間よりもその手の技術に適性があってもおかしくはない。
形態変化を無力化された一樹の採れる選択は少ない。
肉塊を振り払い女の元まで一気に距離を詰め、竹千代の刀身で斬りつける。
女は手足を切り飛ばされながらも必死に逃げている。脚を失っても何処から生やした羽を用いて的確に一樹の攻撃を躱す。
身のこなしが異常に上手いな。
一樹が身体強化の出力を上げれば簡単に追い付ける。しかしその場合一樹の一挙手一投足で生じる衝撃で吹き飛び詰め切れなくなる。
それでも一樹は圧倒的な戦闘力を有していた。確実に召喚獣たる女を追い詰める。
あと一手、それで終わるはずだった。
しかし遅かった。女が逃げに徹したのは時間を稼ぐため。
何の時間か。
考えるまでもない。召喚士が復活するまでの時間だ。
「ふう、何とか間に合ったか」
一樹の後ろには男が立っていた。
それも、全裸で。




