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魂のアリカ  作者: 白鴻 南
2:主人公不在の世界
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02-05:あぁ⋯⋯魔法少女の次は召喚士ですか


 久しぶりにやって来た九重の屋敷は、現実の季節が巡ろうとも変わりなく一樹を出迎えた。


「へぇ~、これが『固有結界(こゆうけっかい)』ってやつなのね。初めて見たわ」


 揚羽はまるで知識では知っているかのように呟くと周囲を探索し始めた。竹林に入って竹に触れたり、土を掘ったりと、とにかく落ち着きがない。

 一樹は「行くぞ」と言って石畳の道を歩き出す。揚羽もそれに続いた。


「結構いい雰囲気の場所ね。石畳っていうのも風情があっていいと思うわ」


「京都にだって似たような場所は幾らでもあるだろう」


「ダメよ、人が多過ぎるもの。こういう場所は少数で寂しく通るから風情を満喫できるのよ」


「何だそれ」


 揚羽の訳分からない価値観に適当な言葉を返していると広場に出た。

 甘味処・茶々。

 一樹は店の扉を開いて中へと入る。「いらっしゃいませ~」と気の抜けた声がした。一樹は違和感に襲われる。茶々はこんな声だっただろうか。

 カウンターに目を向ければ一人、和装にフリルのエプロンを纏った店員がいた。しかし、その店員を一樹は知らない。

 おかしい、九重(ここのえ)茶々(ちゃちゃ)は此処の番人だと言っていた。茶々も暇だが趣味のお菓子作りに専念できると言っていた。

 その番人が不在?何やら嫌な予感がする。

 そしてこういう時の嫌な予感というのは外れない。何せ物事は究極的に二つに分類される。自分にとって都合がいいか悪いかである。確率は二分の一、そして都合がいいことというのは悪いことに対してその絶対数が少ない。よって中々外れてはくれない。

 店員は一樹を見た瞬間、壁にある電話を手にした。

 今日は出直した方がいいかもしれない。そう思ったのも束の間、いつの間にか揚羽はテーブル席に座り店員を呼んで注文を開始した。

 おいおい、と心の中で毒づくが注文を受け付けた店員はカウンターへと引っ込む、そのすれ違い様に「すぐに主が参りますのでお寛ぎになってお待ちください」と囁いた。仕方なく適当な甘味を注文し九重を待つことにした。

 その間揚羽は「うまッ!?ウマー」と人語を忘れて甘味に夢中。

 そうこうしているうちにこの空間の主、九重刀仙がやって来た。


「やあやあ、久しぶりだね一樹君。元気にしてたかい?ご飯はちゃんと食べてるかい?独り暮らしだからって好きなものばかり食べると体調を崩すからちゃんと栄養を考えて食べないとダメだよ?」


「挨拶もそこそこに何言ってんだ。そんなことより本題に入らせてくれ」


「やれやれ、相変わらずせっかちさんだ。けどいいよ、おおよその見当はつくしね」


 そういうと九重は椅子に座ると店員に注文をする。店員が店の奥へと戻るのを見て一樹はスマホを取り出した。


「ならこれを見てくれ」


 スマホに表示されているのは勿論『召喚アプリ』だ。


「これ⋯⋯ああ、そゆこと。うんそうだね。これは間違いなく異世界因子だ。よく見つけたね」


 九重は驚くほどあっさりとこの『召喚アプリ』が異世界因子だと断言する。もう少し時間が掛かるものだとばかり踏んでいた一樹は肩透かしを食らった気分だ。


「昨今の京都では化物や悪魔が出るそうだ」


「へー、京都も物騒になったもんだ」


「原因はコレで間違いないか?」


 一樹は問う。もしこの『召喚アプリ』が原因だとすると刀子より下された化物退治は実現不可能な命令となるからだ。何せこのアプリが異世界因子だというのであれば、昨今京都を騒がす化物騒動はこの『召喚アプリ』ユーザーが引き起こしているものであり、解決するにはユーザー全てを抹殺し、かつ新たなユーザーを生み出さないようにしなければいけない。何万人殺せばそれが実現できるだろう。一樹には想像も出来ない。

 けれど一樹の勘は告げる。これが原因だと。

 倒しただけで問題が解決するのは漫画の世界だけとはよく言ったものだ。

 一樹が言っただけでは刀子の命令が撤回されることはない。けれど専門家の九重がそう言うのであれば刀子も無理に今回の騒動を解決しろとは言うまい。

 あとは九重が素直に言うかだ。

 九重はなんだかんだ言いつつ何かを企むのが好きなのだと一樹は感じている。そして今回の件も何かしら事情を知っているに違いないと、そう勘が告げている。

 何かを企んでいるのであればここはしらを切りそうなものだがはてさて。

 一樹が危惧する九重陰謀説。しかし九重の答えはあっさりとしたものだった。


「ないだろうね。この異世界因子は契約者の魂を別の生命に作り変えるものだ。いやー、しかし、ゲームに組み込むかぁ、これまた興味深いやり方だ」


「それで?」と九重は話を促す。


「いや、これが異世界因子であるって分かればそれでいい」


「いいの?そんだけで?」


 この言葉を聞いて一樹は単刀直入に訊ねることにした。


「これは俺の勘なんだが⋯⋯九重、お前、このこととっくに知ってただろ?」


「何のことだい?」


「結界という魔法を使い、暗躍していた魔法少女の情報でさえ掴んでいたお前が、一般人でも知っているような情報を知らないわけがない。魔法少女の時同様、今回の事件もどうせお前は知っている。むしろ事件の矛先が俺に向くように仕向けている可能性があるとも考えている。そうして実際に俺が動くときにそれとなく情報を出しては恩を売りつけるつもりなんじゃないか?まるで助けてやるのは善意であるかのように」


「なるほど⋯⋯一樹君の中では僕は策略家なのか⋯⋯知らなかったなぁ」


「惚けるならそれでもいい。要は今回は魔法少女とは別枠の異世界人共が活発に動き始めたからそれを始末しろってこったろ?」


 一樹の仮説に九重は「んー、おしい」とご満悦に笑った。


「半分正解」


「半分?」


「そう、僕が一樹君を巻き込むように仕組んだ。そこは合っている」


「じゃあ、何が違うんだ?」


「今回の異世界因子は魔法少女のようにはいかない。何せ実体がないからね。数に限りがあるわけじゃない。殺したところで終わらない。魔法少女はあくまで異世界因子の数が限られていたから殺してしまえばお終いに出来た。けれど今回のケースは違う。いくらでもコピーが可能なんだ。相手をするだけ無駄だよ」


「このアプリの配信を止めさせても?」


「デジタルデータだよ?コピーなんか一瞬で億単位で出来上がる。始末するだけ時間の無駄だね」


 九重の態度は一樹が良く知るもの。だが一樹は違和感を感じた。


「無駄なのに俺を巻き込んだのか?」


 無駄無駄と言いつつも九重はこのアプリに関して俺を巻き込んだ?一体何故?

 何らかの思惑があるのか、と思うもその答えは九重の口から告げられる。


「修行に丁度いいと思ってね。一樹君の目的も様々な異能を知っていた方が捗るだろう?」


「⋯⋯⋯それだけ?」


 てっきりもっとどうしようもない何かがあるかと思ったが、いや、九重が正直に話していない可能性がある。むしろそっちの方が高い。

 九重が絡んでいると分かった以上、きっとろくでもないことになるのだろうな、と覚悟を決める。


「そうだよ、と言っても一樹君は素直に信じないだろうね。で?要件はそれだけ?」


 九重の態度から熱が引いた。一樹の経験上、九重はこれ以上の情報はもう出しては来ないだろう。ならばここに留まる必要はない。

 これでお開き、そういう空気が流れ始めたところに異議を唱える者がいた。揚羽だ。


「九重さん?初めまして。私は御剣刀子が妹、御剣揚羽といいます」


「はいはい、揚羽ちゃんね。話には聞いているよ。元魔法少女の桜薙。中々に興味深い。で、その揚羽ちゃんはどんな用事でここへ来たのかな?」


 飄々とした態度の九重を見て直感する。コイツは分かってて言っているな、と。

 けれどそんなことは揚羽には関係が無い。揚羽は九重の瞳を覗くように見つめ、素直に言った。


「私に妖刀をください」



――――――――――――



「私に妖刀をください」


 妖刀、それはオカルトやファンタジーにある持ち主を呪い、乗っ取り殺戮を行う自我を持った刀。

 けれど揚羽が言う妖刀はそれと似て非なるもの。対異能、異世界人用の特殊兵装である。使用者の魂を使い異能を行使するための道具。

 ただし、持ち主は刀が選ぶ。

 妖刀には意思があり、感情があり、当然自我が存在する。身体が刀なだけで精神的には人間と大差がない、というのが一樹の感想だ。実際一樹は自身の妖刀である『竹千代』とよく会話をする。人間と遜色ないどころか、人間よりも知的存在だとすら感じている。


「妖刀を、ねぇ」


 九重は勿体ぶった態度を取っているが一樹から見ればただの茶番だ。九重は自身が作り出した妖刀の所有者を求めている。欲しいと言うならばくれてやることだろう。

 しかし九重の性格はお世辞にもいいとは言えない。このまま放置しては無駄に時間を取られると判断した一樹は助け舟を出すことにした。


「九重、選ぶのは妖刀、そうだろ?」


「おいおい、一樹君。今いいところなんだから水を差さないで欲しかったなあ」


「いいからとっととしろ。俺は色々と忙しいんだ」


「⋯⋯⋯わかったよ。それじゃあ揚羽ちゃん、ついてお出で」


 そういうと九重は茶々から出て行き、揚羽もそれに続く。


「俺は帰っちゃダメか?」


 残された一樹のつぶやきに「ダメでしょうね」と店員が返すのであった。



 九重の後に続いて辿り着いたのは蔵。そこは一樹が初めて竹千代と出会た場所。

 蔵の中は相変わらず、ズラーと妖刀が並べられていた。心なしかあの時よりもさらに刀が増えている気がした。


「揚羽ちゃん。ここにあるのは全て『妖刀』だ。さて、この中で何か感じる妖刀はあるかな?例えば光って見えたり、とか」


 揚羽は一振り一振り鞘から抜き出してはしまう。

 その様子を見た一樹はダメだったか、と結果を予想する。何せ一樹の時は一目見てそれだとわかった。理解できた。一振り一振り見る必要はないのだ。


「どうだい?あったかい?」


 九重も意地が悪い。揚羽の行動を視ればあったかどうかなんて一目瞭然だろう。

 そして揚羽の方も必死に妖刀とにらめっこをしているが、全くピンと来ていないのが傍目にもまるわかりだ。


「⋯⋯⋯⋯ない⋯⋯みたい」


「そうか、じゃあ諦めろ」


「そっかぁ、なかったかぁ、残念無念だね」


 残念無念と言いながらも全くそんな風には見えない。九重も元魔法少女という時点で妖刀が揚羽を選ばないということを確信していたのだろう。

 ただ一人、がっくりと項垂れる揚羽に外に出るように促す一樹。

 そうして蔵から退散した一行は併設されていた鍛冶場を通る。揚羽が声をあげたのはその時だった。


「あああああああ!これ!これなんじゃない!?」


 揚羽が指を指したのは鍛冶場に置いてあった真っ白な一振りの刀。鞘は勿論鍔も柄も全てが真っ白という少々異質な妖刀。

 

「これかい!?本当にこれなのかい!?揚羽ちゃん」


「これよ!コレ!間違いない。だって揺れてるもん!」


「⋯⋯そんな⋯⋯馬鹿な」


「どうした?九重らしくない」


「いや、だって、これ、まだ完成していない未完成品だよ?まだ造形が済んだ段階で、基礎能力の機構くらいしか組み込まれていない。当然自我何て目覚めているわけがない。なのに主を選ぶ?ありえない」


 九重が狼狽えている理由は分かった。だがそれでは今目の前ではしゃいでいる揚羽をどう説明するのか。もちろん一樹も、揚羽が妖刀欲しさに嘘をついた可能性は考えている。だが嘘ならあそこまではしゃげるものだろうか。

 揚羽はずっと探していた宝物を見つけたかのように瞳を輝かせてはしゃぐ。その姿は無邪気な子供そのもの。とても嘘や演技とは思えない。


「なら、抜かせてみろよ。それではっきりするだろう」


 妖刀はただの道具じゃない。持ち主に相応しかろうが相応しくなかろうが何かしらの反応があるはず。

 一樹の提案に歯噛みする九重。


「わかった。揚羽ちゃん。もし、君が本当にその刀が選んだというのであればちょっと抜いてみてくれないかい?」


「わかった!」


 九重に言われるがまま、揚羽は真っ白な妖刀を引っこ抜こうとして止まる。


「あれ?抜けない」


 その様子を見た九重はホッと安堵する。


「どういうことだ?」


「いや、本当に抜けないんだろう。何せ揚羽ちゃんが持っている妖刀は未完成とはいえ、既に型枠は決定している。その特性上、今はどうあっても抜けるはずがないんだ」


「というと?」


「一樹君には前に説明したよね?妖刀の能力のタイプについて」


「ああ、竹千代が植物型(タイプ・プラント)とかそういうのか?」


「そう、植物型(タイプ・プラント)は形態変化。そういう型別能力がある。揚羽ちゃんが持っているアレは型別能力を二つ組み込んだハイブリット型の新型さ。それ故に魂の波長が合う人間がこれまでの妖刀よりもずっと少なくなってしまった」


「よく分からん。結論だけ先にくれ」


「アレは、自然型(タイプ・エレメント)蟲型(タイプ・インセクト)の混合型。なんだ。属性攻撃に加え、分離半自動遠隔操作能力を持った全く新しい妖刀だ。要求される魂の質も自然と高くなる」


「別におかしなところはないだろう?元魔法少女だぞ?質の方はそこそこ保証されているだろうに」


「全く、何も分かってないんだから。もういいよ、説明するだけ時間の無駄だろうし、さっさと揚羽ちゃんに取り扱いの説明をした方が良さそうだ」


 そう言うと九重は揚羽に妖刀の扱いを教え始めた。

 はて?俺の時はそんなのなかったような気がする、と心の中で呟くと、まさかの返事が来た。


『それは私がいたからでしょう。あの妖刀には未だ自我がない。では説明のしようがありませんから』


『ああ、そゆこと』


 妖刀は主を選び、自らの能力を教える。けれど自我すらない未完成品ではそのようなことは出来ない。だから九重が直接教えるということのようだ。


「まあ、いっか。揚羽が強くなれば俺が楽できるし」


 一樹にとってその程度のことでしかない。ただし


『揚羽があの妖刀に呑み込まれ、乗っ取られるようであれば、その始末はきっと一樹がすることになると思いますよ』


『それは気が重いな』


 一樹は竹千代の考えた通りにないことをただただ祈るばかりだった。


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