02-06:そういや妖刀って本来こんなもんだったな
「私に妖刀をください」
妖刀、それはオカルトやファンタジーにある持ち主を呪い、乗っ取り殺戮を行う自我を持った武器。
けれど揚羽が言う妖刀はそれと似て非なるもの。対異能、異世界人用の特殊兵装である。使用者の魂を使い異能を行使するための道具。
ただし、持ち主は刀が選ぶ。
妖刀には意思があり、感情があり、当然自我が存在する。身体が刀なだけで精神的には人間と大差がない、というのが一樹の感想だ。実際一樹は自身の妖刀である『竹千代』とよく会話をする。人間と遜色ないどころか、人間よりも知的存在だとすら感じている。
「妖刀を、ねぇ」
九重は勿体ぶった態度を取っているが一樹から見ればただの茶番だ。九重は自身が作り出した妖刀の所有者を求めている。欲しいと言うならばくれてやることだろう。
しかし九重の性格はお世辞にもいいとは言えない。このまま放置しては無駄に時間を取られると判断した一樹は助け舟を出すことにした。
「九重、選ぶのは妖刀、そうだろ?」
「おいおい、一樹君。今いいところなんだから水を差さないで欲しかったなあ」
やれやれ、と肩を竦める九重に「いいからとっととしろ。俺は色々と忙しいんだ」と一喝する一樹。
「⋯⋯⋯わかったよ。それじゃあ揚羽ちゃん、ついてお出で」
そういうと九重は茶々から出て行き、揚羽もそれに続く。
「俺は帰っちゃダメか?」
残された一樹のつぶやきに「ダメでしょうね」と店員が返すのであった。
九重の後に続いて辿り着いたのは蔵。そこは一樹が初めて竹千代と出会た場所。
蔵の中は相変わらず、ズラーと妖刀が並べられていた。心なしかあの時よりもさらに刀が増えている気がした。
「揚羽ちゃん。ここにあるのは全て『妖刀』だ。さて、この中で何か感じる妖刀はあるかな?例えば光って見えたり、とか」
揚羽は一振り一振り鞘から抜き出してはしまう。
その様子を見た一樹はダメだったか、と結果を予想する。何せ一樹の時は一目見て『それだ』とわかった。理解できた。一振り一振り見る必要はないのだ。妖刀に選ばれたのなら。
それが分かっていながら九重は問う。
「どうだい?あったかい?」
九重も意地が悪い。揚羽の行動を視ればあったかどうかなんて一目瞭然だろう。
そして揚羽の方も必死に妖刀とにらめっこをしているが、全くピンと来ていないのが傍目にもまるわかりだ。
「⋯⋯⋯⋯ない⋯⋯みたい」
あからさまにがっかりした揚羽に一樹は一言。
「そうか、じゃあ諦めろ」
「そっかぁ、なかったかぁ、残念無念だね」
残念無念と言いながらも全くそんな風には見えない。九重も元魔法少女という時点で妖刀が揚羽を選ばないだろうことを確信していたのだろう。
ただ一人、がっくりと項垂れる揚羽に外に出るように促す一樹。
そうして蔵から退散した一行は併設されていた鍛冶場を通る。揚羽が声をあげたのはその時だった。
「あああああああ!これ!これなんじゃない!?」
揚羽が指を指したのは鍛冶場に置いてあった真っ白な一振りの刀。鞘は勿論鍔も柄も、そして刀身もその全てが真っ白という少々異質な妖刀。
「これかい!?本当にこれなのかい!?揚羽ちゃん」
「これよ!コレ!間違いない。だって揺れてるもん!」
揺れてる、と主張する揚羽。しかし一樹には揺れては見えない。もし本当に揚羽の目に揺れて見えるというのであれば可能性はある。
しかし、九重の反応はどう見ても狼狽といわれるものだ。
「⋯⋯そんな⋯⋯馬鹿な」
お道化た態度を忘れて考え込み始めた九重に「どうした?」と訊ねれば。たどたどしく答えた。
「いや、だって、これ、まだ完成していない未完成品だよ?まだ造形が済んだ段階で、基礎能力の機構くらいしか組み込まれていない。当然自我何て目覚めているわけがない。なのに主を選ぶ?ありえない」
九重が狼狽えている理由は分かった。だがそれでは今目の前ではしゃいでいる揚羽をどう説明するのか。もちろん一樹も、揚羽が妖刀欲しさに嘘をついた可能性は考えている。だが嘘ならあそこまではしゃげるものだろうか。
揚羽はずっと探していた宝物を見つけたかのように瞳を輝かせてはしゃぐ。その姿は無邪気な子供そのもの。とても嘘や演技とは思えない。
「なら、抜かせてみろよ。それではっきりするだろう」
妖刀はただの道具じゃない。持ち主に相応しかろうが相応しくなかろうが何かしらの反応があるはず。
一樹の提案に歯噛みするも了承する九重。
「わかった。揚羽ちゃん。もし、君が本当にその刀が選んだというのであれば一回鞘に納めてから抜いてみてくれないかい?」
「わかった!」
九重に言われるがまま、揚羽は真っ白な妖刀を鞘に納めると引っこ抜こうとして止まる。
「あれ?抜けない」
その様子を見た九重はホッと安堵する。
「どういうことだ?」
「いや、本当に抜けないんだろう。何せ揚羽ちゃんが持っている妖刀は未完成とはいえ、既に型枠は決定している。その特性上、今はどうあっても抜けるはずがないんだ」
「というと?」
「一樹君には前に説明したよね?妖刀の能力のタイプについて」
「ああ、竹千代が植物型とかそういうのか?」
「そう、植物型は形態変化。そういう型別能力がある。揚羽ちゃんが持っているアレは型別能力を二つ組み込んだハイブリット型の新型さ。それ故に魂の波長が合う人間がこれまでの妖刀よりもずっと少なくなってしまった。それによって————」
専門家とかって自分の分野になるといやに饒舌になり話が長くなるのが常。その上、全く造詣の無い者が聞いてもややこしいだけで解りづらいことこの上ない。だから一樹はただ一言「よく分からん。結論だけ先にくれ」と言わざるを得ない。
九重はしばし黙ると真っ白い妖刀の説明を始めた。
「アレは、自然型と蟲型の混合型なんだ。属性攻撃に加え、分離半自動遠隔操作能力を持った全く新しい妖刀だ。当然要求される魂の質も高くなる」
「別におかしなところはないだろう?元魔法少女だぞ?質の方はそこそこ保証されているだろうに」
何せマスコットどもは魔法少女を選別し、それなりに質の高い少女を選んでいた。一番低い第五世代の魔法少女であっても異能を持っていない一般人の平均値を上回っているはずである。
だが九重は一樹の答えに不満を持ったのが表情ですぐに分かった。
「全く、何も分かってないんだから。もういいよ、説明するだけ時間の無駄だろうし、さっさと揚羽ちゃんに取り扱いの説明をした方が良さそうだ」
そう言うと九重は揚羽に妖刀の扱いを教え始めた。
はて?俺の時はそんなのなかったような気がする、と心の中で呟くと、まさかの返事が来た。
『それは私がいたからでしょう。あの妖刀には未だ自我がありません。それでは説明のしようがありませんから』
『ああ、そゆこと』
妖刀は主を選び、自らの能力を教える。けれど自我すらない未完成品ではそのようなことは出来ない。だから九重が直接教えるということのようだ。
「まあ、いっか。揚羽が強くなれば俺が楽できるし」
『そうなればいいのですが』
一樹のつぶやきに何かを危惧する竹千代。
『どうした?』
『いえ、あれは未完成品とはいえ妖刀です。妖刀とはただ力を与えるだけの道具ではありません』
『そうだな。こうやって意思疎通も出来るし』
『それもそうですが、妖刀の能力、その根幹を成すのは『精神汚染』なんですよ?私や他の妖刀はその辺を制御できますが』
『あの白いのは無理だと』
『制御するための自我がまだありませんから。それに揚羽は元魔法少女。防衛機構の拒絶反応が起きないとも限りません』
『ああ、めんどくさそうなのはよく理解できたよ』
つまりアレだ。竹千代はあの妖刀が機能を発揮した時、揚羽の身体が乗っ取られる等のハプニングを危惧しているわけだ。
ただでさえ戦闘能力が高い揚羽が妖刀によって身体を強化された場合の脅威度は刀子さんと同等かそれ以上の可能性がある。まともに殺り合っても勝ち目は薄そうだ。
けれど一樹はその辺は心配していなかった。何せ今いるここは九重の作り出した『固有結界』の内側。心が、精神が、魂が折れない限り死ぬことはない。例え首を刎ねようが、心臓を貫こうが。
ゾンビアタック上等な『固有結界』の中ならやりようは幾らでもある。
説明を終えた九重は揚羽を伴い懐かしの訓練場へと向かった。一樹もついて回る。
「それじゃあ揚羽ちゃん、ちょっと抜いてみようか。今度は抜けるはずだから」
九重に言われ抜刀する揚羽。
その瞬間、抜き放たれた真っ白な妖刀が妖しく光るのを一樹は確かに確認した。
『竹千代、今のは』
『しっかり起動していますね。今の揚羽は『身体強化』と『思考加速』をどの程度かまでは分かりませんが発動しています』
『俺の時みたいにすっ飛ばないといいな』
いくら死ぬことのない空間でも痛覚は通常通り。痛みに耐え切れなければ意識が飛び、最悪そのまま心が砕けかねない。
自身の経験を懐かしむ一樹。
妖刀を抜いた揚羽は素振りを始めた。それを思考加速を用いて観察する一樹。
速いな。普段の五倍くらいか?
通常ですら眼にも止まらぬと言った速度で振るわれる揚羽の剣速だが、今はそのおおよそ五倍速。急激な身体能力の向上のせいか揚羽の振るう太刀筋がわずかにブレている。あれでは得意の柔剣とやらは出来ないだろう。もっともあの速度で振るわれる刃に必要な技術課と言えば首を傾げるところだ。
揚羽はその太刀筋のブレに気付くことはなく、ただただ興奮していた。
「あはははははは!何これすっごぉい!?はやッ!?めっちゃ速い、速い速い速い速い速い速イ速イ速イはヤイはヤイハヤイハヤイハヤイィィィィィ!!!!!!」
揚羽の素振り、その剣速は回を重ねるごとに速度が上がてゆく。そして速度が上がるにつれ揚羽の言動が怪しくなってきた。
『やっぱり呑まれましたね』
『『精神汚染』か』
『はい。自我が目覚めていない状態ならやらかすと思っていましたから』
やれやれ、と心の中で呟くと一樹は竹千代を抜いた。
「おい、九重。これは貸だからな?」
「え?これって僕のせいになるの?自業自得とかじゃ」
「ならないッ!」
九重との会話中に一樹を襲ってきた揚羽。反応したのは右手に持った竹千代。一瞬で形態変化し、揚羽の手元、鍔を抑えて刃を止めた。
奇襲を止められた揚羽は一瞬で飛び退くと嗤うように叫んだ。
「アッハァ!すっご!今の防いじゃうとかヤバくない?ソレがイツキのホンキなんだぁ?」
揚羽は言動だけでなく行動まで怪しくなり始めていた。
「本気と言えば本気だな。現実での訓練じゃ殺すわけにはいかないからな」
「ジャあ今は殺ス気ナンダァ?」
ゆらりと真っ白な妖刀を揺らす揚羽。普段の凛とした雰囲気や佇まいは何処にも見当たらない。
けれど、一樹は考える。普段のきちっとした太刀筋よりも今の出鱈目な角度から振るわれる剣の方が厄介だと。
如何にして必殺の一撃を叩き込むかを模索する、か。それを体現すると一見出鱈目な太刀筋でもしっかりとした速度と力が備わるんだな。
これは本格的に殺らないといけないな。
一樹は思考を最大限まで加速する。そうして世界を置き去りにしてただ一人、否二人で考える。
『さて、竹千代。さっきの揚羽の攻撃はどうだった?』
『そうですね。普段の稽古の時よりも速くて力強くい、ですが』
『精彩に欠けた、か』
『そうですね。普段の揚羽であれば、私の形態変化ごと柔剣で切り裂かれてしまいますが、今の揚羽なら受けても大丈夫そうです』
『とはいえそれが罠という可能性もあるから受けないのが一番だな』
『そうですね。一樹の時の様にすっころぶ様子もありませんし、大した運動神経です』
『だな、もう少し様子見をしよう』
方針を定め加速された思考の速度を落とす。
出鱈目な体勢で出鱈目な剣を振るう揚羽と数合打ち合い感触を確かめる。
攻めあぐねる揚羽は一度距離を取って呼吸を整えた。
ここで仕掛けるか。
一樹は思考を少し加速させた。視界に映る景色が徐々に速度を落としていく。
ゆっくりと近付いてくる揚羽目掛けて、一樹は駆け出した。時間にして一秒にも満たない、一瞬と言っても過言ではない時間で一樹と揚羽はぶつかり合う。
揚羽は急に駆け出した一樹の速度を見誤り、刀を振りかぶった状態で受けることになる。
「ブフゥ!」
ぶつかった衝撃で肺に入っていた空気を吐き出す揚羽。一樹はその一瞬の隙を見逃さない。竹千代を形態変化を行使して揚羽を串刺しにした。通常であればこれで終わり。だがここでは魂がある限り死ぬことはない。
「アハハハハハ!ナニコレキモツィイイイイイイ!!!!
ジャバジャバと血液に混じって色々と垂れ流す揚羽はとても中学生がしてはいけないだらしがない表情で叫ぶ。
『現役JCがアヘ顔晒して漏らしているとか酷い世の中になったものだ』
しみじみと今のご時世を嘆く一樹に竹千代が急かす。
『馬鹿なことを言ってないで早く蹴りをつけましょう。出ないと手遅れになりますよ』
はて、手遅れとは一体どういうことだろう。揚羽はあの真っ白い妖刀に呑まれただけだろう?
『一樹、精神汚染で一番簡単なやり方とは何だと思いますか?』
『いや、知らんし』
『それは快楽漬けにすることですよ。妖刀が直接脳に干渉し、快楽神経を刺激して何をやっても快楽を得るようになる。強すぎる快楽を与えられた脳はやがて何も考えられなくなります。すなわち』
『廃人ね』
『ええ、ですから揚羽を助けるなら早い方がよろしいかと』
確かに竹千代の言う通り、揚羽を助けるなら早い方が良さそうだ。だが一つ一樹は疑問に思う。
『なあ、一つ疑問に思ったんだが、廃人に上質な魂が維持できるのか?』
妖刀とは魂で持ち主を選ぶ。魂とはその人間の心や精神の在り方を総括したもの、というのが一樹の認識だ。廃人ではそのようなことが出来るはずがない。
妖刀にとって持ち主は餌みたいなもの。果たして自らダメにするものだろうか。
『当然です。妖刀もそれを理解しています。ですから快楽による精神汚染は最初のきっかけ作りや、持ち主に依存心を植え付けるくらにしか使いません。ですが揚羽の妖刀はまだ自我にすら目覚めてません。それが理解できる知性が無いのです』
なるほど、妖刀のそういうリスクは妖刀自身がコントロールしていたわけだ。だが自我にすら目覚めていない揚羽の妖刀ではコントロールが出来ず、ただ本能のままその能力を開放しているに過ぎないと。
『あぁ、本能のままに持ち主を汚染する⋯⋯アレは正真正銘の妖刀だったわけだ』




