02-07:未来予想図に碌なモノが無いと知った時のやるせない気持ち
少女は微睡みの中、鬼面の鎧武者を相手取って大立ち回りを演じていた。
夢だからだろうか、少女の身体は驚くほどに軽く、速く、力強く動く。それが気持ちよくて仕方がない。
けれど一つ、気に入らないことがあった。それは鬼武者に一太刀でもまともに当てることが出来ないことだ。
どうして、と思う思考力すら今の少女には存在しなかった。ただただ気に入らないという思いで刀を振るう速度を上げる。
だけど当たらない。躱される。躱されて、躱されて、躱されて、受け止められる。
腕がひしゃげる音がした。感覚では『気持ちいい』けれど聴覚情報は致命的な負傷を訴える。危険を承知で少女は自身の腕を視る。ひしゃげたと思われた腕は何事も無くそこにあり、しっかりと真っ白な刀を握っている。
気のせいだと思い、少女は刀を振るうことに集中する。
当たらない。当たらない。当たらない。当たらない。
どれだけ速度を上げても攻撃が当たらないという事実に苛立ちを覚える。
どうして当たらない!と少女は怒り心頭させる。既に少女には「何故当たらないのか」と考える思考力が失われていた。ただ気の向くまま、身体が動くままに振るうことしか出来ない。
けれどそれでよかった。腕を振るえば脳がとろける程の快楽が全身を駆け巡る。刀がぶつかればその衝撃で腰が砕けそうになるほど気持ちが良かった。
少女は既に刺激を、快楽を得ることしか頭には無く、衝撃を受ければ快楽が駆け巡るということだけしか分からなくなっていた。
自分を見失った少女に鬼武者は容赦なく刀を振るう。
少女の手足は斬り飛ばされる。
あまりの気持ちよさに少女は自身が漏らしただろうことを悟るも、どうでも良かった。気持ちよければそれでよくなっていた。
斬り飛ばされたはずの手足も知らない間に元通り。斬り飛ばされたと感じたのは錯覚だったのだろうと気を取り直す。
鬼武者と向き合った少女は気を窺い。
背後から貫かれた。胸の谷間から突き出た刃と鮮血。
吹き出す血が気持ちい。まるで放尿する時の解放感に近い快楽を感じ、また自分が漏らしたのだと悟る。だがどうでもよかった。気持ち良ければ全てがどうでもよかった。
ブシュブシュと吹き出す血液が齎す快楽に浸っていると、身体の内側から膨れ上がるようにして少女の身体が弾け飛ぶ。
少女の上半身が宙を舞った。
―――――――――
一樹はその光景をうんざりとした面持ちで眺めていた。
始めるまではゾンビアタック上等の勝負だと、考えていた一樹であるが、ふたを開けてみればゾンビアタックを繰り出してきたのは揚羽の方だった。何度手足を斬り落としても、心臓を貫いても、揚羽は動揺はおろか、気にした素振り一つ見せずに突っ込んでくる。常時ゾンビアタック状態だった。
いくら心が、精神が、魂が砕けぬ限り死ぬことが無い場所とはいえ、痛覚はそのままだ。平然と自身の身体を傷つける今の揚羽の戦い方は異常の一言。流石の一樹もドン引きであった。そんな狂気の最中、竹千代が冷静に分析を告げる。
『恐らく快楽神経を全力で刺激したため、痛みさえ快楽へと変換しているのでしょう。揚羽は自身の身体が切り刻まれていることさえ気付いていない可能性があります』
『マジか』
揚羽は手足を斬り飛ばしても痛みを感じない、そのくせ次の瞬間には再生しているから斬り飛ばされたということにも気付けない。『九重の固有結界』でなければとっくに自滅ものだ。
敵なら放置して自滅させて終わりなんだが、そういうわけにもいかない。実に面倒だ。
斬り飛ばしても気付かない内に再生するなら打撃で痛めつけるしかない。
竹千代の形態変化で刃を丸め、迫り来る揚羽を迎撃する。
互いに振り抜き切る前に刀と刀がぶつかる。衝撃で揚羽の腕が潰れる。ひしゃげた腕から折れた骨が飛び出し揚羽の腹へと突き刺さる。
一樹が攻撃を手加減したことで揚羽は自身の身体の状態に気付き、目を見開くと動きが止まった。これまでの攻撃の様に斬り飛ばしたのとは違い、自身の腕が腹に突き刺さるという状況では瞬時に再生が出来ないのだろう。再生するにはまず異物を取り除かなければならない。
けれど汚染された精神の揚羽ではそんなことすら理解出来ず、全身をビクンビクン痙攣させながら白目をむいている。
一樹は揚羽の状態を冷静に分析しながら次の一手を考える。
『身体強化は自身が出せる出力に耐えられる程度まで、か。何て歪な強化の仕方だ』
『そうですね、あの妖刀はもっと色々と学習しなければいけないでしょう。まずは敗北を教えてあげましょう』
『面倒な』
とはいえ、実際は想像以上に楽な展開だった。揚羽は強化された身体を想像以上に動かしてはいたが普段の冴えがまるでなかった。やはり急激に強化された身体能力を十全に使いこなせていないのだ。そのため柔剣が使えない。柔剣を使いこなせていれば一樹は手も足も出せなかったことだろう。
今の揚羽は最大の長所を犠牲にちんけな身体能力を得たに過ぎない。その上妖刀の型別能力も発揮できない。一樹が負ける要素は皆無だった。
後はただ嬲る様にして揚羽を痛めつけ、揚羽を支配するあの白い妖刀を離すだけだ。
「ほんとうに面倒な」
一樹は刀を振り上げ、上段の構えから揚羽に迫る。
揚羽は腕に腹が刺さったまま対応しようと蹴りを放つ。
蹴りを放ち片足立ちの揚羽に一樹は振り上げた竹千代を下ろさずにそのまま体当たりをした。上げられた脚は一樹の肩へと落ちる。一樹は肩を支点にてこの原理でそのまま揚羽の膝をへし折った。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
人間のものとは思えない悲鳴が揚羽の口から飛び出した。一樹は揚羽の折れた足を掴んで振り回し、放り投げる。地面を転がった衝撃で揚羽の膝から骨が飛び出す。
悲鳴が音波の域にまで高まった。
一樹は揚羽の開いた口を閉じさせるべく竹千代を形態変化で伸ばしてぶん殴った。
口から出ていた舌を噛み切り、苦痛に悶える揚羽に追い打ちをかける。蹴飛ばし、殴り、放り投げ、踏みつける。一樹はうんざりしながら揚羽を嬲り続けた。
揚羽はとっくに限界を迎えている。けれど真っ白な妖刀はそんな事すら気付かずに揚羽の身体を操ろうとする。
一樹の目に映る妖刀から伸びた白い糸。これが揚羽の身体を乗っ取り動かしているものだと看破した一樹はその糸が伸びきるまで待ってやる。そうして揚羽の身体を動かそうとしたところで叩き潰す。それをひたすら繰り返した。
揚羽は既に白目をむいて意識を失っている。けれど妖刀の精神汚染により快楽漬けにされた影響か一樹が殴り、蹴る度に、股間からバシャバシャと体液を垂れ流している。
これって揚羽は大丈夫なんだろうか。後遺症とか残らないといいんだが。
揚羽を心配しつつ、一樹は妖刀が諦めるまでひたすら揚羽を嬲る羽目になった。
その光景を呆れるような表情で九重は見守っていた。
―――――――――――
夢を見ていた。
諦め切れずに足掻く少女の夢。
頭では諦めようと必死に自身を否定しながら、けれど心がそれを許さず、葛藤する少女の夢。
変わりたいと願う少女の魂に触れた時、何故だかその願いを叶えてやりたいと思ってしまった。
自分が何なのかもまだ分からない自分が、その少女の魂に惹かれたのはきっと運命という奴だ。誰が何と言おうと運命ということにしよう。
だが現状、自分が何なのかすら分からない自分に、一体少女のために何が出来るのか理解できようはずがなかった。
自分の中に答えが無い。
だから自分は少女の中から答えを探すことにした。
そして知る。自分が何なのかを。
どうやら自分は妖刀というらしい。強大な力を持ち主に与える武器のようだ。
改めて自分を確かめるとそれらしい機能が備わっていることに気付く。
これを使えば少女の願いは叶うのだろうか。
叶うといいな。
叶えよう。
そう決意すると後は早かった。自分の中にあるそれらしい機能を使って少女を強くする。
すると少女の魂に波紋が出来た。
自分と少女が繋がった瞬間だった。
心地いい。きっとそう表現するのが適切な感覚。
この心地よさを失いたくない。そう思ってしまった。
どうすればいいのかなんて分からない。
だからもう一度少女の中からその答えを探すことにした。
答えはすぐに見つかった。
自分が心地よいと感じるように、少女も気持ち良くしてやればいいのだ。幸いそういう機能が自分には備わっていた。
これでずっと一緒にいられる。
自分はこの少女と共にいく。
この心地よさを奪う者は何であろうと排除する。
そう心に誓ったはずなのに、その誓いは自分の力不足で守れなかった。
この時になってどうして少女の魂に惹かれたのかを理解した。
きっと自分も少女と同じ、強くなりたいと願っていたからに違いない。
―――――――――――
真っ白な妖刀が諦めたのは九重の固有結界の中で日付が変わる頃合いだった。
数時間に及び諦めなかった妖刀は一樹によってボロボロにされていた。形態変化によって鈍器と化した竹千代によって刃を叩き潰され、綺麗だった刀身が折れ曲がり散々な状態だった。
九重はやれやれといった様子でボロボロになったその妖刀を回収した。あんな状態でも妖刀はまだ生きているようだ。
それどころかあの戦闘でこの白い妖刀は自我に目覚めたらしい。これでもう暴走することはない、と思われる。
これで妖刀の問題は一つ片付いた。
問題が深刻なのは妖刀よりも揚羽だった。
揚羽は妖刀以上に悲惨な状態だ。快楽神経を刺激され過ぎた後遺症か痛覚と快楽が同じ扱いになってしまったようだ。殴る度に奇声を上げながら股間から体液を吹き出す十四歳の女の子。もうまともな日常生活には戻れないんじゃないだろうか。
もっとも一樹が心配するような事ではないのだが。
九重はさっそくボロボロになった妖刀を打ち直しにかかった。一樹は回収した揚羽を自宅に送り届けようとしたところで九重からのストップがかかった。
どうせだから近況報告を聞いていけとのことだ。やはり九重は知っていながら話さなかったのだ。
九重はカンカンとボロボロになった妖刀を叩きながら世間話でもするかのように気楽に話す。
「あの召喚アプリについてなんだけどね、もうかなり広まっているみたいだ。おそらく召喚機能を使えるユーザーは一万人はいるだろう」
「一万人⋯⋯それはまた面倒な」
魔法少女ですら4桁だった。だが魔法少女はまだマスコット共に最低限の統率が執られていた。隠蔽工作もマスコット共がやっていた。
だが召喚アプリにはそんなものはない。隠蔽工作をしてくれる異世界人も、統率を執る者もいない。無軌道な悪意によって召喚という異能が振るわれることになる。噂はもう広がっている。この流れはもう止められない。
「全くもってその通り。幸いどれもまだ弱いから一樹君のなら楽勝だろうけど、第五世代の魔法少女だと厳しいかな」
「魔法少女?また懐かしい。最近は全く見ていなかったが」
「ああ、魔法少女はすっかり潜伏中だ。どうにもマスコット共が忙しいらしい」
そう言えばマスコット共は念願のこの世界への侵入を果たしたのだった。今は地盤を固めるのに忙しく壊滅寸前の魔法少女に構っている暇がないのだろう。
「で、その魔法少女が何だって?」
「召喚アプリユーザー、長いから『召喚士』と呼称しようか。その『召喚士』たちの召喚獣?何だけどね」
そこまで言って九重は一度言葉を切る。一呼吸置いて静かに言った。
「あれは人の魂を喰らって成長する」
「ふーん」
「あれ?反応が薄いな」
一樹の反応の薄さに戸惑う九重。話を進めるべく一樹は適当に答えた。
「いや、魂を喰らうって妖刀も一緒じゃんか」
その答えを聞いた九重は納得したとばかりに「ああ!そゆこと」と頷き、その後に「違う違う」と否定に入る。
「あの連中はね、召喚士の魂で生まれて、他人の魂を喰らうんだ」
「は?」
「危険だろう?その辺の一般人を召喚獣の餌にして強化していくんだよ。召喚士は」
もしそれが本当だとしたら、世界はひっくり返るぞ?最弱の世代の魔法少女だって軍隊よりも強いんだ。それよりも強い召喚獣がその辺の人間を餌にして強化できるだって?馬鹿か?馬鹿なのか?設定にした奴は世界を滅亡でもさせる気だろうか。
一樹は九重の話を聞いて召喚士の脅威度を最上位に設定した。そして今分かっている情報を訊く。
「どの程度だ?」
どの程度、とは強化率だ。一般人を襲って手っ取り早く強化できるとわかれば暴走する馬鹿は後を絶たないだろう。率先して叩き潰す必要が出てくる。
だが九重は「分からない」と首を振る。
「ただ、召喚士よりも圧倒的に強くなった召喚獣はその優劣が、主従が逆転することまでは分かった」
「何だって?」
新たな情報に一樹の思考は一旦停止した。情報を整理するためだ。
そんな一樹に情報を与えるべく九重はゆっくりと話し始める。
「どうもこのアプリ、召喚士の魂の占有権を賭けたシステムらしくてね。召喚士が勝っている時は召喚獣は奴隷だけど、召喚獣を強化し過ぎて、召喚獣の方が勝ると召喚士は召喚獣の奴隷になるんだよ」
強化の上限は召喚士の強さに依存する。
しかし主導権を得た召喚獣がどう動くのかが読めない。
ただでさえ面倒な召喚士、けれどそれ以上に面倒なのは強化され、召喚士を支配した召喚獣というわけだ。
「はぁ~、溜息しかでねぇわ。何をどうすればいいのかも分からん」
「ここに来た時にも言ったけど召喚アプリに対しては対処不可能だ。随時見つけ次第始末するしかない。こればっかりはしょうがない」
九重もお手上げ状態だと観念した。
「最悪、魔女狩りならぬ『召喚士狩り』が起こるかもな」
「中々にゾッとするね。文明が崩壊していく光景が目に浮かぶよ」
「嫌な話だ。俺はそれどころじゃないってのに」
「仕方がないさ、こればっかりは」
二人の盛大な溜息がハモった。
話は終わりとばかりに九重は作業に集中し始めたので一樹は揚羽を背負い帰る。背負った揚羽が時折ビクンビクンと痙攣を起こすのが色んな意味で心臓に悪かった。




